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てぃくる 389 末梢神経障害 [てぃくる]


太い神経が傷んでいなければ大丈夫だと思うかい?

末梢神経の役割は伝えることよりも、感じることさ。
そこが一斉に障害を起こしたらただじゃ済まないよ。
感じることなんか、全てぶん投げてしまいたいと思うくらいに辛くなる。

それに。
幹線なら一度切ればそれで全てを遮断できるけど、末梢は無数にあるんだよ。
障害が起こると、大元のスイッチを切ってしまいたくなるくらいに持続するんだ。

君は、その恐ろしさを軽視している。
今感じていることなんか大したことないと、思い込んでね。



krbk.jpg


 カンレンボクの枝先に残った実が、寒風に揺れています。
 末梢神経の端っこが、全部イライラしているように見えるかもしれませんね。

 カンレンボクは、tree of life(生命の木)、cancer tree(癌の木)などとも呼ばれ、制ガン成分のカンプトテシンを含むことで知られています。今は、その誘導体であるイリノテカンやトポテカンが抗がん剤として使われています。





  立ち番や苛々すらも凍て返る







Terminal by Echosmith



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三年生編 第70話(9) [小説]

一通り買い物を済ませて合宿所に戻った時には、もう日が傾
き始めてた。
立水はいなかったから、あいつも買い物に出たんだろう。

夕飯の弁当と朝食用のパン、麦茶のペットボトルを冷蔵庫に
入れ、ブリックパックの野菜ジュースを飲み干す。
紙のゴミの方が、まだ扱いやすいから。

虫除けスプレーを全身に噴霧してから、窓の外に寒冷紗を張っ
て蚊の侵入をガード。
部屋の出入り口のところに散布型の殺虫剤をしゅっとやって、
蚊の侵入を防ぐ。効くかどうかは、やってみてだなー。

洗濯物を吊るす紐を部屋の中に渡して、準備オッケー。
早速着替えて、着てきた服を洗濯機に放り込む。
何でも一度やってみないと勝手が分かんない。

日が傾いてきたから、少し暑さが和らいだ気がする。
それでも、じっとしているとぽたぽた汗が垂れてくる。

夜になったら少しは涼しくなるんかなあ。

「うーす」

お。立水が帰ってきた。

「もう網張ったんか?」

「さっさと張らんとお岩さんになっちゃう」

「だな」

僕の目の前でしゅーしゅーと虫除けスプレーを全身に掛け回
した立水が、その匂いにけほけほむせながら出て行った。
作業の早いあいつのことだ。すぐに張り終わって戻ってくる
だろう。

「さて、と」

バッグから商売道具一式を出して、どさっと机の上に積み上
げる。

これからの二週間。
僕はいろいろなことに耐えて、自分の中身を増やさないとな
らない。
劣悪環境だからやる気も学力も目減りしましたなんて言い訳
は、誰にも通用しない。
もちろん、僕もそんなことは絶対に言いたくない。

かんかん照りの真下でも、真っ赤な花を咲かせる砂漠のバラ。
それは、いつも咲いてるわけじゃない。
今が咲き時っていうタイミングで、どっさり花を付ける。

もし条件がよければ、それはいつでも何度でも咲けるのかも
しれないけど。実際には、そんな甘くない。
砂漠で咲けるチャンスは、数えるくらいしかないんだ。

これからの合宿生活。そいつが本番じゃないんだ。
合宿は、本番を勝ち抜くためのトレーニングに過ぎない。
それすら乗り越えられなければ、僕には受験に臨む資格がな
いってことになる。

冗談じゃない!

レトロかもしれないけど、頭に日の丸の鉢巻を締める。
気合いを入れるってだけじゃなくて、ノートやテキストに顔
の汗をぽたぽた落としたくないからだ。

さあ、始めよう。
もうスタートの号砲はとっくに鳴り終わっている。

どこであっても勉強は出来るし、そうやって自分に叩き込ん
だものしか中に残らない。

「うっし!」

今日予備校の講師の人に言われたこと。
それは以前リョウさんに突きつけられた課題の一つと同じ。
効率化、だ。
僕は未だにうまく対処出来てない。それをこの二週間で、少
しでも改善したい。

人と比べたってしょうがない。

『目標を外から与えられたくないだろ?』

その通りだ。
他の誰のものでもない。僕の課題。僕の迷い。そして僕の選
択なんだ。だから、必ず自力で克服する。

今はまだ蕾すら影も形もない、僕っていう砂漠のバラ。
それを咲かせようとするなら。

……今は何事もじっと耐えないとね。




adenium.jpg
今日の花:アデニウムAdenium obesum



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三年生編 第70話(8) [小説]

「長期目標を置いちゃいけないとは言わないけど、それと受
験とは切り離した方がいいかな」

「じゃあ、どの大学にするかっていうのは?」

「どうしてもそこでなければ出来ないことがあれば、そこを
目指すしかないけどさ。たとえば医者になりたいなら医大っ
ていう風に」

「はい」

「でも、まだ目標がないってことは、そこにかちっとしたイ
メージがないんでしょ?」

「……そうです」

「じゃあ、自分に合ったところを選べばいいと思う。学力レ
ベル、校風、カリキュラム、自宅からのアクセス、金銭的な
条件、いろんなプラマイを足し合わせて、ここらへんかなー
みたいな、ね」

「それでいいんですか?」

「精神論や根性論振り回してもしょうがないよ。楽して合格
は出来ないって言っても、無駄に受験勉強に血道を上げた挙
句に玉砕するよりははるかにマシさ。手駒と残り時間から逆
算して選択した方が、はるかに能率がいい」

急に黙っちゃった僕を見て、先生が苦笑いする。

「君は見るからにまじめそうだもんなあ。大学入ったらのび
のび遊ぶぞーって連中が何割かいるんだから、そういう要素
も取り入れないと」

「うーん……」

納得してない僕を見て、やれやれと思ったんだろう。
先生が別のたとえ話を持ってきてくれた。

「学校ってのは、義務教育から大学まで、基本的には全部箱
だよ。その箱の中に入る鍵をどうやってもらうかに差がある
だけ」

「箱、かあ」

「そう。それはただの容れ物でしかないの。そこに居ること
は出来ても、そこから何を持って出るかは自分が決める。自
分で決めるってことは、そこには義務も権利もないってこと
なの」

「あ……」

「大学は、そこが一番緩いんだよ。ただ四年間そこにいただ
けでも、別に構わない。出る時に、のんびり出来て楽しかっ
たなーでもいいのさ」

「いいんですか?」

「だって、それは人から決められるもんじゃないだろ?」

む。確かにそうだ。

「目標を自分の中から湧き出る意思で決めてるなら、それは
それでいいと思う。でも、外から材料を与えられて、この中
から決めなさいねっていう目標は、たぶん使いものにならな
いよ」

先生の指摘は容赦がなかった。
先生は、目標がないから怠けていいって言ってるわけじゃな
い。
目標の有無にこだわらないで、受験は受験でぱきっと割り切
れ、なんだ。

「たとえばね。僕はこの仕事に就いてまだそんなに経ってな
い新米講師だけど、元々は高校の先生を目指してた」

「え? そうなんですか?」

「そう。でも、教員採用試験は恐ろしく倍率が高いし、地元
の試験を受けないと資格があっても採用してもらえない」

「へー」

「そこを無理に突破しにいくか、公立校の教師以外の就職口
を探すか。それを天秤にかけて、こっちを選んだ。僕は、効
率を優先したの。それで余裕が出来た時間資源を、今出来る
ことに使いたい」

ふうん。時間資源、かあ。

「まあ、そういう考え方もあるってことね」

「はい」

「僕に言わせてもらえば、まじめな子は目標を持たない方が
いいと思う」

「えええっ!?」

「まじめ過ぎるとね、目標を達成出来なかった時に軌道修正
を上手にこなせない。現実は、軌道修正の連続だよ」

「ううー、そっかあ」

「スマートにこなしてください」

「へーい」

「そうじゃないと、病むからね」

そう言って、先生が自分のアタマを指差した。

ぞっ……。


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三年生編 第70話(7) [小説]

ドアツードアで四十分とか、そんなものか。
一時間あれば、余裕で間に合う。

僕は、夏期講習の会場の入り口で手帳を出して、電車や駅か
らの道順を書き留めていた。

講習は明日からだけど、自習で予備校の教室を使っている学
生がいっぱいいるんだろう。校舎には大勢の学生が出入りし
てる。それだけ見れば、高校とそれほど変わんない。

でも。

ここには、もう高校には戻れない学生、浪人生も来てる。
外語大を目指していた外山先輩が挫折したみたいに、一人で
がんばりなさいっていう環境に置かれると、プレッシャーで
潰れてしまう人も出てくるんだろう。

僕は、そんなのに耐えられそうにない。
受験勉強以外の雑事がなくなったら、その分勉強に集中出来
る? いや……そんなに甘くないと思う。
高校に行ってたみたいな息抜きや日常生活の切り替えが、物
理的に出来なくなるから。

自分を限界ぎりぎりまで引っ張れるのは、逆にそこまで出来
る余裕があるから。
いつも背伸びしているような僕には、もっと背伸びをしない
とならないギャンブルに挑むのは分が悪すぎる。

それに、経済的にも予備校に通う余裕はない。
すぐ後ろに実生も控えてるし。

上位校のレベルまで自分の地力を上げていくことより、現時
点で目指せる最上位のところを確実に固める。
その方が僕には間違いなく合ってる。

あとは、僕が見栄やコンプレクスからそいつを切り離して、
本当に心から志望校を納得出来るかどうかなんだろう。

今年のぽんいち受験生の惨敗。
瞬ちゃんが、超辛口のコメントをしてたね。
てめえの実力を甘く見て、付け焼き刃の上昇志向に乗せられ
た。こけるのなんか当たり前だって。

模試を何度受けたところで、それは模試に過ぎない。
本番を失敗したら、それで全部おじゃんだ。

片桐先輩は、準規さんとの生活を。
酒田先輩と恩納先輩は、自分の夢を。
それぞれ確固たる目標に据えて受験を乗り切った。

僕に本当に必要なのは、ただ知識を目一杯詰め込むことじゃ
なく、本番でのしかかるプレッシャーをはねのけるのに必要
な大きな目標を決めることなんだろう。

そして、それはまだ……見つかっていない。

「ふう……」

「どうしたの? そんな大きな溜息をついて」

真横で声をかけられて、驚いて飛び退った。

「わ!」

「あ、ごめん。おどかしちゃった?」

先生なのかなあ。背広を来た若い男の人が、物珍しそうに僕
を見てる。

「あの、講師の方ですか?」

「そうです。君は一般コース?」

「はい。数学、化学、生物、英語の履修です」

「教科別の強化コースってことだね?」

「はい」

「暑いけど、がんばってください。ここが踏ん張りどころだ
からね」

「はいっ! あ、先生は、教科は?」

「特進数学の高橋です。一般では教えないから、君とは顔を
合わすことはないかな」

そっか。

「さっき溜息ついてたのは、学力的なこと?」

「いえ。進路を決めるのに、まだ目標が……」

「ふうん?」

論外だって、怒られるのかと思ったけど。

「どんな目標が必要?」

「え? いや、将来何するか、とか」

「まじめだねえ」

どご。
思わずぶっこけた。

「教えてる方がこんなこと言うのもあれなんだけどさ。そこ
らへんにこだわる子ほど、能率が悪い」

「ええっ!?」

「受験は、ある意味ゲームに似てるね。志望校合格っていう
ステージをクリアすることを目標にして、クリアに必要なテ
クを学び、本番に臨む。ゲームはあくまでもゲームだから、
それ以上の意味はないの」

「うーん」

そこまで割り切らないとだめなのかなあ。
先生は、そんな僕の表情を見ずに淡々と話し続けた。

「ゲームしてる最中に、こんなゲームなんかやってて何にな
るんだろうと思ったら、絶対にクリア出来ないよ。そゆこと」

がびーん……。

すっごいきつい言い方だったけど。
僕は、その通りだと思った。



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三年生編 第70話(6) [小説]

エアコンなしにはうんざり顔の立水だっただけど、五時起き
には何も反応なし。平然。

「おい、立水。おまい、朝強いの?」

「部活の朝練はそんくらいに起きねえと間に合わん」

あ、そうかあ。運動部系はそれがあるんだ。

実質門限の九時ってのも、特に反応なし。
そりゃそうだ。夜ふらふら出歩く暇があったら、そもそも合
宿なんかに来ないよ。

窓のすぐ外に立ち並ぶ墓石をじっと見据えていた立水が、急
にしょうもねえって顔で頭をがりがり掻いた。

「なんだよ。門限なんて、全然意味ねえじゃん!」

「は?」

立水が、墓地の向こうを指差す。

「ありゃ……」

墓地は、その向こうの街路と低い生垣で隔てられてるだけ。
そっか、裏から出入り出来るから、閉門とか施錠とかは防犯
上はまるで無意味なんだ。
だから門限ていう言い方をしなかったのか。

「心構えってことだな」

「ああ、そう思う」

こそこそすんな! やましくなければ堂々と振るまえ!
……ってことなんだろな。

立水にも、だんだん重光さんていうのがどういうタイプの人
なのかが見えてきたらしい。
最初の仏頂面が収まって、納得顔に変わった。

変な話。今の立水がそのまま年取りゃ、あんな感じになるん
ちゃうかな。ぐひひ。

台所や洗面所、冷蔵庫や洗濯機の場所、風呂を確認。

「思ったよりきれいじゃん」

「てか、僕らが出る時には、これ以上にきれいにしろって言
われると思う」

「ぐええっ」

でも、部活の合宿でもカリキュラムに清掃が入っているんだ
ろう。立水的には許容範囲ってことみたい。

「立水のところも、明日開講?」

「そう」

「下見は?」

「行かん。場所はもう分かってる」

「そっか。僕は一度見に行ってくるかな」

「確認してねえのか?」

「場所は分かるよ。でも、ここからそこまでの所要時間が知
りたい」

「ああ、確かにな。余裕持って出ねえと」

「そゆこと。ついでに買い出ししてくる。窓枠に張る網と蚊
取り、明日の朝飯と飲み物。それくらいは買っとかないと」

「飯が味気なくなりそうだな」

「しゃあないよ。ご飯作る暇があったら勉強しろって言われ
るだろうし」

「だな。それで台所がえらくきれいなのか」

「あ、それと、ゴミはここでは処理出来ないから、自力で片
付けろってさ」

「わあた。行き来の間に処理するしかねえな」

「んだんだ」

話してる相手がもししのやんなら。
そのまま一時間でも二時間でも話し続けただろう。

でも立水相手に無駄話かましてると、どういうツッコミが入
るか分からない。さっさと切り上げよう。

「じゃあ、出るわ」

「おう」

立水なら、絶対に一緒に行くとは言わないだろうと思った。
本当に群れるのが嫌いなんだろう。

自分の部屋に戻って、窓の外をもう一度見回す。
防犯という概念は、このお寺にはない。
貴著品は置いておけないってことだな。

さっき重光さんが立水の携帯を袋に入れたのは、それを金庫
かなんかに収納するからだろう。
使えなくするだけじゃない。貴重品としての扱いにしたって
ことだね。

まあ、僕の場合バックパックを背負って出ればそれで済む。
ボストンの方は衣類と勉強道具だけだし。

「おっと」

ボストンの方を開けて、服を確認する。

講習には遊び要素がないって言っても、校則でいう『繁華街
への外出』と同じ扱いになる。本来なら制服着用じゃないと
外を歩けないんだ。

東京に来てまで僕を見張るやつなんかいないと思うけど、万
一のことがあった時に言い逃れ出来ない。
めんどくさいけど、制服に準ずる地味な着替えを準備して、
学校側に事前許可をもらわないとダメだったんだ。

トップスは、夏服だから白シャツにタイと校章。
汗かくから毎日替えないとならないけど、アイロンなんかか
けられない。気軽に洗って干せる素材の綿シャツにしたい。
ボトムスは汗かくから毎日替えたいけど、それじゃあ制服だ
けだと全然間に合わない。地味な白系の綿パンで代用したい。

持ち物を揃えて、事前に大高先生にチェックを受けた。
制服じゃダメなのかとだいぶゴネられたけど、自宅からの通
いじゃないからね。事情を説明して押し切った。
もっとも、僕は私服で繁華街をうろつくヒマなんかないよ。
暑いし、そもそも時間もお金もないもん。

全期間制服着た切りすずめを回避したって言っても、味もそっ
けもない格好なのは同じ。でも、しゃあないね。
それよか、洗濯をどうすっかなんだよなあ。

早朝から起きないとならないってことは、その時間帯に済ま
せるしかない。あ、洗濯物吊るす紐も買ってこなきゃ。

蒸し暑い部屋でだらだら汗を流しながら買い出し品のリスト
をメモ書きして、それを財布に入れて部屋を出る。

「カギがないんだよなあ」

おおらかっていうか、いい加減ていうか。

でも、日中は住職さんがいる。
人の気配が絶えてしまうっていう時間がないんだろう。

さあ、買い物もあるからちゃっちゃとこなさなきゃ。


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三年生編 第70話(5) [小説]

立水を連れて、母屋の前で声を張り上げる。

「重光さん! 立水が着きました!」

「おう」

のそのそと。めんどくさそうに重光さんが出てくる。

「あんたか」

「はい。よろしくお願いします!」

「こまけえことはこいつに聞いてくれ。同じこと二度言うの
は面倒だ」

立水は口をあんぐり。

「ああ、銭は先払いだ。あんたは、20日間だったな。一万
円。それと、携帯を出せ。預かる」

慌ててバッグから封筒と携帯を出した立水が、それをさっと
重光さんに渡した。

無表情にお金と携帯を受け取った重光さんは、携帯の電源を
切って布の袋に入れ、口をねじねじで締めた。

「どうしても連絡が必要なら、携帯じゃなく寺の電話を使っ
てくれ」

「はい」

「盆にかかる。その前後は人の出入りがある。それは承知し
てくれ」

「分かりました」

「じゃあな」

重光さんは、さっと引っ込んでしまった。
あとは、僕が案内しろっていうことなんだろう。

ちぇ。


           −=*=−


立水の部屋も、作りは僕のところと同じ。
窓はあっても、網戸はない。

思ったよりもきれいじゃないかって感じで、さっきの僕と同
じように部屋を見回していた立水が、くるっと振り向いた。

「おい、工藤」

「うん?」

「あのじいさん、やる気あんのか?」

めんどくさがりの、ぐだぐだに見えたんだろう。
そういうのが嫌いな立水は機嫌が悪かった。

「くっくっく。甘く見ると、足元すくわれるよ」

「へ!?」

「あの斎藤先生をガキ扱いしてる。とんでもなく厳しいわ」

「うわ、ガキ扱いかよ」

「それに、重光さんがここのルール以外に僕に言ったことは
一つしかない」

「なんだ?」

「ここに来た以上、諦めることは絶対に許さん。それだけ」

「む……」

「逆に、ルールを遵守する以外のリクエストは何もない。あ
とは全部勉強で使え、時間を無駄にするな、とさ」

「そうか」

「自分のことなんだから、自分でなんとかしろってことなん
でしょ。だからそっけないんだよ」

「なるほどな」

「問題は、だ」

まだ開けてなかったカーテンを、じゃっと音を立てて引く。

「げ……」

お・は・か、オンパレード。
さすがの立水も、ちょっとなあと思ったんだろう。

「さすが、格安」

「まあね、でも、そんなのはどうでもいい。どうせ夜は暗く
て外は見えないんだし。カーテン引くし」

「それもそうか」

「それよか、空調なしで部屋密封だと暑すぎて勉強どころ
じゃないよ」

立水が、慌ててもう一度部屋を見回す。

「エアコンなし、かよ」

「一泊五百円だからなあ。まあ、窓開けて風通せばなんとか
なりそうなんだけどさ」

実際に窓を開ける前に、立水が気付いた。

「これだけ墓があると、蚊がひどそうだな」

「さっきちょっと開けただけで、猛爆撃だったよ。かなわん
わ」

「ぐえー。網戸は?」

「ない」

「そらあ地獄だぜ」

「でも、窓の外から網張ってもいいって言ってたから、あと
で夕飯買い出しに行く時に探す」

「俺もそうする。蚊取りは?」

「火ぃ使うのはだめだって」

「ああ、ミスト系はいいってことだな」

「そう。それも後で買ってくるさ」




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てぃくる 388 襲(かさね) [てぃくる]


「同じ色ばかりいくら重ねても……。違う色を重ねないと、美しく見えないでしょ」

「そうね。でも、わたしが違う色を見せようとしても、それはどれも同根。わたしの一部である以上、みんな同じ色なの。それを違う色に見せかけてもしょうがないわ」




kt.jpg
(オトメツバキ)






  整理券を持ちて並びし若者の
   同じく見へてそれぞれの色






1000001Colors by 【F9】



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三年生編 第70話(4) [小説]

ちょっと考え込んでる間に、もう何箇所か刺された。
慌てて重光さんの代わりに窓を閉めた。

「なんだなんだ、やわだなあ。ちったあ蚊にも血ぃ分けてや
れ」

蚊に刺されたところをぼりぼり掻きながら、重光さんが酷な
ことを言う。

「これじゃ、勉強に集中出来ないですよう」

「殺虫剤でも使うんだな。ただ、蚊取り線香焚くのは禁止だ」

「え? なぜですか?」

「火を出されたら、どうにもならん」

確かに。家が密集してる住宅地だし、道が細いから消防車も
そうそう入れない。

「あの……自分で外から網張るっていうのは」

「かまわんぞ。これまで来たやつぁ、結構そうやってたから
な」

ほっ。
でも、風を通すなら入り口の方も開けておかないとならない
から、どっちにしてもミスト式の蚊取りがいるってことだ。
あとで、買ってこよう。

「冷蔵庫は使えるんですか?」

「使える。こっちに来い」

講堂と泊めてもらう部屋の間の細い廊下のどん詰まりに、バ
ストイレと洗濯機、冷蔵庫、流しやガス台が揃っていた。
ものすごく汚いのかと思いきや、きれいに整理整頓されてい
て、どれもこざっぱりしてる。

普段から手入れしていて、放置はしていない感じだ。

「きれいですね」

にやっ。
重光さんが笑った。

「あんたらが、最後にきれいにしていくんだよ。ここまでな」

!!!

そ、そういうことかあ!!

「ここは寺だ。寺が御仏の在所である限り、そこはいつもぴ
かぴかにしておかねばならん。ここで寝泊まりする以上、坊
主と同じ義務を負ってもらう。だらしない生活は絶対に許さ
ん!」

ぞわわわわ。
こらあ、五百円の安さに釣られたのは失敗だったかも。

でも、朝から晩まで掃除してろってことじゃないんだろう。
ここで暮らす以上、退去する日までには来た時以上にきれい
にしろってことだと思う。

「あと、勤行があると伺ったんですが」

「五時に起こす。そこからの一時間は、宿代の一部だと思っ
てくれ」

「はい」

「読経と本堂の清掃は義務だ」

「分かりました」

朝五時起床かあ。二週間は、本当に修行だな。

「それ以外の義務は一切ねえ。根性据えて勉強しろ。くだら
ねえこと考えてる暇があるなら、一問でも多く問題を解け。
一語でも多く単語を覚えろ」

「はい!」

「普段あんたがどれだけ時間を無駄に使っているか。そいつ
がきっちり身にしみれば、斎藤みてえなヘマはしねえはずだ」

ううう、瞬ちゃんをばっさり。
確かにすごいじいちゃんだわ。

でも、余計なことをぐちぐちいい続けたり、説教や嫌味をぶ
ちかましたり、そういうのは一切ない。
俺は言うべきことを言った。あとはおまえが自力でなんとか
しろ。……って感じ。

ぴんぽーん!

大きな呼び鈴の音が響いた。

「ああ、もう一人が着いたな。あとはおまえに任せる」

「え?」

「部屋はおまえの隣だ」

いいも悪いもない。
重光さんは、さっさと母屋に引っ込んでしまった。

なんつーか。

部屋にバッグを置いて、門を開けに行った。

「おわ!? なんだあ?」

呼び鈴を押して出てきたのが住職さんじゃなく僕だったのを
見て、立水がのけぞって驚いてる。

「よう。おつー」

「てか、ここの住職さんは?」

「めんどくさいから、あとは僕が説明しろってさ」

どごおん!!

立水がおもいっきりこけた。

「な、なんつー」

「強烈だわ。まあ、細かい説明は後で僕からするけど、挨拶
だけはしとかんとまずいよなー」

「当たり前だ」

「じゃあ、行くか」



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三年生編 第70話(3) [小説]

「きれいですね」

「誰も使わねえからな。掃除だけしてりゃ汚くはなんねえさ」

ぽいっと言い放った重信さんが、僕に向かってぐいって手を
伸ばした。

「管理費、先払いだ」

「あ、今出します」

ボストンバッグを床に置いて、茶封筒を引っ張り出す。
五百円かけ二週間で七千円。
都内のホテルなら一泊分にもならない。こんなんで大丈夫な
んだろうか? かえって心配になる。

「あのう……」

「うん?」

「宿代、こんなお安くていいんですか?」

「こらあ、宿代じゃねえよ。ここはホテルなんかじゃねえ。
空き地と同じだ」

げ……。

「ただ、電気と水道、ガスが使える空き地さ。その光熱費と
維持・管理のゼニだけもらうってわけだ」

「うわ」

「今ゼニをもらったから、水周りのものは好きに使ってくれ。
風呂、洗濯機、灯り、時間を気にせんで必要な時に使え」

「助かります」

「ゴミ。俺んとこでは処理出来ん。持ち込んだものは責任持っ
て始末しろ」

「はい」

そうか。弁当殻とか、予備校への行き来の時に始末しないと
ならないんだ。

重光さんは、また僕に向かって手を伸ばした。

「携帯を出せ。預かる」

「あ、最初から持ってきませんでした」

「ほう?」

「斎藤先生から、取り上げられるって聞いてたので」

「ああ、あの馬鹿野郎か。まともに生きてんのか?」

ぼろっくそだ。斎藤先生をまるっきりガキ扱いしてる。
確かに、すごい曲者だわ。

「ここを紹介してくれたのが斎藤先生なんで、生きてます」

「二回失敗したくれえで諦める大馬鹿者なんざ、とっととく
たばっちまえって言っとけ!」

うわ、一刀両断じゃん。き、厳しいなあ。

「あんたもそうだ。ここに来た以上、諦めることは絶対に許
さん!」

ううう、ぎびじい。

「がんばります! あ、ここに泊まるのは僕だけですか?」

「いや、もう一人、立水ってやつが来る。あんたと同じクラ
スなんだろ?」

ああ、やっぱりここに来ることにしたんだ。
あいつなら必ず食いつくだろうと思ったから。

「はい」

「同じ説明を二回したくねえ。おまえから説明しといてくれ」

どごん! こ、このじいちゃん。強烈だ。

「ああ、ここには門限はねえが、俺が寝る時に門扉を閉めち
まう。それが九時だ。それより遅く帰ってきたら入れねえか
らな」

それって、門限って言うんじゃ……。

「九時、ですね」

「おう。俺が寝た後に鍵外して外に出るのは構わんが、鍵ぃ
掛けられねえからな。その間に泥つくでも入ったら責任取っ
てもらう」

まあ、その時間帯に外に出る事はないな。

「どうしても帰りが遅くなる事情がある時ゃあ、早めに電話
を寄越せ。考慮する」

「分かりました。予備校の講義が終わったら直帰するから、
たぶん大丈夫だと思いますけど」

「まあな。でも、何があるか分かんねえから、備えだきゃあ
しとけ」

「はい」

ものっすごくぶっきらぼうだけど、必要な情報やルールはちゃ
んと説明してくれてる。今までのところは、ばあちゃんたち
がこき下ろすほどひどくないと思うんだけどな。

それよか気になったのは、予想通り空調がないことだ。
重光さんと話をしていても、暑くて暑くてしょうがない。

「あのー」

「なんだ?」

「窓を開けてもいいんですか?」

「かまわん。ただ網戸は入ってねえ。蚊が多いから、それは
覚悟してくれ」

ぐえー……。

引いてあった古ぼけたカーテンをしゃっと音を立てて引き開
けた重光さんは、ロックを外してガラス窓を全開にした。

「!!」

目の前にずらっと墓石が並んでた。
げ。でも、お寺さんなら当然そういうのもありうるよなあ。
一々気にしてなんかいられない。

幽霊よりも蚊の対策をなんか考えないと。




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三年生編 第70話(2) [小説]

ぎゃはははははっ!
おばあさんたちが、こらあたまらんという感じで腹を抱えて
大笑いした。

???

「あんたも物好きだねえ。照さんは厳しいよ」

「はい、そう伺ってます」

「そうかい、そうかい。まあ、がんばっとくれ」

おばあさんの一人が、右手の枝道をひょいと指差した。

「入り口が引っ込んでるから見えにくいけど、ちょっと行っ
た先に一軒小さなコンビニがあるよ」

「それが須坂さんてとこですか?」

「そう。ここらにはそれくらいしかないからね」

「不便じゃないんですか?」

「一駅先には商店街もスーパーもあるからね。ここに店ぇ出
しても流行らんよ。駐車場にするスペースもろくにないから
ねえ」

あ、そういうことかあ。

「ありがとうございます。助かりました」

「はいはい。お勉強がんばってね」

「あのじいさんに負けるんじゃないよ」

「偏屈が服着てるみたいなやつだからねえ」

「そうさ。あんなのが坊主だなんて世も末だよ。仏さんが鼻
つまんで逃げるわ」

ぎゃはははははっ!
僕もつられて笑ったけど……向こうに着いてからも笑ってい
られるかは正直ギモンだった。

おばあさんたちがみんな知ってるってことは、この界隈では
相当の有名人なんだろう。気が重くなってきた。

ぐええ……。


           −=*=−


「ひいひいひい……」

ぱっと見、平地なのかなあと思ったんだけど、違ってた。
きつい坂じゃないけど、微妙にずっと上り坂なんだ。

ぎんぎらぎんの酷暑の中を大荷物背負って上るのは、かーな
り堪える。

「ひいひいひい……あ」

古くてくすんだ家並みがぽこんと空いて、その奥に小さな門
と湧元寺っていう木の表札が見えた。

お寺っていうより、こじんまりした古屋敷っていう感じ。
決して大きくない。設楽寺とどっこいどっこいかなあ。

庭なんかどこにもないびちびちの家並みからすれば、少し緑
があってスペースが見えるお寺は、幾分空気が違う感じ。

呼び鈴を押す前に、歩いてきた道を振り返る。
確かに、駅から僕の足で五分くらいだった。近い。
朝、ここから出て駅に向かう時には下りになるから楽だろう
けど、講習でへとへとになったあとでこの坂を上るのはしん
どそう。

でも、宿泊費を考えたら文句は言えない。駅から近いだけで
もありがたいと思わないとね。

さて。

覚悟を決めて、呼び鈴を押す。
電話で住職さんとやり取りしたけど、口調や話しっぷりから
判断する限り、かなりきつそうな人だった。
さっきのおばあさんたちの評価もそうだよね。曲者だって。

でも。僕は泊めてもらうんだから、あれこれ文句を言える立
場にない。辛抱しないとね。

「誰だ?」

いきなり門柱から声がしてびっくりした。
そっか。インターフォンになってたんだ。

「今日からお世話になる予定の工藤です」

「ああ、来たか」

スピーカーからぶっきらぼうな声が聞こえたと思ったら。
すぐに門が開いて、住職さんが出て来た。

うわ……。予想以上に年を取ってる。
でも、お坊さんというから坊主頭かと思ったら、白髪を伸ば
してて、それを後ろで結んでる。
変わった雰囲気のおじいさんだ。

「あんたが工藤さんかい?」

「はい! よろしくお願いいたします」

深く頭を下げてお辞儀したけど、それをほとんど見もせずに。
重光さんが僕にくるっと背を向けた。

「ついてきな。案内する」

「はい」

すっごいぶっきらぼう。
ようこそもいらっしゃいませもなし。
確かに、瞬ちゃんが俺以上の偏屈っていうだけあるなあ……。

たぶん……もう八十は過ぎてるんじゃないかなあ。
でも、背筋はしゃんと伸びてるし、足取りにも年寄りっぽい
よたよた感はない。
お年の割に元気……じゃなくて、顔を見なければその年齢と
は分からないみたいな。

お住まいとお寺の本堂はくっついてない。別立てだ。
そして、お住まいの方は本当にコンパクト。
とても、僕が泊めてもらえそうな気配はない。
つまり、本堂の中の部屋を貸してくれるってことなんだろう。

案の定、重光さんはお住まいの方ではなく、本堂の方にすた
すた歩いていった。

本堂もそれほど大きくはない。
法要をする広間みたいな広い部屋が二間。その他に小さな部
屋が三つか四つ。それだけ。

靴を脱いで開け放ってあった講堂に上がり、そこを突っ切っ
て、反対側の部屋に入った。
カーテンが閉めてあって、部屋は真っ暗。
重光さんがぱちっと壁のスイッチを押して、灯りを点けた。

「ここを使ってくれ」

「わ!」

ものすごーく陰気臭い部屋を想像してたんだけど、部屋自体
はごく普通の作りだ。僕の部屋と対して変わらない。


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