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三年生編 第72話(5) [小説]


ばたばたっとノートや参考書を畳んで、弁当を開ける。

「家のおいしいご飯が食べたいなあ」

もさもさもさ。
コンビニのお弁当は、すぐに飽きる。

おいしくないわけじゃない。
でも、結局どれも同じ味のように感じちゃう。

成功や幸福の味を知っちゃうと、それ以外の日常が味気なく
感じるんだろう。
ほんのわずかな成功や幸福ですらもらえなければ、うまいま
ずいって言ってる場合じゃない。何にでも食いつかないとな
らないのに。

……そして、自分も昔は間違いなくそうだったのに。

「幸福メタボ……かもな」

自分で取りに行く足が萎えて、今いるところで食べられそう
なものを物欲しげに見回してる。
そこにあるものは、もうほとんど食い尽くしているのに。

弁当殻をビニール袋に放り込んで、ペット茶の口を切った。

ぱきっ。
僕以外誰もいない部屋に、その小さな破壊音が転がる。

口を付けて、一気に半分くらいまで飲み干す。

ごくごくごくごくごくっ!

「っふう。ん?」

ああ、そうか。
普通の緑茶じゃなくて、ジャスミンティーを買ったんだっ
け。

お茶に花の香りを移して作るジャスミンティー。
ジャスミンの花に求められるのは香りだけで、香りを手放し
た花は用済みになってしまう。
花がどんなに香り高く咲き誇っても、それがお茶の中に突っ
込まれた時点で花としての尊厳を失う。

同じように。
僕が今、家に、そしてしゃらに逃げ込めば、僕はそこに香り
を移して意味を失うんだろう。

ああ、いやだな。
僕は、絶対にそうなりたくない。

それがいやなら。
我慢できないなら。
僕がどこでどんな風に咲くのかを……自分できちんと決めな
いとならないんだろう。

自分の家での夕食を思い返す。
そこにいつも並んでいる家族の顔を思い返す。
しゃらは今頃どうしてるかを思い返す。
しゃらの笑顔、泣き顔を思い返す。

それを見られないことは本当に辛い。
でも……。

今の僕は、それに耐えられてしまうんだ。

もし僕が一年か二年の時にこういう独りに押し込まれたら、
孤独に押し潰されて、もっと激しいホームシックに陥ってい
たかもしれない。

でも、僕はもう涙なしで自分の孤独に向き合える。
それがいいことなのか悪いことなのか、僕には分からないけ
ど……。

今一人きりに耐えられるのは、心の動きを感じるセンサーの
感度がすごく下がっちゃったからかもしれない。
自分のダルさをスルーしてきた僕は……むしろ孤独の恐ろし
さをもう一度噛み締めて、泣ける自分を取り戻した方がいい
のかもしれない。

何もかも後回しにして、香りだけになってしまう前に。




maturik.jpg
今日の花:マツリカJasminum sambac




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