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二年生編 第21話(2) [小説]

静かな室内でシャーレを覗き込んでの作業をしていると、
段々眠くなってきた。
いかん! これはいかん!

集中しよう!

そう思えば思うほど、どんどん眠くなる。
おかしいなあ。これはおぎちゃんの授業とは違う。
ちゃんと緊張感を持って作業に臨んでるはずなんだけど。

両手で頬をぱちんと叩いて、気分転換に展示室の方に出る。
頭が冴える。

あれ?

それでも、まだ何となくぼーっとした感じは残る。
これは……。

あーっ! アルコールだあ!
ブツが入ってるアルコールの蒸気吸っちゃってるから、なん
となく酔っちゃうんだ。

時々換気しないとダメだあ。
参ったなあ。

作業室の窓を開けて、空気を入れ替える。
少しマシになった。
のんべの人はいいけど、お酒に弱い人は出来ないね。

僕はどうなのかなあ。
お酒飲んだことないから、分かんない。
父さんも母さんも、普段はお酒飲まないし。

ぶつぶつ言いながら、作業再会。
2時過ぎに、大きなシャーレの中身を分け終わる。
これで三千円か。

うーん。微妙。

確かに一日二腹出来ないことはないけど、かなりしんどい。
欲張らずに回数でこなすしかないね。

分け終わったのを乾燥機に入れて、作業日誌に分けた試料の
番号を書く。作業者、工藤、と。日付入れて、と。
これでいいのかな。

日誌を確認してたら、顔に息が当たってぎょっとする。

「どわっ!」

「あんたが高田の後かい?」

いきなり挨拶も名乗りもなしで、ぶっつけ話しかけてきたの
は、きったないジャンパーを着て、そのポケットに手を突っ
込んでる女性だった。

警戒信号全開。
これがもしかすると悪魔か?
あのちゅんさんをもってしても、制御しきれないという。

「あ、はい。工藤です」

「はっ。そんなのは日誌見りゃ分かる」

強烈。見るからにすごいインパクトだ。

背は高くないけど、痩せてて目がぎらぎらしてる。
ノーメーク。髪は短いけど、それを無理にてっぺんで結わえ
てる。キューピーみたいな感じ。

ぼろぼろのザックを担いでるけど、その上のところから何か
の足がはみ出してる。
……タヌキの死骸っぽい。

もしかして、このスタイルで電車とか乗ったんだろうか?
たまらん。

構うなと言われたけど、絡まれた場合はどうすればいいんだ
ろう?
逃げるしかないよね。

「あの、今日の作業は終わったので、僕は帰ります」

「あ、そ。ちゅんは?」

「大学です」

「館長は?」

「いると思いますけど」

「ちぇ、居るのか」

階下で話し声がするのを聞きつけたのか、館長さんが降りて
きた。

「あら。校倉さん、来てたの?」

「さっきね」

「新しい個体?」

「そう。冷凍庫に放り込んどきますわ」

「勝手にばらさないようにね。この前ひどい目にあったわ」

じろりと校倉さんを睨む館長さん。

「あんたはどう思ってるか知らないけど、ここに住んでる人
のことも考えてよ。臭いと飛び散った血の後始末で大変だっ
たんだから」

「はいはい」

「今度やったら、あんたが寝てるところの上から残骸ぶちま
けるからね」

「へーい」

分かっとらんな、こいつ。
さっさと避難しよう。

「館長さん。僕は作業が終わったので引き上げます」

「ああ、ご苦労様」

笑いかけてくれる館長さん。

「送ろうか?」

悪魔が来たりて耳元でささやく。

「間に合ってます。今日はちゃりで来たので」

「つれないのぉ」

しっしっ。

博物館を出て、自転車にまたがる。

ふう。とりあえず、初日にしては上出来だろう。
アルコールの臭いに酔ったのと、悪魔に出くわしたのが減点
だけどさ。

そういや、今日はしゃらはタルボットかなあ。
寄ってって見るか。

一仕事終わった安心感で鼻歌なんぞ歌いながら、ゆっくり
ちゃりを漕ぐ。

タルボットは静かだった。
今日は暇なのかな。売り場じゃなくて、作業場にいるかも。

「いらっしゃいませ」

奥から出てきたのは娘さんだった。

「あら。しゃらちゃんの彼氏さんね。工藤さんて言ったっ
け?」

「あ、はい。ちょうどバイトが上がったので、何か仕入れて
行こうかと思って」

「ええー? しゃらちゃんが目当てじゃないのぉ?」

図星。
でも、そうは言えない。

「バイト邪魔するわけにはいきませんから」

「しっかりしてるわねえ」

いたずらっぽく笑うおねいさん。
いかん。今日はお客さんが少ないからいじられそうだ。
さっさとケーキ買って帰ろう。

ショーケースを見回す。
この前はしゃらに却下されちゃったミルフィーユが、僕を手
招きしてる。

こーてくれー。
はいはい。

「えーと、ミルフィーユをください」

「一つでいいの?」

「はい。自分へのごほうびなので」

「何かいいことがあったわけ?」

「そういうわけじゃないですけど。今日は無事にバイトをこ
なしたので」

「どんなバイトをされてるの?」

むー。

「それを言ってしまうと、せっかくのケーキが台無しになる
ので……」

「変わったバイトなのね」

「思い切り変わってます」

「そう聞くと、ますます知りたいなあ」

好奇心きらきら。
身を乗り出してきたおねいさん。
止めた方がいいって。



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