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三年生編 第64話(5) [小説]

僕らが小声でこそこそ話してたのが聞こえたんだろう。
寝返りを打った五条さんが、僕らに気付いた。

「見にきてくれたの?」

「はい。めっちゃかわいいですー」

「うふふ。でも、このかわいい顔でねー」

「はい」

「泣く時は、タカなの。全力」

うわ。
タカクラスの夜泣きっすか。きつそー。

「授乳の間隔が空いてくるまでは修行ね」

「大変ですね」

「でも、それが赤ちゃんだから」

「はい。体調はどうですかー?」

「大丈夫よ。寝不足だけかな。食欲もあるし、悪露も思った
ほどじゃない」

そっとベッドから降り、千広ちゃんを覗き込む五条さんの顔
は、本当に聖母のようだった。

「ああ、そうそう」

「はい」

「元原って子。どうなった?」

しゃらと顔を見合わせて、思わず溜息。

「うちの校長と長友さんとで対応を協議したらしいです」

「うん」

「転校になりそうです」

「休学じゃなくて?」

「はい。あいつのメンタルのこと以前に」

「うん」

「親父が……」

五条さんが唇をきゅっと噛んだ。

「また……バカ親の犠牲か」

「元原が荒れるのも分かる気がしました」

「うん。身元は?」

「児童福祉施設に一時身を置くって聞いてます」

「ああ、それで転校か。とりあえず高校出るまではサポするっ
てことね?」

「はい。そこからはぽんいちには通えないので」

ふうっと。
五条さんが細い溜息を漏らした。

「今回問題になって、運が良かったのか悪かったのか分から
ないわね」

「うん……確かに」

「まあ、いい方に考えましょ。学校から重い処分が出るか立
件されてたら、確実にアウトよ。おまえみたいなやつは、とっ
とと学校やめて働けって放り出されてた」

「そっか……」

「とりあえず、治療の名目でも猶予期間が出来たということ
を前向きに捉えるしかない」

「あと半年ですもんね」

「そう。そこから先は欲しくても庇護がなくなるんだから、
今のうちにいろいろ備えておかないとさ。施設の先生や長友
さんが彼の相談に乗ってくれるでしょ。ラッキーよ」

「ラッキーって思ってくれりゃいいけど」

「まあね。でも、どのみち今のままじゃ受験どころじゃな
かったでしょ。進学を諦めないのなら、親父抜きのプランを
立てていかないとどうしようもない。彼が、そう割り切れる
かどうかね」

そうか……。

もう一度千広ちゃんの顔を覗き込んだ五条さんが、ふうっと
小さな溜息を漏らした。

「どんなに愛情を注いでも、親子の間にズレが出来ちゃうこ
とはあるし。毒親の子供がみんな歪んでるってわけでもな
い。何でもかんでも親子の因果関係で済ませるわけにはいか
ないね」

うん……。

「自分の子供が出来たから、わたしもこれから毎日勉強よ。
決して人に偉そうなことは言えないわ」


           −=*=−


帰り際、タカからどっさりトマトをもらった。

商店街の八百屋さん、八百坂さんから、出産祝いだって言っ
て立派なトマトが箱で届いたらしい。
でも、かっちんちは全員トマト嫌い。

お祝いものだから突っ返すわけにもいかないし、千広ちゃん
の顔見に来るお客さんに、お礼代わりに景気良くばらまいて
るって。
わははははっ!

うちは逆に全員トマト好きだから、このおみやはすっごい嬉
しい。
ほくほくほく。

そんな僕の表情をじっと見てた五条さんが、こそっとこんな
ことを言った。

「ねえ、工藤くん」

「はい?」

「トマトってさ。そのまま生で食べる時と料理に使った時と
で味が変わるでしょ?」

「あ、そうですね。僕は生で丸かじりが好きかなー」

「わたしもー」

「人っていうのも、そういうものなのかもね」

「??」

「そのままの時。何かあって変えられちゃった時。その人の
印象はがらっと変わっちゃう」

あっ!
思わず、しゃらと顔を見合わせた。

「元は……同じトマトなのにね」





tomato.jpg
今日の花:トマトSolanum lycopersicum



三年生編 第64話(4) [小説]

「自分が選んだ進路先に後悔しないためにも、自分で調べる
だけでなく、わたしたちもしっかり利用してください」

「それはね、わたしたちも残せる財産が欲しいからなの。み
んなが、自分のことだからって一方的に決めて突き進んでし
まうと、わたしたちがフォロー出来ないだけじゃなくて、わ
たしたちの経験や指導力も育たない」

「お願い。わたしたちを鍛えてやるんだっていう気持ちで、
面談には積極的になってください」

「足りない資料や情報が欲しいということなら、わたしたち
の方で最短時間で揃えますから。高校の進路指導ルートでし
か手に入らない情報もあるからね」

おおおーっ!
みんなは大げさに驚いたけど、確かにそうなんだろう。

さっと手を挙げたのは光岡だった。

「先生、これから相談、いいっすか?」

「いいわよ。今日は午後が全部空き。下校になるけど、わた
したちは待機。面談で使って」

光岡の他にも何人かの子が次々にアポを入れて。
定期試験が終わったっていう安堵感より、緊張感が上回った
まま解散になった。



           −=*=−


「なるほどなー」

「いっき、何感心してるの?」

「いや、沢渡校長になってから最初は三者面談が、最後は三
年生の面談そのものが廃止になっちゃったでそ?」

「うん、あれは……ひどいと思う」

「僕も、そりゃあないよって思ってたんだけどさ」

「うん」

「そうでもないのかなと」

「えー? どしてー?」

しゃらが、ぷうっと頬を膨らませた。

「受験を回避する方針立てちゃった子には、面談の意味がな
いからさ」

「ああっ! そっかあ!」

「でしょ? 機械的に面談組んじゃったら、ほんとに相談が
必要な子に割ける時間ががったり減っちゃう」

「なるほどなあ……」

「これからみんなの地力が上がって、大学を受験しようとい
う子がもっと増えてきたら、すぐ面談を復活させるんじゃな
いかなあ」

「そっか。今のはあくまでも現状に合わせた経過措置ってこ
とね?」

「僕はそう思うんだけど」

「そうかもね」

試験や面談の話をしながらゆっくり歩いているうちに、いつ
もの坂口の分岐点に到着。

「いっきは真っ直ぐ帰るの?」

「うーん、五条さんとこの生赤ちゃん見たいけどなー」

「きゃははっ! 生赤ちゃんて」

「まだ写メしか見てないからさー」

「そっか。見てく?」

「え? いいの?」

「タカが自慢しまくってる」

「わはははっ! じゃあ、そうすっかな」

「行こ、行こ!」

しゃらにぐいぐい腕を引っ張られて、かっちんの家に。
店番は元広さんだった。

「あれ? 元広さん、大学はいいんですか?」

「今週は代返頼んである。もうすぐ夏休みだしね」

「試験は?」

「大学は前後期制だからね。9月頭さ」

「あ! そうなんだー」

「千広だろ?」

「そうですー。見れますー?」

「大丈夫だよ。かわいいぞー」

クールな元広さんが、目尻を下げてにやついた。
本当にかわいいんだろう。

裏に回って。

「ちわー……」

こそっと声を掛ける。

のそっと出てきたタカが、口に指を当てた。
ちょうど寝付いたとこなんだろう。

「ありがとな」

「いえいえー。ぜひ生顔を……」

「ははは。まあ、上がれや」

「おじゃましますー……」

しゃらと二人で、こそっと階段を上がる。
前に宴会をやった居間じゃなく、タカと五条さんの寝室に案
内された。

ベビーベッドとその上のメリー。
白で統一された小さな世界。

その真ん中で、白いケープですっぽりくるまれた千広ちゃん
がすやすや眠っていた。

「うわ……かっわいい!」

「でしょー」

しゃらが、食べちゃいたいって顔で赤ちゃんの顔を覗き込む。

「どっち似かなあ」

「五条さんの方ちゃう?」

「でも、口元とか、まんまタカだよー」

「そっかー」



三年生編 第64話(3) [小説]

とかなんとかわいわいやってて、ふと思い出した。

「あ、ヤス」

理系関係者だけで盛り上がってたから関係ないって顔してた
ヤスに声をかける。

「なに?」

「おまい、志望はどっち系?」

「社系。あんまレベル高いところは狙わない」

「そか。来知大のパンフとオープンキャンパスの案内もらっ
たんだけど、要る?」

「お!」

今度はヤスだけでなくて、何人か女の子が吹っ飛んできた。

「ちょっと、くどーくん、来知大の人と知り合いなの?」

「教務課の人と知り合い。宣伝しといてくれってさ。パンフ
と案内どっさり預かってる」

カバンから出して机の上に乗せたら、あちこちから手が伸び
て、あっという間になくなった。

わお!

「お、おれの分ー……」

呆然とするヤス。げははっ!

「ヤスの分は、僕の方で確保しとくよ。今回パンフを送って
くれた奥村さんて人が、前にうちに来て大学のシステムとか
を丁寧に説明してくれたんだ。感じのいいとこだね」

「でも、いっきはそっち系じゃないだろ?」

「まあね。ちょっとトラブルの方で……」

「げ」

「そっちは大したことなかったんだ。それより、せっかく出
来たコネクションは生かしたい。先々、妹の進学先になるか
もしれないし」

「うーん、なるほどなー」

「八月下旬のオープンキャンパスにも誘われてるから、しゃ
らと行ってくる」

「あれ? 御園さんも工藤くんもそっち系じゃないよね?」

藤野さんが首を傾げた。

「大学ってとこの雰囲気を知りたいんだ。講義とか」

「ああ、なるほどなー」

「たくさん来て欲しいって言ってたから、ツアー組むで」

わははははっ!

うちのクラスがこんなに盛り上がったのは初めてかも。
体育祭ですらシラケてたのに。受験ネタだと盛り上がるのか
あ。

関口の作ったファイルにかじり付くようにして集中してペー
ジをめくっていた光岡が、ふうっと大きく息をついた。

「なるほどな。一般入試だけじゃないってことかー」

「私立はな。国公立は厳しいよ。AOや一芸の枠はまだ小さ
いから」

「だな。でも、選択肢が多いのは助かる」

「ああ」

そうか。光岡はまだ志望を固めてないんだろう。
ほっとする。

「なに見てるの?」

関口のファイルを囲んでわいわい騒いでいた輪の外から、え
びちゃんの声がした。

「エロ本見てますー」

「ごるああああっ!!」

わたわた慌てる関口。
ぎゃははははっ!

僕の混ぜっ返しに慌てて首を突っ込んできたえびちゃんは、
関口の力作を見て、絶句した。

「わ! す……すご」

「いやあ、さすが関口ですよ。でも」

「うん」

「本当は、学校できちんとこういう整理をして欲しいんです。
ただパンフとかを指導室に並べておくんじゃなく」

僕の苦言に、先生がまじめに頷いた。

「確かにそうね。受験担当者会議ですぐ議題に出します」

先生が前向きにさっと引き取ったのを見て、みんながほっと
してる。
そう。みんな、もうちょい積極サポートが欲しいんだ。

今、学校が全力で取り組んでるのは基礎学力の向上。
試験の中身を調整したり、模試の結果を見てプレッシャーを
かけたり。それは、僕らの地力を上げるための負荷だ。
でも負荷かけるだけじゃ、効果は今いちだと思う。

トレーニングする場所に、マシンだけでなくてスポーツドリ
ンクや軽食の無料サービスがあれば、僕らはよしもういっ
ちょ頑張ろうかっていう気になるんだよね。

前に、安楽校長にもお願いしたこと。
ムチだけでなく、飴がちゃんと欲しい。
そんな超高級の飴でなくていいからさ。
そこを……もうちょい学校側に頑張って欲しいなあ。

僕らをぐるっと見回したえびちゃんは、通る声でアナウンス
を出した。

「定期試験が終わってから終業式までの間は、進路に関する
面談期間ね。去年から義務は外してるけど、そういう情勢
じゃないでしょ?」

みんな、一斉に頷く。

「納得行くまで何度でも付き合うから、必ず声を掛けてくだ
さい」

先生は、しゃらに目を向けた。

「今、うちのクラスでわたしを一番利用してるのは御園さん
ね。模試や定期試験が一つ終わる度に、こまめにチェックし
ながら進路先を絞り込んでるの」

こくんとしゃらが頷いた。




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三年生編 第64話(2) [小説]

「これから、こういう問題が組めるレベルの先生を、ぽんい
ちに続々送り込んでくるんだろなあ」

「瞬ちゃんは第一陣てことか」

「そう思う」

でも、うまいよね。
瞬ちゃんは、僕らが出来ないことを根性論に押し込まない。
僕らの努力不足のせいにはしないんだ。
時間だけだらだら使って勉強しても、実力なんか上がらない
もの。

現状を正確に把握して、どこをどうすれば苦手を克服出来る
か、地力が上がるか、その意識とテクニックを磨かせようと
する。

リョウさんの示唆にすっごく近いんだ。

「いいなあ……」

しゃらが、問題文を覗き込んでる。
他の教科は、まだ先生の意識がばらついてるんだろう。

「でも、えびちゃんの英語もぐんと難しくなってるし、他の
教科も徐々にハードルが高くなってきてるよ。外部模試との
落差は埋まってくるんちゃうかな」

「だな」

「あとは、夏をどうしのぐか、だ」

「おう」

「関口は夏期講習どうすんだ?」

立水がダイレクトに突っ込んだ。
関口が即答する。

「俺は市内の短期のやつを受ける」

「二週間?」

「いや、十日コース」

「それで間に合うんか?」

「AOと併せるからな。無駄を出したくねえ」

「工学系にもAOがあるんか!」

「私立はな」

一度自分の席に戻った関口が、大学の案内パンフがぎっしり
綴じ込まれた分厚いファイルを持ってきた。
書き込みのある付箋紙が、にょきにょき生えてる。

「うおおっ!」

「す、すげえ」

「さ……っすがあ」

しゃらも絶句してる。

「やる以上は、半端はしたくねえ。調べるなら徹底的に、だ」

さすが粘着質。
こだわりだすとはんぱねー。

「工藤は、これまで足で稼いで結果を出してる。その手法を
俺も今使ってんだよ」

ふむ。なるほど。

「見学?」

「ああ。オープンキャンパス待ってたんじゃ、埒があかん。
俺がやりたい研究してる先生のところに、直接見学申し込ん
でんだ」

思わず、全員のけぞった。

「す……げえ」

「やるぅ!」

「見せてくれるん?」

「いろいろだ。でも、うちに来ないかって声かけてくれた先
生もいたんだよ」

「!!」

「まさに、足で稼ぐだ。工藤の戦略(タクティクス)の破壊
力を思い知ったな」

「そっか。そこをAOで狙うってことか」

「ああ。まだ材料が揃ってねえ。だから一般入試の備えも外
さねえけど、方針固まったら、無駄は省く」

僕と立水と関口。
三人の中では、関口が一番最初にゴールに駆け込みそうだ。
むー……じわっと焦りとコンプレクスが……。
いかんいかん! 人と比べてる場合じゃない!

僕がじたばたしていたら、横からひょいと光岡が顔を突っ込
んできた。

「これ……すげえな」

「ああ、関口の力作だ。はんぱね」

「俺も見せて欲しいなあー」

てっきりだめって言うかと思った関口は、あっさりオーケー
を出した。

「俺の方針はだいたい固まったからな。使いたいなら使って
いいぜ」

おおー、太っ腹っ!

光岡が小躍りして喜んだ。

「関口大明神! 拝むぜ! なむなむなむっ!」

ぎゃはははははっ!!

なになになにって感じで藤野さんと海老原さんも吹っ飛んで
きて、分厚い大学パンフのファイルを見て驚嘆の声を上げた。

「すっごおい!」

「見せて、見せて!」

関口は、得意げ。喜色満面。
まあ関口にとって、このファイルは手塩にかけたフィギュア
みたいなものなんだろう。
自慢したい気持ちはよーく分かる。すっごい出来いいし。

ちぇー。僕もこういうの欲しいよう。


三年生編 第64話(1) [小説]

7月16日(木曜日)

「おわた、おわた」

「きっつー……」

「もうお腹いっぱい」

「しんどー」

ラストが英語。
ボリュームも内容もたっぷりで、定期試験にしては大盛りサ
イズだった。
逆に言えば、それだけ僕らの英語の地力が全体的に足んないっ
てことなんだろう。

こなせなくて基準点を割れば、容赦なく追試。
夏休みに食い込ませないよう、来週の火曜には一発目が来る
から、まだ試験が全部終わったっていう開放感はない。

これから続々と帰ってくる答案用紙に一喜一憂する日々が、
しばらく続く。

実生はどうだったんかしらん。

「しゃら、どやったー?」

「たぶん……赤は一つもないと思う」

「おおー! 盛り返したなー」

「だって、まだ特待諦めたわけじゃないから」

「だよな」

「あとは、全体がどれくらい上がったかだよねー」

うん。しゃらもちゃんと見てるね。
そうなんだ。がんばってるのは僕らだけじゃない。
目標が決まってくれば、みんなそこから一斉にエンジンの回
転数を上げ始める。

とりあえずクリア出来ればいいというレベルを、みんなが越
えようとして来るんだ。
うちの学校の中でさえ、僕らが他の子よりもがんばらないと
上に行けない。ましてや……ね。

まあ、それはそれ。
とりあえず期末をクリアしたから、来週末の模試までは少し
ギアを落とそう。
ずーっと全開で回しっ放しじゃ、本番前にエンジンが焼き付
いちゃう。

「しゃらは、休み前におぎちゃん……でなかったえびちゃん
に、チェック受けるんでそ?」

「うん。今回の結果を見て、また進学先を練り直さなきゃ」

「そか。だんだん気合い入ってくるもんだなー」

「ほんとにー」

とか。
試験が終わった開放感でのんびりしゃらと話をしてたら。
ものごっつきっつい視線がずぶずぶと頭に突き刺さった。

う……立水かあ。

「工藤、どうだったんだ?」

「出来?」

「ああ」

「だいぶ盛り返せた。最初がひどかったからね」

「数学は?」

「満点は無理だと思うけど、9割は越してると思う」

「くそっ!」

散ったか……。

確かに、今回の問題は相当意地悪かった。
問題作ったの、瞬ちゃんだもん。そらあ、手ぇ抜くわけない
でしょ。
引っ掛けあり、時間かかるのあり、多設問で消耗するのあり。
下手な模試よりごつかった。

理系選ぶならこのくらいはこなさんか、馬鹿者ども!!
瞬ちゃんの罵詈雑言が、問題用紙からどくどくと流れ出てた
からねい。

「なあ、立水」

「なんだ!」

「瞬ちゃんの出題の意図に、ちゃんと気付けよ」

「はあ!?」

「あれは、ただの定期試験用の問題じゃない」

ささっと関口が寄ってきた。

「ああ、俺もそう思う。あの先公、やっぱただもんじゃねえ
な」

「だろ?」

関口は気付くだろうと思ってた。
やっぱ、な。

「さすが、ぽんにから来た先生だよ。無駄がない」

「どういうことだ?」

立水は問題だけに集中してて、そんなことに気付く余裕はな
かったんだろう。

「一般入試組は、定期試験はパス出来りゃいい。赤取らなきゃ
いい。それ以上の意味はないんだ。それは、僕らにとって無
駄だと思わんか?」

「ああっ!」

カバンから、鷲掴みで数学の問題用紙を出した立水が、目を
血走らせて問題文を見回した。

「そうかっ!」

「だろ?」

関口が、立水が机の上に広げた問題用紙を何度か指差しなが
ら解説する。

「穴埋め型の小問はセンター試験のシミュ。ごつい枝問は、
二次試験のシミュ。これ自体が立派に模試なんだよな」

「そう。問題の配置や時間配分。そういうのを戦略を立てて
から解かないといい点が取れないように組まれてる。恐ろし
く手の込んだ試験問題なんだ」

立水が額に青筋を浮かべたまま、問題用紙を隅々までチェッ
クしてる。

「ぬうう!」

「つまり瞬ちゃんは、僕らの苦手なところがどこにあるのか、
取れた点数だけじゃなくて、解けなかったパターンからもそ
れをチェックしろよって言ってるわけ」

思わず腕組みしちゃう。




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三年生編 第63話(5) [小説]

「ああ、そうか。なるほどな。元原だけでなく、在校生への
影響も最小限に抑えたいってことか……」

「そう。処分カードは最後の手段さ。乱発すると、効果がな
くなる。そして、もうすでに二枚切っちゃってるでしょ?」

「いっきのと、ホッケー部のやつだな」

「そう。それ以降は極力出したくないんだよ」

「あのさー、なんで出したら効果が低くなるわけー?」

永見さんが首を傾げた。

「処分を出さない方が、最初に出した処分の効果があったと
生徒に受け止めてもらえるから」

ぱちん!

しゃらと永見さんが同時に指を鳴らした。

「くうー!」

「そうかあ!」

「校則の機械的な運用はしない。沢渡校長が口約束したこと
を、安楽校長は実際の約束として守ってくれそうってことだ
よね」

「だな」

じんが、さっと席を立った。

「じゃあ」

「うす」

「解散ね」

「試験は始まったばっかだよ。そっちに集中しよ」

「うん!」


           −=*=−


試験は午前中だけだから、雨の上がった少し蒸し暑い道を歩
いて帰ることにした。
しゃらは、スーパーに寄るからと早足で先に帰った。

「ふう……あじー」

カバンを肩に担いで、きょろきょろとあちこちを見回しなが
らゆっくり歩く。そして、元原のことをあれこれ考えた。

自分がいなくなったことを歓迎されてしまうなんて。
それは……すっごく悲しい、寂しいことだと思う。
僕ならとっても耐えられない。

当たり前だけど、元原だってそんなことはこれっぽっちも望
んでいないだろう。
でも、それならばどうして自分の行動を振り返れない?
自分がクラスの女の子たちに総すかん食らってるってことに、
どうして気付かない?

ああ、そうだよね。
それが病気ってやつなんだろう。

穂積さんがどん底までへたれ切っていた時。
僕や伯母さんやレンさんが、どんなにどやしてもなだめても
浮上しなかったこと。
それで……分かるじゃん。

自力でどうにかなるようなら、そもそも病気なんかじゃない
んだ。

ろくでなしだけど、いないと困る存在だった父親からぽんと
切り離されて。元原がどんな感情を覚え、どんな行動に出る
のか、全く予想が付かないんだ。
少なくとも、前向きの発想にはならないような気がするんだ
よね。

あいつが見るからに粗暴だとか、悪知恵が働くとか、そうい
うやつなら、僕らはあいつがしでかしそうなことに用心しな
いとならない。

でも……。
唯一の武器だった図々しさを取り上げられたあいつには、何
かしでかすリキはもう残っていないと思う。

校長が言ってたみたいに、学校も警察もあいつにチャンスを
提供しようとしてる。
あいつを潰そう、叩きのめそうとしてるわけじゃないんだ。
それを……あいつがちゃんと理解出来ているだろうか?

僕は、それがどうも気になる。

足を止めて、雲が薄くなった空を見上げる。
梅雨明けが近くなってきて、雲の隙間から差し込む日差しが
痛く感じられるようになってきた。

夏が……近い。

夏の日差しを待ち焦がれるもの。
夏の日差しを嫌い、萎れるもの。
季節の移り変わりに応じて、植物は栄え、衰退する。

それは僕らと何も変わらない。
僕らだって、いいことがあれば気分が高揚するし、嫌なこと
があれば何もする気がしなくなる。
環境に応じて、僕らの心身の状態も刻一刻と変わっていくん
だよね。

じっと見下ろしている足元で、ベビーサンローズが真っ赤な
花を次々に咲かせ始めていた。

五条さんとタカとの間に、新たな生命が誕生した。

自分が受けられなかった愛情の分まで、その子に。
五条さんは、千広ちゃんにこれでもかと愛情を注ぐだろう。
それが溢れることはあっても、足りないなんてことは絶対に
起こらないと思う。

咲き始めたばかりの小さな花は、生命の息吹ときらきら輝く
愛情の熱さを強く僕に印象付ける。

でも。
もし今、元原がこの花を見たら、その印象は僕とは全く違っ
たものになるのかもしれないなと。
ふと思った。

誰からも、そう親からすらこの小さい花ほどの愛情も受け取
れず、その寂しさに心がひどく歪められている。
歪んで出来た傷口から血が滲んで、それが心のあちこちに丸
い血溜まりを作る。

ぽつぽつと。




babysunr.jpg
今日の花:ベビーサンローズAptenia cordifolia



三年生編 第63話(4) [小説]

「今回のケースも、出来るだけ穏便に済ませたい。つきまと
いとセクハラの事実があったにせよ、まだ永見さんと御園さ
んに関しては軽微な被害で済んでいる。現時点では、無神経
なアプローチがうっとうしい、気味悪いというだけだろ?」

「はい」

「そうですー」

「被害の再発、拡大防止を着実に行うには、彼に厳しい処分
を出してしまうのが一番手っ取り早い。だが、それでは彼の
矯正には結び付かん。難しいと思うが、学校側としては処罰
以外の対応策を何とか考えるしかない。第二、第三のこんな
ケースを作りたくないからね」

「はい」

「まず、彼には期末試験をちゃんと受けてもらう。今日も、
欠席ではなく校長室で試験を受けさせてる」

「!!」

「クラスにその事実を知らせるわけにはいかないからね。江
平くんには、急病という形で公表してもらった。実際、病気
なんだよ。ウソはついてない」

そうか……。

「その後の夏休み期間中にカウンセリングプログラムを受診
するよう、学校と警察の両方から彼に強く勧めてある」

「強制ではないんですか?」

思わず聞き返してしまった。

「強制は出来ない。だが、彼の行動に対して学校も警察も強
い警告を出した。彼はそれを無視出来ない」

うん。五条さんの言ってた通り。
処分を食らうか、治療を受けるかの二択にしたってことだ。

しゃらが、おっかなびっくり聞いた。

「あの……夏休みの後で戻って来るんですか?」

「戻れん」

え!?

四人そろってびっくり!

「ど、どうしてですか?」

永見さんも、口あんぐりで絶句してる。

「それは彼の事情ではない。彼の親の事情でね」

思わず顔を見合わせちゃった。

「工藤くんには前にちらっと言ったが、彼の父親は残念なが
ら極めて倫理観や社会責任の意識が乏しい」

「はい」

「そういう人は、いろいろなところでトラブルを起こしやす
い。それで察してくれ」

「彼は放置されるということですか?」

「そうは行かないさ」

椅子に座り直した校長が、眉間に深いしわを寄せた。

「諸事情を鑑みて、児童福祉施設に一時寄宿してもらうこと
になった。施設が我が校の近くにはないので、施設から通え
る高校に転校してもらわざるを得ない。カウンセリングもそ
こで受けてもらうことになるね」

そうか……。

「あと半年だからな。石にかじりついてでも高校を卒業しな
いと、その後の不利益が甚大になる。彼も割り切るしかない
だろう」

ゆっくり椅子から立ち上がった校長が、僕らに背を向けた。

「君らにとっても他人事ではないよ。もし君らの親が突然病
気や事故で他界すれば、彼のような厳しい立場はすぐに現実
のものとなる。そして社会は、そういう児童に対して決して
優しくは出来ていない」

ぞっと……した。

「今、君らが学べるということ。それがとても幸せであると
いうことは、君らがそれを当然と思っている間はなかなか分
からないんだ。こういう機会に、自分のこととしてもよく考
えてみてくれ」

「はい!」


           −=*=−


校長がぼかしたところの擦り合わせをした方がいいだろうと
思って、中沢先生に生物準備室の鍵を借りて四人で短時間の
延長戦をやった。

「なあ、いっき。元原の親父に何があったんだ?」

ダイレクトにじんが突っ込んで来た。

「それは分からんわ。でも想像はつく」

「警察に捕まったんでしょ?」

永見さんが、一発で正解を出した。

「そうじゃないかな。父子家庭で父親が動けなくなれば、す
ぐにギブアップだろ」

「そうか……」

「転校の挨拶とかは?」

しゃらからの質問。

「ないと思う。父親の突然の転勤で夏休みに合わせて転校。
それが一番勘ぐられない」

「勘ぐる?」

「あいつは悪い意味で有名過ぎるもん」

「あ、そういうことかあ……」

「学校がこっそり自主退学させたんじゃないかって思われた
ら、どんな連鎖反応が起きるか分かんないからね」

じんが、こんと机を叩いた。



三年生編 第63話(3) [小説]

こんこん。

「工藤くんかい?」

「はい。御園さんもいます」

「入りたまえ」

「失礼します」

校長室にはすでにじんと永見さんが居て、僕らを待ち構えて
た。

「まあ、座ってくれ」

四人してソファーに座ったところで、校長が事務的に話を切
り出した。

「元原くんのことだ」

やっぱりな。

「永見さんと御園さんが一番の被害者なので、校長の私から
経緯と今後の方針を説明する。ナイト役をお願いした白井く
んと工藤くんにも聞いておいてもらいたい」

「はい」

「それと、ここでの話はオフにしておいてくれ。あくまでも
被害者とそのサポーターへの対応説明が目的であって、決し
てゴシップの提供ではないからね。まあ、全員しっかりして
いるので、その心配はないと思うが、一応念のため」

「分かりました」

「工藤くんが迅速に警察関係者に対応を相談してくれたこと
で、私は最悪のカードを切らなくて済んだ。まず、それに深
く感謝する」

校長が僕に向かって、深々と頭を下げた。

「田貫署の長友さんというベテランの方から、今後の彼への
対応についての協議打診があり、さっそく出向いてきた」

「どうでした?」

僕の問い掛けを、校長が手を上げて制した。
きちんと話を聞いてくれということなんだろう。
僕は頷いて、校長が話し終わるまでは口をつぐむことにした。

「今回は、苦情が正規に訴えられていた永見さんにではなく、
御園さんへのつきまといという形で出たが、彼は女性への性
的執着が極めて強い。それは、比較的風紀がゆるい我が校で
も到底看過出来ない悪質なレベルだ」

「その行為だけを見れば、長期の停学措置もやむを得ないん
だよ。だが、彼のその性癖には背景がある」

校長が、ぐるっと僕らを見回した。

「最初に私が彼に警告を出した時、彼は露骨に不服の表情を
顔に出した。それは立水くんがぶちかますような論拠があっ
てのものではなく、多分に感情的なものだ」

「女なんてものは、しょせんその程度の存在だろう? そう
いう歪んだ女性観が最初から剥き出しになっている。そして
奇妙な女性観を彼に植え付けたのは、どう見ても彼の父親だ」

校長が、もう一度僕らを見回した。

「彼の両親は彼が幼い頃に離婚していて、父親が彼を引き取っ
ている。だが実際は子供の取り合いではなく、押し付け合い
をやったんだよ。彼は奥さんの実子じゃないんだ」

げえっ!
四人揃って、目が点になっちゃった。

「母親にとっては、夫が浮気して他の女に生ませた子供の面
倒なんか誰が見るものか、そういう感情が先に立つ。それは
無理もない。父親は自分のことしか考えていない。足枷の子
供が居れば女を漁りに行けない。彼は邪魔者だ」

もう……何も言えない。
校長にとっても、そこまでぐっちゃぐちゃだったっていうの
は予想外だったんだろうなあ。

「気の毒なのは、間に挟まってしまった彼だよ。彼には女性
への思慕と嫌悪がぐちゃぐちゃになって放り込まれてしまっ
た。父親が怖いから感情発現が抑制気味で大人しそうに見え
るんだが、中身は暴君なんだよ」

ふうっと太く息を吐き出した校長が、ごほんと咳をしてから
話を続けた。

「彼がまだ小さい子供なら、父親だけでなく私たち教師の制
御も効いたんだろう。だが、横暴で勝手な父親のことを憎ん
でいる彼は、男性の権威者に対する反発が極めて根強いんだ。
だから、私の警告をつらっと聞き流す」

「すでに大人の入り口にいる彼を制御できるのは、今は経済
的な制限だけさ。もし彼が学校をやめて自力で稼ぎ始めたら、
父親に輪をかけて倫理観の乏しい、困ったやつになるだろう」

僕らは、顔を見合わせてしまった。

「ただな。彼は、幸か不幸か自立心に乏しい。だから、学校
という庇護のある世界から切り離されることを病的に恐れて
いる。当然、停学は受け入れても退学は絶対に嫌なんだよ。
そこで、学生生活が強制終了になるからね」

なるほど……。

「工藤くんは例の事件で知っていると思うが、無期停学とい
うのは、実質自主退学を促す手段だ。学校が課す退学処分と
実質なんら変わらん」

「はい」

「だから、私はよほど大きな理由がない限りはそのカードを
切りたくない」

じんが何度も頷いた。




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三年生編 第63話(2) [小説]

そう。今日から期末試験が始まる。

とっ始めから、いきなり数学だ。
物理ほどじゃないけど、今でもそんなに好きじゃない。

「ふうっ……」

入学した時には定期試験なんか大っ嫌いで、そんなもん世の
中から滅びちまえって思ってた。
さっさと終わっちゃわないかなあって。

でも。

この期末が終われば、もう定期試験は二回しか残ってない。
二学期の中間と期末。

それだけだ。

容赦なく、高校生活終了に向けてカウントダウンが進んでいっ
てる。
まだそんなにあるのか、じゃなく。
もうそれしかないのか、なんだ。

一分一秒を無駄にしたくない。
こういう試験も含めて、通り過ぎてしまった高校生活はもう
二度と戻ってこないんだ。
そのちくちくするような痛みを、しっかり心に刻み込むこと
にしよう。

「はじめっ!」

ざっ!

問題用紙を裏返し、名前を書き、設問を見回す。

さあ、やるぞっ!


           −=*=−


「いっきぃ、初日どうだったー?」

「予想してたよりは良かったかな。今日の科目は追試は考え
なくても良さそう。しゃらは?」

「わたしも、なんだかんだばたばたあった割には盛り返せた」

ほっとする。

「よかったなー」

「うん。前にリョウさんがさあ」

「うん」

「直前をうまく使えって言ってたでしょ?」

「ああ、そうか。記憶する系は直前が一番頭に入るって言っ
てたもんな」

「なの。今回は、それがうまくはまった感じ」

「なるほどー」

とか。
試験の手応えの話をしながら帰り支度していたら、事務のお
姉さんが僕らの姿を見つけて嬉しそうに声を掛けてきた。

「あのー、工藤さん、御園さん」

「はい」

「なんですかー?」

「ああ、帰ってなくて良かった。校長が、ちょっと来てくだ
さいって」

「分かりましたー」

ヤスがすかさず寄ってきた。

「おい、いっき。なんかやらかしたんか?」

「いや、この前の中庭の審査のことだと思うよ」

「ああ、そっちか」

安心したんだろう。ヤスが、さっと撤退した。
こういう時に、合理的な言い訳のネタがあるのはありがたい。

プロジェクトの話のわけないじゃん。
それなら、校長は部長の鈴ちゃんを呼ぶよ。役から降りた平
部員の僕を呼ぶわけない。
しかも、しゃら込みでなんて絶対にありえない。

きっと元原絡みのことだろう。

期末試験初日のホームルーム。
えびちゃんからクラスのみんなに、元原が急病で試験を全欠
するっていうことはもう伝えられてた。
そして、それに対するクラスメートの反応は恐ろしく醒めて
いた。

あいつも運が悪いよなあと口々に言いながら、でも素行の悪
いあいつを本気で心配するやつが誰もいない。
あの元原とは仲がいいはずの黒木でさえ、だ。

俺たち、ケツに火が着いてる受験生なんだぜ?
いつまでもバカやってねえで、そろそろマジメに進路を考え
ろよ! おまえだって受験組だろが!
あの黒木ですら、元原の傍迷惑な行動にはそういう嫌悪の表
情を向けていた。

元原は、黒木の感情が読めなかったんじゃない。
黒木にすら突き放されて、クラスの中に自分の置き場がどこ
にもなくなってるってことを、どうしても認めたくなかった
んだろう。

しゃらや永見さんへのつきまといと同様に、あいつは黒木に
もなれなれしくつきまとってた。
でも、ナルシストの黒木の目が自分自身に向いたら、他の子
以上に元原の方なんか見なくなるよ。
黒木がそういうやつなんだってことを、元原が甘く見てたん
だと思う。

元原のあの人迷惑な性癖は、自分に自信が持てないところか
ら来るのかなと思ったりする。
女の子へのナンパを繰り返すっていうのもそうで、駆け引き
に勝って女の子を征服するっていう形でしか、自分と人とを
繋げない。

……ってことなのかな。

それにしても。
とんがりくんばかりを集めると、こういう弊害が出るってこ
となんだなー。

とんがれるってことは、みんなそれぞれに自分はこれだって
言えるものを持ってるってこと。
そこにはプライドがあるから、簡単には人に触らせない。
どうしても一人一人の独立性が高くなるんだ。

それでなくても受験を突き付けられて、目が自分にしか向か
なくなるのに、こういうクラスだとそれが増幅されて、みん
なのドライさが一層ひどくなるんだ。
今ならドライさ100パーセント増量、当社比……って感じ
だよなー。

そこに群れていたい平凡な子が混じっちゃうと、普通ならす
ぐみんなになじむはずなのが、逆に浮いてしまう。
それも……なんだかなあ。

「いっき、なにぶつぶつ言ってるの? 早く行かなきゃ」

「あ、わりぃわりぃ」




三年生編 第63話(1) [小説]

7月14日(火曜日)

元原のつきまといのごたごたがあったけど、五条さんの迅速
な対応ですっきりけりが付いた。
もっとも、けりが付いたことに安心出来たのはしゃらや永見
さんだけで、学校側の関係者と警察で対応に当たってくれる
人たちにとっては、これからが本番なんだろう。

五条さんから対応を聞かされてすぐ、しゃらに電話して元原
の件が解決したことを伝えた。
週明け、僕がアパートに迎えに来ることを楽しみにしていた
らしいしゃらは、露骨にがっかり声を出した。
だから、予定通り迎えに行くよって言ったら大喜びしてた。

まあ……数日間ものすごく緊張してたから、少しくらいご褒
美があってもいいでしょ。

そして、昨日はもう一つおめでたいことが。
そう僕との立ち話を終えてしばらくして、五条さんが破水し
たんだって。

げーっ!
ってことは、あの時もう陣痛が来てたんじゃん!
ヤバ、ヤバ、激ヤバ!

でも五条さん、自分の出産のことよりつきまといの件の方が
気になってたんだろなあ。
ほんとに……頭が下がる。

かっちんとこは大騒ぎで、家族総出で産院に移動。
家の中には誰もいない。空っぽ。鍵も閉めてない。店のシャッ
ターも下ろしてない。
なっつがもしやと思って見に行って、呆れてたって。

わはははははっ!
かっちんちらしいよなあ。

五条さんは、産院に行ってから十時間後、日付が変わってし
ばらくして無事に女の子を出産した。
初産にしてはスムーズで、母子ともに健康。

タカとの子供だからさぞかしでかいんだろなあと思ってたけ
ど、ぱんぱんだったお腹の割には普通サイズで、3000グ
ラム弱だって。

これまで男ばっかでむさ苦しいと公言していたかっちんのお
母さんは、初孫が女の子だったことに狂喜乱舞。
タカは、娘を嫁にくれと言ってきた男はぼこぼこに殴り潰す
と、今から宣言してるらしい。
ぎゃはははははっ!

名前はじっくり考えるのかなあと思ったら、タカと五条さん
の間でずっと前からもう決めてあったらしい。
昨日の夜に、五条さんから赤ちゃんの画像付きでメールが飛
んできた。

『命名 中塚千広(ちひろ)』

うん。
どうしてそう付けたのかがすぐ分かる、とってもいい名前だ
と思った。
タカと五条さんの名前から一字ずつ取ったんだ。

ただ合わせたっていうだけじゃない。
千という字の大きさ。広いっていう字の広がり。
未来はどこまでも広がってるよ。そんなイメージ。

おおらかなタカと五条さんらしいなあと思った。

こう、なんていうか、ここんとこずっともやもやしてたのが
全部いっぺんに吹っ飛ぶような明るいニュース!
これから続くベビーラッシュのトップバッターは、いきなり
場外ホームランでスタートだ!

「ねえねえ、次は誰の番だっけ?」

「順調に行ったら光輪さんとこだよな。確か八月だったはず」

「生まれたら見に行かなきゃね」

「んだ」

「その後が会長で」

「そう。九月。あれ? 片桐先輩のお母さんもそのくらい
じゃなかったっけ?」

「あ、それもあったんだー」

「その後が宇戸野さんとこかー」

「予定日が十月末だったよね」

「ほんとにベビーラッシュだよなー」

「でも、いっぱい赤ちゃんの顔見れるって、嬉しいっ!」

「ほこほこするよな」

「お祝い何するか、考えないとね」

「そうだよなあ。まあ、五条さんとこなら、それが何でも気
にしないとは思うけどさ」

「きゃははははっ!」

「食べるものだけは止めよう。瞬殺されちゃう」

ぎゃははははっ!
路上でハイになって騒ぎまくっている僕としゃらを、他の生
徒が気味悪そうに見てる。
でも、それが全然気にならないくらい気分がよかった。

上げ潮が来てる。間違いなく。
それは僕らが作ったものじゃないけど、でもちゃんと利用し
たい。モチベーションをきっちり上げなきゃ!

期末試験が終われば、そこで大きな区切りの時が来る。

プロジェクトの舵取りは、完全に僕らの手から離れる。
今までまだどこかふわふわしていた受験に対する意識も、がっ
ちり固まってくる。
そしてなにより……。

ぽんいちに入ってから、ずーっとしゃらとの二人三脚で過ご
してきた日々が、一人と一人に割れる。

それは僕らが心から望んでいることじゃない。
逆だ。本当は、そんな時間は一分一秒たりとも過ごしたくな
い。

でも、僕らは挑まないとならない。
一人で過ごす時に慣れること。耐えること。そして、克服す
ること。

三年になってから、僕はいろいろな人に挑み、戦ってきた。
沢渡校長、安楽校長、大高先生、おぎちゃん、中沢先生、浅
田っていうおっさん……。

でも、それは僕と僕を取り巻く世界を守るための戦いであっ
て、それで僕が強く、大きくなったわけじゃない。
成長したわけじゃない。今の僕を守り抜いただけなんだ。

そうさ。
一番強大な敵が、まだ目の前に立ち塞がってる。

それは……自分自身だ。

家族や友達、しゃら。
そういう僕を包んで温めてくれる人たちから離れて、僕は本
当に独りでもやっていけるんだろうか?

あっきーじゃないけど、それをもんもんと考えてたって強く
なるわけなんかない。
僕は僕なりのやり方で、心の芯を鍛えないとならない。

決意するなら土俵際に追い込まれてからじゃなく、こうやっ
て前向きになれる時に。

よーしっ!!

「ちょっと、いっき。何いきんでるの?」

「いや、まず期末をぶっ飛ばさないとさ!」

「そだね!」




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