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三年生編 第65話(4) [小説]

ばたばたと勉強道具を片付けて、リビングに降りる。
今日は母さんがトレマのパートだから、自分たちで用意しな
いとなんないって思ってたけど。

「あら。今呼びに行こうと思ったのに」

「母さん、今日はパートじゃなかったの?」

「急遽シフト変えてもらった」

「え? 何かあったっけ?」

「姉さんのSOS!」

母さんの額に、ぶりぶりぶりっとぶっとい青筋が浮いた。

「相変わらず段取りが悪いんだからっ! あれでほんとに会
社のトップをやってたのかしら! 信じらんない!」

ううむ。冷蔵庫の中身が空っぽだったと見た。
でも弓削さんがいるから、伯母さんもなかなか身動き取れな
いんだろう。

生協の個配頼むにしても、玄関先での応対が必要になる。
配達員はお兄さんのことが多いから、間違っても弓削さんに
応対させるわけにはいかないってことなんだろなあ……。

いろいろ制限が加わって、伯母さんにもたんまりストレスが
かかってそう。

「買い出し?」

「それだけじゃない。ええと、妹尾さんて言ったっけ?」

「うん。弓削さんのパーソナルトレーナー」

「あの人ね、家事がまるでだめなの」

ずどおん!
思わず、実生と一緒にぶっこけた。

「えええっ!?」

「うっそおっ!」

「今は珍しくないわよ。実生や御園さんがてきぱき上手にこ
なすから、いっちゃんはあまり感じないかもしれないけど、
女性だから家事出来るなんてのは、今や幻想」

「ううう。そっかあ」

「恩納さんや伴野さんは自分からやらないと生きてけなかっ
たからちゃっちゃっと出来るけど、りんちゃんは最初壊滅
だったでしょ?」

そうでした。

「でも姉さんとこの住人は、みんな短期間でスキルアップし
たからね。いつでも嫁に出せるわ」

ぎゃはははははっ!
実生と二人で、腹を抱えて大笑いした。

「花嫁の母っすか」

「まあね。そういうのはやっぱり世襲よ」

「ふうん」

「母親が小さい頃から手伝わせることで、家事を自分でこな
すのは当たり前っていう意識が子供に出来る。親が甘やかし
て家事をさせなかった子が、結婚決まったからってすぐに出
来るようになんかならないわ」

だよなあ。

「ってことでね。姉さんと妹尾さんには、弓削さんの食事の
世話が充分出来てないのよ。学生組は日中学校に行ってるん
だから、その分責任持ってやらないといけないのにさー」

「ぐげー」

「他のメンバーは大事な試験があったから、自分の生活リズ
ムを守ることで精一杯よ。当番はちゃんとこなしてるけど、
それ以上に気を回せっていうのは無理」

「そうだよな」

「その分、姉さんがちゃんとフォローしないとならないのに、
自分のことすら出来てない。買い出しの指示や食事当番の管
理がぼろっぼろ。今日だって、学生は全員バイトよ。妹尾さ
んも日曜はさすがに休み。住み込みじゃないからね。姉さん
一人」

「あ、それで」

「そう。そういう事態になるのは分かってたはずなのに、兵
糧が尽きたわけ」

「むー」

「これが初めてって言うならまだ許せるけど、姉さんの家事
のアバウトさはこっち来てからずーっと直ってない。あれじゃ
あ、とても嫁になんか出せないわ」

ずどおん!
実生と二人でぶっこけた。

「嫁っすか!」

「だって、宇津木先生といい感じなんでしょ?」

「ううむ」

伯母さん。嬉しくて、母さんに漏らしたんだろなあ。

「宇津木さんも独身で一人暮らしだって伺ってる。どこまで
丁寧かはともかく、家事はご自身でこなされてるってことよ
ね?」

「そうなんだろなあ」

「そこに、てんで使い物にならない姉が行ってごらん。何も
出来ないくせして態度だけでかいババアなんか、魅力ゼロよ」

ぐあー。母さんもきっついなあ。ぼろっくそ。

悪魔のような微笑みを浮かべながら、母さんが伯母さんを徹
底的にあげつらった。

「わたしは、女だから家事をしなきゃならないなんてレトロ
なことは言わないよ。でも、自分のことぐらいは自分でこな
さなきゃ。仕事してるならともかく、仕事辞めてる専業主婦
がダンナに自分のパンツ洗わせるなんて論外よ!」

わあお。木っ端微塵じゃん。こりゃあ、相当アタマに来てる
と見た。




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三年生編 第65話(3) [小説]

実生に椅子を勧めて、僕はベッドにどすんと腰を下ろした。

「親離れしてないと、最後はこうなっちゃうのかーっていう
のを見ちゃったからさあ」

「え?」

実生がきょとんとした。

「何かあったっけ?」

「しゃらの兄貴さ」

「あっ!」

ばっと立ち上がった実生。椅子が机にぶつかって、がしゃん
とでかい音を立てた。

「ああなっちゃ、おしまいだよ」

「そうなの?」

「自分の実家が崖っぷちにいるのを見て、俺がなんとかする
から任せろって腕まくりするならともかく、頼れないのかっ
てへたってしまうなんてさあ」

「げー。なにそれ」

「それも、年寄りでも病気でもなく、一番元気なはずの二十
代で。そんなの論外だよ」

「うん」

「そのとばっちりがしゃらに全部来ちゃう。自分の、じゃな
くて、家の将来がずしんとしゃらの肩に乗っかっちゃう」

「うう」

「実生なら耐えられる?」

じっと俯いた実生が、ゆっくり首を左右に振った。

「無理」

「まあね。でも、それは今の実生が恵まれてるからだよ」

「うん」

「恵まれてるなら、しっかりそれは味わった方がいいよ。今
幸せでないと、これからの幸せを想像出来ないよ」

「うん。そうだよね」

「そうしたら、もし何かあっても自分は不幸だってへたるん
じゃなくて、何とかしようって思えるじゃん」

「出来るかなー」

「出来るさ」

「そう?」

「ここに来てから、出来たんだから」

実生がぐんと体を起こして嬉しそうに笑った。

「あははははっ! そうだよね!」

「だから」

「うん」

「どう変化するのか一々心配してもしょうがないよ。変化は
黙ってても起こるんだもん。実生がもうJKになったように
ね」

僕は、あの写真を指差す。

「あの写真」

実生も、パネルをじっと見つめる。

「あの時は……幸せだったよ。最高に。高校生として、ね」

「高校生として?」

「そう。でも、僕もしゃらもずっと高校生ではいられない。
高校生としてすっごい幸せだったという思い出は出来ても、
それには頼れない」

「うん」

「それは、僕も実生も同じだってことさ」

ふうううっ。

長い長い溜息をついて。
それでも、実生はゆっくり椅子から降りてぐいっと背伸びを
した。

「そうだね」

「大丈夫だよ。楽しいことを見つけるのは、実生の方がずっ
と上手なんだから」

「ふふふっ」

実生は、少しの間顔を伏せて寂しそうに笑った。

「いっつもそう言ってくれるお兄ちゃんが隣にいなくなるの
は……やっぱ寂しいなあ」

ぱん!

両手で腿を叩いた実生が僕の腕を引っ張った。

「ごめん! 時間ない。お願い!」

「ああ、そうだな」

ばたん!


           −=*=−


「ぐえー、あづいー」

「はんぱね」

実生の部屋で数学教えてる間にどんどん雲が薄くなり、真夏
の太陽が容赦なく部屋の中に飛び込んで来るようになった。
それに比例して、部屋の温度もがんがん上昇。

エアコン付けるにはまだ中途半端な気温だから我慢したけど、
汗びっしょりになっちゃった。

「追試の問題より、教室の温度の方が敵になるかもなあ」

「ううー、そうだよねえ。学校で、エアコン付けてくんない
の?」

「付けないよー。怠け者は思い知れって感じぃ」

「ぶー」

「一年の時の補習なんか、ほとんど我慢大会だったしぃ」

「そっか。お兄ちゃんが一年の時には補習救済だったんだ」

「そ。でも、あれじゃあ頭ン中に何も入らないよ。今の追試
方式の方が理にかなってる」

「だよねー」

「そろそろ昼飯にすべー」

「うん。お腹空いたー」