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三年生編 第66話(4) [小説]

「なんで、英語のコーディネーションを縮めて、コーデ班と
いうのはどうだろうかって案が出てます」

わはは。なんか、服の着合わせみたいだ。
うん。おもろいやん。

「まだあります」

「トオルの補佐は、企画班の班長と班員でする形になってた
んすけど、今回は全然機能しませんでした」

「さっきトオルがぶち切れたみたいに、結局一人でやれよっ
ていう形になってっちゃう。それを防ぐために、サブマネを
新設することにしました。臨時のチームじゃなくって、パー
マネントにマネージャーチームを置こうってことっす」

菅生くんが、一年生たちの方に目を向けた。

「高橋くん、江本さん。その二人に、サブマネをお願いしま
した。二年生も、企画班の班長だったおばやんをサブマネに
振り替えることにします」

「高橋くんと江本さんにお願いしたのは、二人が一年の中で
一番はっきり自分の意見を言ってきたからです」

「調整は、なんでも言うことを聞く人にはこなせないっす。
だって、みんな勝手なこと言うんだもん」

「だあってろ、ぐだぐだ言うな! 俺以上の案があんのか?
あるなら出してみろや! そうずばずば言える人じゃないと、
出来ないんです」

「それに、自分の意見を通そうとするなら、ただ言いっぱじゃ
なくて、人の意見をよく聞いてここがダメって突っ込まない
とうまくいかないすよね? そういうのが出来る二人だから、
やってよってお願いしたんです」

「トオルも、高橋くんや江本さんも、はっきり言います。そ
うしないと何も決まってかないから。だからみんなもマネー
ジャーの調整がおかしいと思ったら、はっきりそう言わない
とだめっすよ」

菅生くんは、はきはきとここまで説明して。
ちょっと間を置いた。

「いいすか? プリントに書いてあるのはまだ案です。こっ
ちの方がいいんじゃないかとか、自分にもサブマネやらせろ
とか、そういう申し出は全然おっけーっす」

「それと、来年誰がトオルの後をやるかは、サブマネの持ち
上がりにしません。俺らの時もそうだったけど、三役をどう
するかは一年の間で話し合って決めてください。まだまだ先っ
す。慌てなくていいっす」

じいっと目をつぶって聞いていたかっちんが、菅生くんの話
をまとめた。

「三役の他に、企画班、コーデ班、実務班、マネージャー
チームを置くということだな」

「ぶっちゃけ、そうっす」

すかさず関口がダメを出した。

「無駄だ。コーデ班は要らん。全部GMにぶら下げろ」

「同意」

僕も、手を挙げた。

「んだな」

「その方がすっきりする」

しのやんとうっちーが頷いた。

菅生くんが、ばりばりと頭を掻いた。

「そうっすよねえ……でも、それじゃトオルがきつくないす
か?」

「いや、サブ置けば、それで仕事割り振れるだろ?」

「あ、そうか」

「しのやんが、うっちーとももちゃんに仕事割り振ってたみ
たいに、そこで調整すればいいんちゃうかな?」

「分かりました」

「じゃあ、マネージャーチームの名前はどうすんのー?」

さとちゃんの突っ込みが入った。

いひ。

「え? 工藤先輩、何かアイデアが?」

「僕が言ったらつまらんじゃん。プロジェクト内で公募すれ
ば?」

おおおっ!

「まあ、それは急ぎじゃないから、夏休みの宿題ってことに
したらいいよ」

菅生くんが、発言をまとめる。

「そしたら、実務班、企画班の二班と、マネージャーチーム
で運営ってことすね」

すかさず、しのやんから指摘が入った。

「いいんじゃないかな。でも、マネージャーに与えられてる
権限は班から切り離して。それは前のままでキープ。マネー
ジャーから手伝えって言われたら断れないようにしないと、
結局統括出来ないよ」

「うっす!」

今度はがっつり権限強化されて、少しだけ溜飲が下がったん
だろう。
硬い表情のままだったけど、四方くんが大きく頷いた。

議論をじーっと聞いていた中沢先生がすっと立って、菅生く
んの横に立った。

「スクラップアンドビルド。壊して、また作る。いい例だね」

にっ。

「マネージャーを独立させたのは、企画班のなり手がいない
と結局班長が一人で仕事させられるっていうことになるから。
そうだったよね?」

「そっすね」

「でもね。四方くんをマネージャーとして独立させた時点で、
企画班班長の仕事がなくなっていたんだ。班長の仕事は補佐
じゃないよ。舵取りさ」

確かになー。僕も、そこまでは目が届かなかった……ってか、
二年生に任せてたからチェックし切れなかったんだ。

「今の班長の小畑さんの責任じゃないよ。私が班長でも、マ
ネージャーいるのに私は何したらいいんだろって思うさ。組
織の形が歪んでたんだ。それが今回ぼかんと出ただけ」

「工藤くんが何度も言ってたと思うけど、やってみてダメだっ
たらすぐ組み替える。部っていう入れ物やしきたりをかちか
ちに考えないで、いつでもさっと動かせるようにしておく。
とても大事なことです」

「学校の決まりは原則として動かせないの。その制約の中で、
どこまで自分たちの頭をゆるゆるにして、動けるようにする
かを考える。スクラップアンドビルドに、しっかりチャレン
ジしてください」



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三年生編 第66話(3) [小説]

それまでなんとか堪えていた鈴ちゃんが、べそをかき始めた。
見かねて、かっちんがのそっと立った。

「まあまあ、トオル。落ち着けって。班をいじるってのは、
それ絡みだろ?」

ぐんと。
四方くんが頷いた。

「じゃあ、そっちの話にしようぜ。再発防止が先だ」

さすが、かっちん。
感情的なやり取りに突っ込むのを上手に抑えた。

沈没している鈴ちゃん、興奮している四方くんではこなせな
いと思ったのか、代わりに前に出た菅生くんが議事を進めた。

「菅生です。サプライズそのものは、校長から厳重注意が出
ただけで収まってます。でも、イベ班がトオルをスルーした
のはめっちゃまずいっすよ。それじゃ、マネージャーにでっ
かい権限を持たせた意味がないっす」

「調整やってるマネージャーがお飾りになったんじゃ、こん
な大所帯なのに、誰もそれをコントロール出来なくなるんで
す」

プリントを掲げた菅生くんが、それを二枚めくった。

「5ページめ。そこに素案が書いてあるので見てください」

うおっ!

ごくりとつばを飲み込む音が、あちこちから聞こえる。

「トオルにGMを引き受けてもらう時に、そこに強い権限を
付けました。そうしないと誰も動かないっす」

「最初は、それは仕事の割り振りや指揮のことって考えてた
んだけど、まだ足りないと思う。だってトオルが言ったこと
を無視するやつがいたら、どうしようもないから」

「だから、GMにはマネージャーの指示や調整を無視した部
員を強制退部させる権限を持たせます」

し……ん。
教室の中が、水を打ったように静まり返った。

「この前三役で集まった時に、指揮が徹底出来てないのはま
ずいよなって話になって」

菅生くんが、四方くんをじっと見据える。

「その時もトオルはぶち切れてたの。その気持ち、俺もよー
く分かります」

ぐるっとみんなを見回した菅生くん。
温和で、滅多なことじゃ怒りを顔に出さない菅生くんが、珍
しく怒気を剥き出しにした。

「女子! 反省してください。論外です!」

「オトコは少ないよ。でも、俺たちはパシリじゃない! 面
倒なことは男子に押し付ければいい。そう考えてない?」

「だったら、あんたらで全部やってくれや!」

菅生くんの爆弾は、強烈だった。

「いい? プロジェクトの調整役は、これまでみんなオトコ
ばっかなの。篠崎先輩、百瀬先輩、内田先輩。トオル」

「なんで?」

「たまたま、そういうのに向いてる人が男子だっただけ。ま
あ、確かにそうかもね。でも」

びっ!

菅生くんが、伸ばした右手で教室中を指差して回った。

「もう、こんだけ部員がいるんすよ。オトコだからオンナだ
からじゃなくて、やれる人が手ぇ上げてやってよ。部長だっ
て鈴ちゃんがやってんだから」

菅生くんが表情を緩めた。

「まあ、俺も最初はその他大勢だったから、エラそうなこと
は言えないっすけど」

どてっ。

「でも、俺はもう副部長です。鈴ちゃんがへましたら、俺が
立て直さないとなんない。みんなにも、そういう責任ていう
のをしっかり考えて欲しいの」

「そうじゃないと、プロジェクトが動かないっす」

ふうっと一息ついて、菅生くんは話を続けた。

「トオルの口から誰かに向かって、おまえやめろなんて絶対
に言わせたくない。そんなことはあっちゃいけないことっす」

「だから、全ての作業やイベントは必ずトオルがチェック出
来るようにしてください。トオルがノーと言ったことは、誰
がなんと言おうとノーです。トオルに調整出来ないことは、
他の誰にも出来ないんすから」

「どうしてもやりたいなら、プロジェクトを出て自分の責任
でやってください。お願いします」

普段は大人しい、出しゃばらない菅生くんの強く冷徹な宣言。
それは、鈴ちゃんの気合い、四方くんのノリとは違う、恐ろ
しいほどの重さだった。

それで終わりじゃない。
菅生くんの次の提案は、もっと重かった。

「次に。一枚めくって6ページ目。今回学校側にペナルティ
を科せられてしまったイベ班。潰します」

ざわざわざわっ!
教室の中に、悲鳴に近い声がいくつも上がった。

「これは三役の中だけでなく、三年の先輩たち、そして一年
生の中でも大きかった声です。イベントが自分たち主導で出
来ないのに、なんでイベント班なの? おかしいっすよね?」

ああ、そういうことか。なるほどね。納得。
へましたから潰せってことじゃないのがみんなにも分かって、
ざわつきが収まった。

「中庭の利用の仕方を考えるのは大事だと思います。でも、
それは必ずしもイベントって形でなくてもいい。もっといろ
んな使い方を考えたい。だから、イベントという名前を廃止
して、新たに企画班を作ります」

「今ある企画班は、中身は調整っす。名前と仕事が合ってま
せん。じゃあそれは調整班に名前を変えようっていう話も出
たんすけど、どうも……」

菅生くんが手を口元に持って行って、ぷっと吹いた。

「ダサい」

その仕草が、かちかちになっていた空気を緩めた。
うん。うまいなあ……。



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三年生編 第66話(2) [小説]

放課後。
視聴覚室を借り切って、夏休み前最後のプロジェクト集会が
行われた。
僕ら三年生部員も、全員出席している。

顧問の中沢先生も、ちゃんと出てる。
かんちゃんと籍を入れてからは、少しはぐだぐだ感が消えた
のかな? はは。まだ分からないか。

鈴ちゃんがのしのしと一番前に出て、大きな声で挨拶をした。

「今日は、夏休み前最後の全体集会になります。そして、話
し合うことや連絡することがいっぱいありますので、プリン
トを配ります。大事なことは、それにメモしてください。お
願いします!」

おおっ! これは初めてのやり方だ。
やるなあ、鈴ちゃん。

四方くんと高屋敷くんが全員にプリントを配って、前に戻っ
た。

うーむ。かなり分厚い。
相当気合いが入ってるね。

「今日の話し合い、一番大きな目的は学園祭に向けた秋花壇
のデザインと作業日程の調整、そして夏休みの間の中庭の
当番の確定です」

「でも、その前にプロジェクトの班の組み替えをします」

!!!

「この前のガーデニングコンテストの審査で、わたしは大失
敗してしまいました」

がっくりと肩を落とす鈴ちゃん。

「ちょっと失敗くらいなら、てへぺろで済ませるんですけど、
最悪プロジェクトが潰れるかもしれないっていう大失敗でし
た」

一年生が、あれーって感じでみんな首を傾げてる。
まあ……まだ分かんないだろなあ。

鈴ちゃんは、そこまで言ったところですうっと席に下がって
しまった。

代わりに前に出て、手を後ろに組んだのは四方くんだった。

「マネージャーの四方です。今日は俺からみんなに大事なお
願いがあります」

四方くんは僕らをぐるっと見回した後で、鈴ちゃんにぴたり
と視線を据えた。
それに観念したように、鈴ちゃん、しゃら、ちっか、黒ちゃ
んの四人が前に出て、四方くんの前で土下座した。

「ごめんなさい」

どおっ!
一斉にどよめく一年生たち。

な、なにがあった? なんかヤバいことがあったの?
思いっくそ動揺している。

床に並んで頭を下げてる四人を見下ろした四方くんは、怒る
んじゃなくて、泣いた。
顔を歪め、制服の袖で何度も目を擦った。

「勘弁してください!」

「お願いです! 俺が調整できないことを、勝手にやらない
でください! 最後に責任を取るのは誰ですか?」

「……」

「それは部長じゃないんです。学校や他の部、委員会との調
整をやってる責任者の俺が全部負わないとならないんです!
それを……それを……」

もう、その後は声にならなかった。
四方くんは、声を上げて泣いた。

中沢先生がすうっと立って、彼の肩を抱いて近くの席に座ら
せた。

「ああ、鈴木さんたちも席に戻りなさい」

完全に意気消沈していた四人も席に戻った。

中沢先生は、わずかに苦笑を浮かべながら僕らを見回した。

「工藤くんなら全力でどやしただろうね。私を木っ端微塵に
するくらいだから、絶対に容赦しなかったと思うよ」

おいおい。

「でも、今回のは本当にまずかったんだ。それにすぐ気付い
て工藤くんが早々に動いてくれた。助かった。ありがとう」

中沢先生が僕に向かって、すっと頭を下げた。
僕も会釈で応える。

「鈴木さんたちが企画してくれたサプライズ。本当に嬉し
かったよ。私は幸せ者だ」

中沢先生がにっこり笑う。

「でもね、工藤くんが言ってた。サプライズとハプニングは
違うってね」

「私もそう思う。ハプニングは防げないの。それは仕方ない。
でもサプライズは計画して行うこと。私にとってはサプライ
ズでも、計画したみんなにとっては予定通りの企画」

「そして、それがプロジェクト企画である以上、中庭でのイ
ベント主催を認められていないんだから、絶対やっちゃいけ
ないことだったの。違う?」

しーん……。

「祝ってもらえた私はすごく嬉しいけど、お客さんを案内し
ていた校長、神経をすり減らして段取りをしてくれたマネー
ジャーの四方くんにとっては、とんでもない裏切り行為なの」

「それがどんなに不愉快なことかは……君たちがその立場に
なってみないときっと分からないと思う」

「数式や年号を覚えるだけが勉強じゃない。こういうのも勉
強です。しっかり覚えてくださいね」

余計な言葉は一切なしで、最小限の言葉で中沢先生がみんな
に警告を出した。

感情のたかぶりを必死に抑えていた四方くんは、まだ目を擦
りながら先生と入れ替わって前に出た。

「じーえむなんて、響きはかっこいいけど結局ただの使いっ
走りじゃん。俺がそう思われていたのは……すっごいショッ
クです」

「やってられません」

ぎゅうっと拳を握った四方くんが、大声でもう一度怒鳴った。

「やってられっかよっ! ばからしいっ!」


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三年生編 第66話(1) [小説]

7月22日(水曜日)

期末は僕もしゃらも全クリ。
これで、安心して夏休みの講習を受けられる。

昨日はえびちゃんに進路相談に乗ってもらい、前半の落ち込
みはだいぶ取り返せているとお墨付きをもらった。
もっともそれは、僕が仮目標にしている県立大生物がター
ゲットの場合。

もっと上を目指そうとするなら、まだまだ全然足りないよ。
えびちゃんのコメントはがっつり辛口だった。
でも、それは僕自身がよーく分かってる。

そろそろ『仮』を取らないとなんないんだよね。
これから受ける夏期講習だって、ほとんどの子はターゲット
をロックオンしてるんだ。
僕みたいに、何を狙ったらいいかまだ分からんなんてのは論
外なんだろう。

関口ががっつりまとめてた、あれくらいの情報収集をやらな
いとまずいんちゃうかなと思う。
さすがに、えびちゃんは候補になる大学のリストアップまで
はしてくれなかったし、その作業を先生に依存するというの
はおかしいよね。

勉強だけでなく、情報収集でもみんなに遅れを取ってるんだ
と自分に喝を入れないとだめだ。

とりあえず、まだ積み残されてる勉強以外のことは今週中に
全部片を付けなきゃ。
そこで意識をぱちんと切り替えて、完全に受験集中モードに
持って行こうと思う。

今日は、僕を含めたプロジェクト一期生全員にとって、とて
も大事なことを決める集会が放課後にある。
プロジェクトの仕事の義務解除だ。

片桐先輩たちの時には、当番とかの義務解除は学祭が終わっ
た後にした。ずいぶん遅かったんだよね。
プロジェクトには今ほどの人数はまだいなかったし、三人と
も実務班で手慣れてたから。

でもそれは、僕のリードじゃなくて先輩たちの意向だったん
だよね。当番くらいはいいよ、やるよって、早くに手を引く
ことを嫌がったんだ。
三人とも、出来るだけ長くプロジェクトの中にいたいってい
う気持ちが強かったんだと思う。

その気持ちは、僕ら一期生も同じさ。
自分たちで作り上げ、ここまで盛り上げてきたプロジェクト。
そう簡単に卒業したくない。

でも、今年は去年以上に状況が厳しい。
校則も強化されたし、授業も試験もぐんと厳しくなってる。
それに僕らも、去年三年生が大こけした二の舞は絶対にした
くないって警戒してる。

プロジェクトに関わるために必要な時間なんて、大したこと
はないよ。
それは、去年の先輩たちが受験勉強と部活をちゃんと両立さ
せてたからよく分かる。

時間じゃない。
覚悟とか責任感が……だんだん足りなくなってくるんだ。
当番が、本当にただの『当番』になってしまう。
部活の楽しさや充実感が失われて行っちゃう。

それなのに、無理してプロジェクトの中に居続ける意味があ
るの?
一、二年生に模範を示さないとならない最上級生が、てきとー
に当番をするようになったら終わりだよ。

この前鈴ちゃんがゼロからやる、仕切り直すって言った中に
は、僕らも入ってる。
三年生でも、受験のプレッシャーのない子が最後まで楽しく
やりたいって言うのはありだと思う。
でも受験が重荷になってる三年生は多いし、それなら早めに
義務を解除しておかないと管理がうまくいかなくなる。

退部や引退じゃない。あくまでも義務解除なんだ。
一度僕らの立場をゼロに戻して、鈴ちゃんたちが僕らの使い
方を柔軟に考えてくれればいい。
それなら僕らは、自分たちの出来る範囲で無理なく手伝える
から。

そのための義務解除だ。

ただ、それをどううまく説明するか、なんだよね。
鈴ちゃんたち二年生は、一年生よりずっと人数が少ない。
まだ部活に慣れていない一年生をきちんと制御するには、三
年生の僕らが重石で乗っかっててくれた方がいいって考えて
る。

そこらへんがなあ……。
まあ、集会の成り行きを見よう。

僕が、部活用のノートにちょこちょこ書き込みをしてたら、
職員室からしゃらが戻ってきた。

「いっきぃ」

「お。しゃら。どうだったー?」

「うん。えびちゃんに、だいぶ上げたねってほめられたー」

「良かったじゃん!」

「うん。なんかー、ごたごたしてたのがやっと落ち着いて、
集中出来るようになった」

「お母さん、体調は?」

「今は落ち着いてる。でも、お店に出るのはもう完全に諦め
たみたい」

「そっか……」

「お店が新しくなるのが、やめるいいきっかけだって。そう
言ってた」

「……」

机の上にのへっと潰れたしゃらが、大きな溜息をついた。

「はああっ……」

「しゃらんとこも、いろいろあったもんなあ」

「そう。よく付いていけてるなーって思う。でもね」

「うん」

「お父さんの新しいお店。基礎が出来たの」

「おっ! は、はや……」

「十月頭にオープンだから、急ピッチで進めないとさー」

「それって、大丈夫なん?」

「ツーバイフォーっていう建て方なんだって。もう出来てる
部材をぱたぱたっと組み立てるから、普通の建て方よりずっ
と早いみたい」

「ふうん」

きーんこんーんかーんこーん……。

しゃらはもっと話したかったみたいだけど、予鈴が鳴っちゃっ
た。夜に延長戦にすっか。




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てぃくる 342 小さいこと [てぃくる]


小さいことには

いいことと 悪いことがある


いいこと

悲しさや辛さが いっぱい溜まらない

悪いこと

嬉しさや楽しさが いっぱい溜まらない


だから

涙は 僕に注いでいいよ すぐに零してあげる

その代わり 楽しいことを 少しずつちょうだい

約束だよ



mamea.jpg



マメアサガオ

北米原産の外来植物で、かなりあちこちで見かけるようにな
りました。

小さくて地味な花。
だからこそ見つかりにくく、だからこそ抜かれない。

そうですね。
小さいってことは、必ずしも悪くないかも知れません。







  小さきゆえ食はれずにおり豆林檎








Small Talk by The Real Group



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三年生編 第65話(9) [小説]

「心を折り畳んで生きて来た僕らは、それを一回ぜえんぶ外
に出して、もう一度整理し直さないとならない。当然、へま
もいっぱいやらかします。去年の夏はサイアクでした」

「ああ、ジェニーのことで揉めた時ね」

「そうです。僕としゃらのわがままが正面衝突しましたから」

「うん」

「でも、それは必要なんですよ。僕らがちゃんとわがままを
使えるようにするには」

「わがままを使う、か」

「はい。弓削さんだけでなくて、伯母さんも今それを訓練す
る時期なんじゃないかなーと」

「訓練? わたしが?」

「はい。今まで会社っていう蓋が外れたことがなかったんで
すから、それがなくなったらリミットが分かんない。自己表
現がぎごちなくなるのなんか当たり前だと思います」

「うん。そうかも」

「弓削さんだってそうでしょう。今までずーっと命令者しか
いなかったのに、それが突然全部消えた。あれー? じゃ
あ、わたしどうしたらいいのー? 今の弓削さんには、疑問
符しかないと思う」

「うん」

「そしたら、なーんも余計なことを考えないでライブにやる
しかないです。してあげるも、かわいそうにも、なし。この
子、おもろいやん。それでいいんじゃないのかなあ」

「うーん、なるほどね」

「そういうのは、りんがすっごくうまいんですよ。人をいじ
るっていうのは自分がバカにならないと出来ない。俺様が
やったら、もろにイジメですよ」

「あはは! そっか」

「だから、我の強いばんこともうまくやれる。ばんこは、間
違いなく俺様ですから」

「うん。確かにそうね」

「そのばんこだって、自分の出し方を上手に調整しようとし
て努力してます」

「うん」

伯母さんが、何でも出来るスーパーマンを演じる必要はない
よね。いいじゃん。人間、いろいろあるんだし。
伯母さん自身もそう言ってたじゃん。

失敗や試行錯誤があっても、支えてあげるよっていう気持ち
さえちゃんと弓削さんに伝われば、それはいつかきっと実る
と思う。

あ、そうだ。

「伯母さん」

「なに?」

「魔法の言葉を教えましょうか? いつでもどこでも、どん
な時にも気兼ねなく使えて、必ず弓削さんに喜んでもらえる
魔法の言葉」

「そんなのあるの?」

「わははっ! たぶん万能だと思います」

「ふうん。何?」

「一緒にやろうよ」

「あ!」

伯母さんが、たんとテーブルを叩いた。

「でしょ? 伯母さんが苦労してるのは、弓削さんになんと
か一人でさせようとしてるから。子供に何か教えるなら、親
はまず自分がやって見せて、それから必ず言うはずです。一
緒にやろうよ……って」

うん。
一緒にやるためには、自分がそこまで下がらないといけない
の。

恩納先輩も、りんも、ばんこも、ちゃんと一緒にやろうって
言えてるんだと思う。だから伯母さんほどは苦労してないん
だ。妹尾さんもそう出来ているんだろう。

伯母さんだけが、高いプライドと強過ぎる自我意識が邪魔し
てうまく出来てない。
一緒にやろうって心から言えるかどうか。
それは、伯母さんにとっての訓練になるんだと思う。

「伯母さんが、おじいちゃんが亡くなった後で兄弟を探した
のって、そういうことだと思います。一人は寂しい。ねえ、
一緒にやろうよ」

伯母さんは、顔をこわばらせたまましばらくじっと俯いてた
けど、苦笑いしながら顔を上げた。

「そうだね」


           −=*=−


ジャスミンを出て伯母さんと別れてから、プレミオで焼きた
てのバゲットを二本、タルボットでアップルパイのピースを
二つ買って、その後いつものスーパーに向かった。

カートに籠を乗せてから、母さんの携帯に電話を入れる。

「あ、母さん? 今、スーパーなんだけど」

「助かる! 買い物リスト、メールで送るから、それ見て!」

「らじゃ。あ、母さん」

「なに?」

「伯母さん、今弓削さんのことで頭がいっぱいいっぱいだか
ら、伯母さんへの説教は手加減してね」

「むー」

不服なんだろう。

いっぱいいっぱいは母さんもそうだからなあ。
パートに家事に僕の夏期講習合宿の準備にって、いろいろあ
るから。
でも、そのイライラを伯母さんに真正面からぶつけるのはま
ずいよ。

「タルボットでケーキ買ったから、それで機嫌直して」

「おっ! いっちゃんも、オトメゴコロが分かるようになっ
たじゃない」

母さんのどこがオトメじゃ。ばかたれ。
でも、それを言ったら全部ぱー。スルースルー。

「じゃあ、買い物終わったら直帰するから」

「ほい」

ぷち、と。

伯母さんにとって、僕っていうミントの葉っぱなんかほんの
一瞬の香り付けの意味しかないさ。
人生経験の全然足んない、ケツの青い高校生如きが何を偉そ
うにってね。

それでも。
僕は噛まれれば、つーんと香るよ。
たった一枚ぺらの小さな葉っぱでもね。

伯母さんは、それはきっと分かってくれたと思う。





applemint.jpg
今日の花:アップルミントMentha suaveolens



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三年生編 第65話(8) [小説]

「それが、自分自身の身支度であってもそうなの」

「えっ!?」

「歯を磨く。お風呂に入る。そういうことすら自発的に出来
ない」

ぐわわ、それはなんとも……。

「全ての行動を一々指示しないとならないって、想像出来
る?」

「ううー、無理かも」

「でしょ? それが反抗から来てるならともかく、自我欠如
から来てるなら怒りようがない。お姫様にするんだから、最
初から怒らない約束なんだし」

「そうですよね」

「つまり、私の頭の中で分かってる、出来ると思っていたこ
とと、いざ自分が当事者になって対処出来ることの間に落差
があり過ぎるの」

落差、か。うーん。

「それは弓削さんのせいではないわ。全て、私の能力不足。
私が自分の手足と頭を使って出来ることがこんなにちっぽけ
だったのかって、毎日思い知らされてる」

「りんたちも、苦労してそうですね」

「それがね」

伯母さんが、けしょんけしょんにしょげた。

「うまく出来てないのは、私だけ」

「ええええっ?」

「恵利花さんに、どやされるのも当然よ。みんな、最初に決
めたことをちゃんと守れてるの。怒らない。急かさない。親
切に。楽しく。自分の当番や持ち場をこなした上で、ちゃん
と弓削さんのケアをやってる。私だけが……それ出来てない
の」

がっくりって感じ。
でも、そうなる理由はなんとなく分かった。
そして、伯母さんがそのハンデを克服するのは結構大変だろ
うなあと思ってた。

でも、面と向かってそれを伯母さんに言える人は誰もいない
だろう。これまでも、そして、これからも。

しゃあない。僕がババ引くか。くすん。

「ねえ、伯母さん」

「なに?」

「ちょっときついことを言わしてもらっていいすか?」

「?」

「伯母さん、人に命令されたことがないですよね?」

伯母さんの顔がこわばった。

「伯母さんは、倫理観が真っ直ぐで、すっごい正義心の強い
人。あの人のように成長しなさいっていう、みんなの模範に
なれる人。さすが、大きな会社の会長さんをきちんと勤め上
げた人だなあと思います。でも伯母さんにとっては、人から
そう見られることがすごい重荷だったんですよね?」

「そうだね」

「もっと自分の自由にやりたい。好きなようにしたい」

「そう」

「紛れもなく、それが伯母さんのベースなんですよ」

「ベース?」

「そう。人から指図されたくない。そして実際に指図をされ
てこなかった。伯母さんの生き方が、大勢の人を支えるって
いう責任を背負った生き方だったから、誰も伯母さんの芯の
ところにあるわがままを見抜けなかった。人に頭を下げたく
ないっていう傲慢さに気付けなかった」

むすっと。
伯母さんが不機嫌そうに下を向いた。

「誤解しないでくださいね。僕は伯母さんをけなすつもりな
んかないです。伯母さんが、人として僕ら以上に優しさを
持ってるんだってことは、いろいろ助けてもらった僕が一番
よく分かってます」

そう。そんなの僕がわざわざ言わなくたって、自明の理なん
だ。
伯母さんに助けてもらった人は、みんなそう思ってるさ。
でも……。

「でもね。伯母さんは、その優しさを上手に表現出来てない
んです。ものすごく表現が乱暴。何かを実行に移す時、それ
に情が絡まない時はきちんと準備して絶対失敗しないように
出来るのに、自分や相手の感情が絡んだ途端に何もかもぎご
ちなくなっちゃう」

「……そう?」

認めたくないんだろなあ。

「宇津木先生へのアプローチもすっごい回りくどかったし、
穂積さんとのやり取りも手こずった。伯母さんは、人の奥底
の感情を引っ張り出して確かめ、それで行動を調整するって
いうのが苦手。僕にはそんな風に見えるんです」

「く……」

「人の感情を読むには、自分が引かないとならない。自分を
小さくして相手より下に置かないとうまく出来ないんです。
自分が王様のままじゃ絶対に無理です。それ、出来てます?」

伯母さんは、完全に黙っちゃった。

「僕も……弓削さんに関しては、そこを大失敗したんですよ
ね」

「どこを?」

「最初の聞き取りの時に、すっごい偉そうにしちゃった。俺
様がおまえの悩みを聞いてやるぞ、そんな風に。だから弓削
さんが警戒して、ぴったり心の出入り口を閉めちゃった。論
外ですよー」

はあ……。

「僕も苦労してます」

「そうなの?」

「はい。ずっといじめられっ子だった僕には、命令するやつ
しかいなかった。親も含めてね。でも、僕の中身はすっごい
わがままですよ。従順な羊なんかじゃない」

「うん」

「そのわがままが、高校に入ってから思い切り吹き出しちゃっ
てるんです。僕のやりたいようにやりたい。誰にも指図され
たくない」

「ふうん」

「それは、しゃらもそうです。そこは僕とよく似てますね。
あいつも、基本はすごいわがままですよ。そのわがままがど
のくらい通るかを、慎重に見定めてるだけ」

「そうか。それでいつきくんだけに」

「そう。僕のところだけはめんどくさい調整をしなくていい。
ダイレクトにわがままを言える」

「なるほどねえ」



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三年生編 第65話(7) [小説]

「でも、空襲のダメージよりも、時代の変化のダメージの方
が大きかったの」

「時代に合わなくなったってことですか?」

「そう。鉄道が通って賑わいは全部駅前に移ってしまった。
ここは逆に人通りがぱったり絶えて、ものすごく寂れたの」

「うわあ」

「森の台の宅地開発が進んでこの辺りの人口がまた増え始め
たから、もう一度この商業地区を再整備しようって機運に
なって、新しい店が続々出来たの。タルボットもプレミオも
そうね」

「知らなかった。なんか変な感じだなーとは思ってたけど、
そういうことかー」

「でもその一方で、戦前から細々と続いてきた花街の気風は
完全に時代に合わなくなった。生き残れないのよ」

「じゃあ、この店が最後の生き残りってことですか?」

「そうなるわね。ここは本来は飲み屋。スナックなの」

「ちょ、ちょっと!」

「あはは。校則のことなら大丈夫よ。ここは昼間は喫茶店だ
から」

「うー」

伯母さんも、相変わらず怖いことをいきなりしでかしてくれ
るわ。心臓に悪い。

「もちろん、スナックって言っても看板なんか上げてない」

「ええーっ?」

「さっき言ったでしょ? ここの並びのお店はみんなおしゃ
れ。そこに汚らしいスナックがネオン上げて、騒音まき散ら
して営業したら、雰囲気ぶち壊しよ。苦情が殺到しちゃう」

「あ……」

「ここのオーナーにとっては、自分たちがずっと前からやっ
てきた商売をよそ者から否定されるのは辛いでしょうね。で
も、そういうご時世なの」

伯母さんが、一番奥にある小さな部屋を指差した。

「ここから二階に上がれる。二階の部屋は防音になってるか
ら、飲んでどんちゃん騒いでも、カラオケがんがんやっても、
隣近所に迷惑はかからない」

「知らんかったー」

「昔から顔なじみの常連さんのためだけのお店。商売っ気ま
るでなし。まあ、慈善事業みたいなものね」

伯母さんが苦笑した。

「てか、伯母さん、どうやってこの店を知ったんですか?」

「羽生がここに店を出すって言った時に、花街の跡だってい
うから心配で調べたのよ」

さっすがあ!

「そしたら、逆にこの店の方が心配になったっていうわけ。
歴史の生き証人みたいな店だからね。ここの年配のオーナー
夫妻にも面会して、往時の昔話をいろいろ聞かせてもらった
わ。その時に、昼間はここを休憩所として自由に使ってくだ
さいって言われたの」

「ひええ」

おばさんは、古ぼけた店の中をぐるっと見回した。

「ここはね。今でこそスナックだけど、昔は娼館だったの」

「しょうかん?」

「売春宿よ」

「ぐげ!」

絶句した僕の顔をちらっと見たあと、伯母さんが冷静に話を
続けた。

「この小さな部屋は、宿の主人、売春婦、客が交渉する場所。
交渉がまとまれば、娼婦が二階で客を取ったってことね」

「うう」

じゃあ……指月のおばあちゃんが昔娼婦だったっていうのは、
どっか遠くでの話ってわけじゃなく、ここ田貫市での話だっ
たのかもしれないのか。
そう考えたら、高瀬さんとの関係も理解出来る。

「もちろん、今ここではそういう場所も風習も完全に無く
なってしまってる。駅前の歓楽街には、風俗関係の店がいっ
ぱいあるけどね」

「はい」

「私は女だから、男から自分の身体を商品として見られるこ
とには絶対に我慢できないわ。でも一方で、そうしないと生
きていけない人がいるということも事実なの。私の好き嫌い
とは一切関係なく、ね」

「!!」

それで。
なんで伯母さんがわざわざ僕をここに呼んだか、その訳が分
かった。
本人が望んでいようがいまいが、弓削さんはそうされてたっ
て……ことか。

それまでぴんと背筋を伸ばして話をしていた伯母さんが、体
をくたっと折って、長い長い吐息を漏らした。

「ふうーっ」

「弓削さん、大変なんですか?」

「大変なんてもんじゃない。素人が手を出すんじゃなかった
わ。感情が見えないってことがどれほど恐ろしいのかって、
毎日思い知らされてる」

「う……」

「正直、ものすごくイライラする。何をするにも、きちんと
指示しないと動いてくれないの」

「はい」



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三年生編 第65話(6) [小説]

僕の前に出た伯母さんは、事もなげに店の戸を開けた。

し……ん。

中は一応喫茶店の格好をしてるけど。
だあれもいない。店の人も含めて。

「ねえ、伯母さん。ここ、ほんとに大丈夫なんすか?」

「あはは。ここが喫茶店なのは見かけだけなの」

「へっ!?」

「喫茶店の看板は上がってるけど、日中この店に来る人は誰
もいない」

ど、どういうこと?

「ここらの人は、この店はもうとっくの昔に閉まってると思っ
てるからね」

「そんなとこに入って大丈夫なんすか?」

「看板上がってて鍵が開いてるんだから、大丈夫よ」

ぐげえ……。

伯母さんが、寂れた店内をゆっくり見回してから、カウンター
の一番奥の席に腰を下ろした。
僕もその隣に座る。

「ここのオーナーのご夫妻は、今はまだ上で寝てるよ。下に
降りてくるのは夕方になってからね」

「えっ? でもお店は実質もう閉まってるんですよね?」

「『ここ』はね」

「うー、どういうことっすか?」

「この並びの店を見た?」

「ずっと前がどうだったかは知らないけど、おしゃれな店ばっ
かになりましたよね? タルボットもそうだし」

「そう。ブティックが立ったり、雑貨屋さんがオープンした
り、タルボットだけじゃなくパン屋さんも開店して繁盛して
る」

「あ、そうだあ。プレミオかー」

「知ってる?」

「開店セールの時にしゃらが買いに行って、すっごいおいし
いって絶賛してたから」

「うん。粉にもバターにもこだわってて、その割には値段が
手頃。上手に商売してるよね」

「調理パンが少ないんですよね。角食とかバゲットみたいな
シンプルなパンがメインで、どれもおいしいです」

「毎日買いに来れるって感じでしょ?」

「はい。今日もこの後買って帰ろうかなあ」

「あはは。そうして。でね」

「はい」

「この店だけ、なんか変だと思わない?」

そう言われて、店先で覚えた違和感がまたふつふつと。

「取り残されてるような」

「その通り」

伯母さんがぐるりと店内を見回す。

「田貫市は、昔は一面田んぼと畑の田舎だったところ。今の
ような東京の衛星都市のスタイルになったのは、戦後からよ」

「はい。僕もそう聞いてます」

「あら、調べたの?」

「先輩から教えてもらいました」

「ユニークな先輩だこと」

片桐先輩だからなあ……。

「この店のある辺りが昔どうだったか知ってる?」

「知らないですー」

「じゃあ、いつきくんが通ってる高校の辺りは?」

「んー、確かそこに広い未利用地があって、明治になってか
ら兵器工場が建てられたって聞いてます。うちの高校はその
跡地に建ったって」

「素晴らしい! 説明の手間が省けたわ」

おいおい。

「兵部省直轄の大型工場だったからね。工員も職員も当時の
田舎にしては考えられないほどいっぱいいたの。省の役人や
軍の高官もたくさん出入りしてた」

「ええ」

「当然、そういうところには花街が出来るのよ」

「花街、ですか?」

「今でいう、歓楽街ね」

「あ、そうかー。その当時はまだ鉄道が来てなかったから、
今の駅前の方がなんもなかったのかー」

「そういうこと。明治期は、ここらへんの方がずっと賑やか
だったのよ」

「知らんかったー。でも、それがなんで残らなかったんです
か?」

「空襲で焼け野原になったから」

「でも、そのずーっと前に、もう工場が閉鎖されてたんじゃ
ないすか?」

「工場が出来た時にここに集められた人が、工場閉鎖後に全
員ここを離れたわけじゃない。ここに居ついて店を続けてた
人がいたの。花街としての賑わいが減っても、そういう店は
まだ残ってたのね」

「へえー」

「それがほとんど空襲で焼け落ちて、ここは辛うじて焼け残っ
た一角」

「そうだったのかー」


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三年生編 第65話(5) [小説]

母さんの舌鋒は、今度は実生に向いた。

「実生。あんたは家事がなんでもこなせるから、その点は心
配ないね」

「えへへ」

「でも、そういう子はオトコにこき使われる」

「う」

「自分を安売りするんじゃないよ!」

ぐっさり。
僕も実生に同じことを言ったけど、会話の流れの中で自然に
話するのと当て付けるのとじゃ、全然違うからなあ。

母さんの怒りスイッチが入ると、言うことがいつも以上にえ
げつなくなる。
僕も、そういうところが母さんに似ちゃったかも知れない。
やばやば。

「で、説教してきたの?」

「出来ないよ。弓削さんがいるからね」

母さんが空気を読んで自主規制した?
いや、刺々しい表情や言動を弓削さんの前で出さないでくれっ
て、伯母さんに最初に釘を刺されたんだろなあ。

「その分、後で百倍返しにしてやるっ!」

ぐわわわわ。

ぶりぶり怒りまくったまま、どすどすと足音を立てて母さん
がキッチンに入った。
思わず、実生と顔を見合わせる。

「触らぬ神に祟りなし、だよな」

「うん……大激怒モードのお母さんて、久しぶりに見たー。
こわ……」

「そっとしとこうぜ」

「だね」


           −=*=−


それだけで済むはずないだろなーと思っていたら、やっぱり。
午後に伯母さんから僕の携帯にかかってきた。

「いつきくん、今大丈夫?」

「今日は完全休養日なので、大丈夫です」

「じゃあ、ちょっといい?」

「出ます?」

「そうしてくれると嬉しいかな」

「リドルにします?」

「いや、あそこは人の目があるからね。人払いしたい」

「じゃあ、伯母さんの方で場所を指定してください」

「ええとね。タルボットの並びに、ジャスミンていう小さな
喫茶店があるの」

知らないなあ。

「僕にすぐ分かりますか?」

「看板出てるし、分かるよ。カウンターだけの小さな店なん
だけど、奥に一つだけ個室があるの」

あ、そういうことか。

「分かりました。すぐに出ます。あ、弓削さんは?」

「さっき恩納さんが帰ってきたから、任せる」

ほっ。
じゃあ、大丈夫だね。

「よろしくね」

「はい!」

ばたばたと外出準備をして家を出ようとしたら、背後から母
さんの声が掛かった。

「あれ? いっちゃん、どっか行くの?」

「買い物してくる」

「スーパー寄れる?」

「分からん。僕のが済んだら電話入れるわ」

「あ、それは助かるー」

伯母さんとこの用事がぽんと入ったから、うちの分の買い物
は後回しになったんだろう。

「じゃあ、行ってくる」

「気をつけてね」

「へえい」

外に出たら、雨雲が一掃されてて、空は完全に真夏の装いだっ
た。ぎんぎらぎん。

「ぐえー。こ、これは暑そう」

慌てて家に戻って、服を替えた。
うんとこさ軽装にしないと体が保たん、

Tシャツ短パン姿で部屋から出てきた僕を見て、母さんがう
んざり顔をした。

「外、暑くなってる?」

「もう真夏だわ」

「かなわないなー」

「行ってきまーす」

「ほい」

ばたん!


           −=*=−


ジャスミンという喫茶店は、伯母さんが言ってた通りですぐ
に見つかった。

でも、外見はとても喫茶店には見えない。
きれいな雑居ビルの隙間に挟まった細長いお店で、奥行きは
あっても幅がない。
そして、とてもじゃないけどきれいな店とは言えない。
古ぼけた、時代に取り残されたお店って感じだ。

店先には、枯れたままの花がごちゃっと残ってるトロ箱が置
いてあって、緑に見えるのは全部雑草だ。
元々はそこに植わっていたらしいアップルミントが、箱の底
から逃げ出してあちこちで茂って、ぽよぽよと花を上げてる。

伯母さんは、なんでまたこんな古臭いお店を指定したんだろ
う?

僕が店の前で中に入るのをためらっていたら、後ろから伯母
さんの声が聞こえた。

「ごめんね、待たせて」

「いえ、ここですよね?」

「そう」



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