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てぃくる 309 ブラインド [てぃくる]


wr.jpg

陽光を櫛の歯に削るブラインド
その背後に居て
顔を縞模様に飾る

ブラインドで遮られて
奪われたものと
なお得られるもの
それがいろいろな色形に凝って
目の前を彩る

何もかもが順調な時
陽光が全てを真っ白に塗り潰そうとする時
わざわざブラインドを下げる人はいない
だが幸福の価値は光に紛れて分からなくなる

何もかもが不調な時
それはただ
ブラインドが下げっぱなしになっているだけ
そいつを上げれば済むことなんだ

ブラインドを下ろしても上げても
そこで遮られ
なお透過するものを見て
わたしたちは幸福の過不足を
ひどく大げさに論じる

だってわたしたちは
ブラインド(盲目)だからね







  気付くものあれどなけれど青葉の候








Love Is Blind by Janis Ian



ちょっといっぷく その151 [付記]

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

第58話と第59話を続けてお届けしました。
軽く振り返って、そのあとちびっとアナウンスを。


           −=*=−


第58、59話とも、弓削さん関連のケアの話でした。
巴伯母さんが、森本先生と連携しながら立てたケアプラン。

まあ、大体いっきの想定内だったと思います。
いっきやしゃらは、立場的にはともかく、実際に弓削さんの
ケアに割ける時間やマンパワーがほとんどないんです。

そんなことは、巴伯母さんはよーく分かってます。
でも、だからって、あとはよろしくって放り出さないでよ。
それだけなんですよ。

もちろん巴伯母さんは、弓削さんの手助けが必要な時にいっ
きが絶対に助力要請を拒否しないことは分かってます。
そして、しゃらがいっきのケア参加を割り切って考えられる
くらいオトナになっていれば、短い口頭確認だけで終わり
だったんです。

でも……ちっとも改善してませんねえ。
しゃらの嫉妬癖。(^^;;

いっきは、これまで散々悩まされて来たしゃらの嫉妬癖が、
普通の恋人同士のものとは性質が違うことを見抜きつつあり
ます。
しゃらのは、独占欲に基づくジェラシーっていう単純なもの
のじゃなく、好き嫌いよりもっと奥深くのとても厄介なとこ
ろから出てくるんだってことをね。

いっきはいつもの癖で説教を食らわしましたけど、最後の立
ち位置はちゃんとしゃらの側に持って行きました。
出来ないものは出来ないって、正直に申告するだけでいい。
無理しなくていいよ。僕もそうするから。

いっぱいいっぱいだったしゃらは、いっきのスタンスが自分
のすぐ真横にあることが分かって心底ほっとしたでしょう。
だから、すんなり機嫌を直したんです。

二年生の夏休みの時のような、致命的なトラブルにならなかっ
たこと。それは……。
いっきやしゃらの精神の器が大きくなったからというより、
二人がまだ引きずっている負の遺産をしっかり見据え、そこ
から目を逸らさないで、自分の思考や行動を調整する訓練が
少しずつ実りつつある……そんな感じでしょうか。

それは、さらっと言えるほど簡単なことではありません。
挫折を知らない巴伯母さんが、しゃらの劣等感を甘く見て粗
雑に扱ってしまったことでも分かりますね。
いろんな過去のバイアスは、いくら年を重ねても消えず、性
格に影を落としてしまうことがあるんです。

理想の性格ってのは、どこにもありません。
それを踏まえた上で、自分の穴をどうやって埋めるか。

みんな……苦労しますね。(^^;;


           −=*=−


さて。
このあと、第60話ではいよいよコンテストの審査員による
中庭の実査が行われます。

プロジェクトの面々にとっては晴れ舞台。
ちゃんとプレゼンできるでしょうか?

でも、その前に。
お弁当の在庫が少なくなってきたので、少しばかりお弁当休
暇をいただきます。
数話分の備蓄が出来次第、次の話に戻ることにしますので、
どうかご了承ください。




ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽に
コメントしてくださいませ。

でわでわ。(^^)/




mts.jpg


「なかなか化石にはなり切れないなー」

「そりゃそうだ。まだ生きてるからな」




  (^^;;




生きた化石っていうのは、ずいぶん失礼な言い方なのかもし
れません、

メタセコイアの新芽がきらきら光っています。
今年も、元気。(^^)



三年生編 第59話(5) [小説]

昨日の、弓削さんのケアに絡んだ微妙なやり取り。
それでしゃらの心に付いた引っかき傷が、今ので全部解消し
たってことにはならないだろう。

でも、去年ならものすごくもつれただろうトラブルが、なん
となく短時間で丸まるようになってる。
それだけ、僕らも前に進めたってことなのかな。

「さて」

椅子から立った僕は、しゃらの横に座って正面からハグした。

「きゃっ」

「だって、外じゃ出来ないもん」

「う。そっか」

ぴったりしゃらの顔の頬に自分の頬を寄せて。
その体温を確かめる。

「うふふ」

しゃらが無邪気に喜んだ。

「このまま泊まって行きたいなー」

「あほたれ」

「ぶー」

膨れっ面のしゃらのお腹が、景気良くぐーっと鳴った。

「ぎゃはははははっ!」

「ううー、恥ずかしー」

「もう、そんな時間かー」

「あ、帰らなきゃ」

「送るよ」

「いい。ちゃりで来たし」

「そう?」

「うん。すっきりしたから。気持ち良く帰れる」

ぽんと立ち上がったしゃらが、もう一度僕の正面からはぐっ
と抱きついて、それからひらひらと手を振った。

「ありがと!」

「やっぱ、元気なしゃらが一番さ」

「うん!」

二人してリビングに降りたら、母さんがタッパに何か入れて
しゃらを待ってた。

「御園さん、お母さんのご様子は?」

「今、ちょっと良くないです。引っ越しの疲れが出たし、お
兄ちゃんのことも負担だったみたいで」

「そうだよねえ。無理なさらないようにお伝えください」

「ありがとうございます」

「これね、ちょっとだけど、筑前煮作ったから持ってって」

「わーい! 助かりますー!」

出来立てほかほかの筑前煮。
にんじん、れんこん、ごぼう、しいたけ……。
じゅる。おいしそー。

「見てたら腹減ってきたー」

「あはは。うちもすぐお夕飯にするから」

「筑前煮のごぼう、味吸っておいしいですよねー」

「御園さんは好きなの?」

「大好きです!」

「そう。それじゃ」

母さんが、何かの花束をしゃらに渡した。

「え?」

「ふふ。それ、ごぼうの花よ」

「わ! 知らなかったー!!」

アザミみたいな、とげとげのついた紫色の花。

「へー! 僕も初めて見たなー」

「おもしろいよー。野菜のくせに野生化するんだって。タフ
な花よね」

「野生化!」

すげえ!

「飼い慣らされる前はどんな野菜も野生だったわけだから、
そういうガッツが今も残ってるっていうのは頼もしいと思わ
ない?」

「はい!」

「ごぼうに負けないで、がんばってね」

「ありがとうございます!」

花より団子。
夕飯の支度を手抜き出来る方が、今のしゃらには嬉しいだろ
うけど。
そんなことはおくびにも出さずに、ご機嫌なしゃらが鼻歌を
歌いながら帰っていった。

やれやれ。
なんとか一難去った……。

家の前でしゃらの後ろ姿を見送っていたら、斜向かいの家か
ら伯母さんがのそっと出てきた。

「ケアしたの?」

「ズレてたのを、擦り合わせただけですよ」

「ふうん」

「伯母さん」

「なに?」

「昨日のやり方は、なしです」

「……」

「力技は、逆効果になることもあります」

「……」

「どんな豪速球投手でも、直球だけじゃ打たれるんです。く
れぐれも慎重な配慮をお願いします」

「……そうね」





gob.jpg
今日の花:ゴボウArctium lappa



三年生編 第59話(4) [小説]

「神様なんていない。そう、伯母さんだって神様じゃないん
だ。伯母さんを僕らと並べて見るなら、同じ目線で伯母さん
と話しないとならないの」

「そういうことかー」

「いばる必要も卑屈になる必要もない。今、こういう状態で
す。出来ることはこれだけです。きちんとそう言うだけ。伯
母さんは怒らないし、バカにしないよ。そんな状況じゃない
んだから」

「うん!」

すべきことから感情を切り離す。
とっても難しいことなんだけど、僕らはそれに挑んで行かな
いとならない。
それは弓削さんのことだけでなく、受験にも関わるからだ。

しゃらだけでなく、僕もまだそれがうまく出来てるとは言え
ないんだよね。訓練しなきゃなあ……。

「なに考え込んでるの?」

「いや、今日も模試だったんだけどさ」

「あ、そうだったんだ」

「出来はまあまあ。良くも悪くもなし。だけどさ」

「うん」

「最初の大コケしたやつ。問題見た時点で頭が真っ白になっ
たんだよね」

「範囲がズレてたってやつ?」

「そう。それって、自分の感情をコントロールし切れてな
いってことなんだよね」

「……」

「試験もそうだけど、いろんな事態が降りかかった時にそこ
から盛り返すなら、どうしても自分のネガを真っ先に抑え込
まないとならないと思う」

「そっか。あがったり、しょげたり、投げたり……」

「それじゃ、最初からアウトだよね」

「確かにそうだー」

「そこが、まだまだ甘いなーと思ってさ」

「……」

「リョウさんに叩き込まれた二つのキーポイント」

「うん。集中と効率化、だよね」

「もう一ついるんじゃないかなーと思う」

「それがさっきの?」

「そう。平常心。動じない心。集中出来るとしたらその結果
であって、感情が吹き出したら集中なんか無理だよ」

「うーん、なるほどなー」

「前からじじむさいじじむさいって言われてるけど、その割
には中身はまだまだガキだなあと思ってさ」

「ちょっとお、いっきがガキならわたしはどうなるのよう」

「わはははははっ!」

まあ、いいんちゃう?
伯母さんに、良くも悪くもそれがしゃらだって言ったけど、
感情が素直に見えるのは決して悪くないと思う。
ただ、ネガがだだ漏れになってる今のしゃらは、弓削さんの
ケアには合わないっていうだけ。

感情がダイレクトに見えるのは、りんも同じだ。
でも、りんには今ネガなことがないんだよね。
何を目指すか決まってて、受験もなくて、とりま母親との関
係が安定してる。生活も部活も充実してる。
そこが、家の事情に振り回されてるしゃらとはうんとこさ違
うんだ。

妹尾さんは、それをきちんと見抜いてくれるだろう。

とりま、昨日の夜の微妙な感情のもつれが薄れて、しゃらの
元気が戻った。
七日のプレゼンでゾンビになって立たれたんじゃ、それこそ
『中庭から元気を発信』なんか嘘っぱちってことになっちゃ
うからね。

「あ、そうだ。しゃら」

「なに?」

「イベ班の、例の引き締め」

「うん」

「僕は、板野さんを噛まさん方がいいと思う」

「……」

「必ず、うちのプロジェクトの中で始末して」

「どして?」

「板野さんを怒らしたら、もう一年生は御用聞きに行かなく
なるよ?」

「あっ!!」

「だろ?」

「そ、そっか」

「上級生が下級生を指揮するっていう形式を取ってない以
上、他の部に頭を下げろっていうしゃらたちの指導は一年生
たちには理解出来ない。ましてや、それを他部の部長さんか
ら言われたら、なんであんたの命令なんか聞かなあかんのっ
てなる。かえって逆効果」

「……」

「それよか、今後もイベントやるかどうかも含めて、一年生
の間だけでもう一回議論してくださいって投げ返した方がよ
くない?」

「うん……そうだよね」

「それにお金が絡んでるってこと。それを資料にして必ず付
けて」

ぱちん!
しゃらが指を鳴らした。

「そっかあ! その手があったかあ!」

「でしょ? 苦労してでもイベントを盛り上げれば、他部か
らの寄付を期待できるの。そういうところで少ない部費を有
効利用しないと、本当に保たない。もうボランティアベース
じゃないからね」

しゃらが、拳でがんがんと頭を叩いた。

「まだまだだなあ……」

「いや、それだけしゃらもいっぱいいっぱいだったんだよ。
家のことが何もなければしゃらも気付いたはずさ」

「はあ……そうかもしれない」

「まあ、なんとか乗り切ろうぜ。悪いことばっかじゃないか
らさ」

「そだね!」




三年生編 第59話(3) [小説]

ふうっ……。
しゃらが小さな吐息を漏らした。

これも、比較の問題。
僕もしゃらも、今するべきこと、こなさなければならないこ
とがあって、それは決して簡単なことじゃない。

でも今目の前に血塗れで倒れている人がいたら、やっぱその
人を助けようとするじゃん。
それが当たり前だと思う。

ケアに関わる以上は全力で。
言うのは簡単。でも、実際にそうするのはすっごく難しい。
これが……間違いなく現実の苦さなんだろう。

森本先生が言ったこと。
五条さんや中沢先生、恩納先輩のケアがうまく行ったのはた
またまであって、決して必然の結果ではない。
サポートする側がどんなに全力を尽くしても、望んだ結果に
ならないことの方が多い。

でも。
思うようにならない現実を見て目を逸らしたり逃げたりすれ
ば、チャンスがあってもそれを生かせなくなる。

オールオアナッシング。ゼロか百か。
そういう考え方は、こういう福祉のケースでは害にしかなら
ないんだろう。

ゼロでなく、1でも0.1でもいい。
それがゼロでない限り、まだチャンスはある。
そういう考え方が、どうしても必要なんだろう。

だからこそ、僕が安易に伯母さんに話を振ったことはまずかっ
たんだよね。
伯母さんは、ゼロか百かなら限りなく百に近付けようとする
人だから。

「ねえ……」

重たい沈黙に耐えかねたように、しゃらが小声で言った。

「わたし……どうすればいいの?」

「伯母さんか妹尾さんから声が掛かるまでは待機。僕もそう
する」

「それで……いいの?」

「それしかないもん」

「うん」

「一番怖いのは、共倒れなんだよ」

「共倒れ……かあ」

「弓削さんとのやり取りには、ものすごーく神経を使わない
とならないの。だからこそ、伯母さんが専任の人を付けるた
めに妹尾さんをレンタルしたんだから」

「うん。でもさ」

「ああ」

「いっきは、昨日伯母さまに、わたしをケアに当てるなら前
半て言ってたじゃん」

「そうしないと、伯母さんにしゃらの状況が伝わんないもん」

「あ……」

「伯母さんは、弓削さんの状況としゃらの状況を並べて見る
の」

「そうか……」

「でしょ? そしたら、しゃらの方がずーっとマシに見え
ちゃう。それくらいこなせるよねって思っちゃう」

「……」

「もちろん、伯母さんは僕らが受験生だってことには最大限
配慮してくれると思うよ? でも、それ以外の部分の深刻さ
が全然分かってない。僕は伯母さんに、しゃらの今の状況を
全部説明してるわけじゃないもん」

「うん」

「そこは僕からじゃなくて、しゃらが直接言って欲しい。は
んぱなくしんどいって。それを僕が言うと、まあたしゃらを
囲い込んでって思われちゃう」

「昨日。言ったじゃない」

「本当は言いたくなかったんだよ。でも言っとかないと、伯
母さんにブレーキがかかんないんだ」

あーあ……。
僕は思わず頭を抱え込んじゃう。

「伯母さん、強過ぎるんだよね。その物差しでいろいろなも
のを見ちゃう」

「うん」

「矢野さんとかリックさんみたいのが理想で、自力で出来る
んだからばりばりやんなさいよって、そういう考え方だもん」

「……」

「そんなだから、穂積さんを扱い損ねたんだよね」

「あっ!!」

がばっとしゃらが立ち上がった。

「強い人に対抗したり、立ち上がろうとする人にエールを送
るのは本当に上手なの。でも、へたってる人をうまく触れな
い。それが伯母さんの弱点。見た目ほど完成されてる人じゃ
ないと思う」

しゃらが、伯母さんのところでのやり取りを思い出してる。

「そうか。欠点を抱えてるって……」

「自分で言ってたでしょ? そんなに器用な人じゃないよ」

ふうっ。





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三年生編 第59話(2) [小説]

帰りのバスの中でも降りてから坂を上がる時も、今日の模試
の問題用紙を見ながらいろいろ考えを巡らせていた。

数学と生物は、まあまあ戻した。
問題は、化学だなあ……。記憶系と応用系が微妙に入り混じっ
てて勉強法が難しい。
嫌いだった物理の方が、その点はまだ楽だったかもしれない。

化学は、夏の重点強化項目にしよう。

そして、やっぱり英語がなあ……。
嫌いじゃない……ってか、むしろ教科としては好きなんだけ
ど、その割には取りこぼしが多い。
相変わらず出来不出来にむらがあって、えびちゃんからどや
されたことがちゃんと解消出来てない。

「むー……」

英語でいっしょくたにするんじゃなくて、その中でどこに弱
点があるかをもう一度きちんと洗い直さないとダメだ。
ここは、えびちゃんに再度アドバイスを仰ごう。

「よし、と」

これで、今回の模試の総合結果が偏差値60を越してくれて
ると、自分でも挽回がだいぶ進んだっていう自信になるんだ
けどなあ……。

手にしてたプリントをカバンにしまって、家の蛇腹ゲートを
開けようと思ったら。

幽霊みたいなしゃらがぼーっと立ってて、心臓が止まるかと
思った。

「うううううわわわ、お、おどかすなよう」

「……」

あかん。
完全に撃沈してもーてるわ。

「……。まあ、入って」

「……うん」

怒ってるって感じじゃないな。これは……自信喪失だろう。
それはそれで厄介なんだよなあ。

はあ……。


           −=*=−


ベッドに腰を下ろして、背中を丸めて、完全に意気消沈して
たしゃらが、ぼそぼそとしゃべり出した。

「わたし……ちっとも進歩してなかったんだね」

「……」

「ちょっと……自分自身にがっかりしちゃって」

はあ……。

「違うよ」

「え?」

「今のしゃらの状態で、なんでもしゃきしゃきこなせる方が
おかしいの」

「……」

「それは、しゃらがヘタレとか弱いとか、そんなことじゃな
い。僕がしゃらの立場なら、間違いなくへたれるって。それ
が当たり前なの」

「そ……なの?」

「例えてみるならさ」

「うん」

「父さんが突然失業して、母さんがそのショックでぶっ倒れ
て、実生がぶち切れて家出しちゃって。そのくらいのインパ
クト」

どごおん!
しゃらがぶっこけた。

「うわ……そうなん?」

「しゃらはさ。最初がまさしくそうだったんだよ」

「あ」

「だろ?」

「そうだ。そっかあ……」

「あの時よりはプラスのことが多いし、しゃらが場数を踏ん
でタフになった分しんどさを背負えちゃうの。まだ大丈夫
だって。でも冷静に見ると、しんどさはあの頃とあんま変わ
んない」

「……うん。そう。ほんとに……しんどい」

「それ、伯母さんに言った?」

しゃらが、ゆっくり首を振った。

「はっきり言った方がいい。妹尾さんがコーディネーターを
してるから、しゃらの心身の状態を見ながらケアの分担を決
めるはず。そこには私情を混ぜないよ。一番適した人、出来
るポテンシャルのある人にケアを任せる。そういう段取りを
するはず」

「そうかあ」

「足を怪我してる人に、全力で走って助けろって言わないで
しょ?」

「うん」

しゃらが、ほっとした顔を見せた。
はあっ……。思わず愚痴っちゃう。

「僕もなあ……今回は失敗しちゃったんだよね」

「え? どこを?」

「伯母さんしか頼れるところがなかったから、仕方なく話を
持ってったけど、ほんとはそうしたくなかったんだ」

「……」

「伯母さんに話を振る以上、僕は絶対に関わらざるを得ない。
でも、その関われる部分がものすごーく少なくなっちゃう」

「人にやらせて自分は……ってことね」

「そう。僕の大っ嫌いなパターン」

「……」

「でも森本先生や長友さんが匙を投げちゃうんじゃ、弓削さ
んに死ねっていうのと同じだよ。そっちも我慢出来ない」

「うん。どうしたらいいんだろうって……」

「思っちゃうよな」



三年生編 第59話(1) [小説]

7月5日(日曜日)

「ぐえええ……」

よれよれの状態で、模試の会場から這い出した。

やっぱり……。
記述式の模試は、ものすごく消耗するなあ。

覚えたことを、引出しを開けてぽこんぽこんと引っ張り出し、
それを穴に入れてくのがマークシートだとしたら。
引っ張り出した後で、そいつでパズルを組まなきゃならない
のが筆記。

パズルは嫌いじゃないけど、限られた時間内に正解まで持っ
ていかないとならないのは、ものすごく疲れる。

レベルの高い大学ほどただの物知りじゃダメで、知ってるこ
とをどう組み立てられるかの応用力を見るってこと。
もちろん受験にはテクニック的なものがあるから、試験での
出来不出来がそのまま頭の良し悪しってわけじゃないんだろ
うけど、要求されることのレベルはぐんと高くなるよね。

「はあ……」

今出来ることを犠牲にして、それを大学っていうハードルを
越すためのエネルギーに換える。
条件が誰にとっても同じである以上、そのシステムがいいと
か悪いとか言っても仕方ない。
でも……。

なーんとなくすっきりしない。
予備校の玄関のところでもたくさしてたら、背後から声がか
かった。

「工藤さん、どやったー?」

あ、武田さんだー。
なんか、顔見るとほっとするなー。

「ちわー。今回は準備期間も長かったし、まあまあかなと」

「まあまあ、かあ」

「なかなかばっちりっていうわけには行かないっすね」

「まあね」

「武田さんは?」

「俺も、まあまあだなー」

そう言いながら、表情は冴えなかった。
手応え的には、目標設定したところまでは届かなかったんだ
ろう。

「武田さんは、夏期講習どうするか決めたんですか?」

「決めた。王文館の合宿」

「東京ですね?」

「そ。予備校の宿舎に缶詰だー」

「一か月?」

「いや、さすがにそれはきつい。二週間コース」

「同じかあ……」

「工藤さんも?」

「僕は合宿じゃなくて、通い。世ゼミの二週間コースです」

「通えんの?」

「ここからじゃなくて、都内のお寺に二週間住み込みます」

ずどおん!
武田さんが、派手にぶっこけた。

「うわあお!」

「そこ、すごいらしいです。勉強関係以外のものは一切持ち
込み禁止で、朝は五時起き」

「ぐわあ……それは修行じゃん!」

「ですね。でも、気合い入りますから」

「料金は?」

「一泊500円」

武田さん、口あんぐり。

「だ、大丈夫かあ?」

「食費入ってませんから」

「それでも安すぎだろー」

「一応学校公認のところなので、定評があるんでしょうね」

「そっかあ。そこは工藤さんだけ?」

「今のところ、僕の他に立水が」

ぶるぶるっと首を振った武田さんが、もう一度同じことを言っ
た。

「間違いなく、修行やなあ」

「ははは。でもそのくらいじゃないと、なかなかエンジンが
回んないです」

「確かにね」

「武田さんとこも、期末はまだなんでしょ?」

「来週」

「うちと同じだ。そっちもあるんだよなあ」

「ああ、そうか。ぽんいちはきつくなったって言ってたもん
なー」

「そう。科目数が多いから、受験でてんぱってる子には辛い
ですよ」

「乗り切るしかないね」

「はい。期末終わってちょっとしたらすぐ夏休みで、講習突
入。あとは完全に受験専念モードですね」

「そやね。そっからどこまで追い込めるかだー」

「がんばりましょう!」

「んだ。26日のセンター試験模試は受けるんだろ?」

「受けます」

「じゃあ、またその時に」

「うっす! じゃあ、またー」

「ばい」

ぐだぐだ感一切なし。
武田さんも、きっちりギアが上がってきたなあ。
うん。身が引き締まる感じがする。僕も頑張んなきゃ!




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てぃくる 308 黒玉危機一髪 [てぃくる]


yd.jpg


「ちょっと。黒ひげ危機一髪じゃないの?」

「違います。拷問のシミュレーションを商品にする

なんて、教育上よろしくありません!」


「ふうん、これはそっちとどう違うの?」


「刀を樽に刺すんじゃなく、黒玉をむしります」


「それで?」


「当たりをむしると爆発します」


「ぎょええええっ!」


「そりゃそうでしょう。人様のものに勝手に手を出

せば、それ相応の結末を覚悟しなければならない……

そういう因果応報を体感するための商品ですから」


「でもさあ。そんな物騒な商品は、絶対売れないと

思うよ?」


「そうなんですよねえ……」





(^^;;






ヤツデの果実。
花は真冬に咲き、果実は初夏に実ります。
実をむしっても爆発はしないので、安心してください。(^m^)

咲く時期も実る時期も相当へそ曲がりのように思うんですが、
林内のあちこちに勝手に生えているのを見る限り、実を食っ
て爆発させている(種子をばらまいている)物好きな鳥が
ちゃんといるということなんでしょう。

もちろんあなたが爆発させてもいいんですが、果実をむしっ
てぽいするだけではうまく芽が出ません。食べて果肉を消
化した上で、種子だけうんちとして排出しないと。

あ、それでですね。

ヤツデは有毒です。
食べたあなたがトイレの中で爆発するかもしれませんので……。


ゲームには参加しないでくださいね。






  初鰹当たりは全てアニサキス








Reward by The Teardrop Explodes


爆発する涙。



三年生編 第58話(8) [小説]

しゃらが……さっき僕が言ったのをどう受け取るかだよなあ。

今さら伯母さんに文句を言ったところで始まらない。
僕は言ってしまったし、しゃらは聞いてしまったんだから。
僕はしゃらに過剰な負荷がかかることを心配してああ言った
つもりだけど、しゃらに意気地なしとバカにしたって取られ
たらしゃれになんない。

それは、がっつり根に持たれるだろう。

僕としゃらとの間で一生懸命築いてきたつもりの信頼関係。
それは好き嫌いの前にあるもので、簡単には崩れないと思っ
てきた。いや……そう思い込んできたんだ。

そんなこと、ないね。

伯母さんが試したこと。
弓削さんのケアに携わる資質を確かめる他に、あんた方カッ
プルはほんとに大丈夫なのって心配も入ってるんだろう。

そんなの伯母さんの余計なちょっかいだと思うけど、だった
ら僕らは余裕でクリアしないとなんないんだ。
それなのに、こんな状態じゃなあ……。

しゃらだって、ほんとは分かってるさ。
僕がどんなに弓削さんのケアに入れ込んだところで、それが
僕やしゃらには何も影響しないってことはね。

万に一つも、僕が弓削さんによろめくシチュエーションなん
かないよ。
あるとすれば逆のパターン。弓削さんが僕に恋愛感情を持っ
ちゃうかも……しゃらが心配するとすれば、それしかないと
思う。

でもね。弓削さんが誰かに恋愛感情を持てるようなら、そも
そもケアの必要なんかないの。
そんな当たり前のことすらしゃらには見えてない。
しゃらの視野が極端に狭くなってるのは、嫉妬癖のせいじゃ
なくて、今のしゃらの心理状態が弓削さん並みに良くないか
らだ。

さっきの電話でも伯母さんに言ったけど、しゃらが何もかも
一人で背負うにはしんどい状況が続いてる。

最初の危機の時は、みんなで寄ってたかってしゃらを支えた
んだ。
僕、会長、りん、かっちんとなっつ、中沢先生、五条さん。
それぞれの役回りを決めて、全力でね。
崖っぷちだったしゃらも、素直に僕らの手を取ってくれた。
だから立ち直りがすっごい早かったんだ。

でも今回は、あの時に比べて条件がうんと悪い。
だって、しゃらはあの頃と違ってずっと強くなってるもの。
しかもしゃらの負荷を増やしてることがらは、決して悪いこ
とばかりじゃない。
前向きにこなせるっていう意識があると、しゃらは素直にし
んどいって言いにくいんだ。

誰にもぶつけようのないストレスが、しょうもない愚痴や嫉
妬に形を変えて吹き出しちゃってる。
それに理屈なんかないんだよね。

しゃらがそういう状態の時には、面倒事には関わらせたくな
い。
だから僕は、弓削さんの件からしゃらを切り離したかった。
でも、お兄さんの暴挙からしゃらの意識を逸らさせるには、
弓削さんのケアを口実にするしかなかったんだ。

そう、あくまで口実なの。
受験を控えてる僕らが弓削さんのケアに関われるところなん
か、実際にはほんの少ししかないんだから。

でもしゃらはともかく、僕は弓削さんのケアから逃げられな
いんだよ。
だって、弓削さんのケアに伯母さんを巻き込んだのは僕だ。
その僕があとはよろしくってとんずらするのは、しゃらのお
兄さん以上の極悪行為だもん。

僕は、無責任に放り出すのだけは絶対にやだ。

そういう僕の立場をしゃらが本当に理解できてるのかが、分
かんないんだよね。

弓削さんとの関係が出来ちゃったけど、道義上はケアに加わ
る義務がなくて、やれる事もやる気もあんまりないしゃら。
弓削さんとは関係がないけど、伯母さん絡みで道義上ケアに
加わる義務が出来て、やれる事はないけどやる気はある僕。

微妙にあちこちがズレてて、しゃらがそれをしっかり把握し
切れてない。

さっき、伯母さんが僕との通話をしゃらに漏らしたのは、そ
ういうズレを今のうちに補正しておきなさいってことなんだ
ろう。

でも、伯母さん。あのやり方は……逆効果なんだよ。

だって僕の説明は、聞きようによってはしゃらがヘタレでだ
らしないからケアに参加するなっていう風に聞こえちゃう。
僕の発言が気遣いなのか、情けないっていう軽蔑なのか、区
別出来ないんだ。

それも……しゃらがものすごーくしんどくて、べっこりへこ
んでるタイミングでさ。

「ふう……」

伯母さんの力や影響力は絶大。
そして伯母さんが力を行使する時には、ちゃんと背景や先行
きを考えてる。
でも、力にはいつも反作用があるんだよね。

親子関係のリセットにしては過激過ぎる手段を取ってしまっ
たりんのケース。
糸井夫婦の悪巧みを、それ以上の力技で完膚なきまで叩き潰
しちゃったこと。

もちろん、どっちもそうする必要があったことはよーく理解
出来る。理解出来るけど……反作用が強すぎるんだ。
結局、りんとこも糸井先生んとこも、親子関係を木っ端微塵
にしちゃったでしょ。
母さんが伯母さんのことを警戒してるのは、そこんとこだと
思う。

伯母さんだから出来ること。
そして、伯母さんがしたから起こること。
することは伯母さんがコントロール出来る。
だけど起きてしまったことは、伯母さんにはもうどうにもな
らないんだよ。

それが、いくら伯母さんの想定内のことだとしてもね。

でも、起きた結果を伯母さんのせいにして責めることは一切
出来ない。
だって僕は伯母さんの性格をよーく知ってて、その上で助力
を頼んでるんだもの。
弓削さんを伯母さんに結び付けたのが僕である以上、僕はそ
こから来るいかなる結果にも責任を持たないとならない。

……しゃらとのことも含めて、ね。

「はあ……めんどくさいことになったなー……」

とりあえず、しゃらのアクションを待とう。
伯母さんは僕が何でもしゃらの先回りをしちゃうことを危惧
してるし、僕もしゃらもそれはまずいと思ってる。

それなら僕は待つしかない。
しゃらが今回のことをどう受け止め、考え、処理するかをね。

「ふう……」

明日の模試の準備をしながら、ふと思い出す。
七月に入ってからあちこちで咲き出した、アガパンサスの花
を。

アガパンサスの花火。
勢いよく咲き広がって、ばんばんと四方に火花を散らす。
それは大輪ですっごい派手なはずなのに、僕には咲いてるん
だなっていうぼんやりした印象しか残らない。

変な話。
伯母さんのところでも僕の部屋でも、僕としゃらとの意識や
感覚の違いが派手にぶつかって赤い火花を散らしたなら。
そうジェニーの件でがっちゃあんとぶつかっちゃった時のよ
うに、感情が赤熱すれば。

それで火傷することはあっても、お互いの気持ちがどこから
出ているのかはっきり見える。
目を逸らせる場所も時間も、どこにもないからね。
その方がずっとましなんだ。

今日みたいに、感情が微妙にずれたままでうやむやになっちゃ
うと、後で疑心暗鬼ががんがん膨らむ。
それはヤバ過ぎ。

青白い花火なんか見たくない。
そんな幽霊みたいなのは……何の役にも立たないよ。

花はなんでも好きなんだけどさ。

「あの花だけは……どうしても好きになれないんだよなあ」




agaps.jpg
今日の花:アガパンサスAgapanthus spp.)



三年生編 第58話(7) [小説]

夕食の後、またねじり鉢巻での勉強態勢に入った。

そろそろ切り上げようと思った十一時くらいに、しゃらじゃ
なくて伯母さんから電話が入った。

「伯母さん? どうしたんですか?」

「いや、いつきくんが説教してくれたの?」

「え?」

「いや、御園さんが八時過ぎに突然来て、泣きながら土下座
したからびっくりしてさ」

ずどおおん!

「あわわわわ」

「まあ、確かにあれじゃ怖くてサポートを頼めないから、ど
うしようかなあと妹尾さんと話してたんだけどね」

「やっぱりかあ」

「やっぱり?」

「そう。伯母さんたちは、他のケアメンバーと同じように、
僕らがちゃんと覚悟してるかどうか、確かめようとしたんで
しょう?」

「ははは。お見通しかあ」

「伯母さんは、シェアハウスの同居人でなくてもしゃらを入
れてケアスタッフを組みたいって言いたかったはず。弓削さ
んのケアが、しゃらのお兄さんや田中のことに関わってます
から」

「うん。そう」

「でも、僕が絡んだ途端に即ガキに戻っちゃうんじゃ、とて
もじゃないけど怖くて関わらせられないですよ」

「……」

「慌てて、君らの出番はもっと後だよって予防線張りました
よね?」

「あーあ、いつきくん相手だと全部ばれちゃうね」

伯母さんの苦笑の声が漏れた。

「まあ、良くも悪くもそれがしゃらなんです。しょうがない
ですよ」

「……」

「ただ、今の状態のままでしゃらを弓削さんに関わらせるの
は、どう見ても危険過ぎます。だから、がっつりどやしまし
た」

「どうやって?」

「自分がしてもらう時には真剣さを要求して、自分がしてあ
げる時にはてきとーなの……って」

「ああ、それが一番分かりやすいね」

「僕は」

「うん」

「ギブアンドテイクは、ギブの方がずっと大きくないと成り
立たないと思ってます」

「どして?」

「もらう時っていうのは、本当にぎりぎりの時。だから、も
らえるものがどんなに小さくても、ささやかでも、本当に嬉
しいんですよ」

「うん」

「でも、あげる時っていうのは、相手がどれくらいで満足し
てくれるのか分かんない。だから、相手がもういいって思っ
てくれるまでは全力で与えないと意味がないと思ってます。
中途半端に止めちゃって、相手にまだ足りないって思われた
ら、それまであげたものが全部無駄になっちゃう」

「そうなんだよね……」

「ねえ、伯母さん」

「なに?」

「今日の話だと、自我が出て来た後の弓削さんのケアをしゃ
らに分担して欲しいってことでしたよね?」

「そうね」

「僕は逆の方がまだましだと思うんですけど」

「どうして?」

「自我が出るってことは、きっとマイナス面もいっぱい出て
来ますよ。不満、苛立ち、絶望感……それを弓削さんから理
不尽にぶつけられたら、同じ感情をまだ自力でこなし切れて
ないしゃらは潰れちゃいます」

「……」

「実家の建て替えやお母さんの看護、自分の進路問題、お兄
さんがやらかしたことの後始末……今、しゃらにはいっぺん
に難題が押し寄せてる。正直僕は、しゃらの状況が少し良く
なるまでは弓削さんのケアに関わらせたくないんです」

「うん」

「配慮を……どうかお願いします」

「分かった。いつきくんの心配は当然ね。妹尾さんと相談し
ます」

ちょっと間が空いて、伯母さんが少し大きな声を出したのが
聞こえた。

「御園さん、聞こえた?」

げええええええっ!?
しゃ、しゃらが向こうに居たのおっ!?

腰が抜けそうになった。

伯母さああん、それは反則でしょう!!

ぷつ。

僕が猛抗議する前に電話が。

……切れちゃった。




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