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三年生編 第54話(12) [小説]

「私がさっき言ったように、まず居場所よ。公的な機関は無
理。私設のところでも、子連れだと無理ね。弓削さんと赤ちゃ
んとを別々にケアしないことにはどうにもならない」

うん。

「それが不可能っていうことなら。弓削さんに、精神科医と
教師の資格を持ってて母親代わりになれる優しいメイドを付
けるしかないの」

どどどーっ!
家族一同ぶっこける。

「伯母さーん! そんな人いるわけないでしょ!」

「いないでしょうねえ」

けろり。

「そうしたら、それを何人かで分担するしかないでしょ?」

「サポートチームにするってことですか?」

「そう。でも公的扶助の範囲内では、どう考えても無理よ。
だからこそ五条さんや森本さんが苦慮してるんだから」

そうなんだよね……。

ふうっと。
大きな溜息を漏らした伯母さんが、よっこらせと立ち上がっ
た。

「策はある。でも、それは私の一存では決められない。二つ
ステップがあるから、一つずつクリアする。今日の夜に、い
つきくんに連絡を入れるから、その結果を受けてサポートを
お願い」

「はい!」

伯母さんは、それだけ言い残してさっと帰った。

あっけに取られていた母さんが、僕に探りを入れた。

「ねえ、いっちゃん。姉さんは、何企んでるの?」

「そんなの分かんないよー」

「うーん……」

いや、僕にはもう分かってる。
分かってるから、あえてみんなには言わなかったんだ。


           −=*=−


夜。
本当は期末試験に向けて勉強に集中したかったんだけど、そ
れどころじゃなかった。

まず、しゃらから事後報告が来た。
五条さんの落とした爆弾でずぶずぶに落ち込んでいたご両親
は、それ以上のリスクがあることをしゃらから知らされて、
逆に冷静になった。
お兄さんのことより、まず自分たちの足元だもん。

自分の蒔いた種は自分で刈り取れ!
お兄さんが何を言って来ようが、徹底的に突っぱねる。
それを、家族三人で確認し合ったって。

いや、実際それしかないよね。
しゃらは受験生だし、ご両親は店が新装開店するまでの間、
切り詰めてかつかつの生活をしないとならない。
バカ息子の尻拭いなんかしてる場合じゃないんだもん。

気持ちを切り替えて、何とか『今』を乗り切るしかない。
きっぱりしたしゃらの口調には、決意が滲んでいた。

しゃらには言わなかったけど、窃盗グループのメンバーは全
員捕まって収監されてる。
暴力団絡みの組織犯罪じゃない以上、しゃらたちにすぐ逆恨
みが波及しちゃう心配はないんだ。
そいつらが出所してからはともかく、ね。

でもそれを正直に言うと、しゃらたちの恨みの感情がお兄さ
んにダイレクトにぶつけられちゃう。
親子兄妹の間の関係修復は、一生出来なくなると思う。

僕が甘いのかもしれない。
でも、お兄さんにほんの少しでもやり直すチャンスがあるの
なら、それは残してあげたかったんだ。

しゃらの前では口が裂けても言えないけど、お兄さんの今の
性格を作ったのは間違いなく親。特にお父さんだと思う。
しゃらのお父さんはまじめで厳しい。
プライドが高いから、徹底して筋を通そうとする。

お母さんがクッションになる娘のしゃらと違って、お兄さん
はお父さんの厳しい姿勢の直撃を受けてきたんだろう。
それに対する反発がグレるって形で出たけど、お兄さんは反
発し切れてない。形だけのヤンキーになって、結局どこでも
パシリにさせられちゃってる。

お父さんの厳しさが、お兄さんの自立心を押し潰しちゃった
んだと思う。

挫折を経験して懐が深くなった今のお父さんなら、お兄さん
にはもう少し違った接し方が出来たかもしれない。
でも、時間をさかのぼってやり直すことは出来ない。

お兄さんはもう成人してるけど、中身は子供のままなんだ。
そこは、弓削さんと何も変わらない。
だから親としてお兄さんを強引に矯正しようとしたら、お兄
さんはお父さんの影響下から二度と抜け出られなくなると思
う。

お父さんには、それがよく分かってるんだろう。
だからこそ、お兄さんが最初に情けない言い訳をだらだら垂
れ流してもぶち切れなかったんだ。

お父さんに出来るのは、お兄さんがよたよたでもいいから自
力で歩き出すのを辛抱強く待つことだけ。
僕は、それだって立派なチャンスだと思う。

そして、今は頭が煮えてるしゃらも、いつかお兄さんにチャ
ンスをあげたいって思い直してくれればいいな……。
何があっても、兄妹は兄妹なんだからさ。

しゃらとの電話が終わるのを待っていたように、伯母さんか
ら電話が掛かってきた。

「いつきくん?」

「はい。どうですか?」

「どうですか……って」

「だって、伯母さんが取れる手段て、僕には一つしか思い付
かないんですもん」

「ははは。お見通しか」

「正直、もし伯母さんが僕が考えてた以外の手段をご存知な
ら、そっちを優先して欲しかったんです」

「ありがとう。さっきの話し合いでも、そういう雰囲気だっ
たね」

「はい。何かヒントがあれば、それを受けて五条さんや森本
先生が動いてくれます。僕は、そのヒントがどうしても欲し
かっただけなんです」

「うん。それは分かるけど、現実としては無理だよ。あの場
で言った通りよ」

「何をどうしても、前提が『弓削さんと赤ちゃんを分ける』
になっちゃうんですよね……」

「そう。私が弓削さんて子の住むところを確保して、サポー
ターを付けてあげることは出来るよ。でも、サポーターはあ
くまでもサポーターでしかない。弓削さんの人生に責任は持
てないの」

「……。そうですよね」

「その立場は私も同じ。私が直接サポーターとして動くにし
ても、彼女のケアの成果は保証出来ない」

「分かります」

そうだよね。これは力やお金で解決する問題じゃない。

 


三年生編 第54話(11) [小説]

「昨日は、しゃらと一緒に森本先生が勤めてるグラナーダに
行って、市の福祉課の人を交えてずっとその話をしてたんだ」

「結論は?」

「まだ出てない。でも、行政側は最低限、弓削さんと赤ちゃ
んを切り離さないとケア出来ないって考えてるの」

「それが困難……ってことか」

「そう。弓削さんは、今まで絶対的な支配者の命令を聞くこ
とで生きてきたの。今は、支配者が誰もいない。唯一弓削さ
んを支配出来るのが赤ちゃんなの。弓削さんが赤ちゃんにこ
だわるのは、母親として愛情があるからじゃなくて、そこに
しか拠り所がないからだと思う」

「げえっ!」

母さんが、顎が外れるんじゃないかってくらい、でかい口を
開けて絶句した。

「なのに、今弓削さんから赤ちゃんを取り上げたらどうなる
と思う?」

しーん……。
言うまでもないよね。それは、死ねっていうことと同じだ。

「性格障害の治療、育児、日常生活の訓練、勉強、仕事出来
るようにするための社会訓練……。そんなの、いっぺんにこ
なせるわけないじゃん! 僕だって絶対出来ないよ!」

「ああ、そうだね」

伯母さんが、ぱんと腿を叩いた。

「何はともあれ、まず居場所だね。居場所が確保出来れば、
次はサポーターの確保」

「うん」

「で、公的施設、例えば児童福祉施設では受け入れが出来な
いってことでしょ?」

「そう。性格障害と学力のハンデのある弓削さんは、そもそ
もグループホームとかは無理。でも、病院とかの施設に入居
して個別のケアを受けるには、赤ちゃんがネックになるの」

「そうだろね」

「里親にケアを頼むにも、やっぱり赤ちゃんがネックになっ
ちゃうんだ。だから市の福祉課の担当の人のプランは、最初
から就労支援一本槍だったの」

「ばかか」

伯母さんが、ばっさり切り捨てた。

「仕事? 何が出来るっていうの?」

「でしょ? ただ……」

「うん?」

「市の人がそうやって誤解しちゃうのは、分からないでもな
いんだよね」

「どうして?」

「弓削さんが、見かけは崩れているように見えないから」

「……」

「礼儀はしっかりしてる。素直に指導に従う。ああ、この子
なら大丈夫だなって、思っちゃうじゃん」

「そうか……」

「それに、自我が極端に小さいってことは誤解を生みやすい
の。ぶりっ子に見られやすい。こいつ、いいかっこしいで、
本当はろくでなしなんじゃないかって。もっと世間を知って
苦労しやがれって思われちゃう」

「……」

「あの五条さんだって、最初そう疑ったんだから」

「ううーん」

うなったきり、みんなが黙り込んじゃった。
そりゃそうだよ。長友さんや森本先生は百戦錬磨のプロ。
そのプロがお手上げなのに、素人の僕らが何かいい案を思い
つくわけないじゃん。

僕は、そっちは期待してない。
それよか、僕やしゃらが弓削さんのサポートで動くことをき
ちんと理解して欲しい。特に、母さんと伯母さんにね。

最初に匙を投げたのは、母さんだった。

「無理。私の頭では何も考えつかない」

「俺も思いつかないよ」

父さんも、弱々しく首を振った。

「当座、居候させてくれっていうリクエストが来れば、それ
には応じられるさ。でも、ケアまでは出来ん」

「そうなのよね……」

母さんが深い溜息を漏らした。

「うちは、日中無人になることが多い。それじゃあ……」

母さんがパートに出てる以上、見てあげられる時間が限られ
てしまう。
赤ちゃんを抱えている弓削さんを一人で放っておくなら、ケ
アにならないもの。それじゃ、田中と同じだ。

「わたしは、自分のことで精一杯」

実生が、ぼそっと漏らした。
ぽんいちの厳しくなったカリキュラムに強いプレッシャーを
感じている実生は、本当に余裕がないだろう。

「僕にはしゃらがいるから、彼女の密接ケアは出来ない。そ
もそも受験生だし」

「ああ、そうだな」

「うちで直接関われる部分は、最初からうんと限られてる。
いや、うちだけじゃなくてどこもそうだと思うんだよね。少
しなら手伝ってあげるよっていう人は、きっといっぱい確保
出来ると思うの。でも弓削さんのケースでは、それじゃあ全
然間に合わないんだ」

「ヘルプでなくて、ケアだからなあ……」

父さんが、珍しく苛立ちを直に顔に出した。
さっきから腕組みしたまま微動だにしなかった伯母さんが、
声を絞り出した。

「なるほどね……力で動かせない部分をどうするか、か」

腕組みを解いた伯母さんは、僕らの顔をぐるっと見回した。