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三年生編 第54話(6) [小説]

「でもぉ。五条さん、最初っからお兄ちゃんには冷たかった
よ?」

「そりゃそうでしょ。お兄さんの態度はどう見てもサイテー
だもん。でも、そういう感情的なことじゃ済まなくなったん
だ」

「あ!」

「でしょ? お兄さんのしたことは、間違いなく犯罪行為。
それがどのくらい重いかは関係ないの。本人に自覚がないの
なら、少なくとも家族はその重大さを認識しておかないとな
らないよって。それだけだと思うな」

「そうか。お兄ちゃんが倒れ込んできた時に、わたしたちが
はんぱに手を貸すと、もっと事態が悪くなるってことか」

「そう。それに、このままだとうやむやになりそうなんだよ
ね。それは、まずいんだ」

「え? ど、どういうこと?」

「五条さんはすっごいきつい見通しを言ってたけど、実際に
はお兄さんの起訴は難しいと思う」

「どうして?」

「強姦罪は親告罪。被害者本人がこんな目にあったって訴え
ないと、罪を問えないの」

「ええっ!?」

しゃらは、知らなかったらしい。

「ど、どしてっ!?」

「しゃらは、男に襲われたっていうことを自慢できる?」

ぶるぶるぶるっ!
しゃらが激しく首を振って、否定した。

「とんでもないっ!」

「でしょ? 無理やりやられたってことは、人には絶対知ら
れたくない。恥ずかしいこと」

「……うん」

「法律が、そういう女の人の心情に配慮してるってことな
の。誰かにやられたってことは、やられたその人にしか証明
出来ない。だから捜査や裁判には本人が出ないとならない」

「そんなあ」

ちらちら僕の方を見ていたしゃらが、聞いてもいいものかっ
て感じで口にした。

「ねえ、いっき。なんでそんなことに詳しいの?」

「ゆいちゃんのことがあったからさ。調べたんだ」

「!!!」

「去年の学祭の時、中庭で騒動があったでしょ?」

「うん」

「あの死んだヤクザがべらべらしゃべったから、しゃらはも
うゆいちゃんに何があったかを知ってる」

「……うん」

「だから僕はゆいちゃんのことをしゃらに話せるけど、そう
じゃなかったら、僕はゆいちゃんの事件は誰にも話さない。
黙って墓場まで持ってくつもりだった」

「う」

「そしてね」

「うん」

「ゆいちゃんを襲った連中。高岡と市工の一味」

「うん」

「やつらが補導された時の罪名は、強姦じゃないよ。監禁と
傷害。ゆいちゃんを閉じ込めて、左足を折ったことの罪を問
われたんだ」

「えっ!? じゃあ……」

「輪姦(まわ)されたことは、その中に入ってないの」

「う、うそ……」

しゃらが、絶句してる。

「強姦罪っていうのは、とっても微妙なの。被害者本人の訴
えがあれば、ほとんど有罪に出来るらしいよ。でも、なかな
か立件されない。被害者の心理的負担が大き過ぎるんだって」

「ひどい……ね」

「そう。泣き寝入りになりやすいの。校内で高岡にやられた
女の子だって、一人も名前出なかったじゃん?」

「あ……」

「もし自分が襲われたってことをおおっぴらにされたら、ゆ
いちゃんは学校に行けなくなる。今でもその恐怖に怯えてる」

「……うん」

「しゃらも危ない目にあってるから分かるよね?」

「分かる。わたしも訴えられない」

「でしょ? そして、弓削さんにはそもそも訴える能力がな
い」

「あっ!」

ばっと、しゃらが立ち上がった。

「そ……っか。それじゃあ……」

「そもそも立件出来ないの。弓削さんの代理人が、代わりに
訴えることは出来るらしいけど」

「うん」

「それでお兄さんを罰したところで、意味ないじゃん。被害
者の弓削さんから、何も被害感情が出て来ないんだもん。お
兄さんは、補償も謝罪も出来ないし」

「……」

「だからって、それでいいってことにはならない」

ぐんとしゃらが頷いた。

「五条さんがものすごくきつい言い方で警告を出したのは、
もし不起訴になってもそれで免責になんかならないよってこ
とを、お兄さんとしゃらたちにきちんと伝えるためだと思う」

「そうか……」

「だから、五条さんは法律とは別の重石をお兄さんに乗せる
みたい」

「重石?」

「そう。お兄さんは自分をマシにするつもりがないの。乱暴
じゃないから目立たないだけで、中身がずぶずぶに腐ってる
んだ」

「……」

 


三年生編 第54話(5) [小説]

五条さんからの情報収集が終わって、肩を落としているしゃ
らのところに戻った。

「ふう……事情は分かった。でも、これはしゃらたちの問題
じゃないよ。切り離さなきゃ。あとは、お兄さんがどうする
か、さ」

「そう……なの?」

「間違いなくそうでしょ。しゃらやご両親がお兄さんに余計
なちょっかいを出して、お兄さんがそれに反発してとかなら
別だけどさ。長い間没交渉だった人の責任をいきなり取れっ
て言われても、そんなの無理だよ」

「……うん」

「昨日、帰り際に森本先生といろんな話をしたでしょ?」

「うん」

「その中で先生が、五条さんは運が良かったって話をしてた
じゃん」

「うん。そうだったね。受けた好意より恨みが上回ってしまっ
たら、まだ泥沼だったって」

「お兄さん。家を出てから、誰からも好意を受けたことない
んちゃうかなあ」

「……」

「このクズ、役立たず、根性なし、ヘタレ野郎、使えねえや
つ。ずーっとそう言われ続けたら、本当にそうなっちゃうよ。
元々はそうでなくてもね」

「あ……」

「お兄さんも、弓削さんとまるっきり同じだってことさ。タ
イミングがちょっと違うだけで」

「……」

「なんかね」

「うん」

「お兄さんて、まるで中学時代の僕を見てるみたいなんだよ
ね」

「えーっ!?」

しゃらが、ものすごーくびっくりした顔になった。

「ははは。僕だけじゃない。実生もそうだよ。僕らの生き方
は、ここに来るまではずっと逃避型だったんだ」

「逃避型……って、そんな風に見えない……けど」

「そりゃそうさ」

僕は、眼下に広がる街並みをぐるっと指差した。

「親父の転勤はもうない。ここが最後だったんだ。ここでだ
めならもう逃げ場がなかった。だから……必死だったんだ。
僕も、実生もね」

「そっか……」

「徹底的に意地を張って、最後まで自分を貫いたしゃらとは
違う。僕は、ものっそよわよわだったんだよ。お兄さんと何
も変わらない」

「……」

「だから、僕はお兄さんを一方的に責められないよ」

「……うん」

しばらく足元をじっと見つめていたしゃらは、切羽詰まった
顔で僕に質問を投げかけた。

「ねえ、いっき」

「うん?」

「もし。もし、さ。いっきがここに来てもうまく行かなかっ
たら……どうしてたの?」

「ひっきーになってたと思うよ」

「あ……」

「その危険性は、僕にも実生にもあった。僕らがひっきーに
なっちゃったら、うちは間違いなく家庭崩壊さ。他人事じゃ
なかったんだ」

「……」

「実際、大怪我した後は、怪我がある程度回復しても、僕は
学校に行かなかった。行けなかったんじゃない、行かなかっ
たんだ。実生も、何度も高熱を出して学校を休んでる。仮病
じゃないけど、体が学校を拒否しちゃってたんだ」

「そう……かあ」

「親父が転職でなく転勤だったら。二、三年でリセットがか
かるってのが当たり前になってしまったら。今みたいな僕は
たぶんいないよ。人と適当に合わせて、へらへらして、都合
が悪くなったらすぐ逃げる。そういう性格に……なってたと
思う」

「それって……」

「お兄さんとそっくりでしょ?」

「うん。そっか……」

五条さんのぶちかました爆弾のショックでパニくってた頭
が、だんだん冷えてきたんだろう。
しゃらが少し落ち着きを取り戻した。

「五条さんが、しゃらたちにお兄さんのことを言いに来たの
は、五条さんが怒ってるからじゃないね」

「違う……の?」

「違う。警察では、お兄さんが弓削さんにしでかしたことが
分かった時点で、お兄さんの扱いを参考人から容疑者に切り
替えちゃってるんでしょ。今は事情聴取じゃなくて、取り調
べになってる」

「うん」

「その結果がどう出ようが、お兄さんは弓削さんにとって、
もう善意の第三者じゃないんだよ」

「……」

「その事実から目を逸らさないで欲しい。お兄さんに中途半
端な情けをかけると、全員が共倒れになる。ちゃんと覚悟し
て。五条さんはそれを言いに来ただけと思う」

 



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