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三年生編 第54話(4) [小説]

「ごめん、しゃら。ちょっと五条さんと話する。きちんと事
実関係が分かってないと、僕は何も言えない」

「うん」

しゃらの同意を得て、しゃらから少し離れたところで五条さ
んに電話を入れた。

「あ、五条さんですか? 工藤です」

「昨日はお疲れ様」

「いえー。長友さんから報告を聞かれました?」

「聞いた。言葉が……出ないわ」

「森本先生と市の福祉課の方とで緊急のケアプランを練るっ
て言ってたんで、僕らが何か手伝うにしても、それが決まっ
てからかなあと」

「うん。手伝うって言ってくれるだけで、本当に嬉しい」

「だって、僕もしゃらも、五条さんや会長に再起を手伝って
もらったから……」

「私もそうよ。そういう善意がいっぱいあるから、世の中が
崩れずに済んでる。捨てたもんじゃない。私はそう思いたい
の」

「はい! あ、それでですね」

「うん?」

「則弘さんのことなんですけど」

「……」

「立件ですか?」

「御園さんから話が行ったの?」

「一家全滅です」

「……」

「僕の方で、しゃらをフォローをします。事実だけいくつか
教えてください」

「うん」

「弓削さんは……産むんですか?」

五条さんは即座に否定した。

「無理よ。今の赤ちゃんの世話ですらまともに出来てないの
に、これからの妊娠期間や出産は乗り越えられない。悪条件
が増えると、ケアプランを立てるのがますます難しくなる」

「……」

「今日、グラナーダの職員さんに付き添ってもらって、弓削
さんに産婦人科に行かせた」

「堕ろす……ってことですね?」

「そう。仕方ないわ。まだ六週くらいだったのが不幸中の幸
いよ」

そうか……。

「則弘さんは、どういう罪に問われるんですか?」

「県の青少年保護条例違反。こっちはお灸くらいなもの。で
も……」

「はい」

「弓削さんに正常な判断能力がないことを知りながら性行為
を一方的に要求するのは、強姦と同じなの。準強姦ね」

「……」

「お酒を飲ましたり薬で眠らせたりして、意に沿わない性行
為を強要するのは間違いなく犯罪。そっちは重罪よ」

「そうか……」

「でも、今回のケースはものすごく特殊なの。弓削さんが何
も拒まない……いや拒めないっていう精神的な傷を持ってるっ
てことが背景にあるから」

「はい」

「則弘にマエがないこと。保護義務を完全に放棄しているわ
けではないことを考えると、裁判での実刑はたぶん出ないと
思う」

ほっ。

「それでも、罪悪感や責任感皆無で自分の行為の正当化しか
しないクズ男は誰も擁護してくれない。行為の悪質さだけが
目立っちゃう」

うん……そうだろうな。

「則弘を守らなければならない事情がどこにもなければ、不
起訴や起訴猶予にはならないよ。あいつの扱いは間違いなく
犯罪者。判決に執行猶予がついたところで、その汚名が消え
ることはない」

「……」

「それだけのことをしたんだから。しょうがないわ」

「あのー、五条さん」

「なに?」

「裁判で、則弘さんがあくまでも合意の上だって言い張った
らどうなるんですか?」

「弓削さんとその子の面倒を一生見なさいねって言われるで
しょ。御園さんのご両親が主張された通りよ」

う、そうか。

「でも、それ以前に」

「はい」

「収監された田中が、黙っていないと思うよ」

「えっ!? 収監されたら何も出来ないんじゃ……」

「田中は、ね」

それで……全て分かった。

「そうか……」

「則弘には、自分の非を認めてやり直すしか道が残ってない
の」

きっぱりと五条さんが言い切る。

「御園さんのご家族には降って湧いた災難ね。でも、責任が
ご両親や沙良さんにあるわけじゃない。成人して家を離れて
暮らしていた以上、責任は全て則弘本人にある」

「そうですよね」

「その責任を自力で果たしなさい。私にはそれしか言えない
わ」

「分かりました。済みません。出産前の大変な時に」

「あはは。まあ、こんな風にゆっくり話していられるのも、
あとちょっとだけ。生まれたらうちは大騒ぎよ」

「でも、すっごい楽しみじゃないですか!」

「もちろんよ!」

五条さんは、最後にぼそっと言い残した。

「胎教に悪いから、もっといい話を聞かせて欲しかったんだ
けどな。でも、これが現実よね」

 


三年生編 第54話(3) [小説]


「田中って人が警察に捕まってから……」

「うん」

「お兄ちゃんが弓削さんを連れてこっちに来るまで」

「うん」

「二か月くらい……間が空いてるの」

「じゃあ、それまでは二人で暮らしてたってこと?」

「そうみたい。田中って人が持ってたお金を使い果たして、
残りのお金が少なくなって、慌ててお兄ちゃんが弓削さんを
連れてこっちに来たの」

「うん」

「その間にね……」

真っ青になったしゃらは、何度かその言葉を口にするのをた
めらった。
それを見て。僕はお兄さんが何をやらかしたのかを悟った。

僕の方から聞いてみる。

「お兄さん。その間に弓削さんを抱いたんちゃう?」

「……」

言葉に出来なかったんだろう。しゃらが力なく頷いた。
でも、それだけで五条さんが血相を変えるはずがない。
ああ……そうか。

「妊娠……させちゃったのか……」

ぎゅうっと両手の拳を握り締めたしゃらが、恐ろしい言葉を
口にした。

「そんなの……お兄ちゃんじゃないっ! こ、殺して……や
りたいっ!」

「……」

しゃらに『殺す』っていう物騒な言葉を吐き出させるほど。
お兄さんのしたことがものすごくショックだったんだろう。

お兄さんに、事実を受け止めて弓削さんを支える気持ちがあ
るのなら、まだ救いがある。
でも、お兄さんは逃げることしか考えていない。

自分は田中に騙されて、こんな変なオンナを押し付けられた
んだ。
俺には、そいつに何かしてやらなければならない義理なんか
ねえよ。ついてねえ。

……そういう、自己中で卑屈な考えしかない。

もしお兄さんが今しゃらたちのところに顔を出したら。
お父さんやしゃらに徹底的に糾弾されて、本当に半殺しの目
にあっていたかもしれない。

「お兄さんは、タカがシメてたんちゃうの?」

「うん。少しはマシな生き方をしろって言って、お店の仕入
れとかを手伝わせてたって」

「そっか。ぼこるんじゃなくて、社会訓練させてたってこと
か……」

タカに任せたら、間違いなく最初に原型なくなるまでぼこっ
たはずだ。
五条さんが、わたしの出産があるから揉め事の元になるよう
なことはしないでって、タカを止めたんだろう。

「でも、なんで妊娠が分かったん?」

「警察の事情聴取で、ここに来るまでの間の行動を聞かれた
らしいの」

「お兄さんが?」

「ううん。弓削さんが」

「ああ、それで……」

「そう。お兄さんに求められてえっちしてたってことを……」

「……」

「警察で慌ててメディカルチェックをしたら、妊娠してたっ
て」

「ひでえ」

「……」

どうしようもない。
脅迫とか暴力とか……そういうのを伴わなくても。
人の弱みにつけ込んで、自分の欲望だけ満たすっていうのは、
鬼畜のすることだと思う。

お兄さんが優しかったのは昔のこと。
今は……その優しさのかけらも残っていないんだろう。

そして、五条さんがお兄さんのひどさを訴えるためだけにしゃ
らの家を訪問するはずがない。
もっと重大なことを伝えるため、だ。

「ねえ、しゃら」

「……」

「五条さんがしゃらん家に来たのって、立件の方針を伝える
ためじゃない?」

真っ青な顔で、しゃらが力なく頷いた。

「やっぱりか」

お兄さんが最初僕らの前に顔を出したのは、自分と弓削さん
の窮状を救って欲しいから。
逃避行を誘導してたのはお兄さんであり、お兄さんに未成年
の弓削さんと赤ちゃんの保護義務がある。

弓削さんを放棄して自分だけ逃げなかったのは、一人で逃げ
てもどこにも行き場がなかっただけだろう。
田中って男のところに転がり込む前に、すでに相当ヤバかっ
たんだと思う。

女子供を連れていれば、周りの同情を集められる。
お兄さんは、そういう打算で行動してた。
でも、本当は弓削さんのことなんかどうでもいい。誰かに押
し付けて逃げようと思ってた。

だからこそお兄さんは、弓削さんをまるで肉人形みたいに粗
末に扱ってる。

それは……義務の放棄。
責任を持って弓削さんと赤ちゃんを守る行動をしなかった時
点で、お兄さんへの同情は全て剥奪され、今度は無責任な行
動全てが犯罪行為と見なされる。

事情聴取の間の保身ばかりの言動が、ものすごく悪い印象を
与えてしまった。
今回の行動が善意からではなく、打算と悪意に満ちたものだ
と……捉えられてしまったんだろう。

そういうお兄さんの汚いところを見せつけられたら、しゃら
たちが激しいショックを受けるのも無理もない。
あんなやつなんか、二度と帰ってこなければ良かったのに。
お父さんも、お母さんも。そしてしゃらすら。
そう思ってしまうだろう。

 



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