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三年生編 第54話(2) [小説]

「ぜいっ、ぜいっ、ぜいっ……げほっ」

息が乱れたまま、仮住まいのアパートの階段を駆け上がって、
呼び鈴を押した。

「い……っき?」

「どしたっ!?」

きいっ。

小さく軋んだドアの隙間から、ぱんぱんに目を泣き腫らした
しゃらが見えた。
でも、泣いていたのはしゃらだけじゃなかった。
お母さんも……そして、お父さんも泣いていた。
憔悴し切っていた。

「ここじゃ……話出来なさそうだな……」

「う……ん」

僕の部屋じゃ家族がいるから無理。もちろんリドルはだめ。
モヒカン山のてっぺんは、天気のいい日曜は散歩コースになっ
てるから人目に付く。

二人だけで話出来るところを必死に考えたけど、思いつかな
い。
それだけ、僕らは二人の間だけでなく、他の誰にも隠し事な
しでオープンでやってきたんだなって分かる。

「あ!」

「……」

「小野塚のお稲荷さん。あそこなら普段は無人だ」

「うん……ありがと」

しゃらは何度もしゃくり上げながら一度ドアを閉め、しょげ
切ったままゆらっと出てきた。

とても……声なんか掛けられる雰囲気じゃなかった。


           −=*=−


無言のままゆっくり石段を上がって、お稲荷さんの境内に出
る。
無人の社務所の横に小さな木のベンチがあって、そこに並ん
で座った。

まだ時々しゃくり上げてるしゃらの気持ちが落ち着くのを待っ
て、何があったのか聞いてみた。

「どしたん?」

「……」

言い出しにくいんだろう。
しゃらは黙ったまま、数分間ずっと俯いていた。
僕は急かさずに、しゃらが口を開くのをじっと待った。

諦めたように。
しゃらが小声で話し始めた。

「……昨日ね」

「うん」

「グラナーダから帰ってきたら、五条さんが待ち構えてたの」

「へ? しゃらからの報告を聞きに?」

「ううん。弓削さん関係のことは、長友さんから話が行くは
ず」

「じゃあ……別件?」

「……」

こくんと小さく頷いたしゃらが、唇を震わせ、涙を流しなが
ら話を続けた。

「五条さん、すっごいおっかない顔で」

「うん」

「重大な話があるって……」

な、なんだろ?
想像が付かない。

「しゃらにだけ?」

「ううん。うちの家族にって」

「!!! お兄さんのことかっ!」

「……そう」

「何か……やらかしてたん?」

そこで。
我慢出来なくなったように、しゃらが僕に抱きついてわんわ
ん泣き出した。

こんな……こんな悲しそうなしゃらを見るのは。
お祖母さんが亡くなった時以来だった。

事情を聞くっていうより、気持ちが落ち着くまでそっとして
おいた方がいいかな。
そう思って、黙ってずっと肩を抱いていた。

僕の視界の端に、さっきからようこが見え隠れしてる。
本当ならちょっかいを出しに来たいんだろうけど、そういう
状況じゃないってことは分かってくれてるみたいだ。

僕も、そっとしておいてくれって言いたくて、ちょっとだけ
首を横に振った。
ようこは……ふっと気配を消した。

三十分くらい。
しゃらは意気消沈したまま泣き続けた。

それから、手のひらで目を何度か擦って。
重い重い話を……切り出した。

 


三年生編 第54話(1) [小説]

6月28日(日曜日)

カーテンを引かなかった窓から光が差し込んで、そのまぶし
さで目が覚めた。

「……っふう……」

ゆっくりと上半身を起こす。
肉体的には何も疲れるようなことはしていないのに、体がずっ
しり重い。芯の部分に鉛の塊があるみたいだ。

手をかざして、窓からの光の束に目をやる。

昨日の大雨から一転して、今日は朝からすっきり晴れてる。
まだ夏の到来を予想させるみたいな蒸し暑さはなくて、からっ
とした晴天。

でもすっきりしているのは天気だけで、僕はちっともすっき
りしない。
しゃらもそうなんだろうなあ……。

ベッドから降りて、机の上に目をやった。
携帯は、昨日からずっと黙り込んでる。

グラナーダから帰ったあと、夜にしゃらから何か連絡が来る
かなーと思ったけど、何もなかった。
きっと、思い切り気疲れしたんだろう。
それでなくても、引っ越しやお兄さんの突然の帰還でばたば
た気ぜわしかっただろうから。

窓から会長の庭を見下ろしながら、考え込んだ。

「どうしようか……」

弓削さんの件。
あまりにいっぱい悪条件が重なってる。そして猶予がない。

こういう時、僕はすぐに伯母さんに話を振って来たんだよね。
でも、伯母さんがここに越してきてから、今までいろんなこ
とで迷惑をかけちゃってる。

とっ始めは、りんと里村さんのことだった。
でも、同居者が居れば家事負担が減ることをちゃっかり利用
した伯母さは、面倒事だって思わないでくれたから、僕的に
は気楽だったんだ。

でも、五条さんが刺された事件でマスコミを追い散らしてく
れたり、閉鎖間際だったローダンセ美術館をぽんと買い取っ
てくれたり……。
その辺りから、だんだん伯母さんが強権発動を厭わなくなっ
てる。

それでも、全部が全部僕がお願いしたことじゃない。
僕が伯母さんに、ああしろこうしろって言えるわけないじゃ
んか。
どれも、伯母さん自身が良かれと判断した上での行動なんだ。

穂積さんが逃げ込んだのもそうだし、橘社長や糸井夫婦関係
のごたごたの時もそう。
僕がリードしたわけじゃないから、気分的には楽だった。
でも恩納先輩やばんこの下宿を打診したのは、本当はまずかっ
たんだ。

僕の持ちかけ方は、同居前提だもん。
もし伯母さんがノーって言ったら、先輩やばんこのダメージ
がしゃれにならなかったんだ。
裏返せば、そういうことを承知で僕が伯母さんにプレッシャー
をかけた形になっちゃってる。

それは……まずいなあと。

だから、伯母さんが頼りになることは分かってても、弓削さ
んの件は極力振りたくなかったんだ。

伯母さんが穂積さんの件をうまくさばけてれば、もっと気楽
に持ちかけられたかも知れない。
でも、居場所さえ確保出来れば、あとは自力でばりばり何で
もこなせるりん、ばんこ、先輩と違って、伯母さんはとこと
んへたってしまった穂積さんの扱いに手を焼いた。

伯母さんは、それに懲りたと思う。

幸い、穂積さんを取り巻く環境はいい方向に進んでる。
穂積さんのご両親が本気でケアする準備を進めてるし、穂積
さんも環境が変わって少しずつ落ち着いてくるだろう。
最悪を考えなくても済む状況になってきたから。

でも、だからと言って穂積さんの代わりに弓削さんを押し付
けるわけにはいかないんだ。
僕自身は何も出来ないのに無神経に伯母さんに頼れば、僕の
横柄な態度はあのクソ腹立つおっさんと何も変わらなくなっ
てしまう。

「……」

今までは、何かあっても必ず打開に繋がる鍵が見えてたんだ。
あの悪魔の時ですらね。

でも、今回はその緒(いとぐち)すら見つけられない。
僕に見つけられないってことじゃない。五条さん、長友さん、
森本先生……いろんなケースに対処してきた百戦錬磨の人た
ちですら、揃って白旗を上げそうなんだ。
それくらい条件が悪い。先が見えない。

「ふうううっ……」

それでも。僕は諦めたくない。
どこかに、弓削さんのケアに繋げられるきっかけがあるはず
だし、僕はそれを伯母さん抜きでは考えられない。

まず、どういう手段が残されているのか、伯母さんにアドバ
イスをもらおう。
それなら、伯母さんに直接面倒見てって話じゃなくなる。
伯母さんだけでなく、母さんにも話しておいた方がいいな。
参考意見は多ければ多いほどいい。

無力感と割り切れなさを抱えながら、僕は着替えて部屋を出
ようとした。

その直前に、机の上の携帯が鳴った。

「しゃらかな?」

ディスプレイを確認する。
やっぱりしゃらだ。

「うい。おっはー」

でも、聞こえてきたのはしゃらの泣き声だった。
ざあっと血の気が引いた。

「しゃらっ! どしたっ!?」

「……」

返事が返ってこない。
泣き声しか聞こえない。

「すぐ行くっ!」

朝ご飯なんか食べてる場合じゃない!
携帯を乱暴に畳んで、それをジーンズのポケットにねじ込み、
一段飛ばしで階段を降りた僕は、家族があっけに取られる中、
血相を変えて家を飛び出した。

なにが?
一体なにがあったんだ!?

 



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