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三年生編 第53話(18) [小説]

「もちろん、性格が破綻している親にまともになれっていう
のは、ほとんどの場合、無理。私たちだって、毒親の説得や
指導なんかするだけ無駄だって分かってる。でもね……」

先生が、降りしきる雨の向こうをすっと指差した。

「歪んでしまった親子の間に入って、相手を見るんじゃなく、
自分を見なさいって忠告することは出来る。そのための時間
と場所は、私たちの方で確保出来るの」

自分を見ろ……か。

「例えばね、文香がいい例」

「先輩が、ですか?」

「そう。文香の母親は、決して悪人じゃない。文香の部屋で
説明したでしょ?」

「あ、はい。そうだったなあ……」

「ただ、文香の母親は自分に自信がなくて、オトコに食い物
にされやすい。文香はそのとばっちりを受けてきたの」

「はい」

「それだけじゃない。母親は確かに悪人ではないけど、決し
てほめられた性格でもないの。気まぐれで、場当たり。気分
屋でルーズ。そういう親の下で育てば、子供はどうしてもび
くびくと親の顔色を伺うようになる」

「……」

「文香がピエロになってまで友達を作ろうとするのは、その
弊害なの」

「あっ!!」

しゃらと二人で大声を出しちゃった。

「こわいでしょ?」

「は、はい……」

「あいつは、母親からされた仕打ちを決して許していない。
でも母親の機嫌が直って、自分に当り散らさないようになれ
ば、どうしてもまあいっかって許しちゃう。母親の機嫌は損
ねたくない」

「どうしてですか?」

しゃらが、信じられないっていう顔で突っ込んだ。

「あいつにとって、母親は一人しかいないからよ」

僕もしゃらも。
……俯いてしまった。

「だから、文香には私が再々指導したの。あんたが一人の人
間であるように、あんたの母親も母親である前に一人の人間
なの。だから母親として見る前に、一人の人間として見てあ
げなさい。そうしたら、あんたは楽になる」

「母親だからしてくれて当然、もなければ。母親にはしてあ
げて当然もない。自分の母親であるという事実は動かせなく
ても、それ以外のところは自由に動かせる。それでいいじゃ
ないの……ってね」

「なるほど!」

思わず、ガッテン!

「それで、先輩は母親との同居はしないって言ったんだー」

「そう。どうしても同居家族の間ではお互いのわがままが出
やすくなる。そこに歪んだ親子関係が吹き出しやすくなる。
それぞれの生活をきちんと確保した上で、距離を保っていい
とこだけもらえばいい」

「いいとこ……かあ」

「文香にとっては、経済的、精神的な支えをもらえる安心感。
母親にとっては、娘が充実した毎日を送っているのをいつも
確かめられること」

「親子のトラブルがなくたって、子供はいつか親元から巣立
つんだから、そのレールの上に乗せてやればいい。でしょ?」

「うん。そうですね」

「そっかあ」

しゃらも、納得したみたいだ。

「先生は、先輩のお母さんには会われたんですか?」

「会ってない」

「え!?」

「会うとどうしても責めたくなるからね。この鬼畜がって」

「……」

「それじゃ、台無しになる。親が娘をぶん投げてるならとも
かく、関係改善を望んでいるなら私の出番はないよ。あとは
文香の心の問題だから」

「そっかあ……」

「私が親に会うのは、親の頭に血が上っているケース。子供
の逃避や非行事実を目の前にして、自分はちゃんとやってる
のにどうしてって激怒している親をクールダウンさせる必要
がある場合ね」

なるほど。長崎くんやマカの時なんかがそうだな。
会長や五条さんが、親にきちんと釘を刺してクールダウンさ
せた。すごいなーと思ったんだ。

「親が本当にちゃんとやっていれば、子供は滅多に曲がらな
いよ。子供が非行に走る原因は家庭に、そして親にあること
が多いの。その事実をきちんと親に認識させないと、先に進
めない」

「五条さんの親みたいのは?」

「暴力による過剰支配や育児放棄は、警察の管轄。親の責任
範囲を逸脱したり、育児放棄することは犯罪なの。説得以前
よ」

うん。

「親以前に、人間として最低限の義務も果たせないようなク
ズを、私たちが命がけで説得する義理なんかないわ。そうい
う連中はいずれ檻の中に行く」

「刑務所……ですか?」

「そういう人もいるでしょうね。でも、そうじゃなくたって
ろくでなしは社会には受け入れられない。誰からも忌避され
て底辺で腐るのは、檻の中にいるのと同じよ」

う……。

「彼らは社会から人間ではなく動物として扱われ、それで一
生を終える。自分でそういう生き方を選択したんだから仕方
ないわ」

ぞっと……した。

「そして。そういう腐った生き方は、親から子へ連鎖しやす
いの」

「あっ!」

そ、そっか。

 


三年生編 第53話(17) [小説]

僕らより一足先に、所長さんが車で弓削さんを送って行った。

森本先生と雑談をしていた長友さんが席を立ったので、僕ら
も帰る準備をして建物を出た。

「あ、そうだ。先生」

「なに?」

僕は玄関口の施設のマークを指差した。

「このグラナーダっていう名前は、どんな意味なんですか?」

「ああ、これね」

ひょいとマークを指差した先生は、その輪郭をなぞった。

「グラナーダは、スペイン語でザクロのこと」

「!!」

そっかあ! それでどっかで聞いたことがあるような気がし
たんだ。

「そういや、工藤くんはスペインの血が混じってるんだった
よね?」

「はい。それでなんか懐かしい感じがしたのかあ……」

「お母様は、今でもスペイン語を話されるの?」

「うーん、滅多にないかなあ。スペインの大伯父と電話で喧
嘩する時くらいです」

どてっ。
みんながぶっこけた。

「ちょっと、いっき。お母さんて、向こうの親戚と仲が悪い
の?」

しゃらが突っ込んでくる。

「最悪だよ。二度と口なんか利きたくないってさ。それなの
に、向こうが懲りずにちょっかい出してくるんだよなあ」

「なんで?」

「向こうの後継者候補がみんなぼんぼろりんみたいで、僕を
跡継ぎに狙ってるんだってさ」

「げえええええっ!?」

しゃらがのけぞって驚いた。

「ばかたれ。スペイン語のスの字も分からんのに、跡継ぎも
へったくれもないよ。それに、おばあちゃんの親族には一回
も会ったことないもん」

「ねえ、工藤くん。お母様の家系って、跡継ぎに拘るほどの
名家なの?」

興味津々で森本先生が突っ込んできた。

「いやあ。母に言わせれば、ど貧乏の田舎貴族でろくでもな
い気位以外は何もないそうです」

ずどおおおっ。みんながずっこけた。

「わはは! それじゃ、跡継ぎたいなんて思えないよね」

「いや、もしお金とかお城とかがあっても、僕は絶対にイヤ
です。母や祖母をゴミみたいに扱った人たちなんか、顔も見
たくないっす」

「ああ、そういうことね」

苦笑した森本先生は、僕から視線を外し、マークを指でもう
一度なぞった。

「ザクロはね、東洋でも西洋でも、昔から豊穣、多産の象徴
とされてるの」

「へー。知らなかった」

「どうしてですかー?」

しゃらが先生に聞き返した。

「ザクロは、実の中身のほとんどがタネよ。それを子宝に見
立てたんじゃないかな」

「そっかあ」

「それとね」

「はい」

「自分の子供の飢えを満たすために、他の子供をさらってそ
の肉を食べさせてた鬼子母神っていうのがいて、その蛮行を
止めさせるために、釈尊が代わりに人肉に似たザクロを与え
たっていう俗説があるの」

げ……。ぐ、ぐろい。

「きしもじんていうのは化け物なんですか?」

「いや、れっきとした神様よ。入谷の真源寺が有名ね」

「へー!」

「元々は五百人も子供がいた神様。だから、安産や子宝を祈
願したり、子供の健康、安全を祈る対象になっているの。そ
の鬼子母神が、手にザクロを持ってるの」

「知らなかったー」

「お地蔵さまが子供の守り神だとすれば、鬼子母神は母子の
守り神ね」

なんとなく……見えてきた。

「そうか……」

「なに?」

「いや、なんでザクロなんかなあと思ったんですけど」

「うん」

「子供の保護だけじゃない。親子の関係を取りなすのもここ
の目標に入ってる。だから、ザクロなんじゃないですか?」

「はっはっは! さすがだねえ、工藤くん。その通り!」

先生がばしんと僕の背中を張った。
いてて。

「実の親の代わりは、誰にも出来ないの」

先生が、目を細めて降りしきる雨の向こう側を見つめる。

「五条の親のように、親としての資格がない大人はいっぱい
いるよ。でも、だからと言ってその代わりになれる親はいな
いの。実の母親も父親も、それぞれ一人ずつよ」

「……」

 



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