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三年生編 第53話(16) [小説]

「経済的なことだけじゃないわ。子供に福祉の介助が届きに
くい原因は他にもいっぱいあるの。例えば」

「はい」

「子供の案件には、司法、教育、福祉っていう権限、目的、
システムが異なる様々な機関が関わる。そして、その連携は
必ずしもうまくいってない」

「そうか」

「弓削さんのケースを見たら分かるでしょ? 教育関係者は
弓削さんの教育を放棄してる。本来積極的に動くべき福祉行
政の窓口はやる気がない。弓削さんは被害者であって犯罪者
じゃないのに、彼女を一番心配しているのが警察の五条や長
友さんていうのはおかしくない?」

「おかしいです!」

「まだまだあるわ。未成年のうちは、子供の保護・育成は親
の義務よ」

「はい。分かります」

「でも、それがうまく行ってないから問題が起きるんだよ?」

あっ!!

思わず立ち上がってしまった。

「そ、そっか。今回の弓削さんのだけじゃない。みんな……
そうなんだ」

「でしょ? 五条も、中沢も、文香も、伴野さんも、みんな
そう。家庭に問題があるか、壊れてる。そのとばっちりを全
部子供が食らっちゃう」

「……」

「でもね、親がいる以上は、どんなにそれがクズ親でも第三
者はなかなか手を出せない。子供を守るべき親が毒になった
場合は、手遅れになりやすいの。そしてね」

「はい」

「子供には未来がある。柔軟で、なんでもこなせる。そんな
根拠のない子供万能論を信じ込んでる能天気なバカが、世の
中にはうんざりするほどいるの」

「子供万能論……かあ」

「あほかあっ!!!」

森本先生が大噴火した。

「一番弱い、曲がりやすい、被害者になりやすいのは子供。
心に受けた傷が深ければ深いほど、それはその子の一生を歪
める。不幸の再生産をしやすい」

「……」

「それなのに、ちょこっと手を貸しただけで、あとは自力で
やれるでしょってすぐ放り出してしまう。それが児童福祉の
現状なの」

「さっきの……」

「そう。浅田の言い方ね。そう考えてるのは浅田だけじゃな
いよ。いっぱいいる」

「……」

「もちろん、最終的に自立出来るところまで鍛えていくのが
一番望ましいこと。でも、そのためにはものすごく人手と時
間とお金が要るの。それを安易に考えられてしまうのは、現
場の人間として絶対に許容出来ない!」

話し合いが行われている会議室の方をじっと睨みながら、森
本先生は声を絞り出した。

「弓削さんのケースは、とてもじゃないけど一年や二年じゃ
めどが立たない。児童福祉ではなく、障害者福祉に切り替え
てトータルライフケアを考えていかないと、彼女はすぐに破
滅する」

ぞっ……。

「なにせ、彼女には身寄りがない。責任を持って彼女の面倒
を見てあげようっていう近しい人が誰もいないんだから。も
し彼女の知能や感情が正常であっても、それはものすごいス
トレスよ」

「分かります……友達に……そういう子がいるので」

あっきーが……そうだ。

「本当なら、彼女に愛情を注いでくれる里親を探してあげた
い。単なる後見人ならいない方がマシよ。でも、子連れの上
に本人に学力のハンデと性格障害があるんじゃ、里親の負担
が重すぎて無理」

はあっ!
ぶるぶると首を横に振った森本先生は、何度も溜息を繰り返
した。

「これから……大変だ」

無責任なおっさんの言動にぶち切れた森本先生だけど、だか
らと言ってもっといい案を持ってるってわけじゃないんだろ
う。
いい加減なやつをぶちのめしても、それだけじゃ何の解決に
もならないんだよね……。

「あの、森本先生」

「なに?」

「生野さんや綾里さんの方から、もっとましなプランが出て
来るんでしょうか?」

「いや、無理よ。浅田よりはずっとまじめに考えてくれると
思うけど、ハンデが大き過ぎる。子連れだと児童福祉施設で
は預かれないし、それ以外の選択肢はほとんどない」

「経済的なことだけならどうにでもなるけど、性格障害の治
療と育児、学習、社会訓練。それをまとめてこなせるような
環境なんかどこにもないわ」

「……」

「なにより、機械になっちゃてる彼女に機械的な指導をして
も意味がない。そこが……一番しんどい」

先生が、絶望的な表情を浮かべた。
その気持ちは、僕にもよーく分かった。

二人して黙りこくっていたら、会議室のドアが開く音がして、
どやどやと話し声が響いてきた。

「ふう……向こうも終わったかな?」

のそっと席を立った森本先生にくっついて廊下に出たら、所
長さんが苦り切った顔で腕でばってん印を作った。
まるっきり収穫がなかったんだろう。

しゃらも、どうしようもないって顔をしてる。

長友さんが、疲れ切った表情でとぼとぼ歩み寄ってきた。

「工藤さん、済まんね」

「え?」

「五条にはいい報告が出来そうにない。私の手には余る。こ
れは間違いなく医者の領域だよ」

やっぱりか……。

 


三年生編 第53話(15) [小説]

先生が、僕の目の前に三本指を立てた。

「福祉の基本的な考え方。福祉は、三つの助けるの組み合わ
せで成り立ってるの」

三つの『助ける』?

「それって、なんですか?」

「よく聞いて。自助、共助、公助」

「???」

「自助は、自分を助ける。安易に人に頼るんじゃなく、まず
自力でなんとか出来ないかぎりぎりまでがんばって。それが
自助ね」

「そっか……」

「工藤くんも御園さんも、そこがすごくしっかりしてたか
ら、私は安心して見ていられたの。ほんのちょっと背を押す
だけで済むもの」

「はい!」

「でも、自力ではどうにもならないケースがある。例えばさっ
き工藤くんが言った伴野さんのケースなんかがそうね」

「ですよね……」

「その場合は、伴野さんにごく近い人たちが、窮状を察して
手を貸してあげないとならない。伴野さんの場合は、それが
伯父さまであり、五条であり、工藤くんたちだったわけ」

「そうか。それが共助なんですね」

「そうなの。助けられた伴野さんは、工藤くんや御園さんに
困ったことがあればきっと助けてくれるでしょ?」

「はい! 間違いなくそうですね」

にこっと先生が笑った。

「共に助け合う。互いに助け合う。共助や互助は、福祉の原
点。そして、自助と共助の範囲で済むなら福祉なんてあやふ
やなものなんか要らない。だって、それは私たちにとってご
く当たり前のことなんだから」

「そうですよね」

「でもね、実際には、助けてくれって伸ばされた手を近くの
人が握りきれないケースが山のようにあるの。自助、共助の
限界を超えてしまったケース」

「そうかー。そこで初めて公助っていうのが出てくるんです
ね?」

「そう。最初から公的機関が出てくるなんてのはありえない
のよ」

「うーん。どうしてですか?」

「自助と共助を壊しちゃうから」

あ!!!!

思わず……愕然としちゃった。

「今目の前で困ってる人に、役所行って助けてもらえって言
うのは……おかしくない?」

思わず俯いてしまった。

「そう……ですよね」

「でしょ?」

先生の表情は、激怒してるってくらいに厳しい。
でも、その口調は静かで、しかも苦渋に満ちていた。

「行政が手を貸すのは、最後の手段。最後の砦。そこで見捨
てられたら死ねと言われるのと同じ。だからこそ、実際に行
政にしか救えない人が確実に保護や援助を受けられるように
しないとならないの」

「なるほど……」

「当然、行政の人は、そこまでの深刻さがない人には自助か
共助でやってくださいって言わざるを得ない。なんでもかん
でも助けますよって言ったら、あっという間に福祉制度が破
綻するもの」

「……」

ぐるっ!
太い首を僕の方に回した先生は、ぐいっと顔を突き出した。

「さっき、ちょっとだけおカネの話をしたでしょ?」

「あ、はい」

「福祉っていうのは、利益を生まないの。消費するだけ」

「……」

「労働生産性の低い人にお金を使わざるを得ない。それは社
会全体の損失になる」

「そ、そんなあ……」

「もちろん、そこまで極端に考えたら社会なんか成り立たな
いわ。でも、それも間違いなく一つの現実なの」

「……」

「お年寄りの介護は、国が介護保険という形で補助をしてく
れる。お金が動くから、そこにはビジネスチャンスがある。
障害者にも年金や各種補助制度があるから、そこでお金が動
く。でも、幼児や児童の保護・指導っていうのはビジネスに
なりにくい」

「どうしてですか?」

「子供の育成、指導は本来教育機関の持ち場よ。福祉が直接
介入しにくい。その上、教育制度は基本的に健全児童をベー
スに考えられてる。弱者保護の視点が弱いの」

「うーん……」

「子供の数が減ってきて、一般的な教育ビジネスですら経営
が厳しくなってるのに、その中の少数派をターゲットに商売
しようなんて物好きな人がいっぱいいると思う?」

「う……そうか」

「でしょ? どうしても、子供は後回しにされちゃうの」

「納得……行かないんですけど」

「一番納得行かないのは、私たちよ」

うん。そうなんだろう。

 



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