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三年生編 第53話(14) [小説]

ぱん!
思わず膝を叩いた。

「納得です!」

「でしょ? ここのところ孤児や非行児童の問題より、親の
虐待や育児放棄関連の案件の方がずっと多い。そういう事態
への緊急対応が求められるの。弓削さんのケースもそうよ」

「ですよねえ……」

「社会問題化してるから、案件はぐんぐん増える。しかも、
介護保険を利用出来る老人福祉や、法整備が比較的進んでい
る障害者福祉と違って、子供たちのケアは民間事業者にとっ
てまるっきりカネにならないの。その分、ボランティアに頼
るところがものすごく大きい」

「……」

「未来を担うのは子供たちなのに、その子供たちのケアがな
おざりにされてるっていうのは……悲しいわ」

森本先生が、ふうっと大きな溜息をついた。
それからぐいっと背を伸ばして僕に向き直った。

「ねえ、工藤くん」

「はい?」

「さっきのミーティングで、工藤くんは福祉ってなんです
かって浅田に聞いたでしょ?」

「はい」

「福祉って、何だと思う?」

う……。自分に返って来るとは思わなかった。
でも、それは僕にとっても大事なことだ。

「うーん……僕のイメージでいいですか?」

「もちろんよ」

「困ってる人を助けること」

「誰が? 誰がそれをやるの? その義務を負うの?」

あ……。そ……か。

「うーん……」

「ね? 難しいでしょ?」

「はい……」

先生は僕から視線を外すと、窓の外の味気ない景色に目を
やった。

「福祉というのは何か。それには、私たちも答えられないの」

「……」

「困っている人を、助けられる人が助ける。原則はそうよ。
でも、誰が助けるべきなのか。困っているのをどうやって知
るのか。何をどれくらい助けるのがいいのか。はっきりしな
い」

「そもそも助ける意味なんかあるの? そういう冷めた見方
すらある」

ぎょっとした僕の顔に、先生のごっつい指が突きつけられた。

「さっき、工藤くんが困ってた時に福祉の『ふ』の字も聞こ
えなかったって言ったでしょ?」

「はい」

「それが現実よ。助けが必要な奴なんざ社会の役立たずだ。
そんな連中なんかとっとと滅びてしまえ。それが、紛れもな
く一つの現実なの」

ぐ……。
思わず、血の気が引いた。

「福祉なんてのは絵に描いた餅。いや、絵にすら描かれてな
い空論。福祉がきちんと機能していないからこそ、今の弓削
さんみたいに徹底的に人格を歪められて放り出される人が出
て来ちゃうの。違う?」

「……はい」

厳しいけど。その通りだ。

「福祉という概念や制度にはそもそも限界がある。私たちは
そこから出発しなければならないの。福祉が充実していれ
ば、困った人をみんな救える? はっ! そんなのありえな
い! 私たちは、絶対に甘っちょろい幻想を持ち込んじゃい
けないの」

「うーん……なんか納得行かないですー」

「まあ、そうだろね。でも、そこまで厳しく考えないと、浅
田が出したみたいなバカなプランが出てきちゃう」

「あ! そうかあ……」

「あれは福祉なんかじゃないよ。プランナーの視線がまるっ
きり弓削さんの方を向いてないもの。ケーススタディをぺた
ぺた張り合わせただけで、彼女の人生に真剣に向き合う姿勢
がまるっきりない。工藤くんがどやした通りよ」

「はい!」

「制度があるから、それを使えばなんとかなる? ならない
わ! そんなの絵空事。手を貸す方も手を借りる方も甘い考
えを最初に捨ててもらわないと、福祉なんか成り立たない」

「だからこそ私たちは、福祉で出来ることはうんと小さく見
積もっておかないとならないの。そうしないと、私たちの視
線はすぐに困っている子から逸れてしまう。やったげたから
いいでしょって、自己満足で終わっちゃう。それじゃ、なん
の救済にもならないわ」

そうか……。

先生に指を突き付けられる。

「困っている人に手を差し伸べる。肩を貸す。言うのは簡単
よ。でも実際にそれをやろうとすると、助けようとする側に
ものすごく覚悟がいるの」

「……」

「文香は、その覚悟をしたからこそ福祉職を目指すことにし
たの。福祉の現場は甘くないよ。激務の上に給料は安い。精
神的なプレッシャーもものすごく大きい。辛い仕事なの。当
然激務に耐えられずに辞めてしまう人も多い。離職率が高い
の」

「先輩はそれは知ってるんですか?」

「もちろん。私が何度も現実を話して、止めた。普通に会社
員やった方がいいよって。あいつの神経は決して太くないか
らね」

「じゃあ……先輩は覚悟したってことですか?」

「そう。わたしはたくさんの人に助けてもらった。絶対にそ
の恩返しをしたいってね」

すごい……な。

「でもね、そういう覚悟がちゃんと出来る人は本当に少ない
の。少ない以上、福祉でカバーできることには限界があるっ
てことなの。それが現実」

 


三年生編 第53話(13) [小説]

「うっそおおおおっ!?」

「すごいでしょ? 僕も絶句しました」

「そうかあ……」

「だから、安易に伯母に振りたくないんです。伯母なら何で
もいいよって引き受けちゃう。お金と力でなんとか出来ちゃ
う。そうさせたくは……ないんです」

「じゃあ、さっき浅田に言ったのは?」

「もちろん、脅しだけですよ。実際に抗議なんかしません。
でも、あのおっさんが立場に居れば使えるって思ってる力。
そんなもんなんか最初からないんだってことは、さすがに分
かると思います」

「なるほどね」

「それにしても」

思わず溜息が漏れた。ふうっ……。

「僕の予想をはるかに超えてましたねー」

「なにが?」

「いや、あの浅田って人。あんないい加減で給料もらえるん
ですか?」

「まあ、そんなもんよ」

「げー」

「言っちゃ悪いけど、役所っていう組織はころころ人を動か
しちゃうから、プロスタッフがなかなか育たない。特に福祉
関係には華がないから、管理職ポストが他で使えなかった人
の吹き溜まりになりやすいの。現場でまじめに働く人がかわ
いそうよ」

「そうなんですか……」

「現場にいる人たちは毎日が戦争だから、まじめでタフじゃ
ないと勤まんない。でもデスクワークの人にはしょせん他人
事だもん」

「……」

「そこが、よくも悪くも組織っていうものの限界ね」

「うーん」

「うちみたいなNPOもそうよ。職員のレベルは高いし、や
る気は満々なの。でもスタッフの人数も予算も少ない。単独
で出来ることには限界がある。NPOだから出来ることより
も、NPOだから出来ないことの方がずーっと多いの」

「じゃあ、なんでわざわざ……」

「それでも、無関係な第三者よりはいろんなアプローチが出
来るから。可能性がある以上はそれを捨てたくない。そして
可能性を大きくするためには、組織に組み込まれることでの
弊害はあっても連携を活かすしかないの。警察、福祉関係の
行政機関、民間の支援団体、そういうところとね」

「そうかー」

「ねえ、工藤くん。ここの建物が変わってるって思わなかっ
た?」

「思いました。なんで、こんな寂しいところにあるんだろう。
味気ない建物なんだろうって」

「ふふふ。正解」

森本先生が、ぐるっと周りを見回す。

「ここはね。子供たちを直接ケアをする施設じゃないの」

「え!?」

ち、違うの?

「じゃあ……?」

「一般の方や警察から市の福祉課に持ち込まれるいろいろな
案件は、膨大な数になる。それを市の職員だけでさくさくさ
ばくのは無理よ。浅田みたいな、使えないおっさんもごろご
ろいるし」

「げー」

「でも、だからってちんたらやってたんじゃ、ケアが間に合
わずに次々に悲劇が起こっちゃう。うちは、その緊急度の高
いところを一部肩代わりしてるの。エマージェントコーディ
ネーションが主務」

な、なんかムズカシイ言葉が……。

「その、えま、えまなんとかってのは?」

「さっき言ったでしょ? エマージェントは緊急の。コー
ディネーションは調整。書類がどうたら、担当の人がどうた
ら、そんなののんびり考えてる場合じゃないでしょっていう
ケースを、私たちが市の作業を先取りする形でこなすの」

「あ!」

「間違えないで欲しい。私たちには、市の仕事を取り上げる
つもりなんかない。ボランティアベースでそんなことは絶対
に出来ない。あくまでも主体は県や市の福祉課」

「緊急に対応しなければならない事案が起きた時に、事前、
事後の調整、必要手続きの代行、緊急措置の実施を、市や県
と連携しながら先倒しでやる。それがここの組織なの」

「そっかあ……」

「だから、ここには子供たちが生活できるスペースはないの。
緊急避難で使われるくらいね」

「それで、かあ。普通の事務所みたいだったのは」

「そう。へんぴな寂しい場所にあるのは、子供たちを無理や
り連れ戻そうとする人たちの行動を素早く察知出来るから。
ここなら、人混みのどさくさに紛れて連れ去るっていうのは
絶対出来ないの」

 



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