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三年生編 第55話(4) [小説]

「やりいいいいっす!」

興奮したまま教室に駆け戻ったら、しゃらがものっそびっく
りしてる。

「ちょ……どしたん?」

「高校ガーデニングコンテスト! 入賞確定っ!」

「きゃあああああっ!」

しゃらが何度もぴょんぴょん飛び跳ねて、喜びを爆発させた。

「す、すっごおいっ!」

「すげえよ。応募したのは全国三百校以上。その中で最終選
考まで残れるのは、たった九校しかないんだもん。初挑戦で
それだぜ?」

「うわ……」

僕が出した大声が聞こえたんだろう。藤野さんもすっ飛んで
きた。

「ちょ、マジ!?」

「マジ! もうコンテストサイトにも最終選考にうちが進ん
だことは載ってるって!」

「うっわあああっ!」

あまり感情を露出させない藤野さんが、珍しくオーバーアク
ションで大喜びしてる。

幽霊の関口も、まんざらじゃないんだろう。
分かりやすい反応ではないけど、なんとなく嬉しそうだ。

三人できゃいきゃい盛り上がっていたら、息を切らせた四方
くんが戸口からにょいっと上半身を突き出した。

「工藤先輩、御園先輩、藤野先輩、関口先輩!」

「ほい!」

「放課後、全員集合です。視聴覚室!」

「おけー!」

「お願いします!」

ばたばたばたっ!

「祝勝会?」

藤野さんに聞かれる。

「いや、それもあるけど、すぐ打ち合わせだよ」

「え? なんの?」

しゃらもきょとんとしてる。

「最終選考には実査があるの。審査員の先生が、うちの庭を
審査しにくるんだ。プレゼンしないとなんない」

「!!!」

みるみるうちに、しゃらと藤野さんの顔が紅潮した。

「うおっしゃあっ!」

「がんばろっ!」

「そう。これで終わりじゃないからね!」


           −=*=−


そして放課後の視聴覚室は、人が入りきらないくらいぱんぱ
んだった。

部員総勢72人、足すことの旧1Cのサポーター。
顧問の中沢先生も含めて、みんなすっごいハイになってる。

鈴木さんは、みんなの前に出るなり、ぽんと両腕を突き上げ
て絶叫した。

「やりいいいっす!!」

どおおおっ!!!
教室中割れんばかりの歓声と拍手。

「もう、最高ですっ! 今まで何があったって、これで全部
報われましたっ!」

ううっす!!

「でも、これで終わりじゃないです!」

え? ……って感じで、教室が静まる。

「最終選考に残ってるけど、まだどの賞か分かんないんです。
そして、最終選考には実査、つまり先生が庭を見て審査するっ
ていうのがあります」

どよどよどよっ!
教室内が激しくざわめいた。

「審査員の先生が見えた時に、わたしたちのがんばりをぜえ
んぶ見せましょう! まだ、これからですっ!」

おおおおっ!
次々に拳が突き上がる。
いいねいいね、こういう雰囲気!

そうだよ。僕が最初に始めて、みんなでやろうぜって盛り上
がった時はこういう雰囲気だったんだ。
なんか分かんないけど、いっちょやったろうぜっていう感じ。
出口ははっきりしないけど、エネルギーだけはぐつぐつ言っ
てる、そんな感じ。

きちんと組織されて部としてはスマートになったけど、最初
にあったとてつもない量のエネルギーは目減りしちゃったか
なあって、僕は少しだけ寂しかったんだ。

そんなことない!
みんな、すごいよ! やっぱ、最高だよ!

鈴ちゃんたち二年生のチャレンジは、僕らの想定してたレベ
ルを突き抜けてる!
そこで終わりじゃないさ。この先、もっともっと突き抜けて
欲しい。

鈴ちゃんが、すぱっと言った。

「プレゼンに向けて、まずネガ潰しをやります!」

し……ん。

「ネガ潰しって何か。期待して見に来たのに、これかよ。審
査員の先生たちには、絶対にそう思われたくないんです! 
ねえ、そうですよね?」

おおおっ!!

「そのために、わたしたちが今気になることを全部吐き出し
て、どうすればいいか考えませんか? 学校にしか出来ない
ことには手が出せませんけど、美化委員会を通じて学校にお
願いすることは出来ますよね?」

「そうだな」

中沢先生が頷いた。

「それがスジだからね」

「それも含めて、プレゼンまでの間にわたしたちが何をしな
ければならないかをきっちり案出しして、先生たちが視察に
来られる当日までにこなしましょう! お願いします!」


 


三年生編 第55話(3) [小説]

ぶるぶるぶるっ。思わず武者震いする。

「しかも、今年は年度初めに大きなアクシデントがあった。
君らはそれを乗り越えて組織を立て直し、なおかつコンテス
トに応募できるクオリティの庭を仕上げた」

校長が、満足そうに僕と鈴ちゃんを代わる代わる見た。

「まさに我が校の校是、自主独立にふさわしい活動だ。胸を
張って全国に自慢できる」

「はい!」

「まだ内々だが、審査員特別賞を贈りたいと打診が来た」

すっごい嬉しいけど。なんで打診なんだろう?

「あの……校長」

「うん?」

「なんで打診なんでしょう?」

「はっはっは! さすが工藤くんだ。なんか変だろ?」

「あ、はい。賞っていうのは、決まってから発表なんじゃな
いんですか?」

「普通はそうさ。だから入賞確定でもわざわざ通知は寄越さ
ない」

「ですよねえ……」

「だが、最終選考の時には庭の実査が審査に含まれる。実査
を受けられるのはグランプリ、準グランプリ、そして優秀賞
三校。その対象になる五校だけなんだよ」

「知らなかったー」

鈴ちゃんが、審査ってそんな風になってたのかーって感じで
頷いた。

「その五校以外には実査はない。もうご苦労さんなんだ」

「あっ!」

思わず立ち上がっちゃった。

「そっか! でも、審査員の人がどうしてもうちの庭を見た
いって……そういうことなんですね?」

「わははははっ! そういうこと。いいじゃないか。うちの
活動のアピールが主目的で、賞を取るのは二の次だろ?」

「はいっ!」

鈴ちゃんが、ぐんと大きくかぶりを振った。

「じゃあ、しっかり見てもらおうじゃないか」

「きゃあっ! 嬉しいーっ!」

「そしてな」

「はいっ!」

「審査員特別賞は、めったに出ない賞なんだよ」

す、すげえ……。

「ここ数年は、一校も受賞校がない。受賞はとても名誉なこ
とだ。失礼のないように、しっかりプレゼンして欲しい」

「はいっ!」

んーと……。

「でも、校長」

「なんだい?」

「部長の鈴ちゃんがプレゼンするのは分かるんですが、なぜ
僕まで呼んだんですか?」

「はっはっは! そう言うと思ったよ」

校長が、にやっと笑った。

「プレゼンが二段構えになるからね」

「あ……そうかあ」

鈴ちゃんは、ぴんと来なかったらしい。

「二段構え……ですか?」

「そう。鈴木さんには工藤くんたちがプロジェクトを始めた
時のことが分からない。それは、当事者の工藤くんたちにし
かプレゼン出来ないのさ。それで工藤くんを呼んだんだ」

「あ、そうかあ!」

「工藤くんが経緯を。鈴木さんが今を。君らのエネルギーと
不屈の精神を、きっちりアピールして欲しい」

「はいっ!」

ここんとこ、冴えないことばっかでずーっとくすんでたけど、
なんか運が向いてきた気がする!

「あのー、校長先生」

鈴ちゃんが、こくっと首を傾げた。

「これって、オープンにしていいんですか?」

「受賞確定まではオッケーだよ。もうコンテストサイトに二
次審査までの結果は出てるからね」

「わあい! じゃあ、すぐにみんなに知らせますっ!」

「ただ、特別賞はまだ確定じゃない。そっちは伏せといてく
れな」

「分かりました!」

ゆっくりとソファーから立ち上がった校長は、窓際まで歩い
て行くと、窓の下の庭をぐるっと見渡した。

「雨降って地固まる、だよ。かく乱のあとの整備が進めば、
今までの秩序の中では出せなかった新しい世界を見せられる。
それを、ぽんいちを立て直すいいきっかけにしたい」

「はい!」

「しっかり盛り上げような!」

「ガッテンですっ!」




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三年生編 第55話(2) [小説]

お昼休み。さかっとお弁当を片付けて、校長室に向かった。

こんこん。

「工藤くんかい?」

「はい」

「入りたまえ」

「はい。失礼します」

ぎいっと校長室のドアを開けたら、鈴ちゃんの姿が。

「あれ?」

でも、雰囲気は校長に怒られてるって感じじゃない。
僕を見てきょとんとしてる。

「まあ、掛けてくれ」

「あ、はい。失礼します」

鈴ちゃんの横に腰を下ろしたら、校長が一枚のコピー紙を鈴
ちゃんと僕に手渡した。
はて?

「おめでとう」

「へっ!?」

「コンテストだよ」

ばっ!
校長から渡された紙を見て、思わずソファーから飛び上がっ
た。

「も、もしかしてっ!」

慌てて、コピー紙に書かれていた文面を見回す。

『高校ガーデニングコンテストにご応募いただきありがとう
ございます。厳正な審査の結果、貴校が最終審査に進出され
ましたことを通知いたします』


「見ての通りさ。一次、二次の審査を突破した。最終選考に
残ったんだ。その時点で、入賞確定だよ」

「やりいいいいいっ!!!」

「きゃあああああっ!!!」

鈴ちゃんが、顔を真っ赤にして喜びを爆発させている。

「すっごおおおいいっ!」

「ここのところ、我が校の部活動はずーっと成績低調でな。
全国レベルどころか、県での成績も芳しくない。一昨年高美
展で特選者を二人輩出したのと、昨年将棋部の天交くんが個
人戦で全国優勝したのが、久しぶりの快挙だった。だが、み
んな個人の業績さ」

「あ、そうか」

「我が校が、チームで全国レベルの優秀な成績を収めたの
は、本当に久しぶりなんだ。私はその努力を大いに讃えたい」

校長が鈴ちゃんにすっと手を伸ばした。
鈴ちゃんが、その手を誇らしげに握り返す。
僕もがっちり校長と握手した。

「ただな」

「はい」

「最終選考に残っている学校は、どこも学校が推進母体で、
本格的な活動をしている。残念ながら、うちとはレベルが違
い過ぎる。うちは、入賞止まりってことになるだろう」

「いや、最初の挑戦で最終選考まで残る方がすごいですよ」

「ははは! 確かにそうだな。だがな」

「はい」

「うちは、特別な賞をもらえそうなんだよ」

「へ!?」

鈴ちゃんと、顔を見合わせた。

「特別な賞……ですか?」

「そう」

校長が、ぐんと胸を張った。

「今回最終選考まで残った高校。その実働部隊は、学校直轄
か、園芸部もしくはガーデニング部だ。我が校のようにプロ
ジェクトの名を冠しているところは、他に一校もない」

そうだよな。

「まず、それが選考委員の先生たちの注目を集めた」

「はい」

「そして鈴木さんたちが、仕上がった庭ではなく、庭の造営
の過程、それも実際の庭作業だけではなくて、立案から仕事
の仕分けまで討論でまとめていく過程をビデオで見せたこと。
それがものすごいインパクトだったらしい」

すげえ……鈴ちゃんたちのトライが生きたなあ。

「そりゃそうさ。学校の庭作業は、本来学校側のマターだ。
聖メリアの園芸部で分かるように、学校の管理運営事項を直
接学生が仕切ることは本当は認められない。庭のように面積
が大きければなおさらだ」

「……はい」

「そこを、立案を含めて学校から請け負える実力を持つ部が
ある。そのこと自体がアンビリーバブルなのさ」

「そうか……」

「学生が自分勝手にやるのではなく、きちんと学校のコント
ロールに従いながらも、自主的に、責任を持って庭の造営と
管理に取り組み、さらにオリジナリティを打ち出す。奇跡の
ような活動なんだよ」


 


三年生編 第55話(1) [小説]

6月29日(月曜日)

「やべやべやべやべやべっ!」

ううー、冷や汗もののミス!
危なかったー。

せっかく夏期講習の予定を固めたのに、弓削さん関連のこと
でばたばたしてて、危なく申し込み期日を過ぎちゃうところ
だった。

予備校に電話して聞いたら、申し込み用紙のファックスを入
れといてくれたら、用紙そのものは到着が何日か遅れても大
丈夫だって聞いてほっとした。

今朝、登校前に予備校にファックスを流して、申し込み用紙
を入れた封筒も出がけに投函した。
ぎりっぎりだよ。ったく。

予備校から受講料の振込用紙が送られてきたら、すぐに入金
しないとならない。受講票送付が入金確認後だからね。
手続きミスで受講できなくなったら、しゃれにならないから
なあ。

「おい、いっき」

げろげろの状態で登校したら、早速ヤスにがっつり突っ込ま
れた。

「んー?」

「どした? えれー疲れてるじゃん」

「疲れるよー。週末ずっとばたばたしてて」

「なんかあったんか?」

「まあね。僕自身のことじゃないから、まだマシだけど」

「相変わらずいろいろ引っ張って来るなあ」

「しゃあない。そういうウンメイだ」

「あれ? しゃらは?」

「あいつも、今日はぐったりのはずだよ」

「おまいと揉めてるとか?」

「それはない。僕もしゃらも、派手に振り回されたんだ」

「誰に?」

「ないしょ」

「むー……」

「うちのガッコの関係者じゃないよ。だからこそ、えれーし
んどい」

「そっか」

僕とヤスの会話を小耳に挟んだんだろう。
ゆいちゃんがちょろちょろっと寄ってきた。

「臭う! 臭うぞ!」

「シャット!」

冗談抜きに、この件はゆいちゃんにはヤバ過ぎるの。
僕は目いっぱいガンを飛ばして、ぎっちり遮断する。

「ちょっかい、止めてね」

「……」

僕の顔つきから、まるっきりしゃれや冗談の余地がないこと
を感じ取ったんだろう。
ゆいちゃんは、黙ってすごすご引き下がった。

予鈴が鳴る寸前に、僕以上によれよれの状態でしゃらが着い
た。

「おはー……」

「お疲れさん」

「ううー。根性保たない」

「分かる分かる。なんとか期末までは踏ん張ろうぜ」

「そうよねー」

先週の金曜には、弓削さん絡みでぎくしゃくしていた僕と
しゃらの関係。それが元のさやに戻ったことを悟ったんだろ
う。
元原が、僕らを見て露骨にがっかりした顔をしていた。

いや、僕としゃらとの間に何があっても、しゃらがおまいに
なびくことだけは絶対にないから。

品行方正、頭脳明晰、性格優良っていうならともかく。
品性下劣、頭脳腐敗、性格崩壊っていうのは誰でも無理。
下半身がそのまま顔になってるようなやつは、最初から論外
なんだってばさ。いい加減、悟れよな。ばかったれ。

脳みそまで下半身で出来てるようなやつがどうして理系志望
なのか、そこがどうにも理解に苦しむ。
まあ、いいけどさ。

二人して机にべたっとのへっていたら、教室の入り口から事
務のお姉さんの声が聞こえた。

「工藤さん、来ておられますー?」

「あ、はい。なんですか?」

慌てて、戸口に走り寄る。

「校長が、校長室まで来て欲しいそうです」

げっ!?
僕、なにかヘマしたっけか?

「今、ですか?」

「いいえ、お昼休みに」

お?
それじゃあ、緊急案件てことじゃなさそうだな。

「分かりました」

ぺこっと頭を下げたお姉さんは、小走りに帰っていった。

「うーん……なんじゃろ?」

「どしたん?」

「校長から呼び出し。昼休みに来いって」

「げ。なんで?」

「分からん」

「見当付かないの?」

「付かないなあ。プロジェクト関連なら鈴ちゃんを呼び出す
だろうし、処分関係はもう片が付いてるはず。なんだろ?」

「うーん」

「まあ、いいや。ゆっくりの呼び出しなら、そんなに構えな
くてもいいでしょ」

「そだね」

「それよか、期末に向けて、何とかネジ巻き直さなきゃ」

「ううー。勉強になるんだろか」

「こらこら」


 



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ちょっといっぷく その149 [付記]

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

長大な第53話と第54話をお目通しいただきました。いか
がでしたでしょうか?
対になっている話なので、二つまとめてざらっと総括してお
こうと思います。


           −=*=−


見ての通りで、しゃらのお兄さんである則弘が連れ帰ってし
まった弓削さんという女の子のケアを巡るお話でした。

弓削さんの過去そして現況は恐ろしいほど悲惨なんですが、
本人になんとかしようという意思があればすぐにケアが動き
始めるはずなんです。
でも、その肝心の本人にまるっきり悲壮感がない。

つまり……弓削さんの場合もっとも悲惨なのは、弓削さん自
身が全てを受け入れる生き方しか出来なかったこと。
外部から加え続けられた圧力に性格が押し潰されて、自分自
身の意思や感情を極限まで削り取られていることなんです。

プロである森本先生すらあまりの悲惨さに絶句しているくら
いですから、素人のいっきには手も足も出ません。

第53話で長々と森本先生が嘆いた福祉の現状。
それは、福祉の制度やそれに関わる行政がもう少し改善され
れば救える子がもっと増える……そういう願望から来るもの
で、決して現行の制度を全否定するものではありません。

でも、それがどんなにマシになっても弓削さんのケアを行え
る手段がない。
森本先生だけでなく、五条さんや長友さんも含め、子供のケ
アにあたる最前線の人たちが揃って絶望的な心境に陥ってし
まいました。

いっきは素人ですから、自分が直接弓削さんのケアに関わる
ことは出来ません。弓削さんに真摯に関わってくれる人を探
すくらいしかやれることがないんです。
そして、不幸にもそうしてくれそうな人が身近にいますよ
ね。そう、巴伯母さんです。

でもね、いっきは絶対に伯母さんを頼りたくないんです。
これまでいっきが伯母さんとのジョイントを設定してきた友
人たち、りん、恩納先輩、ばんこは、あくまでもシェアハウ
スの同居人。
伯母さんとは対等な関係で、家事を分担し家賃も入れますか
ら、それぞれの独立性がちゃんと確保されているんです。

いっきは伯母さんに、友人たちの面倒を見てくれとは一言も
言ってません。
家事分担してくれる友人がいるんだけど、同居どうすか? 
そういう振り方なんですよね。
自分は単なる仲介者であって、同居したことによる責任は当
事者が負うわけですからうんと気楽だったんです。

しかし弓削さんのケースは違います。
弓削さんは、自発行動が期待出来ない赤ちゃんと何も変わら
ないんですよ。
誰かが密着して、彼女と赤ちゃんの世話をしなければならな
いんです。

弓削さんをケアする義理なんかない伯母さんに弓削さんを押
し付けるわけにはいかないけど、伯母さんにすら見放された
ら弓削さんも赤ちゃんも共倒れになりかねない。
しかも、いっき自身は何も出来ない。

これまで、自分から動く、もしくは相談を受けて解決策を探
るという形で大方のことを解決してきたいっきにとって、初
めての難しいケースで、しかも深刻な挫折になるんです。
挫折と言っても、いっきが失敗したからではありませんよ。
現実を突きつけられて、それをこなせない挫折なんです。

いっきは、その挫折は見たくないでしょうねえ。

中学の時に受けた激しいいじめは、自分にもう少し強い意思
と力があればはね返せた。
事実、高校に入ってからは自力で困難を乗り越えてきてる。
いっきはそう考えています。

でもね。それは親、会長、五条さん、学校の教師たち、そし
て巴伯母さんという強力なサポーターのバックアップあって
こそなんです。
いっきが現実だと思っていた世界は、そういう防波堤の中の
出来事。防波堤の外に放り出されてほとんど壊れてしまった
弓削さんが、間違いなく現実なんです。

いっきは、自立に向けて順調に進んでいると思っていた自分
自身がまだまだ脆弱な存在であることを認めざるをえなくな
ります。
それが……強烈な心理的プレッシャーを生み出すことになっ
てしまいます。二年生編の夏休みの時の不安定感が、またぞ
ろ再燃してしまうんです。

……試練ですね。


           −=*=−


一方で、いっき以上に激しいダメージを食らったのが、ろく
でなしの兄貴の災厄をもろに被ることになってしまったしゃ
ら。

これまで、いっきとの明るい未来を夢見て一生懸命前向きに
努力してきた成果が、一瞬で木っ端微塵になりました。

兄の則弘や弓削さんのことを別にしても、今のしゃらには不
安材料しかないんです。
お店と家の新築で、金銭的にぎりぎりの生活をしている。
母親が病気で家の中のことをしなければならない。
進路もまだ不確定。
自分の厳しい状況を熟知してるいっきが全面サポートしてく
れるので、辛うじて堪えてる状況なんです。

そこに訳ありの弓削さんと犯罪者の兄貴がセットで降ってく
れば、なおかつ平常心を保てという方が無理です。
いっきが冷静にフォローしましたが、いっきも巴伯母さんへ
の負い目と無力感を覚えていますから、不協和音が出やすく
なります。
今後トラブルのタネになりそうな予感が。(^^;;


           −=*=−


さあ、これからどうなるか、ですね。
いっきは、森本先生と巴伯母さんをリンクしたところで弓削
さんの件に関しては一旦撤退です。
いっき自身に出来ることが何もない以上は、どうしようもあ
りません。

そして、兄の則弘と徹底的に距離を取るようにと五条さんや
いっきに釘を刺されたしゃらとその家族は、その忠告を遵守
するしかありません。

突然降ってきた災厄から、時空間的に遠ざかる。
いっきもしゃらも、今はそれしか出来ないんです。

不安、不満、怒り、後悔……感情の波は立ちますが、それを
越えていかないと明日が来ません。
弓削さん関連のことは、二人から一度切り離されることにな
ります。


           −=*=−


このあと、第55話から57話まで続けて三話お届けします。

突然帰還したしゃらのお兄さんが持ち込んだ厄災。
それによって気分最悪になっていたいっきとしゃらなんです
が、世の中悪いことばかりではありません。

いっきとしゃらに、これ以上ない朗報が飛び込んできます。
さあ、それは何か。

ここのところ全くいいことがなかった二人にとっては、久し
ぶりのハッピー連打。いっきとしゃらだけでなく、その周囲
の人たちも含めて運気が変わります。

楽しく読んでいただければ。(^^)




ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽に
コメントしてくださいませ。

でわでわ。(^^)/






sk.jpg

(エドヒガン)






『さくらのきおく』

さくらが ちったときに
きおくも いっしょに
ちったのだろうか

それとも

さからが ちっても
きおくの なかでは
ずっと さいているのだろうか

それが げんじつなのか
きおくのなかの げんそうなのか
わからぬうちに

また さくらがさき
さくらがちる

 

 

三年生編 第54話(15) [小説]

今度は伯母さん。

「いつきくん?」

「はい。今森本先生に事情説明をしました。チャンスは生か
したいってことでした」

「じゃあ、私から森本さんに連絡していいのね?」

「そういう風に伝えてあります。グラナーダの代表番号じゃ
なくて、森本先生の携帯に直にかけた方がいいと思います。
番号言いますね」

「お願い」

番号を伝えたら、伯母さんが短く言い残した。

「じゃあ、早速お話させてもらう。仲介ありがとね」

「いえー。よろしくお願いします」

「分かった。すぐ動く」

ぷつ。

「ぷふうっ……」

父さん母さんじゃないけど、僕自身が直接出て行けないこと
がもどかしい。

でも、完全にスタックしちゃってたところからは、なんらか
の形で動き出すだろう。
それが少しでもいい方向に動くようにって、心から祈るしか
ない。

僕は、コップに差したコムラサキの花に目をやった。
小野塚のお稲荷さんから帰る途中に目に付いた、植え込みの
剪定で切り落とされていた枝。
何かなあと思って、一本拾って持って帰ったんだよね。

実が生れば、なーんだムラサキシキブじゃんてすぐ分かった
んだろうけど、花だけじゃ……ね。

本当に目立たない、小さくて地味な花だ。
そして、それが実っても紫色の小さな実にしかならない。

でも、どんなに小さくても、どんなに地味でも。
花にも実にも一つ一つに生がある。

生きてるんだ。

僕は、そのことから目を逸らしたくない。

そして。
人は、切り捨てられた剪定枝とは違う。
生きてる限り……チャンスがある。

どんなに地味でも。虐げられていても。傷付いていても。
無視されていても。助けの手がうまく届かなくても。
生きている限り、まだチャンスがあるんだ。

しゃらのお兄さんのように、チャンスを放り捨てて自分の首
を絞めるのは愚かだと思うけど。
それでも、生きている限りチャンスが全部なくなることはな
いだろう。

弓削さんのチャンスは、これまで誰からも与えられてこな
かった。
だからと言って、僕が責任を持って彼女にチャンスを与える
なんてことは出来っこない。

責任を持てないなら手を出すなって?
うん。本当はそうあるべきなんだろう。
さもんがリョウさんを案じてうちに来た時に、僕は中途半端
に手を出すなって噛み付いたんだ。
それを、そっくり言い返されることになる。

でもね。
それじゃ、誰が彼女にチャンスを与えてくれるの?

学校も行政も、みーんな弓削さんのことは他人事だったじゃ
ん。
かわいそうだって口で言うだけで、チャンスなんか何も与え
てないじゃん。

だから僕は。
僕には関係ない、勝手にしてって言えない。

……言えないよ。

僕は、小さなコムラサキの花に顔を近付けた。

弓削さんは、まだ生きてる。生きてる限りチャンスはある。
今まで不幸だった分、これからは生きていてよかったと思え
るような運命であって欲しい。
そのために、ほんのわずかでもいいから、幸運に手が届くよ
うな手伝いをしたいな、と。

そう思う。




komurasaki.jpg
今日の花:コムラサキCallicarpa dichotoma


 


三年生編 第54話(14) [小説]

「それは生野さんには……」

「伝えた。でも、もう行政の方でサポート出来る限界を超え
てるって。確かにそう。生野さんたちのせいには出来ないわ」

「じゃあ、どうすれば」

「神様が居て欲しいわね。冗談抜きに」

行政で匙を投げてしまったものを、もっと小さな組織が支え
られるはずがない。
ボランティアには最初から限界があるんだし。

もちろん、森本先生はまだ諦めてはいないんだろう。
でも、完全に手詰まりになってるっていう焦りがこれでもか
と伝わってきた。

「あの……先生」

「なに?」

「ちょい、まだオフオフでご相談が」

「御園さんを孕ました?」

どどーん!

「先生! どシリアスになってる時に、笑えないギャグ言わ
んといてくださいっ!」

「はっはっは!」

ったくっ!

「弓削さんのケアの話ですよ」

「なにっ!?」

森本先生が、携帯を力一杯握ったんだろう。
みしみしっという音が聞こえた。それだけ切迫してるってこ
とだ。

「なにか、スジがあるのっ!?」

「昨日僕が話してた伯母のシェアハウス」

「うん!」

「ケア込みでの同居が可能かどうか、弓削さんと面接をした
いそうです」

「ちょっと……それは無理でしょ。もう一般の学生さんが住
んでるんだし」

「一般じゃないですよ。違いますか?」

「……。なるほど。そうか」

「伯母と同居してるのが本当に一般の子なら、無理です。で
も、伯母を含めて全員訳ありですから」

「そういうことね」

「今日の午前中にうちの家族と伯母とで、ケアプランの案出
しを手伝ってくれって頼んだんです」

「ありがたいことだわ」

「僕には、伯母が手伝ってくれるんじゃないかっていう下心
がありましたけど、それを僕が直接言うことは出来ません。
自分で出来ないことを人に押し付けるのは、あまりに無責任
ですから。ケアに繋げられるアイデアが欲しい。そういう
持って行き方をしました」

「うん。分かる」

「その時伯母が出した結論は……」

「うん」

「弓削さんに、精神科医と教師の資格を持ってて母親代わり
になれる優しいメイドを付けるしかない、なんです」

どどーん!
森本先生が派手にずっこけたんだろう。気持ちは分かる。
僕らも思い切りぶっこけたから。

「んなー!」

「いませんよ。そんな神様みたいな人」

「そりゃそうよ」

「だから、伯母はそれを分割出来ないかって考えたんだと思
います」

「分割……か」

「はい。居住環境の提供と、経済面、手続き関係。それを伯
母がやる。精神的なケアは、同じ経験をシェア出来る恩納先
輩がやる。育児の補助は伴野さんが」

「出来るの?」

「ばんこは、保育士志望なんですよ。子供大好き」

「まあっ!」

「市東さん、りんだけは、うーんて感じみたいですけど、あ
いつは一番天然。育ちがいいから嫌味がないんです。からっ
としてます。しゃらのサポートの時も、ムードメーカーに
なったので」

「安全弁になるってことね?」

「はい」

「そうかあ……」

「でも、僕が伯母にしたのはまだ話だけです。実際に弓削さ
んに会ってみないと、あの独特の雰囲気は分からないと思い
ます」

「うん」

「伯母と同居人が彼女を見て、どう判断するか。慎重にやり
たい。引き受け前提には出来ないって言われてます」

「そりゃそうよね」

「大学に入った恩納先輩はともかく、ばんことりんは受験生
ですし、みんなバイトして稼ぎを入れてますから、生活全て
を弓削さんに持っていかれることは出来ないんです」

「うん。確かにそうだ」

「そういうところも含めて、本人と会ってどうするか考えた
いってことだと思います」

「了解。じゃあ、まだ他機関には話せないのね?」

僕が切り出す前に、森本先生が配慮してくれた。

「はい。あくまでもチャンスの一つだって考えてもらえれば」

「分かった」

「伯母から森本先生に直接連絡が行くと思いますので、よろ
しくお願いします」

「助かります!」

ぷつ。


 


三年生編 第54話(13) [小説]

「それを前提に、今の同居人の子たちにストレートに振って
みたの」

「どうでした?」

「恩納さんが泣いた」

「……」

うん。先輩は、自分の辛かった時とイメージがダブったんだ
ろうな……。

「出来る限り、その子の面倒を見てあげたいってさ」

「りんやばんこはどうでした?」

「どんな子か分からないから何とも言えないって」

まあ、そうだろなあ。

「ただ、伴野さんはやる気満々よ」

「へっ!?」

「そりゃそうでしょ。保育士目指してるんだもの」

「あ、なるほどなー」

「赤ちゃんの面倒見たいって、手ぐすね引いてるわ」

わはは! ばんこらしいな。

「りんちゃんは、ちょっと複雑な顔してた。でもね」

「はい」

「うちの住人は全員一人っ子なの」

「あーっ!! そ、そっかあ!」

「私もよ。正式に万谷の名を背負ったのは私一人なんだから」

「そうですね」

「かわいい妹が出来るかも。そう思えば、決して面倒ばかり
じゃない」

「はい!」

「ただね、まだ話だけで、実際にどんな子なのか私たちには
全く分からない。面接をさせてもらわないと、ゴーサインが
出せないの」

「はい。それが二つめのステップっていうことですね?」

「そう。だから、まだ引き受け前提には出来ない。そこは慎
重にやりたいの」

「おっけーです。どうします?」

「ケアプラン策定のコーディネーターは、グラナーダの森本
さんなんでしょ?」

「伯母さん、調べたんですか?」

「調べた。しんどい案件ばかりだと思うけど、しっかり仕事
されてるわね。頭が下がるわ」

「はい! すっごい頼りになります」

「森本さんと連絡を取りたいの。ただ、まだオフィシャルに
は出来ない。県や市の福祉関係の方や警察にはオープンに出
来ない」

「じゃあ……僕の方から事情説明します?」

「そうしてくれるとありがたいな」

「まだオフオフの話ってことですね?」

「そう」

「分かりました! すぐに連絡を取ります」

「頼むね」

「はい!」

伯母さんからの電話を切って、すぐ森本先生に電話した。

「あ、森本先生ですか? 工藤です。こんばんは」

「昨日はありがとね」

「いえ……なんかその後も……大変でしたね」

はあっという大きな溜息が聞こえて、森本先生が愚痴った。

「まさか、あんなとんでもないおまけが付いてるとは思わな
かったわ。もしかしてって考えてくれた長友さんに感謝しな
きゃ」

そうか。警察ではありとあらゆる可能性を考えて、迅速に行
動してくれたってことなんだ。
長友さんがって言うより、五条さんの方が先に危険性に気付
いたのかもしれない。

「あの後、生野さんから何かケアプランの提示があったんで
すか?」

「すぐにいくつかのプランを立ててくれたんだけど、どれも
弓削さんと赤ちゃんを分離してケアする形なの。セットは無
理」

「うーん……」

「親権を手放さずに、弓削さんが自分の子供に面会に行くと
いう形は取れる」

「でも、それじゃ弓削さんが保たないですよね?」

「保たない。実際に、昨日すでにその兆候があったの」

「えっ!?」

「話し合いの間は赤ちゃんを連れてこれないから、保育施設
で預かっててもらったんだよね」

「はい」

「所長や長友さんとの話し合いの後半から精神的に不安定に
なって、何度か引きつけを起こしそうになったんだって」

「げえっ!」

「泣くとか言葉で訴えるとか、そういう不安表現の手段が塞
がれてると、いきなり体調に跳ね返る。本当に命に関わるの」

ごくっ……。まるっきり……しゃれにならないよ。


 



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てぃくる 305 もう一つの満開 [てぃくる]


満開の桜並木の下。
ひらひら舞い散る薄紅色の花弁の、その下で。
わたしたちも満開になっている。


うっとりと桜を見上げ、見回す大勢の人の足元で。
わたしたちも満開になっている。


そんなわたしたちに目を向けてくれる人は、誰もいない。
いや、見てくれないのはいいの。
わたしたちは小さいから、それは仕方ない。


わたしたちは満開になっているのに、その花は踏みしだかれる。
無情に、無造作にぎしぎしと踏みしだかれる。


もしわたしたちがそれに抗議したら。
あなたたちはきっとこう言い放つだろう。
だって、おまえらは雑草じゃないか、と。


わたしたちは、抗議したりはしない。
ただ咲くのみ。


隙間をどこもかしこも埋め尽くす。
わたしたちの春を満開の花で埋め尽くす。


そして、延々と繰り返す。
あなたたちが、満開を過ぎ越したことを嘆きながら衰微し。
わたしたちの足元で果てたあとも、延々と。







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ミチタネツケバナの白い花。
ヨーロッパ原産の外来植物ですが、本家タネツケバナよりもずっと身近に見られます。

早春の瞳オオイヌノフグリや、春の松明ホトケノザなどに比べてあまりに地味な白い小花ですが、たくさんのタネを残さなければならない一年草の彼らにとって、花の艶やかさを競う意味はあまりないのでしょう。

桜並木の下で満開になっているミチタネツケバナを見回し、ふと思います。
もし自分が一年草だったら、どう生きるだろうかと。
群れて満開になる彼らと同じになれるだろうかと。








  田はなくも群れ咲く今や種漬花









It's All Over Now by Ry Cooder

 


 


三年生編 第54話(12) [小説]

「私がさっき言ったように、まず居場所よ。公的な機関は無
理。私設のところでも、子連れだと無理ね。弓削さんと赤ちゃ
んとを別々にケアしないことにはどうにもならない」

うん。

「それが不可能っていうことなら。弓削さんに、精神科医と
教師の資格を持ってて母親代わりになれる優しいメイドを付
けるしかないの」

どどどーっ!
家族一同ぶっこける。

「伯母さーん! そんな人いるわけないでしょ!」

「いないでしょうねえ」

けろり。

「そうしたら、それを何人かで分担するしかないでしょ?」

「サポートチームにするってことですか?」

「そう。でも公的扶助の範囲内では、どう考えても無理よ。
だからこそ五条さんや森本さんが苦慮してるんだから」

そうなんだよね……。

ふうっと。
大きな溜息を漏らした伯母さんが、よっこらせと立ち上がっ
た。

「策はある。でも、それは私の一存では決められない。二つ
ステップがあるから、一つずつクリアする。今日の夜に、い
つきくんに連絡を入れるから、その結果を受けてサポートを
お願い」

「はい!」

伯母さんは、それだけ言い残してさっと帰った。

あっけに取られていた母さんが、僕に探りを入れた。

「ねえ、いっちゃん。姉さんは、何企んでるの?」

「そんなの分かんないよー」

「うーん……」

いや、僕にはもう分かってる。
分かってるから、あえてみんなには言わなかったんだ。


           −=*=−


夜。
本当は期末試験に向けて勉強に集中したかったんだけど、そ
れどころじゃなかった。

まず、しゃらから事後報告が来た。
五条さんの落とした爆弾でずぶずぶに落ち込んでいたご両親
は、それ以上のリスクがあることをしゃらから知らされて、
逆に冷静になった。
お兄さんのことより、まず自分たちの足元だもん。

自分の蒔いた種は自分で刈り取れ!
お兄さんが何を言って来ようが、徹底的に突っぱねる。
それを、家族三人で確認し合ったって。

いや、実際それしかないよね。
しゃらは受験生だし、ご両親は店が新装開店するまでの間、
切り詰めてかつかつの生活をしないとならない。
バカ息子の尻拭いなんかしてる場合じゃないんだもん。

気持ちを切り替えて、何とか『今』を乗り切るしかない。
きっぱりしたしゃらの口調には、決意が滲んでいた。

しゃらには言わなかったけど、窃盗グループのメンバーは全
員捕まって収監されてる。
暴力団絡みの組織犯罪じゃない以上、しゃらたちにすぐ逆恨
みが波及しちゃう心配はないんだ。
そいつらが出所してからはともかく、ね。

でもそれを正直に言うと、しゃらたちの恨みの感情がお兄さ
んにダイレクトにぶつけられちゃう。
親子兄妹の間の関係修復は、一生出来なくなると思う。

僕が甘いのかもしれない。
でも、お兄さんにほんの少しでもやり直すチャンスがあるの
なら、それは残してあげたかったんだ。

しゃらの前では口が裂けても言えないけど、お兄さんの今の
性格を作ったのは間違いなく親。特にお父さんだと思う。
しゃらのお父さんはまじめで厳しい。
プライドが高いから、徹底して筋を通そうとする。

お母さんがクッションになる娘のしゃらと違って、お兄さん
はお父さんの厳しい姿勢の直撃を受けてきたんだろう。
それに対する反発がグレるって形で出たけど、お兄さんは反
発し切れてない。形だけのヤンキーになって、結局どこでも
パシリにさせられちゃってる。

お父さんの厳しさが、お兄さんの自立心を押し潰しちゃった
んだと思う。

挫折を経験して懐が深くなった今のお父さんなら、お兄さん
にはもう少し違った接し方が出来たかもしれない。
でも、時間をさかのぼってやり直すことは出来ない。

お兄さんはもう成人してるけど、中身は子供のままなんだ。
そこは、弓削さんと何も変わらない。
だから親としてお兄さんを強引に矯正しようとしたら、お兄
さんはお父さんの影響下から二度と抜け出られなくなると思
う。

お父さんには、それがよく分かってるんだろう。
だからこそ、お兄さんが最初に情けない言い訳をだらだら垂
れ流してもぶち切れなかったんだ。

お父さんに出来るのは、お兄さんがよたよたでもいいから自
力で歩き出すのを辛抱強く待つことだけ。
僕は、それだって立派なチャンスだと思う。

そして、今は頭が煮えてるしゃらも、いつかお兄さんにチャ
ンスをあげたいって思い直してくれればいいな……。
何があっても、兄妹は兄妹なんだからさ。

しゃらとの電話が終わるのを待っていたように、伯母さんか
ら電話が掛かってきた。

「いつきくん?」

「はい。どうですか?」

「どうですか……って」

「だって、伯母さんが取れる手段て、僕には一つしか思い付
かないんですもん」

「ははは。お見通しか」

「正直、もし伯母さんが僕が考えてた以外の手段をご存知な
ら、そっちを優先して欲しかったんです」

「ありがとう。さっきの話し合いでも、そういう雰囲気だっ
たね」

「はい。何かヒントがあれば、それを受けて五条さんや森本
先生が動いてくれます。僕は、そのヒントがどうしても欲し
かっただけなんです」

「うん。それは分かるけど、現実としては無理だよ。あの場
で言った通りよ」

「何をどうしても、前提が『弓削さんと赤ちゃんを分ける』
になっちゃうんですよね……」

「そう。私が弓削さんて子の住むところを確保して、サポー
ターを付けてあげることは出来るよ。でも、サポーターはあ
くまでもサポーターでしかない。弓削さんの人生に責任は持
てないの」

「……。そうですよね」

「その立場は私も同じ。私が直接サポーターとして動くにし
ても、彼女のケアの成果は保証出来ない」

「分かります」

そうだよね。これは力やお金で解決する問題じゃない。