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三年生編 第42話(2) [小説]

立水は、僕を四番に持ってきた。
打力があるからというより、状況に応じて打ち分けられるか
らだろう。

「さーて、どっちに打つかなー」

バッターボックスに立った僕は、打球を飛ばす方向を見定め
る。もちろん、狙いはホームランだ。
フライで外野の頭を越すとアウトになっちゃうから、ゴロで
間を抜かないとならない。

「セカンドの頭の上かな」

んで。
僕も初球を振り抜いた。

ぱん!

狙った通り、セカンドの頭上にすうっとライナーが飛んで、
ゴロがライトセンター間を抜けていった。

主審が手をぐるぐる回してホームランのコール。
それを確かめて、ゆっくりとベースを一周して戻ってくる。

この間、ピッチャーはそれぞれ一球ずつしか投げてない。
四球で四点。

僕にはこれでもう十分だ。
あとは気楽に打ってくれればいい。

でも、攻撃はまだまだ続いた。
五番の中井が初球をセンター前に弾き返し、ここでピッチャー
が交代。

サードの子がピッチャーに入ったけど、うちの勢いは止めら
れなかった。
光岡と橋野が二人とも初球を叩いてヒットを連ね、満塁でしゃ
らに打順が回った。

ここまでワンアウトも取れなかった相手チームは、打順が女
の子に回ってほっとしたんだろう。
しゃらへの初球が山なりのへな球だった。

みしっ!

すごい音がした。

フルスイングしたしゃらの打球は、あっという間にサードの
真横を通過して、レフトの女の子の前で弾んだ。

「きゃっ!」

まさか自分の前にそんな早い打球が来ると思ってなかった女
の子は、びっくりして球を避けちゃった。

早い球足で抜けていく打球。
主審が驚いたように腕をくるくる回した。

「ホームランです!」

全力で走っていたしゃらが、ぴょんぴょん飛び上がって大喜
びしてる。

「わあい! わあい!」

立水がそれを見て、しぶぅい顔をした。

「ばかやろ! 俺より目立ちやがって!」

わはははははっ!

予想外のしゃらの満塁ホームランで得点上限に達しちゃった
うちは、まだ一回のノーアウトなのに攻撃終了。
打席に立てなかったゆいちゃんが、むくれるむくれる。
げはは!

その後は僕が好き勝手に投げて三振を量産し、8対0で完勝。
そのまま、バレーの応援に向かった。

バレーコートで関口にこそっと聞かれる。

「なあ、工藤」

「うん?」

「御園って……こええな」

思わず苦笑する。

「みんなが知らないだけだよ。しゃらは決してひ弱じゃない
し、諦めが早いわけでもない。逆さ」

「そうか……」

「もし、しゃらに地力があるっていうのが分かっていれば、
あんな棒球は絶対に投げないだろ。あれは……初回限定だよ」

「うけけ。それもそうか」


           −=*=−


まあ、なんだよね。
それぞれのチームの総監督がやる気があるかないかで、士気
が変わる。

テニス班は、目立ちたがりの黒木が気合い十分だがらやっぱ
り強い。
ばり武闘派の立水率いるソフト班も、そう簡単には負けない
よ。
でも、バレーはチームプレイが出来ないからあっさり初戦負
けだろう。そう思ってたんだ。

ところがどっこい。

やる気も覇気も、ついでにチームプレイをする気もまるでな
いてんくがど真ん中にいるにも関わらず。
なぜか、相手の攻撃が決まらない。
へなちょこのうちの攻撃でばかり点が動く。

相手チームにやる気がないなら分かるんだけど、相手はすご
くがんばってるんだ。
それなのに、向こうの攻撃がちっとも決まらない。

「そうか……」

一年の時もそうだったよなあ。
人のいないところに球を出したつもりなのに、それがなぜか
てんくのところに吸い寄せられてしまう。
それをてんくが軽々とレシーブしてしまう。

人間ブラックホール、てんく。
藤野さんは、それをよーく覚えていたってことだ。

別に何もしなくていいよ。立ってるだけでいいから。
藤野さんは、てんくにそう言ったに違いない。

そして、てんくはその言葉通りぼおっと立ってるだけ。
でもレシーブを崩せないと、根比べには勝てない。
相手にはすっごいハンデになるってことだ。

「3F対3Eは、25対7で3Eの勝ちです」

片山がしきりに首を傾げてる。
あっさりぼろ負けのはずなのに、なんで俺らは勝ってしまっ
たんだろうって。

いひひ。
それはおまいの屁理屈では説明出来ない、深遠なる謎なのさ。

 


三年生編 第42話(1) [小説]

6月9日(火曜日)

グラウンドに立って、曇り空を見上げる。
確かに曇ってはいるけど、雲は薄い。

「大丈夫そうだな」

金属バットを背中に持って行って、両腕で固定。
ぐいっと背筋を伸ばして、もう一度空を見上げる。

「……っふう!」

受験生はノリが悪くなるって言っても、これからのイベント
には全部に『最後の』が付く。
シラけてやるくらいなら、やらない方がマシ。

『最後の』体育祭だ。
二日間、しっかり楽しむことにしよう。

一、二年の時は、勝ち負けにすごくこだわるところがあった。
それは、クラスっていう入れ物をまとめて集団として機能さ
せるには大事な要素だと思う。
行き過ぎたらぎすぎすするけど、まるっきり無関心も寂しい
でしょ。

三年生の僕らは、今までより熱くはなれない。
どうしても淡々とって感じになっちゃうけど、それでも勝て
ば嬉しいし、負ければ悔しい。

勝ち負けにこだわるっていうのは、自分の中の熱を意識する
こと。
受験までの長丁場を気合いで乗り切るには、そういう熱を上
手に使い、コントロールしないとならないんだろう。

ベンチ横でストレッチして体を解していたら、どすの効いた
立水の声が降ってきた。

「工藤! 準備は出来てんのか?」

「いつでも行けるよー」

「大原とキャッチボールしといてくれ」

「うーす」

先週雨続きだったから、グラウンドコンディションが今いち
だけど、今日、明日は雨の心配はなさそうだ。
熱くなり過ぎてケガしないことだけ気を付ければ、それなり
に楽しめるだろう。

3Eはまずテニスからスタートで、それはもう終わってる。
初戦は3D相手に3対0で完勝。
だから、黒木はむちゃくちゃ機嫌がいい。

まあ、一人で三人前の黒木のペアと、試合の組み立てのうま
いヤスのペアは相手が誰でも勝てるだろうけど、渋谷くんの
ペアが意外に手堅くて隙が無い。
渋谷くんとマカ親衛隊の岩井って子とのコンビネーションが、
実にいい感じなんだよね。

次が僕らのソフトで、そのあとバレー。
まあ、バレーはチーム内の連携がずたずただから初戦負けだ
ろうけど。

僕らの初戦の相手は3Hだ。
全力で勝ちに来てるわけじゃなさそうだけど、結構運動部系
のメンツが多い。
最初から試合を捨ててるわけじゃなさそう。
相手にとって不足なし、だ。

「整列してください」

ぞろぞろぞろっ。

「これから3E対3Hの試合を始めます。ケガのないように
お願いします」

ううーっすっ!

主審の二年生の子が試合開始を宣言して、いよいよスタート。
僕らは後攻めだ。

「プレイボール!」

「よっしゃ! いくでー!」

「どすこいっ!」

初球。ど真ん中に速球を通す。

どん!

「……」

うそだろって顔で、3Hの先頭バッターが僕の顔を見た。
うそじゃないのよん。

「おりゃっ!」

どん!
二球目もど真ん中。

おいおい、バット振れよ。
振らなきゃ当たらんぞー?

三球目は内角高めの釣り球。
くるっとバットが回って、アウト一つ目。

「えげつねー……」

ぶつぶつ言いながら、バッターがベンチに下がった。

んな感じで三番まで三振三つで片付ける。

「さて、行くかあ……」

うちのトップバッターは、やる気のなさ全開の関口。
まるで最初から三振するつもりみたいに、ホームベースから
遠く離れてバットを担いだ。

そして初球。

ぱん!

振らないのかと思ったら、踏み込んできれいに流し打ち。
一二塁間をゴロが抜けていった。
やる気なさそうにしてんのはブラフかい。関口らしいわ。

「ったく、あいつもえげつねえよなあ」

立水が苦笑いしてる。
で、その立水が二番。

最初から闘気全開の立水に、相手ピッチャーはびびりまくり。
初球が吸い込まれるようにど真ん中に来た。

「ちぇすとーっ!!」

奇声を発しながら立水がバットを水平にではなく、まるで剣
道の面打ちみたいに垂直に振った。

おいおい……。

ばごおおおん!
ピッチャーゴロのはずなんだけど、ワンバウンドしてマウン
ドの上にたかーく跳ね上がったボールが、なかなか落ちてこ
ない。
ピッチャーが上空を見上げておろおろしているうちに、二人
ともベース一周しちゃったよ。

バットを持ってのそっと立ち上がった大原が、にやにや笑っ
た。

「ピーゴロがホームランかよ。さすが立水だ」

そして、大原も初球打ち。打球がきれいに三遊間を破って、
ゆっくりファーストに到達。

 



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ちょっといっぷく その139 [付記]

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

実季節はどっぷり秋ですが、小説の方はまだ梅雨入り直後く
らい。徐々にずれてきましたね。(^^;;
まあ、こんな感じで少しずつ進めてまいります。

体育祭前の四回をまとめてお届けしましたが、いかがでした
でしょうか?

ここで簡単に総括しておきますね。


           −=*=−


第38話。
何か大きなイベントがあったわけではありません。
ですが、極めて大きな転換点になっている回になっています。

一つ目。精神を病んでリタイアしてしまった穂積さんの両親
が、思い切った行動を起こしました。
いっきの伯母である巴さんが関係者一同を全力でどやした効
果が、見える形で結実したんです。

今まで家族のことを互いに思いやりながらも、ばらばらでど
うしても繋がらなかった橘家の面々。
それが、一気に結束しましたね。

実際のところ、橘社長が退陣せざるをえなかった時点で、橘
家は木っ端微塵に壊れてるんです。
でも。社長の凄まじい意地は、壊れたままにすることを是と
しなかったのでしょう。

社長の決断と行動。それは第三者から見ればバカみたいかも
しれません。ですが、今まで自分を削って家族間の繋ぎ役を
務めてきた行長さんにとっては、バカどころか最高のアプ
ローチ。本当に、ほっとしたことでしょう。

そしてもう一つ。
しゃらの両親も、間借りから自分の店舗建設へと舵を切る決
断をしました。
しゃらにとっては、希望よりも不安の方がずっと大きいで
しょう。しかしタイミング的にも金銭的にも、家族がしっか
り自活出来る道を敷くには今決断するしかありません。

自分に言い聞かせるようにして、しゃらの意識も徐々に骨が
太くなっていきます。そのスタート地点ですね。

理髪店の新装は、当然かんちゃんの未来に直結します。
なかなか付き合いが深化しなかったかんちゃんと中沢先生の
仲にも、大きな転機が来ることに。

きっかけがあれば。いろいろなことが一気に進みますね。


           −=*=−


第39話。
副校長として着任したこわもての大高先生と、いっきが束ね
ている風紀委員会がいきなり激突し、火花を散らしました。

生徒に媚びず、強引に持論を押し通そうとする大高先生は、
一見辞職した沢渡校長に似ています。でも、実際には駆け引
きを駆使する手練れ。
それを見抜いたいっきは、狡猾さよりも懐の深さを見て取る
んです。

論が浅くて自爆ばかりだった沢渡校長とはレベルが違うとい
うこと。いっきはそれだけ分かれば、是々非々で対応出来ま
すからね。
後輩に、油断するなと警告を出すくらいで済みます。(^^)


           −=*=−


第40話。
いろんなことに巻き込まれるいっきですが、さすがに今回の
ことには面食らったでしょうね。
寿庵の看板娘に成長した長岡さん。そのお兄さんが、まさか
の実家追放。

自分より年上なのに、何一つ年齢相応の資質を有していない
だらけたお兄さんを見て、頭を抱えてしまういっき。
もちろん、いっき自身が面倒を見る義理なんか何もありませ
んので、やだなあと思いつつも巴さんへの接続ラインを確保
しました。

そしてですね。
このいっきの行動が、後で思わぬ綾を生むことになってしま
うんです。
それはなにか。いや、ここではまだ伏せておきましょう。

三年生編中盤の軸になる大きな出来事に、深く関わってしま
う。それだけ予告しておきますね。


           −=*=−


第41話。
この回は、息抜きです。

一年生編、二年生編それぞれにあった性絡みの話。
いっきにとってはトラウマになってしまった出来事があった
後なので、リョウさんのイジりをあっさりスルーしてしまっ
てます。

いっきの性欲が枯れてしまったということではありません。
自分の欲求を小さく折り畳んで、心の奥底に押し込んでし
まったんです。
自分の鬱屈した欲求や感情を少しずつ解放してきたいっきで
すが、そこだけは逆行してしまったんですね。

まあ、いっきもしゃらも受験生。それに、校則が淫行に関し
てものすごく厳しくなりましたので、当分色絡みの話は出て
来ようがありません。

そういういっきの現状を、さらっと描写してみました。


           −=*=−


このあと、第42話、第43話として、体育祭の話をお届け
します。

スポーツ大好きいっきにとっては、体育祭は自分のリミッ
ターを外せる数少ない機会。しかも、三年ですから、これが
最後になります。

でも……。
楽しさ以外のことが心に残る、微妙な体育祭になってしまい
ます。
そして、そう感じるのはいっきだけじゃないということが、
重要なポイントになります。

読者のみなさんにおかれましては、自分はどうだったかなあ
と思い返していただければ。




ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽に
コメントしてくださいませ。

でわでわ。(^^)/



nn.jpg



なくて七癖

あって七ふし





こんなとろい虫が、なぜ今まで生き延びてこられたのか本当に
不思議です。

ナナフシの赤ちゃんが、とろっとろのお散歩をしていました。






三年生編 第41話(6) [小説]

「業を抑え込むこたあ誰にも出来ねえが、業のまま、欲のま
まに暮らしゃあどんどん居場所がなくなる。それぇどうする
かってうろうろすんのが、生きるってことなんだろ」

「ほんとに……そうですね」

はあ……。

光輪さんは、目を細めてモヒカン山を見上げた。

「バカは死ななきゃ治らねえ。昔っからそう言うだろ?」

「はい」

「でも世の中の人間、一人残らずバカなんだよ」

「……」

「だから、最後はみぃんなくたばっちまうのさ。はっはっ
はあ!」

「あ!」

最初はなんだかなあと思ったけど。
違う!

すげえ……そういうことか。

「死ぬ時には全部免責されちゃうって……ことかあ」

「そう。くたばったらそれでおしめえよ。もう誰がなんぼ文
句言ったって意味がねえんだ」

どん!
足元を踏み鳴らす光輪さん。

「どんだけバカなのかは、そいつにしか、そしてそいつが生
きてる時にしか意味がねえのさ」

「……」

「上でバカやってる連中も、そいつが早く分かりゃあいいん
だがな」

「そうですね……」

「外堀埋められて、自分が狭っ苦しくならねえうちにな」

自分に言い聞かせるようにぼそっと言った光輪さんは、僕の
背中を何度も叩いて、お寺に戻っていった。

「また遊びに来いや。スイカ冷やしとく」

「奥さんに内緒で勝手に採っちゃだめですよー」

「ちっ!」

振り向いてにやっと笑った光輪さんは、愉快そうにぽんぽん
と腹を叩きながら歩いていく。
僕はその後ろ姿を見て、心の底からほっとする。

「人間は、一人残らずバカ、かあ」

妙に納得。


           −=*=−


「たでーまー」

「いっちゃん、遅かったじゃない。すぐに戻ってくるような
こと言ってたのに」

「すぐに戻ってくるつもりだったよ。でも、上でリョウさん
に捕まっちゃった」

「あら」

「なんか、変なのが上でうろうろしてるんだって?」

「そう。注意喚起の回覧板が回ってた」

「町内会の防犯委員がリョウさんなんだってさ」

「まっ!」

母さんが、慌てて回覧板の委員一覧を目で追った。

「知らなかったー。そっか。これお父様じゃなくて、リョウ
さんか」

「うん。上に街灯と防犯カメラ設置するって言ってたけど、
それの設置場所の確認やパトロールのルート確認とかしに来
てたみたい」

「ここは新しいところだから静かで安全だと思ってたけど、
そうでもないってことね」

「昼間は何もないと思うけど、夜は……ね。実生にもきっち
り言っとかんとなあ」

「そうね」

「警察にも相談するって言ってたし、なんとか収まってくれ
ればいいけど」

「やれやれね」

僕が首にかけていたタオルで顔の汗を拭ったら、母さんが僕
を見て露骨に顔をしかめた。

「ん? どしたん?」

「真昼間からパンツがびがびにして。欲求不満を溜め込んじゃ
ダメよ?」

「はあ!?」

何言ってんだ? ……と思ったけど。もしや。
背中に手をやって、思わず苦笑いする。

「……やられた……」

「え?」

「光輪さんだよ。おちゃめだなあ」

「いっちゃん、設楽寺にも寄ってきたの?」

「そう。久しぶりに覗いてきた。お寺の近くで、栗の木が満
開になっててさあ」

「あ!」

道理で光輪さんが何度も僕の背中を叩くはずだよ。
僕のジャージの背中には、栗の花穂の破片がいっぱいくっつ
いていて、それがあの独特の匂いを振りまいていた。

工藤さんよ、これも修行だぜ。修行。
光輪さんはそう言って、高笑いするんだろうなあ。

まあ、溜まった欲求はとりま運動で解消することにしよう。
体育祭でね。

「シャワー浴びるわ」

「出たらすぐお昼だから」

「うーす、腹減ったあ。あれ? 父さんは?」

「部屋にこもってるよ」

「……」

うーむ。
きっと、えっちビデオの鑑賞をしてるんだろう。
真昼間から何やってんだか。まったく。
実生に知られたら、とことん嫌われるぞう。

ぐひひ。

「何笑ってんの?」

「い、いや」

「変な匂いするからって、変な想像しちゃダメよ?」

「へいへい」




kuri.jpg
今日の花:クリCastanea crenata

 


三年生編 第41話(5) [小説]

もうちょっと体を動かしたかったけど、あそこに居続けると
おじいさんに徹底的にいじられそうだったので、設楽寺を覗
いて帰ることにする。

光輪さんがお寺にいるかどうかは、分からないけどね。

暗い杉林を抜けて、久しぶりに設楽寺の裏庭を通る。
びっくりしたんだけど、道がきれいに整備されていて、庭も
前みたいな草ぼうぼうではなくなっていた。

前は荒れ果てて崩れかけたおんぼろ寺って感じだったけど、
今はしっとりした古刹の雰囲気が漂うようになっている。

「すげえ……」

光輪さんも、完全にギアが入ったんだろうなあ。

本堂から読経の音が流れて来るから、もしかしたら法事をし
てるのかなあと思って声は掛けなかった。

設楽寺の敷地を出てすぐの道沿いに、ゆっくり腰を下ろす。
田んぼも畑も緑でぎっしり埋まって、これから夏野菜がいっ
ぱい採れるんだろう。

この夏。去年までの夏とは違った夏になるんだろうけど。
それでも夏は来て、去って行く。

リョウさんと初めてモヒカン山のてっぺんで出会った時。
リョウさんは、寂しさのアーマースーツで隙間なく全身を包
んで、フルートを通して息をしていた。
きれいな曲を演奏していたのに、それが悲鳴のように……聞
こえたんだ。

それから二年。

社会人になったリョウさんは、職場の人にも町の人にも受け
入れられて、自信たっぷり。
そして、自分の役割を胸を張ってこなしてる。

光輪さんだってそうだよね。
最初に会った時の投げやりにも見えた態度が僕らに向けられ
ることは、もう二度とないだろう。

でも、僕は。
その二年間で本当に変わったんだろうか?
僕はニューバージョンのいっきになったと、胸を張って言え
るんだろうか?

「ん?」

考え込んでた僕は、ちょっと変わった匂いが漂ってることに
気付いて、きょろきょろ辺りを見回した。

「何の匂いだあ?」

どっかで嗅いだことがあるんだけど、思い出せない。
甘いと言うか、油臭いと言うか、生臭いと言うか。うーん。

考え込んでいたら、背中をぽんぽんと叩かれた。
振り返ると、きっちり袈裟を着込んだ光輪さんがにこにこ僕
を見下ろしていた。

「あ、光輪さん。こんにちはー。お仕事じゃないんですか?」

「中休みだ」

「奥さんは?」

「畑にいる」

「畑仕事しても大丈夫なんですか?」

「家でじっとしてると気が滅入るんだってよ。もう安定期に
入ったしな」

「わ!」

「今日はどうしたい?」

「ああ、来週体育祭なんで、体を解そうと思っててっぺんに
上がったんですけど」

「ふむ」

「知り合いに捕まって、上のゴミ掃除手伝わされちゃって」

「はははははっ! 相変わらず人がいいなあ」

「まあ、そっちはいいんですけどね。あの……光輪さん」

「うん?」

「夜……変な連中が上に来てるって聞いて」

「ああ、バカがちょろちょろしてるようだな」

「知ってたんですか?」

「俺が確かめに行ったわけじゃねえけどな。こっちでも噂に
なってるよ」

「げえー」

「まあ、人間、暇を持て余すとろくなことに使わねえ。忙し
い忙しいってくらいでちょうどいいのさ」

ぐーたら宣言してた光輪さんの言うこっちゃないと思う。

「まあ、度が過ぎりゃあ警察が動くだろ。餅は餅屋だ。任せ
るさ」

そう言った光輪さんが、ぴっと小指を立ててにやりと笑う。

「工藤さんは、カノジョさんとうまく行ってるかい?」

「おかげさまで。僕ら二人とも忙しすぎて、余計なことを考
えてる暇がありません」

「そらあ何よりだ。わははははははっ!」

体を揺すって大笑いした光輪さんが、鼻をぴくぴくと動かし
た。

「おう。今年も咲き出したな」

「え? これって花の匂いなんですか?」

「そうさ。栗の花だ」

あっ!

「思い出したーっ! そうだ、栗の花だー」

慌てて周りを見回したら、なんのことはない。
僕の座っていた畔の横に大きな栗の木があって、白い花穂を
いっぱい垂らしていた。

「そっか。この匂いかあ」

「まあ、虫にはともかく、人に好かれる匂いじゃねえがな」

「ですよねー」

「この匂いな」

「はい」

「男の精液の匂いに似てるんだよ」

「……」

「俺らのような坊主になっても、この匂いが漂って来る頃に
は自分の業を思い知らされる。色に狂うってのは理屈じゃね
え。業だ」

「業……ですか」

「まあな。上でバカやってる連中も、結局その業に踊らされ
てる。それだけさ。俺らも同じ業を持ってる以上、そのバカ
を笑えねえ」

「はい」

「笑えねえが、同じことは出来ん」

うん。そうだ。そうだよね。

 



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三年生編 第41話(4) [小説]

「ぐわあ。知らんかったー」

ぱっと見、そんなゴミが散乱しているような感じじゃなかっ
たから、今まで全く気付かなかったけど。
出て来る、出て来る。

使用済みのゴム、それが入ってたパッケージ。使用済みになっ
たティッシュの山。
そして、なぜか女性用の下着や服まで。

それも、一箇所や二箇所じゃない。
あちこちに点在してて、どれも遊歩道沿い。
道から離れると、そういうのは見つからなくなる。

「なんだかなあ……」

僕が顔をしかめながらぶつくさ言ったら、同じような顔をし
たリョウさんが戻ってきた。

「こらあ、しゃれにならんなあ」

「ひどいですね。全然知らなかったです」

僕の回収したゴミの袋を覗き込んでいたリョウさんが、何度
か頷いた。

「やっぱりか」

「え?」

「ここに来る連中は、そんなに大勢ってわけじゃないね。特
定の連中が味をしめて通い詰めてるんだろ」

「どうしてそんなことが分かるんすか?」

「ただ青カンするだけなら、穴場はもっといっぱいあるよ。
でも、ここはこっそり出来る場所じゃない」

そう言って、右手を伸ばして周りをぐるっと指差した。
森の台のてっぺん。どこからも見える場所。
もちろん、実際には頂上まで行かないと僕らの姿は見えない
と思う。

でもここにいる僕らの意識としては、姿が誰にでも見えるよ
うに感じる。『見られてる』だ。

「そうか。露出狂に近いんですね」

「近いんじゃなくて、そのものだよ」

「げー……」

「でも、みんなの前で公然とヤれば、さすがに公然わいせつ
罪で一発検挙さ」

「あ、それでかあ」

「自分たちの行為がみんなに見られているっていう興奮をゲッ
トしながら、実際には現場を目撃されるリスクが小さい。こ
こを穴場と認識して、リピしてるバカがいるってことなんだ
ろなあ」

なんだかなあ……。

僕とリョウさんがゴミ袋片手に苦り切っていたら、散歩に来
たのか一人のおじいさんが近寄ってきた。

「おお、リョウちゃんじゃないか。ゴミ拾いかい?」

「こんにちは、松山さん。この前の話の……」

おじいさんが、ぎゅうっと顔のシワを増やして吐き捨てた。

「ほんに、しょうもない連中がおる!」

「かなわないですね」

「街灯設置で収まりそうかい?」

「……そう思ってたんですけど、難しいかもしれません」

「どうしてだい?」

「ここに来てる連中。わざとやってるみたいなんですよ」

「む!」

おじいさんの額に、みりみりみりっと血管が浮いた。
昔の人なら、もっと許せないんだろうなあ。

「そうなると、実際に防犯ビデオ撮って警察に相談ていうこ
とになるんでしょうけど、自治会費の予算だと厳しいです」

「わしがそいつら叩き出してやるっ!」

おいおい。
おじいちゃん、そりゃあ無茶だよう。

「気持ちは分かりますけど。相手が誰だか分からないと危な
いですよー。一度、警察の生活安全課に相談してみます」

「済まんな。手間かけさせて」

「いえー。ここらは子供達もよく遊ぶところですし、今のま
まじゃちょっとね……」

リョウさんは、地図の上に何かを書き付けて、それを畳んだ。

「リョウちゃん、そっちの子はカレシかい?」

おじいさんが、にやにや笑いながらひょいと小指を立てた。
リョウさんがそれを見て苦笑する。

「恩人ですけど、恋人じゃあないです」

「ほう。恩人か」

「彼のおかげで、仕事がうまくこなせるようになりましたか
ら」

「そうかそうか。いい縁があったということだな」

「そうですね。松山さんは、坂口の御園理髪店をご存知です
か?」

「はっはっは! もちろんさ。わしの髪はいつもあそこで切っ
てもらってる。親父はいい腕だし、馴染みだからな」

「そこの娘さんのカレシですよ」

「おお! なんだ、沙良ちゃんのカレシかい!」

じろじろじろ。
全身くまなく見回される。見回されるっていうよりチェック
だよう。とほほ。

「こりゃ、少年!」

「は、はい」

「劣情に任せて、沙良ちゃんに悪いことをしてはいかんぞ!」

えーん、そんな風に話が飛んじゃうのかよう。
リョウさんは、どうリアクションしていいか分からない僕の
横で、腹を抱えて大笑いしていた。

 


三年生編 第41話(3) [小説]

「街中の騒がしいところならともかく、静かな住宅地で夜に
あーとかきゃーとか女の声がすれば、何かあったと思うじゃ
んか」

「うわ。確かに」

「ラブホ行けよ。ったく!」

リョウさんが、ぶりぶり怒ってる。

「通報で警察が来たところで、現行犯じゃないと、とっちめ
られない。暗くて物騒だからとっとと帰れって嫌味言うのが
せいぜいでしょ」

「うーん」

「町内会で夜間パトロールしてそういう連中が来ないように
しようって言っても、夜回りはみんな怖がって引き受けたが
らない。じゃあ、わたしがやるよって手を上げたのさ」

「なるほど。そういうことだったのかー」

でも……。

「リョウさんが、これからずっと見張るっていうわけにも行
かないですよね?」

「そりゃそうさ。だから防犯担当の委員が集まって、犯罪防
止策の検討をしてる。回覧板で回ると思うよ」

「どんな案が出てるんですか?」

「街灯と防犯カメラの設置」

「あ、なるほどー!」

「明かりがあるところには人目が集まる。それに、模造でも
防犯カメラがあれば、見られてるっていう心理的圧迫感が生
まれるだろ?」

「確かに、そうですね」

「あとは予算との相談だけど、なんとか行けそう」

「そうかあ。自分の町のことなのに、そういうのは知らなかっ
たなあ……」

「ああ、わたしだってそうだよ。ガクセイで、ここからガッ
コに通ってる間は、町内会? なにそれって感じだった」

「はい」

「でも、自分が社会人になったらそうは行かないね」

「……」

リョウさんは、ふっと表情を緩めた。

「職場では、菊田さんやパートさんにいろいろ教えてもらい
ながら楽しく働けてる。でも……」

「はい」

「わたしは、ここでも居場所を作んないとなんないの」

「……」

「わたしがアパート暮らしなら、何かあったら引っ越しゃい
いんだけどさ。でも、わたしが住んでるのは持ち家だよ」

そうか……。

「ここで、同じ町の人たちとちゃんとコミュニケート出来な
いと、不便でしょうがない」

うん。
母さんが、巴伯母さんに同じことをどやしてたよね。

それにしても、一匹狼だったリョウさんの口から出て来るセ
リフとは思えない。
人と人とのリンクがどれだけ大事かってことを、リョウさん
が実体験したってことなんだろなあ……。

「でも、リョウさん。今の時間帯の見回りは意味ないんじゃ
ないすか?」

「そうは行かん」

リョウさんはジーンズのポケットから白いビニール袋を出し
て、それを広げた。

「え? ゴミ掃除?」

「それもあるけど、証拠を押さえておかないとね」

げ……証拠……って。もしや。

「ここでバカなことやらかす連中が、ちゃんと後片付けして
くと思う?」

「ないっすね」

「だろ? バカどもがどこで何をやらかしてるのか。それを
確かめて、街灯や防犯カメラ据える位置を決める」

「うわお! そういうことかー。すげえ!」

「つーことで、ちと手伝って」

うげえ……。
でも、僕もこの町内の一員だし。今の話聞いた後で、知りま
せん、やりませんとは言えないよなあ……。
言ったが最後、ぼこぼこにされそうだし。くすん。

「うい」

「じゃあ……」

リョウさんてば、用意周到。
薄手の軍手とゴミ袋。それとモヒカン山の地図。
ゴミの回収だけでなく、どこにヤバいゴミがあるか位置を記
載してほしいってことなんだろう。

「左右で手分けしようか。左側頼んでいいか?」

「うーす」

「展開っ!」

がさがさがさがさがさ……。

 



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三年生編 第41話(2) [小説]

天気がすっきりしない。
雨は降ってないけど、かなり雲が厚い。
そして、空気がじとおっと湿ってる。生温い。

体を動かして汗をかいても、ちっとも爽快感がなくて、逆に
不快感が増える。もやもやする。
梅雨時だから仕方ないんだけどさ。

体育祭が雨にたたられなければいいけどなあ……。
すっきりしない空を見上げながら坂を上り詰め、モヒカン山
の頂上に繋がる階段を一気に駆け上がる。

「ぶふう!」

ここんとこ運動量が減って、体の切れがかなり悪くなってる
なあ。
受験生の本分は勉強だって言っても、それを乗り切る体力は
必要だよね。
フォルサでのスカッシュの練習とここへのジョグは、勉強の
一部だっていう風に考えよう。

健全な精神は健全な肉体に宿るじゃないけど、やっぱ体がな
まってぐだぐだじゃあ、やる気が起きない。

立木に両手を突いて、くるぶしの裏をしっかり伸ばす。

球技の時、球の動きに反応して、普通じゃ絶対しない姿勢を
とっさに取っちゃうことがある。
特に僕は、スポーツで動き出すと本能が剥き出しになるから
気を付けないとね。
一年の時も、怪我した膝をハッスルプレイでまた傷めちゃっ
たし。

柔らかく萌えた草の上に両足を投げ出して、きっちり前屈。
それから足を思い切り開いて、また前屈。
股関節を解しておかないと、急なダッシュで姿勢やバランス
を崩しやすい。思わぬ怪我のもとになる。

今度はうつ伏せになって、両手で両足首を掴んで反り返る。
揺りかごのポーズ。
肩の可動域を増やして……。

「こら、真昼間から何不謹慎なことやってんだ!」

へ?

頭の上から声が降ってきて、慌てて起き上がった。

「ありゃ、リョウさん。どしたんすか?」

「それはこっちのセリフだよ。こんな藪の中でスケベなポー
ズ取りやがって」

ひりひりひり。

「勘弁してくださいよー。来週、体育祭だから前もって体を
解してただけです」

「ああ、そうだったんだ。また、御園さんと一戦交えるのに
体位を考えてたのかと」

ひりひりひりひりひり。

「ったく! 受験生に、そんな余裕なんかないっすよ!」

「受験生とソレとは関係がありませんがな」

「ううー。でも、リョウさんはどうしてここに? フルート
の練習ですか?」

「いや、パトロールさ」

「は!?」

ぱ、ぱとろーる、すか?

「なんの、ですか?」

「このあたりは新興住宅地で、死角になるような空き地や茂
みがないから、痴漢が出るとかそういうのはうんと少ないん
だけどさ。でも、ここは……ね」

「あ、そうか。数少ないそういう場所だってことですね」

「そう。この辺りの人の散歩コースになってていつも人目が
ある割には、ちょこちょこ良からぬ話を聞くんだよね」

「うわあ、知らんかったあ」

リョウさんは、かぱっと両腕を広げて、眼下の家並みを見回
しながら深呼吸した。

「ふうう。昼間はこんなに気持ちいいんだけどなあ」

「ってことは、夜ですか」

「そう」

ぐいっと腕組みしたリョウさんが木立ちを見回す。

「うちの親父は、一昨年、去年と町内会長引き受けてたんだ
けどさ」

あ、そうだった。
引っ越してすぐ、リョウさんちに挨拶に行ったことを思い出
した。

「でも、お袋が発症して、そのケアで一緒にここを離れただ
ろ?」

「はい」

「親父の町内会長の仕事は、副会長の梅木さんに実質肩代わ
りしてもらったんだよね」

「そうかあ」

「だから役員の年季が明けても、もうお役御免てわけには行
かないだろうと思ってさ。わたしが町内会の防犯委員を引き
受けたの」

うむ。リョウさんがシメれば、町内は安全安心。
泥棒にせよ痴漢にせよ、リョウさんに捕まったが最後、間違
いなく半殺しだ。
きっと、警察に捕まった方がずーっとマシだと思うだろう。

「うちの町内は、何か犯罪が起きてるとかあるんですか?」

「わはは! さすがにそんなのはないね。でも、不謹慎なや
つはいるんだよ」

「……」

リョウさんが、近くの家をひょいと指差す。

「この辺りのお宅から、若者が夜ここに上がって騒いでるっ
ていう苦情が出てるんだよ」

「ええー? こんなところでなにを?」

「えっち」

ぐえー……。

 


三年生編 第41話(1) [小説]

6月7日(日曜日)

週が明けたらすぐに体育祭が始まる。
一、二年の時はそれぞれの班でしっかり練習したから、本番
前に戦闘用の体が出来てたけど、今年は昼休みにちょこっと
一回やっただけ。
僕が端役ならそれでもいいんだけど、一応ピッチャーだから
ね。

怪我して降板はめっちゃ恥ずいから、今日はかるーくジョグ
と柔軟やって、体を慣らしておこう。

近いから、市民グラウンドでいいかなーと思ったんだけど。
あそこは、同じ学校の知り合いにばったり出くわしそうなん
だよね。
出くわすのがイヤっていうわけじゃなく、結局しゃべり倒し
て終わりになっちゃいそうだから。

集中してきちんと体を動かすなら、モヒカン山に上がった方
がいいな。

部屋にもリビングにも気配がないから、実生もきっと友達と
練習しに行ったんだろう。

ジャージに着替えて、リビングに降りる。

「うーす」

「あ、いっちゃん、おはよう」

「実生は練習に出たんでしょ?」

「そう。学校に行くって言ってた」

バレーコート使うってことだな。
結構気合い入ってるね。

「いっちゃんは?」

「三年はそんなに勝ち負けにこだわんないから、班での練習
はちょっとだけ。でも怪我したら元も子もない。これから
ちょっと体解してくるわ」

「どこ?」

「モヒカン山の上でやる。近いし」

「ちっ」

母さんの考えてることなんか、すぐに分かるわい。
市民グラウンドなら帰りがけにスーパーに寄れるから、つい
でに買い物してきてって言うつもりだったんだろう。

そうはイカの筋肉質。

「そう言えば」

「うん?」

「あんた、御園さんと仲良くやってんの?」

「特にケンカはしてませんが」

「なあんか、枯れてきちゃってるんじゃないの?」

ぐっさー。

「枯れてはいないよー。同じクラスになったんだし、それな
りにエンジョイしてますが」

「それなりに……か」

「しゃあないさ。校則が変わって、淫行禁止の適用がすっご
い厳しくなった。目立つようなハグやキスは、ちくられたら
一発停学だもん」

「げえっ!」

のけぞって驚く母さん。
母さんは、校則改訂の中身を知らないもんなあ。

「じゃあ、今までみたいのは」

「即アウト」

「あだだ……」

「手を繋ぐのさえ遠慮が出ちゃう。そのくらいは問題ないと
思うんだけどさー。やっぱ、いろいろとね」

「それって……大丈夫なの?」

「どういう意味で?」

「いや、あんた方、密着度が高かったから」

「しゃらは、すっごいストレス抱えてると思う」

「やっぱり!」

「でもね」

「うん」

「しゃらが暇だ暇だーってのたくってるなら、引っ付き禁止
はめっちゃきついと思うんだけど、あいつは今それどこじゃ
ないからね」

「……」

「お母さんのサポもあるし、お父さんのお店の移転の話もあ
るし、自分の進路のこともあるし」

「そうかあ……」

「まあ、ぼつぼつやるわ」

「ちゃんと見ててあげてよ」

「同じクラスなんだし、その点は心配ないよ。メールも電話
も毎晩ばしばし来るし」

「よくそんな毎日話すことがあるね」

「あはは。でも、今はそこだけが僕らのプライベートだもん」

「……あ」

「でしょ?」

「そっかあ」

「だけどさあ。みんなが、僕らみたいにうまく調整出来るわ
けじゃない。そっちがなあ」

「分かるわー。微妙なところから先が潜っちゃうってことで
しょ?」

「そうなの。そっちの方がよっぽどヤバいんだよね」

「あんたは、それ指摘しなかったの?」

「したよー。こんなの逆効果だって。でも、沢渡校長が一度
決めたことを、安楽校長が全部ひっくり返すことは出来ない。
あれは、一応学校と生徒との合議の結果っていう体裁になっ
てるからね」

「そうなんだ」

「うん。だからまず運用してみて、効果を確かめてからもう
一度見直すって形にしか出来ないと思う」

「その間に何かあっても、いっちゃんたちはフォロー出来な
いってことかー」

「そう。だから風紀委員会でも生徒会でも、くれぐれも慎重
に行動してねって、生徒に警戒信号出してんだけどさ」

「……」

「こればっかはね。僕らは学校の管理者じゃないもん」

「そうだよね」

ふう……。
まあ、僕一人で心配したってしょうがない。

「じゃあ、行ってくるわ」

「遅くなるの?」

「体解してくるだけだから、すぐ戻るよ」

「気をつけてね」

「うい」

 



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てぃくる 267 かじだあ! [てぃくる]


「火事だ! 火事だあ!」
「どこが?」
「財布の中が!」
「稼げ。ぼけ」


「家事だ! 家事だあ!」
「掃除も洗濯もしないくせに」
「飯は作るぞ」
「自分の分だけね。さいてー」


「舵だ! 舵だあ!」
「どこにあるの?」
「ない」
「だからずっと迷走してるのね」


「加持だ! 加持だあ!」
「神仏のお陰だよね」
「ありがたや」
「あんただけがありがたくない」


「鍛冶だ! 鍛冶だあ!」
「鉄は熱いうちに打てでしょ」
「で、なんで俺をぶっ叩くんだ?」
「あつかましいから」


「華字だ! 華字だあ!」
「読めるの?」
「読めん。でも和字は読めるぞ」
「あんたの書く字は読めないけどね」


「下地だ! 下地だあ!」
「それは『かじ』じゃないの。したじ」
「……」
「教養の下地がないのね」





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ええ、そうなんですよ。
夕方の火事のことを、夕焼けっていうわけじゃないんです。

えへん。







  火事被害 炭になりたる秋刀魚二尾








Burn by Tina Arena