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ちょっといっぷく その138 [付記]

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

本編再開後の四話。いかがでしたでしょうか?
ざっと総括してから、次に進みたいと思います。


           −=*=−


第34話。
ガーデニングコンテストに向けた、プロジェクト総出の夏花
壇造成作業における一コマ。
作業風景より、むしろ会長と宇戸野さんの過去を描くのが目
的です。

会長は、二年生編の中盤でいっきやしゃらとの心理的距離を
空けるためにあえて自分の黒歴史を暴露していますね。
でも第34話での会長の話は、その時とは全く趣旨が違いま
す。

前がプライベートかつ感情的な話だったとすれば、本話のは
まさにオフィシャル。
なぜ自分が今の職業を選択したか、そのためにどう行動し、
何をゲット出来たか。話がとても建設的なんですよ。

それは宇戸野さんもそうですね。一年生編でいっきたちが宇
戸野さんの工房を訪ねた時、まだどっぷり過去に囚われてい
た宇戸野さんの話はとても暗くてウエットでした。
でも本話での宇戸野さんの話は、内容がその時よりもっとネ
ガ寄りなのに暗く聞こえません。

会長と同じですね。自分をどう活かすか、そのためにどんな
努力をし、それがどう結実したか。
動機と過程と達成地点を見せる。会長も宇戸野さんもそれに
徹していたので、残る印象がとてもポジティブなんです。

もちろんそれは、これから未来の形を自分で決めていかなけ
ればならない高校生たちへの、会長と宇戸野さんからの精一
杯のエールでしょう。


           −=*=−


第35話。
会長が、なにげにいっきとしゃらに言い残した苦言。
それを聞き流さないのは、さすがいっきですね。

いっきは会長に、周囲の人たちの異変を察知するセンサーの
感度が下がっちゃってるよって指摘されたんです。
いっきは芯がとても強くなったんですが、その分デリカシー
や感受性が目減りしていたんですね。

でも。
それを自覚してもなおいっきは、一年の頃のような自己犠牲
を厭わない人との関わり合い方を選択するのがもう難しく
なってるんです。

じゃあ、どうするか。
いっきはがっつり悩みます。


           −=*=−


第36話。

ことがプロジェクトに関わることだけに、いっき一人が部長
のサポートに走ってもどうにもなりません。
オトナである顧問の中沢先生と会長にサポーターをお願いす
るといういっきのアイデアは自然で、かつそれしかないと思
います。

そしてアイデアをしゃらとすり合わせする時に、いっきはこ
れまでと違う意識でその作業を行いました。

今まではいっきがぐいぐい引っ張り、しゃらがそれをサポー
トするという役割分担だったんです。でも、それがしゃらの
自主性とかやる気に蓋をしちゃってるんじゃないか。
いっきは、それを危惧したんですね。

出会ってから今までの間にいろいろあっても、二人の距離は
常にいっきが調整してきました。
しゃらのジェラシーの暴発が元で仲が壊れそうになった、二
年の夏休みの時でさえ、です。
でもいっきの先回りが行き過ぎると、しゃらを支配してしま
うことに繋がりかねません。

少しだけいっきが引いて、ちゃんと肩を並べること。目線を
揃えること。
すぐには出来ませんが、いっきは徐々にしゃらとの距離を離
すことを意識し始めます。

もちろん、それには副作用もありますけどね。(^^;


           −=*=−


第37話。
この小説のタイトルになっているグリーンフィンガーズクラ
ブ。その会合の様子を雑談風に。
長いんですが、その長さほど重い内容ではありません。

この小説自体、大河ドラマのような一本筋の通ったストー
リーではないんです。いっきの日常をぱちんぱちんと切り
取って、それを重ねてぱらぱらめくっていただく間に絵が動
き出す。そういう作りになってます。
# 長編映画じゃなくて、ぱらぱら漫画。(^m^)

そういう緩い結束の象徴として据えているのが、グリーン
フィンガーズクラブです。
年齢、性別、職業、履歴……一切不問。入退会自由。会則も
会費もなし。何か欲しいと手を伸ばせば、必ず何かがもらえ
る。
それは、思い出したくない過去からの脱却を目指すいっきに
とって、理想郷に近いでしょう。

でも一方で。理想からかけ離れた現実が間違いなくあります
ね。仮入会しかさせてもらえない榎木さんの娘(榎木 春)
には、クラブの価値が全く分かりません。そういう人にとっ
ては、クラブはとても排他的に見えるでしょう。

そして、クラブとして一切の縛りがないと言っても、ベテラ
ンと学生たちとではやはり立場が違います。メンバー間に上
下関係が持ち込まれてしまうことは、どうしても避けられな
いんです。会長が調整していますが、それでも……ね。(^^;;

理想と現実の乖離を認めながら、それでも会長がクラブ員に
望むことは……。

クラブで生まれる縁を積極的に活かして欲しい。それだけな
んです。
会長自身が、いっきと出会ったことで自らの運命を好転させ
ていますからね。(^^)

全ての縁が歓迎出来ることではありませんし、しっかり結び
たくても切れてしまうものもあるでしょう。
それでもチャンスはポジティブに活かして欲しいなあ……そ
れが会長の願いであり、このお話を書いているわたしの狙い
でもあります。


           −=*=−


さて。この後体育祭までの四話を続けてお届けします。基本
はどれも小ネタなんですが、いっき本人のことよりも、いっ
きに関わった人たちの現況を綴るお話になっています。

それと、ちょっとしたハプニングが起こります。
それ自体はいっきに深く関わってこないことなんですが、後
で予想外の綾に膨らんでいってしまいます。こそっと伏線を
仕込んであると思っていただければ。はい。



ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽に
コメントしてくださいませ。

でわでわ。(^^)/



emu.jpg




「ト音記号の真似っ!」

「無理があるって」




 

(^^;;





エミュー。ダチョウなどと同じ飛べない鳥ですね。
でも、e-muというと有名なシンセになります。(^m^)

 


三年生編 第37話(16) [小説]

「墨尾さんと言う方は、根っからの職人さんなんでしょう。
意識が自分ではなくて、ユーザーの方を向いている。使う人
の側に立っている。その鋏は……」

マスターが、鋏を僕に手渡しで戻した。

「墨尾さんが作りたい理想の鋏じゃない。あくまでも、工藤
さんが使い易いようにと工夫されたものです。そういう利用
者の側に立って製作をする職人さんは、お金に苦労します」

あ!!

「そ、そう言えば……」

「うん」

「苦労してとんかんやっても一丁何千円て……」

「でしょう? そういう儲けの出にくい職人作業には、後継
者がなかなかね……」

そうか……。

マスターは厳しい表情を崩さないまま、わだっちの彫像を凝
視した。

「そしてね。芸術家ってのは、職人よりももっと貧乏なんで
すよ」

マスターは展示室をぐるりと見回した。

「当館に展示してある作品には、大家のものは一つもありま
せん。まだ若く、知名度も低い有望画家。彼らを積極的に売
り出すことで、製作に打ち込める環境を出来るだけ整えてあ
げよう。それが当館のコンセプトです。でもね」

「作品の優劣と作品が売れるかどうかとは、全く別個のこと
です」

……。

「ゴッホの例を挙げるまでもなく。芸術家ってのは、パトロ
ンやコアなファンが付くまでは、最下辺の生活を強いられま
す。生産性がなにもありませんから」

「生活のために売れる絵、売れる像を作る。そんなことを、
あの頑固な娘が飲むはずがない。本音を言えば。娘には彫刻
家の道に進んで欲しくないんですよ」

うん。
わだっちの真っ直ぐで妥協を許さない姿勢。
理想を実現させるために、ちゅうちょなく身を削っちゃうこ
と。
それはすごいように見えるけど、必ずしもそうじゃないんだ。

とことん何かを追求すること。
今それが可能なのは、お父さんが庇護しているからなんだ。
独立した途端に、現実が激しく自分を蝕むようになる。
現実と理想のギャップが、埋められないほど大きくなる。
それが納得出来ないと……。

壊れてしまうのは……自分だ。

「それでもね」

マスターは、ゆっくり口ひげを持ち上げて微笑んだ。

「小野寺さんとの交流があり。部長としての葛藤があり。今
は、美大受験には欠かせないデッサン力が足らないという試
練にぶつかり」

「現実との折り合いをつけるには、自分を強固にしたり研い
だりという方法以外にもいろいろあるってことを実感してい
るでしょう。そこを自力で抜けてくれればなと」

マスターの話をじっと聞いていた会長が、僕の鋏を手に取っ
た。

「そうよね。きっと墨尾さんは、鋏を作る技術よりも、ユー
ザーが使いやすい鋏を作るっていう職人魂を受け継いで欲し
いんでしょう」

「何回か使ったら壊れて使えなくなる。そういう鋏は、鋏っ
て言わないよ。いつきくんや御園さんに伝えたかったのは、
ほんとはそういうことなのかもね」

「はい!」

「ふふ。これも……マスターの今の話と同じで、親心ね」

会長は、集まっていたメンバーをぐるりと見回しながら話し
かけた。

「茶話会っていうのは、こういうものです。園芸のクラブだ
からその話しかしないなんてことは決して、決してありませ
ん」

「自分に必要なものを、自分で集めましょう。ここもそうい
う風に使ってくれると嬉しいかな。でも、何かもらうために
は、自分も何か与えないとだめなの。蒔かない種は生えない
から」

「でも、その種はなんでもいいってことね」

茶目っ気たっぷりにぱちんとウインクした会長は、持ってい
た小さなショッパーから何か木の枝みたいなものを出した。

「分かる?」

みのんが一発で当てた。

「オリーブ、ですよね」

「そう。オリーブの生産地は、地中海沿岸。そこでは、子供
が生まれると親が畑にオリーブを植えるという風習が各地に
あるの」

「どうしてですかー?」

実生が聞き返した。

「生まれた子のさらに子供。つまり孫に食べる苦労をさせな
い。そういうことみたいね」

「???」

実生には理解出来なかったみたいで、首をひねってる。

「なんでー?」

「オリーブはね、すごーく成長が遅いんです。植えた木が実
を付け始めるまで十年以上かかる上に、お金になるくらいた
わわに実るようになるまでには、もっともっと年月がかかる
の」

「あ! そうか……」

「今、自分の目の前にある幸せだけを見ていたら、すぐにお
金にならないオリーブ植えるなんて、バカみたいなものよ」

会長が、枝をひょいひょいと振る。

「でも、ずっとずっと先の豊かな実りを見据えて、今出来る
苦労をする。勉強も生活もそう。人間関係もそう」

「それは、あなたたち自身の財産になるだけじゃない。あな
たたちが親になった時に、子供にも受け継がれていくものな
んです」

「グリーンフィンガーズクラブでは、みなさんにそういう意
識を持って欲しいの」

「目先の知識や技術、一時の快楽。それはここでなくても得
られます。それよりも……」

「ここでの交流を通じて、蒔ける種、植えられる苗を増やし
てくれれば。私は本当に嬉しいです」

微笑んだ会長が、ゆっくりと会釈した。




olv.jpg
今日の花:オリーブOlea europaea

 


三年生編 第37話(15) [小説]

「八代目宗規の準規さんは、日浦準規。七代目の甥っ子さん
だそうです」

「姓が違うってことは、弥富さんのところに男の子が出来な
かったからってこと?」

「いいえ。男のお子さんが二人おられて、二人とも東京で就
職だそうで」

「……」

「やる気のないやつに刀は打てんから、それでいいって」

「さばけてるのねー」

「五代目の宗門さんがものすごく有名になったしまっただけ
で、弥富自体は元々場末の刀鍛冶だよって言ってました」

「うーん、芸術家みたいなものなのか」

「はい。だから水準以上の刀が打てれば弥富名乗っていい、
みたいな」

「分からないものねえ……」

会長は、芯からびっくりしたみたいだ。

「じゃあ、その八代目の方が、これから刀を打っていくって
ことね?」

「はい。でも、それが続くかどうかも疑問かなあと」

「どして?」

「もう、作刀が生活基盤じゃないんです」

「???」

会長、大混乱。

「どういうことー?」

「七代目の宗喬さんという方は、弥富製刃という刃物メーカー
の社長さんなんです。準規さんは、ゆくゆくはそちらを継ぎ
たいみたいで」

「あら!」

もう何を言ったらって感じで、会長が絶句した。

「不思議なことに、そっちにしゃらが繋がったんですよ」

「え?」

そう。
縁が繋がるって、こういうのもあるんだよね。

「弥富さんの工場で作られている主力製品が、理容用の刃物
だったんですよ。鋏が主力で」

「わ!」

信じられないって顔で、会長と糸井先生が首を振った。

「すごいわね……」

「僕らもびっくりしました。山崎さんがさっきいい鋏だって
言ったみたいに、しゃらのお父さんやかんちゃんもサンプル
で持たせてくれた鋏に大興奮で」

「あはは! さっきのわたしたちと同じってことね」

糸井先生が、楽しそうにしゃらの鋏を手に取った。

「繋がるもの、切れるもの、か……」

会長が、しみじみとそう漏らした。

「ええ。そして」

「うん」

僕は、自分の剪定鋏をみんなの前で広げてみせた。

「この鋏も、このままなら幻になるのかもしれません」

「え? どしてー?」

楠守さんが聞き返した。

「墨尾さん。どうも、お一人で製作されているような……」

あっ!

さっきまで浮き立っていた場が。
今度はしんと静まった。

「墨尾さんは、もうおじいさんです。機械の補助があるから
まだ鋏を打てるんでしょうけど、そのうち……」

し……ん。

手に取ったしゃらの鋏をじっと見つめていた糸井先生が、鋏
をことんとテーブルの上に戻した。
それから、大きな溜息をついた。

「そうか。宣伝してくれというのは、もう一つ訳があるのね」

「僕は、そう思いました。鋏だけじゃなくて、こういう素晴
らしい鋏を打つ技術。そこに注目してくれる人に繋げて欲し
い。墨尾さんが、わざわざ休みの日に僕らに作業を見せてく
れた背景には、そういうのもあったのかなあと」

「そうよね……」

「なるほどね」

え?

いつの間にか、僕らの背後にマスターが来ていた。
二丁の鋏を真剣な眼差しで見比べていたマスターが、その厳
しい表情を崩さないまま、ぼそりと言った。

「鋏はね。道具です。美術品じゃない」

……。

「それが道具である限り、それ以上ではありえない。どんな
に意匠に優れた逸品であってもね」

すうっと手を伸ばしたマスターが、僕の剪定鋏を掴んで、そ
れを握った。

「これを著名な芸術家が作れば、一丁数十万という鋏になり
ます。でも、それは『切れる』からじゃない。美しいからな
んだよね」

うん。

「一方で、これがどんなに素晴らしい作品であっても、一介
の鋏職人の作ったものである限り、その値段には限りがある
んです」

みんなが、マスターの話にじっと耳を傾ける。

「高く売ろうとすれば芸術家にならざるを得ないし、それは
ちょっとと思った職人さんは職人さん止まり。その人がどん
なに凄腕であってもね」

「……」

 



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三年生編 第37話(14) [小説]

かき分けるようにして前に出た山崎さんが、僕のB型を食い
入るように見ている。

「工藤さん。持たしてもらっていいすか?」

「どうぞどうぞ」

ひょいと鋏を手にした山崎さんが、鋏をきゅっきゅっと開閉
して低い声で唸った。

「ううーん……すげえ」

「ですよね」

「これ使ったら、安もんがもう使えないっすね」

「あら、切らなくても分かるの?」

会長が、ひょいと声をかけた。

「分かるっす」

山崎さんは、刃が開いている状態で鋏を目の前にかざした。

「安いのは、どうしてもここが半端に空くんすよ」

二枚の刃の隙間は、墨尾さんがきっちり調整してある。
僕が見ても、どうやったらこういう風に出来るんだろうって
いうくらい、きつくもなく緩くもなくぴったりだ。

「カシメが外せないってことは、研げねえってことすよね?」

「はい。切れ味が落ちてきたら送ってくれって言ってました。
墨尾さんがばらして、研いで調整し直すって」

はあっ……。
一同、溜息。
やっぱ、ものが違うって感じだ。

山崎さんも、糸井先生と同じように割り箸を切ってうなった。

「うーん、いいなあ……」

「親方も、墨尾さんのはいい鋏だって言ってましたね。問題
は値段だって」

「だよなあ。俺の稼ぎじゃまだ買えねえなあ……」

「えー?」

それを聞いて、阿部さんが首を突っ込んできた。

「わたしー、ゆーちゃんの誕生日忘れてたから、プレゼント
するよう」

「めい、無理だぁ。こいつは十万以上すっぜ?」

どてっ。
阿部さんがぶっこけた。

「わたしの給料より高いー」

わはははははっ!

笑い声が溢れて、場がなごんだ。

にこにこしながら僕の剪定鋏を手に取った会長が、みんなを
見回す。

「クラブにいると、こういう良縁もあるってことなの。決し
て草花のことだけじゃないのよ」

「本当にそう思います」

会長がテーブルに戻した剪定鋏を手に取る。

「秀峯という佐伯さんの鋏。それが……僕にいろんな縁を連
れてきてくれました。確かにいろいろあったけど」

カシメのところに刻まれた僕の名前。
それを見て、思わず笑みが浮かんた。

「いい縁に恵まれたと……思ってます」

くすっ。
僕の横でしゃらが笑った。

「どした?」

「いや、本当に縁結びにもなったでしょ?」

「わははっ! そうなんだよなー」

「え? どういうこと?」

会長が驚いたように僕らを見比べた。

「いえ、僕らじゃないですよ。僕らと一緒に弥富さんのとこ
ろに行った片桐先輩」

「うん」

「八代目と婚約したんです」

どええええーっ!?

みんなが一斉にのけぞって驚いた。

「うわあ!」

「すごーい」

「ドラマがありますよねえ」

「そうか。それで新潟大なのね?」

「はい。八代目の宗規さんは、新潟大の工学部ですから」

「なるほどね。じゃあ片桐さんは、将来は刀鍛冶の跡取りを
産むってことになるのね」

会長の言葉を即座に打ち消す。

「それはどうでしょうね」

「え?」

「弥富という刀鍛冶の一族は、とても変わってました」

「どういう風に?」

「実子に継がせるという縛りがないんです」

「ええーーっ!?」

会長が、口をあんぐり。

「そ、そうなの?」

「僕らも聞いてびっくりだったんですけど。刀打てるやつが
弥富を名乗ればいいってことみたいで」

「うわ」

 


三年生編 第37話(13) [小説]

ばっ!

僕としゃら以外、全員飛びすさった。

「うそおっ!」

「いやあああっ!」

「こ、こわあ……」

「ううう」

「しゃれにならなかったよ」

しゃらの顔も強張って、歯が合わずにかちかち言ってる。
あの時のことを思い出して、怖くなったんだろう。

「先輩がいなかったら、全員お陀仏だったと思う。今頃新聞
の三面に乗ってるよ」

「……」

腰が抜けたようにどすんと椅子に座った先生が、先をせがん
だ。

「じゃあ、片桐さんという方が?」

「はい。命がけで抑えてくれました。その後、弥富さんが全
身全霊で穢れた鋏を鍛え直して」

「あ、それで祓ったんだ」

「三時間以上ずっと、焼いて鍛えて、焼いて鍛えて。刀匠さ
んの体力の限界まで、鋏の怨念と戦ったってことなんでしょ
うね……」

ふううっ……。
脱力。

鋏が悪いわけじゃない。
全ては鋏以外の、人の思い、念。それが原因だ。
本当に、かわいそうな鋏だったなあと思う。

「でもさあ、そしたら、その鋏には呪われた鋏の血が?」

楠守さんが、こわごわ僕としゃらの鋏を指差した。

「入ってませんよ」

「え?」

「そんな、怖い鋏なんか使いたくないです」

「じゃあ、それは?」

「そういうごたごたとは一切関わらなかった、天有さんの鋏。
最後まで剪定鋏としての務めを実直に全うした、一番幸せな
鋏。その鉄だけが使われたんです」

「そっかあ!」

楠守さんが嬉しそうにしゃらの鋏を手に取って、しゃきしゃ
きと開閉した。

「残りの二丁は?」

先生に確かめられる。

「鉄くずになりました」

はあっ……。
みんなの口から溜息が漏れた。

「小さくても刃物は刃物。人を殺傷する能力があるもの。そ
こにはほんの少しでも穢れたものを混じらせてはいけない。
刀匠の弥富さんならではの、厳しさを感じました」

「すごいなあ……」

先生も僕の剪定鋏を手に取って、じっくりと眺め回した。

「ねえ、ちょっと切ってみていい?」

「どうぞー」

先生がバッグから出したのは、ポケットティッシュ。
ひらっと抜き出した一枚のティッシュを鋏で切る。
それは……僕の鋏ではちっとも切れない。
持ち替えたしゃらの鋏なら……自由自在に切れる。

先生はマスターに割り箸をリクエストして、それを僕の鋏で
切った。

ぱちん!

「くぅ!」

きゅっと目をつぶった先生が、ぷるぷるっと首を振った。

「これは……すごいわ。気持ちいい」

「でしょう?」

「なるほどねえ。御園さんのは指の延長。でも工藤さんのは
手の延長。役どころが違う。それぞれにすごく優秀なのね」

「はい!」

「ううう、使ってみると、ますます欲しくなるなあ」

先生が、よだれを垂らしそうな顔で二丁の鋏を凝視した。

「先生は、新婚旅行には行かれたんですかあ?」

僕からいきなり変な話題が飛び出して、先生がずっこけた。

「それどころじゃないわ。入籍自体がばたばただったし」

「じゃあ、それも兼ねて、行長さんと一緒に墨尾さんの工房
を訪ねられたらどうでしょう?」

「お、いいかも!」

がぜん乗り気になる先生。

「実際、その方がいい鋏を作ってもらえると思います」

「どして?」

「鋏を、僕らの手に合わせて作ってくれるんです」

「わっ!」

先生が、もう一度僕らの鋏を手に取った。

「これも!?」

「そうです。僕としゃらの手のサイズを測って、一番使いや
すいようにって作ってくれたんです」

「すっごーい!」

大きくなった先生のリアクションに誘われるように、他のテー
ブルで談笑していたメンバーがぞろぞろと集まってきた。

ひょいと覗き込んだ会長が、くすっと笑う。

「墨尾さんの鋏の実演販売?」

「わははははっ! 僕は実物見せてるだけですー」

「いや、本当にいい鋏よねえ」

 



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三年生編 第37話(12) [小説]

「僕がしゃらの代わりに、しゃらが僕の代わりになることは
出来ない。それぞれの持ち味をどう足していけるか。それを、
この二丁の鋏が教えてくれるのかなあと」

「墨尾さんから言われたの?」

「はい。二つの鋏が一緒になっていい仕事をするようにって」

「……」

先生は、じっと僕としゃらを見比べた。

「ねえ」

「はい?」

「墨尾さんの工房は、三条よね?」

「そうです。新潟です」

「二人で……行かれたの?」

先生は、それは高校生としては行き過ぎじゃないのと思った
んだろなあ。

「いいえ。二人じゃなく、三人でした。供養で行ったので」

「え? 供養?」

「そう。秀峯の」

「……。もう一人の方は、保護者?」

「いいえ、先輩です。片桐先輩。片桐みえりさん」

「ふうん……でも。女の子?」

「先輩はすっごい特殊ですから」

「え? 特殊って?」

「先輩の家は、祈祷師の家系なんですよ」

「へえー……」

「先輩には、僕らには見えないものが見えるんです。だから
名前は『みえり』なのに、みえるっていうあだ名だった。そ
して、先輩は秀峯の変な性質をすぐに見抜きました」

「なんだって?」

「変わった鋏だ。鏡だねって」

「か……がみぃ?」

「そう。鋏の刃が持ち主の心を映すんです」

「え? 何それ?」

「悩みとか恨みとか……そういう感情をグロテスクに増幅し
て刃に映しちゃうんですよ」

「げ……」

糸井先生が、怯えたように一歩下がった。

「さっきから、みんなでその話をしてたんです。秀峯は名器
だけど、恐い鋏だったんですね」

「……」

「でも、鏡が映すのは心の姿だけ。鋏が僕らに何かすること
はないんです。何もね」

「ふうん」

「先輩が最初にそう教えてくれたから、僕は難を逃れること
が出来たんです」

「ちょっと、それどういうこと?」

先生が真顔で突っ込んできた。

「さっき、久我さんと楠守さんに話していたんですけど、秀
峯っていうのはとんでもなく曰く付きの鋏で」

「ええっ!?」

「楠守さんのおじいさん、天有さんが持っていた以外の二丁
の秀峯は、呪われた鋏になってしまったんですよ。持ち主が
全員死んでるんです」

ざあっ……。
先生の顔色も一気に悪くなった。

「ひ……」

僕が買わないで、先生が引き取ってたらヤバかっただろなあ。
先生、親のことやレンさんとのことで、ものっそコンプレク
ス持ってたから。

「名器としての名声と、持ち主の心を映す奇妙な性質。その
ギャップに振り回されて、職人さんが誰も使いこなせなかっ
た。みんな人生を狂わされた。その恨みが次々に鋏に取り付
いていって、次の持ち主に祟るようになったんです」

「……」

べたあっ!
僕らの卓の全員がテーブルの上にのへった。

「そのやばやばの二丁を、修学旅行先の京都で偶然見つけて
しまって。そこで供養を頼まれたんですよ」

「京都の……どこで?」

「喜華堂っていう華道の道具屋さんです。鋏とかは、中古の
ものも扱ってて」

「あ、そこで……」

「そうです。僕が秀峯のことを知ってたので、きっと何とか
してくれるって思ったんじゃないかな」

「……」

「秀峯の供養のことでその筋に詳しい片桐先輩に相談したら、
鋏を打った刀匠さんに相談するのが一番だろうって」

「付いてきてくれたんだ」

「はい。最初は僕一人で行くつもりだったんですけどね」

先生が苦笑した。
僕としゃら、先輩の間でどういうやり取りがあったのか、す
ぐに想像ついたんだろう。しゃらがぷうっと膨れてたし。

僕はでっかい溜息を一つ吐き出して、また話を続けた。

「でもね。先輩が一緒に行ってくれなかったら。僕は今頃こ
の世にいなかったでしょう」

「何か……あったん?」

しおんがこわごわ確かめた。

「あった。二丁の鋏の莫大な怨念が、お世話になった弥富さ
んていう刀匠のお宅で爆発しそうになったんだ」

 


三年生編 第37話(11) [小説]

「ねえねえねえ、工藤さん。それってさ、割引き効くってこ
と?」

「そうじゃないすか? 僕らはタダで作ってもらったし」

どべっ。

「ちょ、ちょっと……」

「僕らはお代金を払うつもりだったんですけど」

「受け取らなかったの?」

「はい。その代わり宣伝してくれって」

「……」

糸井先生が、ちょっと考え込む仕草を見せた。

「うーん……」

「なにか?」

「墨尾さんの鋏は、私たちの間では有名よ。お師匠さんが必
ず推薦する鋏だし、決して安くないからわざわざ宣伝するま
でもないような……」

うん。僕も親方と話してて、そう思った。
でも……。

「墨尾さんも弥富さんもそうだったんですけど」

「うん」

「クラフトマンシップって言うんですか、自分が心血注いで
作ったものなんだから、大事に、でもしっかり使い倒してく
れっていう気持ちを強く感じるんです」

「そうよね」

「だから、宣伝してくれっていうのは、そういう使い方が出
来る人にっていうことなのかなーと」

「ああ! そういうことね」

「はい」

道具なんだから、使われないと意味がない。
墨尾さんはきっと、逸品だからもったいないってしまい込む
のは絶対止めてくれって言うよね。
会長が最初に言ったのと同じで、名人の鋏っていう権威にむ
やみにひれ伏すのはおかしいってことなんだろう。

いい仕事したいなら、いい道具を使ってよ。
きっと、それだけなんだと思う。

僕は、あの時墨尾さんから言われたことを鮮明に思い出す。

「そう言えば」

「うん」

「墨尾さんから鋏を受け取った時に、すっごい印象的なこと
を言われたんです」

「なんだって?」

「鋏は、若い時に一番切れる」

「……」

「だから、切れる時にしっかり使い倒してくれって言われた
んですよ」

糸井先生が、うなった。

「ううー、含蓄のある言葉だなー」

「はい。鋏にも寿命がある。普通に使っていれば、人間と同
じでいずれは切れ味が落ちて使えなくなる。その最後に、鋏
がいい仕事をしたなあと思えるよう使ってくれって」

し……ん。

みんな、一瞬言葉を失って。
それから一斉に溜息が漏れた。

「すごーい……」

僕は、自分の鋏を掴んで開閉した。

「秀峯は使い切れなかったけど。この鋏は、しっかり僕の分
身として使ってあげようと思ってます」

「いいなあ……」

楠守さんが、指をくわえて二丁の鋏をじっと見つめた。
同じように鋏を見比べていた糸井先生が、こくっと首を傾げ
た。

「ねえ、工藤さん」

「はい?」

「どうして、御園さんと同じ鋏にしなかったの?」

「ああ、そうですよね。秀峯は大久保型だったから」

「うん」

「僕は最初、秀峯と同じ型にしたいなあと思ったんですよ」

「じゃあ、墨尾さんに止められたの?」

「はい。華道じゃなくて、庭仕事で枝の剪定とかに使うって
言ったら、B型の方がいいって」

「あ! 用途に合わせたんだ」

「はい。しゃらは僕と逆。芽摘みとかに使うから刃が細い方
がいいってリクエストしたんです」

「それで、大久保にしては華奢なんだ」

「はい。すっごい使いやすいですー」

「剛と柔かあ……」

「こうやって見ると」

「うん」

「一丁で全部の用途に使えるっていう鋏はないんですよね」

みんな、頷いた。

「それって、僕らみたいなものかなあと」

先生が、にこっと微笑んだ。

「そうね。本当にそう思うわ」

 



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三年生編 第37話(10) [小説]

「あのさ……」

しおんが、聞いてもいいのかなあという感じで、こそっと僕
に確かめる。

「何を……見たん?」

「僕?」

「そう」

「こっぴどくいじめられてた中学の時の、惨めな姿さ」

「!!」

「膝を抱えて、暗闇の中でうずくまって。誰もいない。誰と
も関わり合いたくない。希望も、助けも、何もない。そうい
う……地獄のような孤独と疎外感」

「……」

「高校に入ってからいっぱい友達が出来たのに、僕の芯のと
ころはちっとも変わってない。これっぽっちも成長してない。
秀峯は、あざ笑うように僕にそれを見せつけたの」

ふう……。

「そっち系に詳しい人に、それが単なるビジョンだってこと
を教えてもらわなかったら。僕も狂ってたかもね」

「えぐ……いー」

「でしょ?」

「あのさ」

楠守さんが、しゃらにも振った。

「御園さんも……見たの?」

両手で耳を塞いだしゃらが、目をぎゅうっと瞑って激しく首
を振った。

「見ちゃった。あんなの二度と見たくない。二度と!」

「どんな……」

「わたしね」

思い出したんだろう。
真っ青になったしゃらが、口を押さえた。

「潰れてたの。ぐちゃぐちゃに」

「ぎょええええええっ!?」

楠守さんは、もう逃げ出す態勢に入ってた。

「それだけ、その時のわたしの心がぐちゃぐちゃだったって
ことね。いっきに教えてもらわなかったら、わたしも狂って
たかも」

「ひええ……」

「あの鋏は、天有さん以外誰も使い切れないよ。鋏を打った
弥富さんのところにしゃらと一緒にお邪魔して、鋏を供養し
てもらったんだけど、その時に弥富さんが言ってたもん」

「……なんだって?」

しおんがおっかなびっくり聞いた。

「道具が持ち主選んじゃだめだってさ。逆でしょ?」

「だよねー」

ふう……。
供養が済んだということで、みんなの緊張が緩んだんだろう。
全員で肩をこきこき動かして解した。

「じゃあ、じいちゃんの鋏はもうなくなったってことね」

ちょっと寂しそうに、楠守さんが僕の顔を見る。

「いやあ」

「へ?」

僕としゃらはにやっと笑って、それぞれのバッグから鋏を出
した。

「天有さんの秀峯はなくなったけど、その地金を使って鋏を
打ってもらったの」

「ええーーっ!?」

二人が僕らの出した鋏を見て、目をまん丸くした。

「うわ、おっしゃれーっ!」

「すっごーい!!」

楠守さんのでかい声を聞きつけて、たしなめようと思ったん
だろう。糸井先生が僕らの卓に来た。
で、テーブルの上の剪定鋏を見て、ぴきっと固まった。

「んまあっ! 素晴らしい鋏ねえ!」

「ふふふ。でしょでしょ?」

しゃらは自慢げ。胸を張ってえへん顔をしてる。くす。

「これ、どうしたの?」

「秀峯の後継ぎです」

「あら!」

「僕のは、壊れてしまったので」

「鋏が?」

「はい。神事に使われたんです。その時に、刃が砕けて無く
なってしまって」

「ふうん……」

糸井先生は、神事ってなんだろうって顔をしてる。
でも、説明しようがないもんね。

「でも、鋏の地金は残っていたので」

「そっかあ。それから作ってもらったってことね?」

「そうですー」

「秀峯を打たれた刀匠さんのところで?」

「いや、弥富さんに餅は餅屋だって言われて。墨尾さんとい
う鋏専門の鍛冶屋さんで打っていただきました」

「ええーっ!? 墨尾さんの鋏ぃ!?」

弾かれたようにのけぞった糸井先生が、ばっとしゃらの鋏を
手に取った。

「うわ……すごいなあ。これ、一生ものよ。お華やってる人
なら、一度は使ってみたいと思う逸品だもの」

「はい!」

「墨尾さんの鋏は、安いものでも一丁数万からするから。し
かもレディメイドじゃなくて、オーダーものでしょ?」

「そうですー」

「いいなー……」

「墨尾さんに、宣伝しといてくれって言われましたけど?」

にへっ。
糸井先生が、心から嬉しそうな笑顔を見せた。

 


三年生編 第37話(9) [小説]

「弥富さんの本業は刀鍛冶なの。しかもご神刀を打ってたん
だ。普通の日本刀以上に、穢れがないの」

「じゃあ、秀峯も?」

「そう。鋏とはいえ、小さなご神刀だね」

「うわ……。でも、それがなんで呪われた鋏になっちゃった
の?」

「誰も使い切れなかったから。天有さん以外は誰も」

「……」

楠守さんが口をつぐんで、じっと僕を見る。
それからじわっと探りを入れてきた。

「じゃあ、工藤くんは?」

「使い切れなかったよ。僕だって危なかったんだ」

「ぎょえええええっ!?」

楠守さんとしおんが、大げさにのけぞった。

しゃらはあの時のことを思い出したのか、目を固く瞑ってい
やいやをした。

「思い出したくない」

「だよな……」

「ど、どゆこと?」

「秀峯は、どんなに切れるって言ってもただの剪定鋏さ」

「うん」

「でも、その刃」

「うん?」

「そこに心が映るの」

「!!!」

「元気で、何も悩みなんかない。そういう時には何も映らな
いし、映っても大したことじゃない」

「じゃあ……」

しおんが、こわごわ自分の足を見下ろした。

「そう。すごく悩んでる時とか、誰かに嫉妬したり恨みの感
情を持ってる時とか。鋏の刃はそれをめっちゃグロテスクに
歪めて、僕らに見せるの。秀峯の所有者だった人は、刃に
映った自分の醜さを突き付けられて、それに耐えられずにみ
んな狂っちゃったんだよ」

「うげ……」

「ううー」

楠守さんとしおんが、頭を抱えてテーブルの上に突っ伏した。

「ご神刀を持てるのは、心身に穢れのない人だけ。鋏であり
ながら、持ち主にその資質を要求したってことなんだろうね」

「そっか」

「悩みどっぷりの僕なんか、論外だよ」

「じゃあ……」

しおんがこわごわ僕を指差した。
なんで僕はセーフだったの……ってことでしょ?

「僕が無事だったのは、庭師じゃなかったから。僕には成功
願望なんて何もないもん」

「あっ! そういうことかあ」

しおんはそれで納得したみたい。
楠守さんには、まだぴんと来ないか。

「天有さんは、自分がビッグになろう、有名になろうなんて
ことはこれっぽっちも考えなかった。自分の作りたい庭を作
る。それに生涯こだわった……で、合ってる?」

逆に楠守さんに聞く。
楠守さんがすぱっと頷いた。

「うん! じいちゃんは、そういう人だったと思う」

「そういう人は、刃に何が映ろうが関係ないの。自分にどこ
までも忠実なんだもん。映るものと自分の心がイコールで
しょ?」

「うん。そうだよね」

「でも、未熟者があの鋏を持つと、鋏の力と自分の実力との
ズレに心が付いて行けなくなる。職人として成功するかどう
かはセンスと努力の問題で、鋏とは何も関係ないから」

僕は、山崎さんと阿部さんを指差した。
二人はノートを広げて、べったり会長に張り付いてる。
会長が熱心に説明していることを一言も書き漏らさないよう
にしようと、真剣そのものだ。

「山崎さんたちには、秀峯なんか必要ないってことさ」

「……」

じっと山崎さんたちを見るしおんと楠守さん。

「秀峯は何があっても絶対に穢れない。その切れ味が持ち主
によって左右されることはないの。だから、使いこなす資質
のある人が持たないと、まるっきり意味がないんだ。宝の持
ち腐れ。僕もそうだったってことね」

「で、鋏に人生を狂わされた持ち主の怨念、生き霊。それが
鋏に取り付いて、がんがん膨らんでいった。最後は、所有者
が庭師でなくても、誰かが持ってるだけで危なくなってたん
だ」

「ぎょえー……」

「こ、こわぁ」

「そういうのが全くない天有さんの鋏だったから、僕は無事
だったってわけ」

「じゃあ、他の二本が……」

「そう、世にも恐ろしい、呪われた鋏になっちゃったってこ
とね」

ぶるぶるぶるっ。
しおんと楠守さんが、震え上がった。

 



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三年生編 第37話(8) [小説]

僕としゃらのいる卓には楠守さんとしおんが同席。
二人は、お互いを不思議そうにじろじろ見合ってる。くす。

先制攻撃はしおんだった。

「ねえ、工藤くん。楠守さんとどこで会ったの?」

最初から、僕が接点だと思ってるあたりが。とほほ。
しゃらがにやにやしてる。

「市商のバザーよん」

僕でなく、楠守さんが答えた。
その後でぶつぶつ言われる。

「こいつさー、じいちゃんの名器を値切って、千円で強奪し
おってからに!」

どて。
ぶっこけるしおん。
横でしゃらが苦笑いしてる。

「強奪ぅ? 人聞きの悪い! 楠守さんのブースにはお客さ
んがだーれも来てなかったやん!」

「ぐぶー」

「うくく。会長と若槻さんが、全部買い占めたんよね」

しゃらがおもしろくてたまらんという表情で、思い返してい
る。

「わたしもなんか欲しいなーと思って、ブースに行ったら。
もう空っぽだったもん」

「わはははっ! そうだったなー」

しおんが突っ込んでくる。

「楠守さんとこ、何売ってたの?」

「じいちゃんの庭仕事の道具だよん。うちは誰もガーデニン
グに興味がないから、じいちゃんの残した遺品は捨てられる
とこだったの」

「うわ……」

「でも、工藤くんがお客さんを連れてきてくれて、みんな買
い取ってくれたん。死んだじいちゃんも喜んでるでしょ」

「じゃあ、工藤くんも何か買ったの?」

「……」

しゃらと顔を見合わせて。
大きく。一つ。溜息をつく。

「ふうううっ」

「??」

「秀峯っていう銘のある剪定鋏。作業用エプロン。小さな移
植ゴテ。で、千円」

「へー」

「その剪定鋏が……とんでもない曰く付きだったんだ」

「え?」

楠守さんが、ほけた。

「曰く付きって?」

「すごく切れる名器ってことは、あの場で会長が教えてくれ
たよね?」

「うん」

「それだけじゃ……なかったんだよ」

げんなり。

僕は両手を胸の前に揃えて、幽霊の真似をする。

「これもん」

「うっそおっ!」

楠守さんとしおんが二人揃ってのけぞる。
しゃらの顔も引きつってる。

「あの秀峯っていう銘のある鋏は、三本しか打たれてないの」

「うん」

「それが、唯来永助っていう庭師さんから三人のお弟子さん
に一本ずつ譲られた。楠守さんのおじいさん、佐伯天有さん
はその一人。そして、最後まで所有者のもとに残っていた鋏
は、佐伯さんのだけだったの」

「どしてー?」

「残りの二本は弟子に盗まれて、師匠の手を離れてしまった
んだ」

「あ、そうか。じいちゃんは弟子を取らなかったから」

「そう。最後まで手元に残ったわけ」

「ふうん……」

「でね」

「うん」

しおんと楠守さんが身を乗り出してくる。

「天有さん以外の二本は、呪われた鋏になっちゃったんだ」

「ぐげーーーーっ!!!」

どべっ!
楠守さんが椅子から転げ落ちた。

「う、うそー!」

「師匠のところから盗まれて以降、鋏の所有者がみんな変死
してるの。名器だけど、そっちでハクが付いちゃっちゃった
んだ」

「で、でもさ。じゃあ、なんでじいちゃんは……」

「鋏が、直接持ち主を呪ってるわけじゃないから」

「え?」

「みんな、結果しか見てないんだよね」

しゃらと顔を見合わせて、思わず苦笑する。

「秀峯っていう鋏は、弥富宗門っていう人が打ったの」

「うん」

「その人は、苦労を重ねてやっと唯来さんのリクエストを満
たす三本を作り上げた。鋏には弥富さんの執念がこもってる
の」

「その人の……怨念?」

「いや、逆」

「は?」

わけ分からんという顔で、楠守さんが首をひねった。