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てぃくる 225 ぽわん [てぃくる]


 夢から覚める瞬間は、落胆と安心の狭間だ。
 現実に戻れるという思いと、帰らなければならないのかと
いう思いの境界で、しばし佇む。

 つい先ほどまで身を投じていた理想の世界からいきなり引
き剥がされ、味気ない生活音と代わり映えのしない同じ視野
で埋め尽くされて。

 理想郷なんてものはそこに居れば理想でもなんでもなくな
ると、妙にニヒリスティックなセリフを自分に突き刺したり
しているうちに、夢は静かに退場する。

 夢を覚えているという人も、そのディテールまで完全に覚

えることは出来ない。それは理想と現実の奇妙な接合、そし

てそれぞれの残滓に過ぎず、記憶に残すほどの価値はないと

断されるから。

 だからこそ同じ夢は二度と見られず、見た夢の全てを実現
することも不可能なのだ。



hkt.jpg



 ぽわん。

 夢の糊跡を現実がきれいに拭き取るまでの、ほんの数秒。
その間こそが、もっとも幸福な時なのかもしれない。








じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりっ!!!


げーっ! ち、遅刻だあああああっ!!!


(^^;;




ミドリハカタカラクサ

もうちょいましな名前の付け方はないんかと思いますが。


一般にはトキワツユクサの名前で知られていますね。でも、
本物のトキワツユクサは、葉の裏が紫がかっているので区別
出来ます。

もともとは園芸植物でしたが、逸出してあちこちで野生化し
ています。
でもこいつら……種も出来ないのに、どうやって増え広がっ
ているんでしょう?


それは夢なんかではなく、現実のホラー。(^^;;






   咲く花と夢はなくとも釣り忍









Fly    by Nick Drake

 

 


ちょっといっぷく その134 [付記]

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

非常に長い第29話を、一か月近くに渡ってお送りしてまい
りました。

いかがでしたでしょうか? 


           −=*=−


一話としてはとても長いんですが、本編構成上の重みとして
はそれほどでもありません。同じように長尺になった新潟旅
行編とは全くカラーが違っていたかと思います。

カップルの成立にいっきとしゃらが立ち会うという点では共
通なんですが、新潟旅行編と違っていっきやしゃらには緊張
や悲壮感がないんです。会社見学ですから、むしろ物見遊山
の気分。ずっと気楽だったんですね。

だから、かんちゃんから爆弾発言が出るなんてことは予想だ
にしていなかったわけで。(^^;;
これで中沢先生が沈没していたら、最悪の思い出になったこ
とでしょう。

でも。
どこでどういうタイミングになるかはともかく。中沢先生は、
いずれこういう時が来ることは覚悟していたと思います。
あの場で言った通り、ですね。

それまでにいろいろあったから、二人ともものすごく慎重に
なっていただけで、互いに意思確認することは普通のカップ
ルがするのと何も変わりません。

決意を言葉にして、共に生きる覚悟を求めた。
変則ではありますが、それはかんちゃんのプロポーズであり、
中沢先生がそれを受諾した形になってるんです。

互いに傷持ちですから、障害を超えて進むには勇気と火事場
のくそ力が要ります。中沢先生は、土壇場でそれを振り絞っ
たということでしょう。
若干、アルコールの手伝いはあったと思いますが。(^m^)

中沢先生の八つ当たりのターゲットになったいっきは、めっ
ちゃ不愉快だったと思いますが。まあ、それはそれ。


           −=*=−


もう一つ、この長い第29話でどうしてもけりをつけておき
たかったのが、二年生編で中盤、後半の話をリードした中庭
の鎮護のお話なんです。

小野塚禁所縁起としてまとめたSSで、本編と併せて大体の
流れはお分かりかと思うんですが、わたしはまだ説明をつけ
ていないパーツをあえて残してあったんです。

そう、それが江平さんなんですよ。

小野塚禁所縁起の前後編で繋がっていなかった部分。それを
あえて残しておいたのは、こういうことだったんです。

長姫の系統(おぎちゃんの祖先)と小野塚稲荷の系統(生き
残りの巫女、そして三木兼親の妻)の交点は、いっきが推測
した通り、古(いにしえ)では古妖のようこであり、それが
現在また交わったということなんですよね。

そして片桐先輩のお母さんは、その交点が生じることを予測
していたということなのでしょう。
それは単純に好意を持った者同士の結婚ということに止まら
ず、江平さんが言ったように血(能力)を残すということに
繋がるからです。

文化遺産にしても歴史遺産にしても、ただ古いから貴重だか
ら残すということではなく、それが現在に至るまで数々の縁
を繋いできた交点になっているということ。わたしは、それ
を忘れたくありません。

物語全体から見れば、あくまでもスパイス的な位置付けの禁
所の話なんですが、人と人が出会い、繋がることの妙味をこ
の小説全体の柱の一つとしている以上、こうして縁の意味や
意義を改めて問うことも必要なんじゃないかなあと。
はい。(^^)


           −=*=−


このあとは、てぃくるをいくつか挟んで小ネタの第30話か
ら第33話までお送りし、その後しばらく(2〜3か月ほど)
お休みを頂戴します。在庫が心もとなくなってきたので、少
しお弁当を作らないと。(^^;;

夏休み前までの第70話まで書き溜めてあるんですが、受験
生の夏休みになるその後の期間は、いっきの心の動きを丁寧
に追いかけたいと思っています。

イベントで強引に引っ張る部分が少なくなるので、どうして
も筆が進みにくくなります。その分、しっかり時間をかけて
書きたいな、と。

お休み期間中はてぃくるで息抜きいたしますので、どうかお
付き合いください。(^^)




ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽に
コメントしてくださいませ。

でわでわ。(^^)/





sdn.jpg




「栴檀は双葉より芳し」

「セダンは豚箱よりまし」

「でも、おまえのは車じゃなくて、リアカーだろ?」

「勝手に略すな。リニアモーターカーだ」

「シニアもったいないか?」

「誰がシニアだ! この空耳野郎!」

「そら豆やろうか? くれ。茹でて食う」




  (^^;;




ええ。とことん平和でございますな。(^m^)


 


三年生編 第29話(28) [小説]

「たでーまー」

「あら、お帰り。どうだった?」」

「いやあ、濃ゆかったわ」

「飲まされたん?」

僕の顔を覗き込む母さん。

「んなこと出来るわけないっす。引率の先生が二人も付いて
るんだからさ。会社の人にも最初に釘刺されたし」

「だよねえ」

「でも、いっぱいお土産もらってきたよ」

「おお!」

母さん的には、土産話よりお酒の方がいいらしい。

「おいしそうなお酒、もらってきたの?」

「つーか、高校生に酒のおみやを持たせるわけないでしょ?」

「ぶー!」

ぶーじゃねえよ! ったく!

「じゃあ、なにー?」

途端に投げやりになる母さん。
そこまで露骨なのは、いかがなものかと思うぞ。

肩に掛けていたでかい布バッグを下ろして、中から次々とお
みやを出す。

「ああーーっ!! 粕漬けだあ! 白瓜! 茄子! 守口大
根!」

母さんが、ものすごい勢いでぶっ飛んできた。
こっくり飴色の漬け物を前に、漬け物大好きの母さんがよだ
れを垂らす。

「ぐえへへへっ。いっちゃん、でかしたあっ!」

「好きでしょ?」

「好き? とんでもない! 愛してます! 力いっぱい!」

父さんにすら言わないようなセリフをぺろっと吐くあたり。
なんだかなあ。

他にも酒粕、甘酒、塩麹と、料理に使える素材がたんまり。
母さんは喜色満面だった。

「うむうむ。やっぱり食品関係の会社はいいわよねえ。いっ
ちゃんも将来そういうところに就職しなさいよ」

「これだよ……」

付き合ってられんわ。ったく。


           −=*=−


その日の夕食。
テーブルの上には酒粕の匂いがぷーんと漂っていた。

山盛りの粕漬け。
そして、粕汁。

例によって、母さんがぽりぽりぽりぽりと音を立てながら粕
漬けを満喫している。
おいしそうに、嬉しそうに。

漬け物が苦手な実生は、そっちにはそっぽを向いてたけど、
父さんと同じで塩鮭を使った粕汁をおいしそうに食べてる。

「うーん、久しぶりに粕汁を食ったなあ。うまい!」

父さん、ご満悦だ。

「父さんは、昔から好きなん?」

「好きというか、俺がまだ小さかった頃はしょっちゅう食っ
てたような気がするんだよ。お袋の味って言うかさ」

「あ、そうか……。本当のお父さん、お母さんの方ね」

「そう。漁師だったからな。粕であらを炊いたのはよく出て
きたんだろう」

「はっきり覚えてないの?」

「うっすらとした記憶だけさ。養子に行ってからは粕汁なん
て食べる機会はなかったし。でも、この味は体が忘れてないっ
てことなんだろ」

「そっか……」

会長のところでパエリヤやサングリアを飲み食いして、懐か
しいって涙した母さん。父さんの記憶の味は粕汁かあ。
しゃらにとっては甘酒がそうなのかも。
それじゃ、僕の記憶の味は何になるのかなあ。

うん。
それは……特別の料理じゃないかも知れないね。
いつも母さんが手料理を作ってくれて、それを家族揃ってお
いしいおいしいって食べられること。

きっと、それが。
僕に刻まれる記憶の味になるんだろう。

「ちょ……お母さん! 食べ過ぎでしょ!」

実生が呆れたように指差した。

え?

ふと顔を上げたら。
ずーっと粕漬けを食べ続けていた母さんが、真っ赤に茹だっ
ていた。

ぽりぽりぽりぽり……。

「ど、どんだけ食べたんだ……」


           −=*=−


「ふうううっ……っと」

机から体を離して、大きく伸びをする。

中間試験の勉強の合間。
ふと、花酵母を分離したっていうセンパーベゴの花が脳裏に
浮かんだ。

夏の暑さに強くて、春早くから秋遅くまでながーく咲き続け
るたくましい花。
でも、ベゴニアの仲間はどっちかというと気難しい種類の方
が多い。
センパーベゴは、掛け合わせによって夏を生き抜く強さを獲
得していったんだろう。

そして、日本酒造りもコウジカビ、酵母、乳酸菌という微生
物の共同作業で成り立っていた。
それって、結婚みたいなものだよね?
お互いの良さが組み合わさることで、初めてお酒が出来る。
どれかがどれかを滅ぼしてしまうと、腐るだけ。

おぎちゃんと江平さん。
中沢先生とかんちゃん。
お酒の醸造は始まったばかりだ。
これから二人が組み合わさることでどんなお酒になるのかは、
まだ何も分からないんだろう。

僕としゃらは……どうなるんだろうなあ。

「ふう……」

でも。
僕らはそれを考える前に、もっと自分を磨かないとならない。
雑念を削って、心白を出して。
ちゃんと醸造に使えるようにね。

今は、まず試験だ!

「さて。もう一踏ん張りするか!」




begosenp.jpg
今日の花:ベゴニア・センパフローレンスBegonia x semparflorens-cultorum

 


三年生編 第29話(27) [小説]

僕がそんなことを考え込んでいたら、同じようにずっと考え
込んでいたしゃらに話し掛けられた。

「ねえ、いっき」

「ん?」

「さっきの江平さんの話さあ、二つの家系のもう一つの接点
て、何だと思う?」

「謎の答え、かい?」

「うん……」

「僕の勘だけど」

「うん」

「ようこしかいないと思うよ」

「!!」

「ようこが、おぎちゃんたちの舞いを見て泣いたのが、僕的
にはどうも解せなかったんだ。おぎちゃんが糸でようこの傷
を癒したことへの感謝からかなあと思ったんだけど、それに
しては……」

しゃらが、じっとその時のシーンを思い浮かべている。

「それよりなにより、それまでずっと寝てばっかのはずだっ
たようこが、どうして睡思宮のことを詳しく知っていたのか。
それが不思議だと思わない?」

「ああっ!」

しゃらがでかい声を出したから、慌ててその口に手を当てて
止める。

「しっ!」

「ご、ごめん」

うんうんうん。
しゃらが何度も頷く。

「つまり、ようこと睡思宮の巫女との間には、すでに何らか
の繋がりがあったんじゃないかと。それも、いい意味で」

「それで、かあ……」

「そう考えると、中庭での封鎖儀式をようこが手伝ってくれ
た理由も変わってくるんだよね」

「どゆこと?」

「僕らや片桐先輩たちを守るためではなく、巫女の子孫であ
るおぎちゃんを守るため……だったんじゃないかなあって」

「うわ……」

「そして、平舞い奉納の時は、おぎちゃんが睡思宮の巫女と
して、ようこが関わっていた時と同じ衣装とお囃子で同じ舞
いを見せた。ようこは……それが嬉しかったんじゃないかと
思う」

「そっか……でもようこと江平さんとの関係は?」

「そっちは分かんないけど」

「うん」

「小野塚稲荷の最後の巫女とようことの間で、やっぱり何か
あったんじゃない? ようこはずっと小野塚稲荷にいたんだ
し」

「ええーっ!?」

ばしっ!
しゃらの口に平手を飛ばす。
目を白黒させるしゃら。

「だから大声出すなってっ! しーっ!」

「ご、ごめん……」

「もちろん、どっちも僕の単なる思い付きだよ。何の根拠も
ない」

「……」

「でも、ようこのことは僕らしか知らないし。それはずっと
謎のままでいいと思わん?」

しゃらが、こそっと笑った。

「ふふ……そうよね」

ぐんと一度背伸びをしたしゃらは、ほっと息を吐いてから、
ぶつぶつ愚痴った。

「に、してもさあ」

「うん?」

悔しそうなしゃらが、べったり熱々のかんちゃんと中沢先生
のカップルを指差した。

「この前まで、わたしたちもああ出来てたのにさあ……」

くそぉ! 忌々しい校則だ!
しゃらがそんな風にぷうっと膨れた。

「ははは。まあ、残り一年もないよ。その後はなんの制限も
なくなるんだし」

「そうだけどさあ……」

腕も組めなくなったっていうのが、しゃら的にはどうにも不
満なんだろう。
僕に伸ばせなくなった手があっちうろうろ、こっちうろうろ。

くす。

「ま、中間試験のことでも考えようや。もうあさってだし」

ぐしゃ。
しゃらが……べっこり陥没した。

 


三年生編 第29話(26) [小説]

「濃ゆいー……」

単なる会社見学のはずが、ここまでどっぷり濃厚になるとは
予想もしていなかった。

帰りの電車の中では、僕もしゃらも完全に放心状態。
ぼけーっとしてる僕らをよそに、中沢先生とかんちゃんはべっ
たり寄り添って、完全にラブラブモードに入っていた。
来る時の、あのぎごちない雰囲気なんかどこへやら、だ。
お酒なら、淡麗辛口から濃醇甘口へって感じ。

まあ……そうだよね。

慎重さを崩さなかったかんちゃんの姿勢は、中沢先生的には
安心は出来ても引力が弱い。
せっかくかんちゃんをゲットしたと思ったのに、そのかんちゃ
んの態度がどうにもこうにも煮え切らない。

出会いの時から全く進んでないわけじゃなくて、五条さんの
結婚式の時とか、彼岸花デートの時とか、仲を進めるステッ
プはいくつか踏んできてる。

それでも、ロケットみたいにどかあんとは行かなかったんだ。

その間に……。
五条さんとタカ、そして今度はおぎちゃんと江平さん。
自分より後発のはずだったカップルが、自分を置いてどんど
んまとまっていってしまう。
人は人、自分は自分と言っても、内心焦りがあったのかも知
れない。

かんちゃんが自分をどう思っているのか、どこまで仲を進め
ようと考えているのか。
かんちゃんからはっきりした言葉や態度が出てこなくて、中
沢先生は内心じりじりしていたんだろう。

でも中沢先生は、これまで恋愛関係では何度も失敗してるっ
て、自分で言ってる。それに懲りて腰が引けてたんだ。
だから、理性をかなぐり捨ててどうなのよってかんちゃんに
ぐいぐい迫る勇気が出なかった。

もしそれでだめになっちゃったらっていう怖じ気の方が強かっ
たんだろうなあ。
中沢先生ってば、見かけよりずっとヘタレだし。

それにしても。
みんなの前で爆弾どかあんていうかんちゃんのギャンブルは、
あまりにもハイリスクでヤバかったと思う。
まじであの時は冷や汗が出たよ。

「……」

今日かんちゃんがみんなの前で話したこと。
それは、何があっても先生を守るとか、愛情は絶対に変えな
いとか、そんな力強い言葉じゃなかった。

いや、むしろ逆だよね。
二人の抱えてるネガティブ要素が強すぎる。ハンデが大き過
ぎて踏み込めない。こんなんじゃ続かないよ。無理無理。

……聞きようによっては、残酷で絶望的な言い方だったんだ。

もし中沢先生がそれに強いショックを受けて、僕と激突した
時みたいに完全にへたってしまったら……。
ぞっとする。

「ふうっ……」

でも、かんちゃんは今のままじゃだめって言っただけ。
先生が現状維持から動かないなら、僕も前に進めないよ。
先生に向かって、はっきりそう言っただけなんだ。

これまでのことは変えられないけど、これからのことはちゃ
んと半々に持って欲しい。
かんちゃんのリクエストはそれだけ。
そして、先生もかんちゃんに同じリクエストをした。

『私の中に入れたげるから、ちゃんと入ってきて!』

二人ともこれまでの失敗で腰が引けていて、どうしても越せ
なかった過去の傷の壁。それを二人が口に出して、越えた。
いや、まだ越えてないね。越える決意をした。
僕らの前で話したってことは、もう下がらないと宣言したっ
てことだ。

それは……とてつもなく大きいと思う。

 



共通テーマ:趣味・カルチャー

てぃくる 224 動く [てぃくる]



動けぬと動かぬは違う。
儂はそうそう動かぬが、動けぬわけではない。

儂があくせく動けば地が裂ける。
民草を徒らに困らせてしまうからの。
だから動かぬのじゃ。




agt.jpg



儂が動かなければ。
お主らは儂が動けぬと思うのであろう。
それはお主らが動く己と比べるからよ。

確かに。
儂らは大きく急くようには動かぬ。
だがゆっくりと僅かずつ動いておる。

せわしないお主らが気付かぬだけじゃ。







県神社の御神木。
大榎です。見事ですね。






  歯を立てて空を噛むなり山青葉







aob.jpg








Time To Move On  by Tom Petty And The Heartbreakers

 

 


三年生編 第29話(25) [小説]

信じられないというようにゆっくり首を振った中沢先生が、
ふうっと溜息をついた。

「恐ろしいほど深い縁だな」

「確かに、運命的なものを感じます。僕とけいちゃんの出会
いが、偶然なんかじゃなくて必然だったんじゃないかってね。
ただ……」

江平さんの話は、そこで終わらなかった。

「僕が中庭に伺った時には、すでにけいちゃんが関わった儀
式は終わっていました。その後で僕が中庭に行く必要は、特
にないんですよ」

「それなのに、僕はそこにいて当然だという感覚が拭い去れ
ない。そこがまだ自分で納得出来ないんです。本当に、けい
ちゃんと出会うためだけにあそこに行ったのかなあと……」

おぎちゃんが、じっと考え込んでいる。

「僕が、小野塚と何の関わりもない人間なら単なる偶然だと
思うんでしょうけど、さっき言ったように決してそうではな
いので……」

「同じように、睡思宮は本来夢魔封じを生業とする宮でした。
忌み地の鎮護とは何も関係がない。それは、本来僕の家系で
受け持たなければいけないことです。でも、僕はそれには一
切関わったことがありません」

「ああ、確かにそうだね」

中沢先生がテーブルの上に指で何かを書いて、それをなぞっ
てはうなってる。

「ううーん……。錯綜してる。深く関わっているようで、実
は接点がないのか」

「でしょう?」

江平さんが、僕らをぐるりと見回す。

「つまり、僕とけいちゃん、小野塚稲荷と睡思宮を繋ぐ接点
が、忌み地以外に何かある。そう考えざるを得ないんです」

「ほう。なるほどなあ」

笠原さんが、顔をほころばせた。

「でも、その謎はここで解いたんじゃおもしろくないだろ?」

そう振られた江平さんは、屈託なく笑った。

「はははっ! そうですね。伝統芸能は、こういう民話や伝
説とも密接に繋がっています。自分の関わった奇譚も活動の
ネタにして、これからもっと充実させていきたいですね」

「ふふふ。そうよね」

おぎちゃんは、ぐいっと胸を張った。

「片桐さんから自分の受け継いだ能力のことを聞かされても、
私は今いちぴんと来なかったんだけど。今のカズの話はとっ
てもおもしろいわ」

「ああ」

「まだ、謎が解けてないってところが、ね」

「だろ?」

「うん!」

江平さんが、にっこり笑った。

「出会って半年とちょっと。それで二人で生きることを決め
て、来月から歩き出しますけど。僕ら二人でどう生きるかも、
まだまだ謎ばかりですよ」

「うむ」

「僕らも長姫や稲荷社の巫女と同じように、何かを伝え、遺
すということに挑みます。酒造も伝統芸能も。そして、僕ら
自身の血もね」

「本当に。楽しみです」

江平さんは、そう言って目を細めた。

 


三年生編 第29話(24) [小説]

「つまり、ある時期を境に稲荷社の神職が不在になり、忌み
地の鎮護役が消えた。それでも、忌み地の禁足が厳密に守ら
れ、鎮護されてきたとすれば……」

うん。

「神職の家系が断絶してしまったので、その責務を誰かが肩
代わりした。そう考えるのが自然かなと思うんです」

なるほど。

「そして識字率の低い郡部では書物での記録が残りにくいは
ずなのに、当時としては珍しく神職が絶えた原因についても
書き残されていました」

「何があったんですか?」

かんちゃんが、興味深そうに尋ねた。

「はい。それは後ほど説明しますが、実はその出来事が僕の
祖先とつながっていたんですよ」

おおおーーっ!
みんな、一斉に驚いた。
おぎちゃんにとっても初耳だったみたいで、ぱっくり口を開
けて絶句してる。

すげえなあ……。
それってもう、ロマンとかいうレベルじゃないよね。

「最初に、うちの先祖が神社の警護に携わっていたと言いま
したが、よーく調べてみるとそうじゃなかったんです」

「え? 違うんですか?」

「先ほど言った、小野塚稲荷の最後の神職は巫女。女性でし
た。その巫女を、僕の先祖が娶っている。つまり、巫女が僕
の先祖の庇護下に入ったということですね」

「それが、表現として『社を護る者』というニュアンスに変
わったようです。僕の先祖の姓は、本来は三木。三木兼親と
いう武将らしいんですが、弓の名手で、字名(あざな)が箙
だった。それがいつの間にか姓と入れ替わってしまった」

「そんなことがありうるんですか?」

中沢先生が、首を傾げる。
地位があり、それを長く継いできた家なら姓が変わることな
んてありえないはず。そう思ったんだろう。
僕も、そこがどうも……。

「さあ、むかーしむかしのことですから、姓がなぜ変わった
のかはよく分からないです。でも」

白板に向かった江平さんは、さらさらと何かを書き出した。

「三木兼親という武将は、殿様ではなく、単なる家来です。
主君は久保直義という武将で、かつて小野塚の領主だったこ
とがあり、その時に忌み地で起きた騒動に関わっています」

「騒動……ですか」

「はい。それが、先ほど言った神職が絶えた出来事に当たり
ます」

江平さんの言葉に、全員身をぐぐっと乗り出した。

「忌み地の鎮護を担っていた小野塚稲荷が夜盗に襲われたこ
とがあり、その時に、神主とその息子が惨殺されています。
神主の娘だった巫女だけが生き残ったんです」

げえ……。

「領主の久保直義は、兵を挙げてその盗賊を掃討してるんで
すよ」

あ。
盗賊の話は、前に光輪さんに聞いたな。
稲荷山は、かつて盗賊の巣だって言ってたっけ。

「江平さん。退治された盗賊の根城の跡が、今はお寺になっ
ていますよね?」

「はい。確かにそう書いてありました」

やっぱり。

「その時に、相当ショッキングなことが忌み地で起こったん
でしょうね。事件に遭遇した久保直義は、盗賊に襲われて神
職不在になってしまった社をなんとかしないと、忌み地に由
来する災いが抑えられないと考えたんでしょう」

「でも、鎮護を担うべき稲荷社の男が絶えてしまい、やむな
く久保家の菩提寺である源草寺の高僧を招いて、鎮護を肩代
わりさせたんです。でもね……」

江平さんが、ぐるっと僕らを見回した。

「いきなり知らない土地の祟り神の抑えをやれと言われても、
たぶん誰も出来ませんよ。在の人じゃないんですから」

「そうだよなー」

「うん」

「たぶん、三木兼親の妻になった巫女が、鎮護のツボを知っ
ていたんでしょう。儀式は男にしか出来ないから、自らが儀
式を行うことは出来ないけど、鎮護の方法だけは親から教え
られていた。もし一族の男に何かあれば、おまえがその方法
を子孫に伝えよと言われて」

「源草寺の坊さんは、巫女と村人から鎮護儀式の中身を教え
てもらい、村に呼ばれた時に披露していただけだと思います。
ただ、村人や巫女以外に忌み地の恐ろしさを知る外部の者を
確保することで、忌み地の鎮護を絶やさないようにという配
慮があったのかもしれません」

「つまり、小野塚稲荷の神職の血も、三木家そしてそれが転
じた江平家の筋として、ずっと残ってきたということなんで
す」

うーん……。

「あのう、江平さん」

「なんでしょう?」

「江平さんは代々続く古い家柄で、しかも田貫市にはお住ま
いじゃないんですよね?」

「そうです。僕の祖先にあたる三木兼親は、領主の久保直義
の転封に伴って小野塚を離れているんですよ」

「あっ!!」

それで……か。

「当然、小野塚稲荷の巫女だった兼親の奥さんも、夫に付い
てここを離れています。先ほど僕が言った、巫女から僧侶へ
鎮護のツボが伝えられたのではという推測も、そこから来て
います」

「すげえ! 納得です!」

「つまり」

白板の方を向いた江平さんが、それを指でこつんと叩いた。

「僕の家もけいちゃんの家も、むかーしむかしに特殊な技能
を持つ社の巫女が始祖になってるというところが、共通なん
です」

 


三年生編 第29話(23) [小説]

納得! そうだ、そうだ。
おぎちゃんにしか作り出せない糸。
ようこが言ってたように、あれは睡思宮の巫女にしか作り出
せないんだった。

「そうか……」

「長姫は、記録だけではなく、血を遺さないとならなかった
んですよ」

そこまで一気に語った江平さんは、おぎちゃんをじっと見つ
めた。

「学園祭の時に、けいちゃんから中庭で不思議なことがあっ
たと伺いました。けいちゃん自身には肝心な部分の記憶がな
いけど、もう一種類の舞いを事前奉納してる、と」

「そうなの。荒舞いね」

おぎちゃんが頷く。

「荒舞いは、夢魔封じのための舞い。中庭で呪法が行われた
ということです」

「それは、睡思宮の巫女の能力がないと出来ないこと。つま
り、けいちゃんに巫女の能力が備わっていないと成り立ちま
せん」

そう。
羅刹門の亀裂封鎖は、おぎちゃんの『糸』が鍵だったから。

ふうっと大きく息を吐き出して、江平さんが続きを言った。

「と言うことは、けいちゃんが長姫の末裔だってことなんで
すよ」

「じゃあ、荻尾先生の家系は、長姫が起点ということなんで
すね」

「僕はそう思ってます」

「ひええ……」

「まさにロマンですね」

うーむ……。

「ただ、それだけなら僕もおもしろいなあで終わったんです
けど」

「ええ」

「僕は、演奏でそちらに伺った時に、イベント担当の千賀さ
んという生徒さんから気になることを聞かされました」

え? なんだろ?

「僕はてっきり、睡思宮で行われていた奉納舞の復元だけだ
と思っていたんです。でも千賀さんは、違うって言った。舞
いを奉じる先は、田貫市内にある小野塚稲荷という神社の神
様だ、と。先ほど御薗さんが、ご近所にあると言われました
よね?」

「はい!」

「どうも、性質の全く異なる二つの社を同時に祀るっていう
のはぴんと来ない。睡思宮は、女神を祀る呪術主体の実践的
な社。かつての所在地も田貫市からは100キロ以上離れて
います。そして、稲荷社は神狐を祀った庶民の信仰の対象で
す」

「二つのお社は、規模も立地も主神も、まるっきり異なるん
ですよ」

「小野塚稲荷の奉納舞が絶えているなら、その復元がまず先
にあるべき。それなのに、なぜ縁もゆかりもない睡思宮の奉
納舞が、そこに突然出て来るのか」

「……」

「おかしいなあと思ったので、帰ってからすぐ小野塚稲荷に
ついても郷土史や古文書類を調べてみたんです」

「何か分かったんですか?」

「はい」

江平さんの顔から笑顔が消えた。
声がぐんと低くなる。

「田貫第一高校の立地している辺りは、昔から極めて恐ろし
い忌み地として長い間厳しい禁足令が敷かれていたというこ
と。そして、小野塚稲荷はかつては稲荷社ではなかったとい
うこと。それが分かりました」

「えええーーっ!?」

血の気が……引いた。

「あそこは……稲荷社じゃなかったんですか?」

「はい。今でこそ田貫市は首都圏の郊外都市として発達して
いますけど、数百年前は農地すらまばらにしかない荒地に近
いところでした。神職を置くに足る充分な生産基盤がなかっ
たんですよ」

「じゃあ……なんで? なんで、そんなところに神社が?」

「そこは、かつては神社ですらなかったんでしょう。忌み地
にはいわゆる祟り神がおわし、村にはそれを鎮める専門職が
いた。稲荷社になる前は、忌み地鎮護を担う土着宗教の拠点
だったんじゃないかと」

「……」

「世の中が中央集権制度で動くようになり、地方もそれに組
み入れられるようになりました。その村にも外から為政者が
来て、神道や仏教を持ち込んだ。土着宗教は、それらと混じっ
たか、入れ替わったんだと思います。そこで初めて稲荷社に
なった」

「うわ……」

そんなこと……まるっきり知らなかったよ。ひええ……。

「でも、祟り神を抑え込む役割の人はどうしても必要で、そ
れが稲荷社の神職に鞍替えした。そういうことのようですね」

「なるほどー」

江平さんは、そこでもう一度居住まいを正した。

「しかし小野塚稲荷は、ある時期以降ずっと神職不在の状態
が続いています。今も、常在している神主さんはおられませ
んよね?」

しゃらがすぐに答えた。

「はい。お正月とか、お祭りの時に他から呼ぶみたいです」

「ですよね? 僕のところと同じで、普段は氏子さんが無人
の社を支える。ずっとそうやってきたということです。でも
ね」

江平さんの表情が険しくなった。

「それじゃあ、忌み地の鎮護はどうなったのか。気になりま
せん?」

僕らは顔を見合わせた。
確かにそうだ。

 



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三年生編 第29話(22) [小説]

笠原さんや江平さん、おぎちゃんは、かんちゃんの過去を聞
いて、本当に驚いたと思う。

でも、かんちゃんには粗暴なところ、尖ったところがどこに
もない。
会話での受け答えも穏やかで丁寧だし、偏屈なところもない。
人当たりが本当に柔らかいんだよね。
むしろ、中沢先生の方がずっと癖が強い。

そういうのを見れば、かんちゃんが犯してしまった罪に事情
があったってことは分かると思う。

泣き崩れていた中沢先生が落ち着いたところで、江平さんが
予想外の話を始めた。

「それにしても。いろんな縁というのがあるんですね」

ほんに、ほんに。

「桧口さんと中沢さんの出会いも劇的なんでしょうけど、僕
とけいちゃんのも、とても不思議なんですよ」

え? どこがだろ?

「先ほど言ったように、僕の家系は長いこと神社のサポーター
を務めていますが、もっと遡ると先祖は神社の警護役だった
ようなんです」

江平さんが、白板にきゅっきゅっと何かを書いた。

 『江平 = 箙』

「昔は、今の字ではなく、一文字で『えびら』だったようで
す。箙というのは、矢を入れる筒のこと。つまり、囃子方を
担う以前から、ずーっと神社のサポーターだったってことな
んです」

「うわ……」

「そして、けいちゃんのところは、うちに負けず劣らずの旧
家。少なくとも数百年は遡れる。うちもけいちゃんのところ
も、経済的にはとっくに没落していますので、家系が残って
るというだけではあるんですけどね」

へえー、世が世ならってことなのかなあ。

「不思議っていうのは、接点がないはずの二つの家系に、一
つだけ共通点があったってことなんです」

ええええーーーっ!?

会議室にいた全員が、びっくり仰天。

「昨年岡辺さんからお話をいただいた時、どこのお囃子を演
奏すればいいかを伺ったんです。岡辺さんの返事は、現存し
ないお社だから、お囃子も残っていないというものでした。
それを創作して欲しいと」

「僕は演奏は出来ますが、作曲家ではないので、困っちゃっ
てね」

江平さんが、頭をこんこんと叩いた。

「資料を漁れないかなあと思って、お社の名前を伺ったんで
す。それが、睡思宮。調べてみたら、五百年ほど前に焼失し
たまま、再建されずに消えたお社だと判明しました」

へえー……。

「でも、それが分かるっていうのは、とても異例のことなん
ですよ」

「えっと……どうしてですか?」

「地方の小さな社が消えたところで、普通は記録なぞ一切残
りません。それは今も昔も同じです」

あ!
僕としゃらは顔を見合わせた。

「ところが、僕は睡思宮の詳細を古文書から探ることが出来
た。舞いの指導をなさった片桐さんが入手された資料も同様
でしょう。先ほど言ったように、それはとても異例のことな
んです」

「消えた社の記録が、しっかりと書き残されていたっていう
ことですか?」

僕が聞き返すと、江平さんは即座に頷いた。

「そうです。つまり、宮は決して小さな末社ではなく、それ
なりに規模があり、そこに祀られていたもの、もしくはそこ
での神事に重要な意味があったということなんです」

江平さんは、そこでぐいっと姿勢を正した。

「睡思宮が夢魔封じの神事を行っていたこと。それに専門に
携わる巫女の集団がいたということ。資料には、儀式の細部
も含めて、それらが詳細に書き残されていました。その中に
お囃子の調子に関してもきちんと記載があったんです」

「ええーーっ!?」

「うっそおっ!」

しゃらと二人で興奮して立ち上がってしまった。

「じゃ、じゃあ、去年中庭で演奏してくださったお囃子は、
創作じゃなくて睡思宮の正式なお囃子だったんですか!?」

「そうです」

がびー……ん。
知らんかったあ。

「もちろん、鐘、太鼓の鳴り物がありませんので、岡辺さん
にはそれを出来るだけ正確に再現して欲しいとお願いしまし
た」

「あ! それで、とても変わった演奏法だったんですねー」

しゃらが、目をまん丸にして思い返してる。
僕もびっくり仰天だよー。そっかー。

「そうです。ああいうのはプロじゃないと無理ですね。さす
がは岡辺さんです」

にっこり笑った江平さんが、話を続けた。

「衣装も極めてきらびやかで本格的でしたし、きっと最盛期
には大勢の巫女を抱えて賑わっていたんでしょう。その巫女
の一人が夢魔封じの呪法をきちんと記録し、残そうとした。
それが現在に至るまで残っていたと、そういうことなんです」

「うわ……」

「その記録に最後に登場した巫女。たぶん、睡思宮の最後の
巫女になったんだと思いますけど、それが長姫」

「おさひめ、ですか」

「はい。つまり宮の衰退をずっと見てきて、自分が最後になっ
た。僕と同じです」

「あっ!」

ばんばんばんっ!
思わず興奮して机を叩いちゃった。

「す、すげえ……」

「そして長姫は、僕と同じようになんとかその神事の手順を
後世に残そうと苦心したんでしょう」

「でもぉ」

しゃらが首を傾げた。

「書物が残せたなら、もうそれでいいんじゃ……」

「そうは行かないんですよ」

「え?」

「宮での夢魔封じの鍵になるのは、特殊な能力を持つ巫女で
す」