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今年もお世話になりました [付記]


もう大晦日ですね。
一年過ぎるのが、本当に早いなあと思ってしまいます。
あれもやんなきゃ、これもしなきゃとばたばたしている間に、
あっという間に過ぎてしまったという感じです。(^^;;



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(キュウリグサ)



今年は、二年生編が終わって、三年生編がスタートした節目
の年になりました。
小説のアップを始めてからほぼ五年経ち、おいおいまだ続く
のかよという感じですが、先が見えるところまで到達してお
りません。(^^;;

それでも最終パートの三年生編に入ったことで、今後は徐々
にエンディングに向けて話を醸成させていく作業をすること
になりそうです。

本館の方にも書いたのですが、今年は本館の執筆にかなりの
時間を割きました。

めぇめぇ戦記が久しぶりにがっつり書き込んだ中編(四百字
詰めで八百枚弱)になったのと、みさちゃんの長い番外編を
二つ書いたので、別館のこちらは少しペースを落としました。
各話の間に適宜てぃくるやSSを挟んでペースを調整しまし
たが、来年もそうしようと思っています。



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(サイネリア)



本編の内容についてちょっとだけ。
本年は、いっきが受験生になる準備を始めた二年生三月の分
と、三年になってすぐのパートのアップで一年使ったことに
なりました。

二年生編最後の部分は、矢野さんのこともフェアウエルパー
ティーのことも含めて、いっきに覚悟を迫る内容だったんじゃ
ないかなあと。

いつまでも守られる立場にいるんじゃなく、打って出て自分
を鍛えなさい。
巴伯母さんや中沢先生のどやしは、基本的には同じです。

そして、その重要性を一番知っているのはいっき自身なわけ
で、三年生編に入ってすぐの沢渡校長との正面衝突では、見
事に打って出ました。

性急で雑なところがあったにせよ、いっきは一連の行動をプ
ロジェクトやしゃらを守るためだけじゃなく、自分を鍛える
ための試練だと捉えていたはずです。

ただ。

それが強い推進力になっていっきを押し上げた反面、いっき
の大きな長所であった気配りや優しさが少しだけ鈍磨しまし
た。それがちょっと気になるところですね。(^^;;

何もかもバランスが取れてるなんてことは決してないわけで。
あっちでごつんこっちでこてんと、ぶつかり、ひっくり返り
ながら、それでも階段はちゃんと上がってる。
そんな感じだったんじゃないかと。


           −=*=−


SSも、サブキャラの中では若干筋からハズレている人を取
り上げて長めの話をいくつか組みました。
主要なサブキャラでない分、本編の息抜きとしては気軽に読
んでもらえたんじゃないかなあと思います。
# 特に羽生さんと美琴さんのはね。(^_-)☆

SSのネタに出来そうな人がだいぶ少なくなって来ましたが、
書けるうちはまだ続けようと思っています。(^^)




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(エピデンドルム)




本年も、スローペースのロングラン更新に辛抱強く付き合っ
てくださったたくさんの方々に、主人公のいっき、しゃらと
もども心より御礼申し上げます。

年が改まりましても、旧年と変わらぬご愛顧のほどをどうぞ
宜しく御願い致します。m(_"_)m



               筆者敬白








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(オオイヌノフグリ)








  旧年の諸事をかしめて除夜の鐘









Celeste  by Norma Winstone

 


てぃくる 198 晴れ晴れと [てぃくる]



どこまでが / いきていて

どこからが / いきてないのか

ぼくらには / わからないけど

でもぼくらは / ここにいて

かさこそと / そらをみてる



そらは / あおいけど

ぼくは / みどりじゃなくなった

でも / そらだって

いろんないろに / かわるだろ?



ぼくらだって / かわるのさ

ただそれだけの / ことなんだ




ksu.jpg




ぼくらは / かれている

はればれと / かれているんだ








カラスウリも、すっかり枯れ果てました。
今は、地下で芋が眠りについていることでしょう。

根絶の難しい厄介な雑草であることは確かですが、花も実も美
しく、地下の芋からでんぷん(天花粉)を取ることも出来ます。
有用度から言ったら、ヤブガラシよりはるかにましなような気
がします。(^^;;

でも、どこもかしこも苦くて不食のカラスウリと違い、ヤブガ
ラシは……。






  食えるんです! (^m^)








  年を経て 枯れる人無し
  枯れるは 即ち往ぬるなればこそ
  生(しょう)あらば 枯れることなく
  枯れて見せるは 生を欺く愚行也








Fields of Gold  by Eva Cassidy

 


ちょっといっぷく その127 [付記]

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

美琴さんのSSはいかがでしたでしょうか。

以前レンさんのSSをお届けした時には、過去を丁寧に辿る
というやり方で、レンさんの抱えている様々な問題点をあぶ
り出すことに重点を起きました。
その分、華やかなはずのクリスマスが、ずっしり重く切ない
感じになってしまいまして。(^^;;

美琴さんのキャラは、レンさんと違って恐ろしいほどストレー
トですから、だらだらと過去描写すると実態に合わなくなり
ます。
なので、短い期間にイベントとアクシデントを放り込んで、
美琴さんの反応と行動を書き連ねていくというやり方にしま
した。

回想ベースの他のSSとは、だいぶ雰囲気が違っていたんじゃ
ないかと思います。


           −=*=−


自我が自己表現と一致すること。
理想ではあるんですが、現実にはそうなりませんよね。

自分を丸ごと突っ込めばごった煮になってしまいますし、か
と言って優れている部分だけ抽出しようとすれば、取り除け
ない不純物がざわざわ騒いで表現の足を引っ張ります。

そういう自我(エゴ)と表現との乖離や二重性を、『歌姫』
というキーワードで象徴させてみたというのが、このお話な
んです。

美琴さんの歌姫は、自分の中の純粋な歌心。
それがそのまま口から歌として出せれば、歌姫イコール美琴
さんなんですよ。でも、どうしてもそれが一致しません。

自分の技量の限界、歌への執着を含めた精神的軋轢、自分を
周囲と調和させるための配慮……いろいろな要素が表現の足
を引っ張り、歌姫は自由に動けません。

アヴェマリアを歌った時だけは、美琴さんの意識を縛る要素
がすごく少なかった。
美琴さんは、それを『歌姫の解放』と表現したんですよ。

美琴さんはとてもストレートなキャラなんですが、表現者と
してもストレートというわけではありません。
このSSを通じて、そういうズレがあるんだということを感
じ取っていただければ、わたしとしては筆を執った甲斐があっ
たかなあと。

自我と表現のズレは、美琴さんだけでなく他の主要な登場者
にも共通してありました。

ひょうひょうとした、さばけた店長は、実は鬼の求道者。
ひょうきんで軽く見える千賀さん(ちっか)は、実はすごい
頑張り屋。
そして、サポートに甘んじているように見えた大山、沢田の
コンビは、穏やかな姿勢の奥にはっきり自己主張を持ってい
ました。

そういうズレを完全に解消して、自己表現における理想と現
実を一致させることは誰にも出来ないかと。
出来ない以上は、どこかに現実的な落としどころを探すしか
ないんですよね。

音楽との付き合い方以前に、自分をどのように表現するかと
いうもっと根源のところで、これだと決めつけずにいつも白
地を確保しておいた方がいい。

店長が主張し、美琴さんが納得したそういう姿勢は、わたし
にとっても努力目標なんです。(^^)


           −=*=−


さて。
年末年始は、ご挨拶の後をしばらくてぃくるで繋ぎ、もう一
度いっぷくをかましてから、本編に戻ります。

ちょいと間延びしますがご容赦ください。(^^;;




ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽に
コメントしてくださいませ。

でわでわ。(^^)/






sso.jpg





「君はどんな思想を持ってるの?」

「いや、俺、しそそのものだし」




  (^^;;




穂紫蘇も、使えるところがなくなりました。
あとは、いっぱい種をこぼしてね。(^^)

 

 


【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十八) [SS]


クリコンの余韻が静かに消えて。
今日は、年内最後の営業日だ。

音楽教室のスケジュールが組まれてない分、お客さんの出入
りは少なめで、わたしたちはいつもよりちょっとだけのんび
りムード。

店長は、在庫処分で空いたエレピのスペースにパイプ椅子を
置いて、展示してあったクラギの弦を張り替えてる。
お客さんがいなければ、そのまま演奏を始めちゃいそうなノ
リだ。でも自重して、鼻歌で済ませてる。

「ふんふんふん、ふふーん、ふふん、ふふふん……」

頭の中で演奏してるのは、バッハのパルティータかな。





Bach Partita No. 1 BWV 825




そうなんだよねー。

店長は、プロギタリストとしての道を諦めてからもギターを
捨ててない。
今でもそこそこ弾けるってことは、忘れない程度には練習し
てるんだろう。
でも、もうちょい突っ込むのか、もっと引くのか。
そこをあえて決めてないんだ。

音楽への向き合い方に余裕と自由度を持たせることで、人に
もそうしたらって勧めることが出来る。
わたしが店長を見てていいなあと思うのは、お勧めを自ら実
践してるとこなんだよね。

隠れた凄腕を自慢するでもなく、挫折の黒歴史を苦く吐き出
すでもなく、今の自分が関われる範囲の音世界をとても大事
にしてる。

店長を見てて、わたしもそういう生き方がいいなーと思うよ
うになった。

だから、わたしはもう歌わない。
声楽家としては、ね。

好きな歌を、好きな時に、好きなリズムと調で、好きなよう
に歌おう。
そうしたら、べらんめえなわたしでもいつかは新しい歌姫に
なれる時が来るんじゃないかなあ。

「佐竹さーん! お客さんが試奏用のサックス吹き比べたいっ
て言ってるから、試奏室開けたげてー」

レジの後ろでほけてたわたしは、串田さんの声で我に返った。
お、いかんいかん。仕事、仕事!

「はあい!」

くすくすくすっ。

「へ?」

がばっと立ち上がったわたしの耳元で小さな笑い声が聞こえ
て、慌てて周囲を見回した。
でも、誰もいない。

うん。
笑ったのはきっと、羽が生えて飛んで行ったわたしの歌姫な
んだろう。

ちぇ! ちょっかい出しに来やがったかあ。
歌うのは、笑い出したくなるくらい楽しいよーって言いに来
たんでしょ?

わたしは、手にした鍵束をウインドチャイムみたいにちゃり
ちゃりっと鳴らしながら、レジカウンターから出た。

それから。
虚空に指を突きつけて、文句をぶちかます。

「こら。笑うんじゃないの! 笑いたいのはわたしの方なん
だからさ。うふふふふっ!」




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(ネメシア)









Always A Saint  by Sara Hickman









(補足)
佐竹美琴は、いっきやしゃらがよくお茶しに行く喫茶店リド
ルのウエイトレスさんでした。歳は中沢先生のちょっと下く
らい、二十代半ばのからっとした明るいおねいさんです。
人にちょっかいを出したり、イジったりするのが大好きで、
いっきやしゃらはよく餌食になってましたね。(^m^)

一方で、超が付く負けず嫌いで気が短くて手が早い。怒らせ
ると、すぐにトレイやげんこが降ってきます。
そういうがらっぱちなところとは裏腹に、人の心の影や弱み
をよーく見抜き、それに同調しないで徹底的にどやします。
良くも悪くも裏表のない、直球一本やりの力技タイプです。

子供の頃は、中塚家の次男坊元広(もっくん)と同じ少林寺
拳法の教室に通っていたやんちゃ娘の美琴さんですが、目指
していたのは声楽家。
でも親と恋人の裏切りで深く傷付いた美琴さんは、そのショッ
クで人前で歌おうとすると声が出なくなる一種の失声症に陥
り、声楽を諦めて音大を中退してしまいました。

その後、少林寺の師範代だったリドルのマスターに誘われて、
ウエイトレスをやってたんですね。

いっきがリドルに頻繁に行くようになってから、いっきやしゃ
らだけでなく、中沢先生、かんちゃん、もっくん、長岡さん、
ばんこと、それぞれに傷や問題を抱えた人々が再起や自立を
模索し続ける姿を間近に見続けてきた美琴さん。

自分もそろそろ傷を癒す時期は終わったと再出発を決意して、
リドルのウエイトレスをやめます。

このお話は、その美琴さんが就職した楽器店でのハプニング
を軸に、過去の描写を極力排して、『今』を重ねる形で書い
たものです。

実にイジり甲斐のあるキャラなので、出来れば恋バナに持っ
て行きたかったところなんですが、本話ではあえてその要素
を外しました。
美琴さんが音楽に向き合う姿勢のひたむきさ、真剣さ。
それを……どうしてもピュアに書き切りたかったからです。

これから美琴さんがどのように音楽と付き合って行くにして
も、彼女はきっとその過程を楽しんでくれるんじゃないかな
あと。
そういう祈りを込めて、本SSを締めくくりたいと思います。



【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十七) [SS]


「浜草さんは、田手さんのサポが切れても大丈夫なの?」

わたしが心配そうな顔をしたのを見て、沢田さんが内々の事
情を明かしてくれた。

「そろそろ……ハマの方が限界だったんすよ。トシのサポー
トを重たく感じてたみたいで」

「あ、そうかあ。そっちかあ……」

「トシとの関係が対等(イーブン)じゃないから、ハマには
コンプレクスばっかどんどん溜まっていっちゃう。見てて、
痛々しかったです」

「少し時間と距離を置いた方がってことね?」

「そうっす。お互い、離れないと分からんこともあるでしょ
うし」

そうだよね。
これで完全に壊れちゃったってことじゃなく、バラして風を
入れる時間を取った、そういうことなのかもしれないね。

「ハマは、ネットの歌い手に専念するみたいです。わたしは
対人恐怖があるから、ライブとかやっぱ無理ってカミングア
ウトして」

「ああ、正直にげろったんだー」

「その方がいいだろ。無理はよくないよ」

店長がずばっと言い切った。

「バンドってのは生き物さ。誰かが嫌だ、しんどいって思っ
たら、そこから先には行けないよ」

「それに、フォーピースってのはソロイスト四人じゃない。
誰が欠けても困るんだ。俺らが代役やれちゃうってことは、
まだまだ煮込みが足んないのさ。解散はしゃあないよ」

「ははは。ほんと、そうですね。でも」

「うん」

「俺とヤマは、これからもコンビでやります。すんごい楽し
かったんで」

「いいんじゃない? 今度は君らがきっちりイニシアチブを
取ったらいいよ」

「そっすね。あ、それで」

「うん」

「クリコンで佐竹さんと一緒に歌ってた子。いいなあと思っ
たんで、誘ってみようかと思ったんですけど。芽があります
かね?」

「ああ、千賀さんね。ボーカル張ってた学バンが解散したか
ら、今はフリーだよ」

「お!」

「でもなあ」

店長が腕組みして苦笑した。

「彼女がうんと言うかなあ……」

「え?」

「論より証拠さ。彼女のスタジオライブの音源があるから、
聞いてみたらいいよ」

そう言って事務室に引っ込んだ店長が、一枚のCDを持って
戻ってきた。

「学バン解散前の、最後のリハの音源。リハって言っても、
観客いるから一切手抜きなしのマジだよ」

それ以上何も説明しないで、CDプレイヤーにCDを突っ込
んだ店長が、沢田さんにヘッドフォンを渡した。

なんだろうっていう表情で、受け取ったヘッドフォンを装着
した沢田さんは、店長がプレイボタンを押した途端に派手に
ずっこけた。

「ぐわあっ!」

ひっひっひ。オープニングからジュダスプリーストのペイン
キラーだもんなあ。全開だ。
千賀さんは、自分がメイン張る時にはウルトラギャオスにな
るからねい。
気合い爆裂になった千賀さんは、はんぱじゃないぞお。

冷や汗をだらだら流しながら聴いていた沢田さんは、ヘッド
フォンを外してこめかみを押さえた。

「佐竹さんのオペラ以上に信じられないっす」

ぎゃははははははっ!
店長と二人で、腹を抱えて大笑い。

「ひっひっひっひっひー。とってもそんな風には見えないで
しょ?」

「音圧高あ!」

「でもね。彼女はそう出来るように、がっつり鍛えたんです
よー」

「え?」

「歌い始めた頃の千賀さんは、浜草さんと同じよ。透き通る
ような声。まさにエンゼルボイスだったけど、ものすごく線
が細かったの」

「うわ……」

「それなのに縦ノリ系で無理に声出そうとして、一発で喉潰
して」

「ぎょえええっ!?」

「そこから地味ぃにボイトレで鍛え上げてきたの。彼女は、
見かけによらず、すっごい根性あるんですよ」

「そっかあ……」

「自分のキャパをしっかり広げておかないと、こんな風に歌
いたいっていうイメージは表現出来ないです。シャウターは
上手に絞ればウィスパーになれるけど、その逆は出来ません
から」

「うーん、確かにそうですね。コンサートの時には、上手に
コントロールしてたものなあ……」

「声量や声質だけでなくて、選曲もそう。彼女はがっつり声
が出せるハードロックが好きなんだけど、それだけじゃ幅が
出ない。静かなバラードや軽いポップス系にもちゃんとチャ
レンジしてるし、歌い切れます。でもね」

わたしは、持ってたボールペンでレジ台をぽんと叩いた。

「MCでも言ってたと思うけど、彼女は自分の好きなように
歌いたいの。自分を押さえ込んで歌うより、自分を残らず出
し切りたい。それが今の千賀さんなの。だから、そう出来な
い条件ならうんと言わないと思う」

「そっかあ……残念だなあ。あ、佐竹さんは?」

そう来ると思ったんだ。
思わず苦笑いしちゃった。

「わたしはダメよー」

「どうしてですか?」

「歌姫が出て行っちゃったからね」

 



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【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十六) [SS]


「無理だろ」

店長が、一刀両断ずんばらりん。情け容赦なし。

「彼女が歌うということを自己表出の手段としてしか使わな
い以上、曲の中には入り込めても世界は作れない。残念だけ
ど、彼女はずっと一番の歌詞止まりだと思うよ」

懐の深い店長にしては、ずいぶんあっさりと切り捨てたなあ。
でも店長の次の言葉を聞いて、わたしは納得した。

「歌にこだわり過ぎさ。浜草さんも田手さんもね」

あ、そういうことかあ。
そこも……かつてのわたしと同じだ。

「俺がギターなしで、そして佐竹さんが歌なしでちゃんと毎
日暮らせてるように、自分の生き方を楽しくする方法なんざ
山のようにあるよ。そいつをちゃんと使わんのは損さ」

わははははっ!
思わず大笑いしちゃった。
うん。確かにそうなんだよね。

「店長」

「うん?」

「そう考えられるようになるには、時間が要りますよー。わ
たしは三年かかりました」

「時間だけかい?」

「いえ、もちろんサポーターは必要だと思いますけど、浜草
さんにはもういるでしょ?」

「はははははっ! そうだな」

事故の時。
浜草さんを置いて田手さんだけがここに来ることは可能だっ
たし、バンマスとしてはその方が正解だったと思う。
だけど田手さんにとっては、CP4と浜草さんなら彼女の方
が優先だったんだ。

それは大山さんや沢田さんにとっては、無責任でなんだかな
あと思う判断だろう。
でも、すでに自立しているお二人と、不安定さが全然解消し
てない浜草さんなら、どうしても彼女のケアを先にしなけれ
ばならない。

自分のミュージシャン生命が断たれても、彼女を気遣うこと
を第一に考える。
それは、第三者から見ればバカみたいかもしれない。
でも、田手さんにとって彼女が全てである以上、外野が田手
さんの判断にとやかく言ってもしょうがない。

願わくば、そういう田手さんの底なしの優しさに、彼女がちゃ
んと気付いてくれますように……。

「さて。ピザもなくなったし。これでお開きにしますか」

店長があっさりと締めて、最初に立ち上がった。
みんなも次々に腰を上げて、帰り支度を始める。

「俺は会計済ませてから大山さんと沢田さんを送ってくから、
みんなは店舗の方頼むな」

「うーす」

「お疲れ様でした」

「お疲れー」

「お疲れさんしたー」

軽い反省会のはずなのに、わたしのせいでどっしり重くなっ
ちゃった。
そっちを反省しないとなー。思い込むとだあっと行っちゃう
悪い癖が直らない。とほほ……。

でも、店長のひょうひょうとした姿勢がかちこちになりそう
な空気をうまく解してた。
ほんとに動じないって言うか、乾いてるって言うか……。

でも店長のドライさは、わたしの思ってたのとはちょっと違
うかもしれない。

店長のは感情を出さないとか、隠すとか、繕うとか、そうい
うんじゃないんだよね。気持ちに余裕を持たせてて、感情の
出し方をいつも工夫してるんだ。
いつでもナマで直球のわたしと違って、自分をちゃんとプロ
デュースしてる。

そういうところは、ちゃんとプロ意識を持ってやってるんだ
よね。すごいわ。





There's A Light   by Beth Nielsen Chapman



           −=*=−


クリスマスコンサートを無事消化して、マスダ楽器は通常の
年末繁忙のみになった。

音楽教室の年末年始のスケジュール調整、教室の割り当て、
生徒さんたちの楽器購入やメンテの手続き。販促。
毎日ばたばたと忙しいけれど、それは商売としてはありがた
いこと。わたしたちが暇な方が困る。

レッスン予定表をチェックしていたら、伝票を鷲掴みにした
店長が無精ひげの伸びた顔をひょいと突き出した。

「どんな感じ?」

「今のところはノートラブルですー。あとは、リトミック科
の先生やお子さんにインフルが出ないことを祈りたいところ
ですねー」

「そうなんだよなあ。こればかりはなあ」

「みかんいっぱい食べて、予防するしかないですよ」

「俺は、みかん嫌いなんだよなあ」

「みかんの方が店長を嫌ってるんじゃないすかー?」

「なんだとう?」

「ぎゃはははっ!」

店長とばか話をしていたら、店に入って来たひょろっとした
若い男の人が、真っ直ぐレジに歩み寄ってきた。

「いらっしゃいませー」

「先日はありがとうございました」

あ! 沢田さんじゃん。帽子被ってないからすぐに分かんな
かった。

「こちらこそー!」

「一応、ご報告に」

うん。きっと解散報告だろう。

「解散……ですか?」

「はい。俺とヤマが抜けるってことじゃなく、完全に解散て
ことにしました。リピカさんにもそれで了承をもらって」

「引き止められなかったかい?」

「リピカさんは、ハマだけ欲しかったみたいっす。でも、そ
のハマが一番ダメなので」

沢田さんの苦笑いは、冗談抜きに苦そうだった。

やっぱ解散かあ……。
寂しいけど。わたしには最初から、そうなるんじゃないかっ
ていう予感みたいなのがあった。

CP4のような魅力も実力もあるバンドが、なぜ仮契約のま
まだったのか。
店長だけじゃない。芸プロの担当者もまた、繊細さの裏にあ
るひ弱さが最初から気になっていたんだろう。

CP4は、リーダーが強烈な個性でみんなをぐいぐいリード
するバンドじゃない。互いにこっそり肩を寄せ合うような、
ふわっとしたユニットだったんだ。

バンドとしての求心力を保ち続けるには、田手さんは優しす
ぎたし、浜草さんは弱すぎた。そして、大山さんと沢田さん
は、最初からサポートしか出来なかった。
誰かが突出しないからまとまりはいいけど、揺るがない精神
的支柱がなかったんだ。

ホールライブを経験することで一皮むけて、しっかりした芯
が出来れば『仮』は取れたのかもしれない。
でも……ライブのプレッシャーに浜草さんが耐えられなかっ
たんだろう。




mk05.jpg
(プリムラ・マラコイデス)










I Know You By Heart  by Eva Cassidy

 

 


【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十五) [SS]


うんうんと頷いた店長が、わたしに聞き返した。

「じゃあ、さっきアヴェマリアを歌ったのは、誰かに届けよ
うと思ったってことかい?」

「そうです」

「ふうん。誰に? 今日のお客さんに?」

「あはは。あれはナベさんの勇み足ですよー。わたしは誰に
も聞かせるつもりはなかったんです」

「え? でも誰かに……って」

「わたしです。わたし自身に……ですよ」

「……」

「わたしね」

顔を上げて、店長やスタッフを見回す。

「歌を諦めて大学を中退した時。死ぬつもりだったんですよ」

がたっ!
いくつもの椅子が鳴って、スタッフが何人か真っ青な顔で立
ち上がった。

「わははっ! その時は、ですよ。わたしは今生きてますし、
もうそんなことは考えないと思います」

どすん。
おどかさないでよーって感じで、みんなが腰を下ろす。

「でも、その時は本当に空っぽだったんですよ。意地でも何
でも、わたしには歌しかなかった。その歌さえ取り上げられ
て、わたしは何のために生きてるか分からなくなったんです」

「……」

「昔から今までずーっと変わってないですね。どうしても白
黒勝ち負けにこだわる。全部ぶち込んで、壊れる寸前まで自
分を追い込んじゃう」

「それで結果が全敗なら、わたしどうしたらいいんだろう?
そう思っちゃうじゃないですか」

「はははははっ!」

からっと笑った店長が、手の甲で口のトマトソースを拭いな
がら……。

「なんだ、俺と同じかよー」

「さっきお話を伺って、似てるなあって」

「だな」

「でも、全部無くしたって言いながら、わたしはまあだ歌に
拘ってた。それが苦しくて苦しくて仕方なかったんです」

ふう……。

「やっと……やっとね」

「店長が、手首の故障でギターとの付き合いを原点に戻した
みたいに、わたしも勝ち負けとか意地とか人生の目標とか、
そんな重ったい荷物を全部降ろして、わたしの中の歌姫を自
由にしてあげようと。そう思えたんですよ」

「自分の中の歌姫……か」

「はい。わたし自身は歌姫なんかじゃないですよ。すぐ感情
がどかんと爆発する瞬間湯沸かし器で、上に超が付く負けず
嫌い」

「口は悪いわ、態度はでかいわ、すぐパンチが出るわ。こん
ながらの悪い歌姫がいたら、市中引き回しの上はりつけ獄門
でしょ」

ぎゃははははははっ!
みんなが腹を抱えて大笑いしていた中、店長だけはにこりと
もせずにわたしを見据えていた。

「いろんなことにすぐ振り回されちゃうわたしから離して、
わたしの中の純粋な歌心だけを解き放ちたい。ずっとそう思っ
てた」

「だからアヴェマリアを歌ったのは、わたしじゃないです。
わたしはただ聞いてただけ」

「ふうん……何か歌姫を引っ張り出すきっかけがあったのか
い?」

店長が不思議そうにわたしに聞いた。

「ありました。草笛、です」

「CP4の?」

「そう。あの『草笛』っていう歌が、歌姫を起こしたんです。
きっと……歌詞にシンクロしたんでしょうね。歌うのが嫌で
嫌でしょうがなかったのに、あの曲にだけはすんなり入り込
んじゃった」

「そうすか……」

じっとわたしの話を聞いていた大山さんが、はあっと溜息を
ついた。

「俺は」

「うん」

「今日、佐竹さんが歌ってくれた解釈の方が好きっすね」

「ほう。どうしてだい?」

店長が突っ込む。

「あの歌は……トシのみわへのラブレターっすよ」

ぱん!
思わず手を叩き合わせちゃった。

「やっぱりいっ!」

「分かりました?」

「うん! 草笛が人との接点なら、それを通して自分をさら
け出してしまえばいいじゃん。そういうことでしょ?」

大山さんと沢田さんが、揃って笑顔で頷いた。

「そうっす。ぱっと聞けば悲しい曲に思えるかもしれないけ
ど、実際はリバティソング。自由の歌だと、俺たちは思って
ます」

「すぐに自分の殻にこもろうとする浜草さんに、そのしょう
もない殻をぶっ壊せよってどやす歌……ね」

「はい」

だからかあ。わたしの中の歌姫が目覚めたのは。
でも、その曲が閉じこもっちゃった浜草さんを起こせなかっ
たのは……皮肉だよなあ……。

「なるほどね。田手くんもやるなあ」

店長もすごく納得したみたいだ。

「あのさあ、それじゃあ、なんでもっとストレートな歌にし
なかったの?」

串田さんがそう言って、わけわからんという顔をした。
そうだよね。でも……。

「串田さん。はっきりしたメッセージソングは、彼女のカラー
には合わない。うまく歌えないんですよ」

「うわ……そうかあ」

「だから、田手さんは歌詞をあいまいにして、歌い手の心境
に任せる部分を多くしたんじゃないかなあ。浜草さんの心に
少し余裕が出てきたら、きっと違う面が見えるんじゃないかっ
て期待して」

 



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【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十四) [SS]


そうか……じゃあ、もしかして。
わたしは、最初からずっと抱えていた疑問を大山さんにぶつ
けてみた。

「あのー、大山さん」

「なんすか?」

「もし違ってたらごめんなさい。CP4の作詞や作曲は、浜
草さんじゃなく、本当は田手さんがやってたんじゃないです
か?」

黙り込んじゃった二人。
でも、諦めたように沢田さんがそれを認めた。

「みわは歌う以外何も出来ないっす。あいつはネットの歌い
手上がり。カバーオンリーでやってきて、アレンジをトシが
受け持ってた。そこからデュオから始まったんです」

「なんでそのままデュオで行かなかったん?」

「みわがネットから出たがらなかったからっす」

ぽん!
思わず手を打っちゃった。

「そっかあ! それで……かあ」

「あいつのルーズなのは、癖じゃないっす。人が……だめな
んすよ」

「コミュ障じゃない?」

「もろ、です」

「それなのに、なんでメジャーと契約?」

「トシが博打を打ったんです。やってみて、なんだこんなも
んかと思えれば次のステップに行けるって」

あーあ……。

くっそ腹立つ女だったけど、そういう背景があれば別だ。
浜草さんより、むしろキャパの小さい彼女を無理に大舞台に
引っ張り出しちゃった田手さんの罪の方が大きい。
でも、その田手さんだって自分の成功願望ゆえじゃないんだ
よね。

そんなところに引っ込んでないで、もっと明るいところでの
びのび歌おうよ。そういうポジティブな動機だ。

悲しいくらい、お互いの想いが噛み合ってない。

「はあ……そういうことだったのかあ」

今回浜草さんに目一杯振り回されて、強い恨みの感情を抱え
ちゃった串田さんまで、あーあっていう顔をしてる。

店長が皿からがばっとピザを取って、それを豪快に口の中に
放り込んだ。

「まあ、そんなことだろうと思ったよ。だから二重、三重に
保険を掛けたんだ」

「てか、店長。それ知ってて……」

「しゃあないさ」

わたしの抗議はあっさり却下された。

「ギャラを考えると、うちがプロモート出来るのは駆け出し
の人たちだけだよ。でも正式興行なら社名が出るから、俺ら
の勝手には出来ないんだ」

「社を介して誰か紹介してもらうしかないし、社の方から彼
らをお願いって推されたら俺は断れないよ」

そうかあ……店長の一存じゃなかったんだな。

「でも芸プロは、売る気のない人は紹介しない。CP4には
その価値があると見込んでるから俺らに推したんだ」

店長が、まだ足りないとばかりにピザを口に押し込んだ。

「佐竹さんにも言ったろ? 誰にでもチャンスはあるし、そ
のチャンスを活かせるかどうかは蓋を開けてみるまで分かん
ない。それだけさ」

チャンス……か。
それは、CP4にだけってことじゃないね。

本当は歌えるのに、歌えないって自分で自分を縛り付けてた
わたし。
店長は、その呪縛を解くチャンスをどこかで作ろうって考え
てくれてたんだろう。

いきなり代役を振ったんじゃない。店長が周到に準備してた
んだ。
スコアのコピー取ったことも、サンタ衣装も千賀さんのダン
スも、その準備のうちか……。

リハの段階から千賀さんとダブルにしたのも、きっとそうな
んだろうな。わたしの心理的負担を減らすだけじゃなくて、
経験の浅い千賀さんの負担も減らせるからね。

それだけじゃない。
読譜や曲解釈の重要性。ハモりやアドリブの入れ方。それを、
わたしと組ませることで若い千賀さんに教え込める。

店長ってば、本当に抜け目ない。したたかだわ。とほほ……。

口をもぐもぐさせながら、店長が話を続けた。

「もし田手さんたちがちゃんと本番に間に合っていれば、今
回のとは違うけどちゃんとコンサートが成立したんだ」

「浜草さん目当てのファンのキャンセルは出なかったから、
売り上げ的にはむしろそっちの方が上だったかもしれないし、
プロモーションとしても筋が通る」

「ただ、万一のリスクを避けないと俺らが巻き添え食っちゃ
うから、前もって手を打っといた。それだけさ。必ずこんな
風になるって予測してたわけじゃないよ」

店長が、微妙な表情だったCP4の二人に振った。

「結果的にバンドが割れちゃったけどさ。もし四人揃ったコ
ンサートが盛り上がってたら、大山さんと沢田さんはもうちょ
い様子を見ようかと思ったかもしれないでしょ?」

「確かに……そうっすね」

「ええ」

「いい悪いじゃなく、何かのきっかけでくっついたり、割れ
たり。それはバンドって形を模索する限り避けられない。そ
んなもんだよ」

さばっと言った店長が、口いっぱいに頬張っていたピザをご
くんと飲み込んでわたしの方を向いた。

「それにしても、さすが音大の声楽科に居ただけあるね。佐
竹さんのアヴェマリアには鳥肌が立ったよ」

あはは。
鳥肌返しされちゃったよ。

「そうですね。あれが……わたしの最初で最後の晴れ舞台で
すから」

「え? もう歌わんの?」

「オペラプリマとしては。あの一回でもういいです」

「ふうん」

「わたしも……浜草さんのことなんか言えませんよ」

「え? どういうこと?」

「わたしを捨てた親や恋人への意地。わたしが歌にしがみつ
いてきたのは、その意地だけです」

「……」

「だけど、意地だけじゃ歌を紡げません。人間不信がひどく
なって、歌を紡げる心がなくなった。だから、歌えなくなっ
ちゃったんです」

ふう。

「想いを込めた歌を誰かに届けたいっていう気持ちになれま
せんでした。歌で人を圧倒しようとして、逆にお客さんの視
線が全部敵意に感じるようになっちゃった」

「怖かったですよ。ほんとに……」




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(クロガネモチ)











Wintersong  by Sarah McLachlan

 

 


【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十三) [SS]


ゲストアーティストが突然出演出来なくなるっていうとんで
もない非常事態を乗り越え、マスダ楽器のクリコンは成功裏
に終わった。

CP4のCDも二百枚以上売れたらしい。
ただ……その割には大山さんと沢田さんの表情が冴えなかっ
たのが気になった。

ホールからの撤収の直後、店長が軽く反省会やろうよって、
わたしたちスタッフとCP4の二人を誘った。
エバホールのすぐ近くに店長お気に入りのピザ屋さんがあり、
クリコンの後はいつもそこで即席ご苦労さん会らしい。
店長が直接打ち上げを仕切るって、珍しいよね。

お店のお任せで焼きたてのピザを並べてもらい、店長がジュー
スのグラスを高く掲げた。

「みなさん! お疲れ様でした! 乾杯!」

ういーっす! かんぱーい!

ちんちんとグラスがぶつかる音が聞こえて、緊張が解れたみ
んなが焼きたてあつあつのピザに手を伸ばす。

「最初に、ちょい挨拶させてください。あ、食べてる人は、
そのまんまでいいよー」

店長らしい無礼講宣言が出て、さっと立った店長がわたした
ちに向かってひょいと頭を下げた。

「段取り悪くてごめんね。来年は、もうちょい詰めてからや
りましょう。特にピンチヒッターを頼んだ佐竹さん。いきな
りプレッシャーかけてすんません」

今更文句言っても始まらないし、わたしは苦笑するしかない。

「でも、店長」

「なに?」

「店長だけで、ソロコン出来るんじゃないですか? あの演
奏、鳥肌立ちましたー!」

そうだそうだっていう声がいくつも響いた。
大山さんも沢田さんも、驚いてる。

「いや、冗談抜きですげーと思いました。スコア見てすぐ弾
けるってだけじゃない。トシより腕ぇいいのに、上手に空気
作ってました。信じられなかったっす」

そう言った沢田さんが、じいっと店長を見つめている。

「ははは。俺もプロを目指してたからね。今の店で働き始め
るまでは、ギターのことしか考えたことなかったよ」

「どの分野ですか?」

大山さんが身を乗り出した。

「クラギ。セゴビアとか、そっち系さ」

「うわ……」

「でも、練習に熱ぅ上げすぎてね」

店長が幽霊みたいなポーズを取った。

「両手首を重度の腱鞘炎にしちゃったんだ。そりゃそうだよ
な。メシ食ってる時と寝てる間以外はずーっと弾いてたから
ね。やり過ぎ」

ぎょえええええっ!?

全員、のけぞった。
さ、さすが店長。はんぱねー。
わたしもボーカルレッスンにはがっつり突っ込んでたけど、
そんなのはまだまだ序の口って感じだなあ。

「あの……今は?」

聞いていいものかどうか分からなかったけど、あえて聞いて
みた。

「今日くらいの演奏時間なら保つかな。でも、準備してがっ
ちりやろうとしたら、どうしても病気が出るんだ」

「病気って、手首のですか?」

「違う。熱が入り過ぎちゃう。他のことが何も目に入らなく
なるんだよ」

「うわ!」

「今でもギターを弾くのは好きだし、余興でやるくらいなら
いいけど、プロにはなれないね。俺の性格だと、また体壊す
まで根詰めちゃうから。それじゃ音を楽しめない。音楽じゃ
なくなる」

あ……。

「自己満じゃだめなんだよ。聞いた人がいいと思ってくれな
きゃ、音楽なんかなんの意味もないんだから」

ぽんとテーブルをタップした店長が、CP4の二人をよいしょ
した。

「そういう意味じゃ、アクシデントに腐らないでステージを
きちんと盛り上げたお二人は、立派なプロです。これからも
がんばってくださいね」

大げさに照れる二人。
着席した店長と入れ替わりで立った大山さんが、お礼を言っ
た。

「ありがとうございます。俺も、今日のコンサートのことは
一生忘れないと思う。でも……」

隣にいた沢田さんと顔を見合わせて頷いた大山さんは、衝撃
的な言葉を吐き出した。

「俺とサワは、もうCP4を抜けます」

「やっぱりね」

店長があっさり頷いて、場がしんと静まった。

「なあ、大山さん。CP4は、田手さんのワンマンバンドな
んだろ?」

「そうっす。てか、うちはものすごく特殊なんです」

「どういうこと?」

「トシはみわが好きなんすよ」

「ほう」

「みわの声に惚れたっていうより、惚れたみわのいいところ
が声だった。それをなんとか生かしたい。それがCP4の原
点なんです」

「なるほどね。それで納得だ」

へ? 納得……って?

「店長、どういうことですか?」

「浜草さん。すっごく線が細いんだよ。ボーカルとしてとい
うより、人として、ね。繊細なのはいいけど、いろんな意味
で弱すぎるんだ」

そうか……。

「だから彼女をプロデュースしてる田手さんは、彼女より強
いものを周りに置けないの」

「バンドの構成もそうでしょ。メロディーラインが際立つ鍵
盤楽器や主張がはっきりしてる電子楽器を入れないで、彼女
の声以外は背景に下げやすい楽器構成にしてある。アコユニ
にしたのは、そういうことでしょ?」

沢田さんに目をやって、店長が確認する。

「あはは。そうです。トシはもっとがりがり弾けるやつです
よ。でも、それをぎりぎりまで抑えちゃってるんで」

「やっぱりなあ」

店長が、ふうっと溜息をついた。

「それじゃあ、バンマスの田手さんはともかく、サポの二人
は保たないさ。脱退はしょうがないよなあ……」

「俺たちに単独でやってけるくらいの腕があれば、アレなん
ですけど。パーカスや管はどこでやってもやっぱサポなんで
すよ。でもそのサポすらこそっとやれって言われるのは……」

「今日みたいなことがあるとしんどいよね」

「はい」

 



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【SS】 歌姫 (佐竹美琴) (十二) [SS]


満足げに会場を出て行くお客さんを見送り、会場が無人になっ
たのを確かめてから、座席点検に回る。
忘れ物や落し物があれば、すぐに受付けに届けてアナウンス
しないとならない。

幸い帽子とか手袋止まりで、貴重品の落し物はなかった。
それを串田さんに報告して、さっとステージ裏に行く。

スタッフは機材搬出で出払ったみたいで、ステージ裏には誰
もいなかった。
わたしは、ステージの袖からさっきまで上がっていた舞台に
もう一度『戻った』。

今日のコンサート。
歌ったわたしは、浜草さんの代役だ。
浜草さんのイメージを壊さないように、控えめに控えめにと
しか歌えなかった。
だから、やっと出てきてくれた歌姫に何も歌ってもらえてな
いの。

ごめんね。
観客がわたし一人しかいなくて。
でも、あなたがこれから歌っていくなら、ここで自由になっ
てください。
本当の意味で、全ての束縛を解かれて自由になってください。

いつでも。どこでも。どんな時でも。
もうこれからわたしが耳を塞ぐことは、決してないから。

「グノー。アヴェマリア」

背筋をぴんと伸ばし、両手を天に差し上げて。
わたしは喉をいっぱいに開いた。


『Ave Maria, gratia plena

 Dominus tecum

 benedicta tu in mulieribus,

 et benedictus fructus ventris tui, Jesus.

 Sancta Maria,
Sancta Maria, Maria,

 ora pro nobis, peccatribus,

 nunc, et in hora mortis nostrae. Amen』


わたし一人しか聴衆のいない、でもわたしの生涯たった一度
の、プリマドンナとしてのステージ。

あれから長いこと歌ってなくて、歌うのに必要な筋肉がどこ
もかしこもぶったるんでる。
三分にも満たない曲なのに、息が切れちゃう。
それでも、わたしの全ての想いを乗せて。

……最後まで歌い切った。

不思議と。
涙は一滴も出なかった。
きっとさっきのコンサートの時、わたしを縛り付けていた鎖
を溶かすのに全部使い切っちゃったんだろう。

差し上げていた両手を下ろして、観客席に向かって深々とお
辞儀をする。

ありがとう。
わたしをもう一度歌わせてくれて。

本当に、ありがとう。

そういう想いを込めて。
わたしはじっと頭を下げ続けた。

突然、ホールの客席ドアが次々にばんばんと開いて、なだれ
込んできたお客さんが、わあっと歓声をあげながら拍手をし
始めた。

「ブラヴォー!」

「すごーい!」

「ぴーっ! ぴぴーっ!」

歓声と拍手と口笛で突如満たされた会場。
わたしはびっくりして、思わずおちゃらけてしまった。

「すんませーん。清らかなマリア様がすんごいがらっぱちに
なっちゃいましたー。はははー」

どわははははははっ!!
会場が爆笑の渦になった。

観客席に向かってもう一度深々とお辞儀をし、満場の拍手の
中をゆっくり袖に下がった。

うん。クリスマスなんだもん。
こんなご褒美があるのは本当に嬉しいよね。
きっと、わたしがステージに立ったのをナベさんが見てて、
音を拾ってホールに流してくれたんだろう。

リドルのマスター、リドルに来てくれてた大勢のお客さん。
タカやナベさん。
みんな、壊れる寸前だったわたしを心配して、これまでそっ
と支えてくれた。

わたしはまだそれに十分応えられないけど。
でも、こうやってお礼が言えるようになった。

助けてくれて、生かしてくれて、本当にありがとうって。

……心から。





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Ave Maria  by Renata Tebaldio





Ave Maria  by Antonella Ruggiero