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三年生編 第14話(8) [小説]

「毒気を……抜かれた」

「ぐぶー。ぽんいちにはまだまだ妖怪がいるってことか」

「すごいですねー」

「だてに年を取ってないってことかー」

「惚れ直したー」

ってのはしゃらか。
夢見る少女の顔になってやがる。

むー。

まあ、中沢先生に事情があったことは分かった。
でも。それはまるっきり免罪符にはならない。
いや、もっとまずい。

このままなし崩しに終息させるわけにはいかないよ。

「なあ、いっき。で、どうすんの?」

当然、しのやんが突っ込んでくる。

「今の早稲田先生のフォローじゃ、最初の問題は何も片付い
てないよ。いや、かえって悪い」

「え?」

しのやんもしゃらもぎょっとした顔になった。

「ねえ、鈴ちゃん。フェアウエルパーティーの時、中沢先生
が校長の圧力でああいうことを言わされてたと分かってたら、
先生の警告をまじめに聞く?」

「あ! そういうことか……」

しのやんが顔を曇らせる。
そう、もっと悪いってのはそういうこと。

「自分より強い人にへこまされて、抵抗せずに僕らにただ押
し付ける。それがどうでもいいことなら、しゃあないで済ま
せるさ。でも、あの時のど突きはそんなはんぱなもんじゃな
かった」

みんなが頷く。

「反作用が強すぎるんだよ。先生が単に信用をなくすだけな
らいいさ。それは先生自身の問題だから。でも、今回のはそ
うじゃない。僕をみんなから引きはがし、最後に梯子を外す。
そういうアクションだよ?」

「それは悪意だ!」

「ち、ちが……」

慌てて否定しようとした中沢先生を力いっぱい叩き潰す。

「違わないっ!!」

徹底的に膿みを出そう。
僕らだけでなく、プロジェクトに関係している全ての人たち
にきちんとけじめをつけてもらうためには、ここで緩むわけ
にはいかないんだ。

拳を机に叩きつける。

がしん!

「ねえ、先生。先生はあの時、自分にイタい過去があること
を僕らに曝してる。その傷を克服するために、過去を教訓に
しようという姿勢をはっきり示したんだ」

「……」

「それは、僕もしゃらも同じ。鈴ちゃんが言った自己再生に
は僕らも取り組んでます。必死にね」

「う……ん」

「それでも、中庭じゃなくて僕ら自身の再生を本気でやるに
は、プロジェクトは居心地が良すぎたんです。中沢先生のあ
の時のど突きで、一番堪えたのはその部分。いつまでプロジェ
クトをシェルターにしてるんだって。逃げ場にしてるんだっ
て!」

し……ん。

「確かにプロジェクトが続いた動機は楽しかったからです。
でもその楽しさを手に入れに行くには、同じかそれ以上の苦
労や苦難を乗り越えないとならない。そういう覚悟が本当に
おまえらにあるのか?」

「中沢先生の投げ掛けは、恐ろしいほど重かった」

「校長が安楽先生の時だったら、僕らは笑ったかもしれませ
ん。中沢先生、なあに一人でいきんでるのって」

「でも、あの時僕らはがりっがりに尖ってた。沢渡校長との
正面衝突をみんなが体験して、危機を実感してた。だから中
沢先生の警告はしゃれにならなかったんです!」

「先生が僕らに覚悟を求めること。それは僕らが自分たちで
がんばらなきゃっていうのとは、重みが違う! 訳が違うん
ですよ!」

「しかも!」

ぎっちり中沢先生を睨みつける。

「しかも先生は、それを部員に聞き流されないようにするた
めに、部員の間で祭り上げられていた僕を強制的に神棚から
引きずり下ろした!」

「……」

「みんなに言うことを聞かせるために生け贄を作る。そのや
り方は……」

うっと詰まった中沢先生が、俯いた。

「今回の沢渡校長のやり方、そのものです」

 


三年生編 第14話(7) [小説]

「工藤くん、ちょっと待って」

早稲田先生が、静かに僕をたしなめた。

「そんなに頭ごなしにがあがあ怒鳴ったんじゃ、中沢さんが
何か言いたくても言えないわ」

う。
ちと、強く言い過ぎたか。

「すいません」

「まあ、工藤くんが怒るのはよーく分かるけどね。あなたも」

早稲田先生が、中沢先生の肩をぽんと叩いた。

「ほんとにへたれねえ」

「う……うー」

堪えきれなくなったように、中沢先生が顔を歪めて泣き出し
た。

「沢渡さんに、顧問のおまえがプロジェクトを徹底的に押さ
え込めって圧力かけられたんでしょ?」

あ!

「めんどくさがりのあなたが、そんなの喜んでやるわけない
じゃない」

早稲田先生。
中沢先生とずっと付き合いがあるわけじゃないと思うんだけ
ど、ちゃんと中沢先生の本質を見抜いてたんだ。すげー……。

「生徒には筋論をばしっと投げて、実際には放置する。校長
と生徒の両方に顔が立つようにする。そう考えたんでしょ?」

両手で顔を覆った中沢先生が、何度か頷いた。

「そういう小細工で逃げようとするから、どっちにも足下を
見られるの」

呆れたように早稲田先生が首を振った。

「あのー……」

「はい?」

「僕にとっては、それを知っていながら中沢先生を放置した
早稲田先生も同罪なんですけど」

「あら、そう?」

つらっと。

「先生の集団は、君らの集団と何も変わらないよ。相性もあ
るし、君らよりも無視や無関心は多いかもね。一致団結なん
てありえない。それを求められても困るわ」

「どうしてですか!?」

「わたしたちの給料に入ってないからよ」

う……。

「わたしたちは、君たちの学習を指導して学力を上げること
でお給料をもらってる。それ以外のことは余技。ボランティ
アなの」

むー……。

「たとえばね」

「はい」

「わたしは茶華道部の顧問として、学生さんにお茶を教えて
るけど、一切お月謝はいただいてないの」

「はい」

「でも、それはわたしが要らないって思ってるからじゃない。
公務員には兼業禁止規程というのがあって、副業が出来ない
の。先生業以外でお金をもらってはいけないことになってる。
だからなの」

そうか……。
知らんかった。

「無給で生徒さんを教えるのは、純粋なボランティアね。生
徒さんがそれで喜んでくれれば嬉しいけど、もっと本格的に
教えてくれというリクエストには応えられない。分かるで
しょ?」

「はい。じっくり理解できました」

「つまり、部活の顧問なんかそれくらいの意味しかないの。
中沢さんがどんなに偉そうなことを言おうが、あーまた始まっ
たかくらいで聞き流せばいい。顧問には助言以外の権限がな
いんだから」

早稲田先生が、僕にひょいと指を向けた。

「だから、工藤さんにもいいわよーって返事したわけ」

げ。

「顧問が中沢さんからわたしに代わっても、実質の変化は何
もないわ。それだけは覚えといて」

うわわ、予想外だ……。
鈴ちゃんたちも、思わぬ展開に絶句してる。

「まあ、中沢さんも荻尾さんもまだ先生になって数年でしょ?
修羅場の経験がないんだから、大きなヘマなしで勤められる
方がおかしいわ。今回のは、肥やしにしてちょうだい」

見た目の穏やかさとは違って、どっしり肝っ玉が座ってる感
じがするなあ。
どれ。

「あのー、早稲田先生」

「なあに?」

「先生なら、沢渡校長の圧力をどうかわすんですか」

「ほほほ。突っ込むわねえ」

早稲田先生は、笑顔を崩さないできっぱりと答えた。

「ああ、校長。ご意見は拝聴しました。それだけよ」

「へ!?」

びっくりしたのは僕らだけではなかった。
泣き崩れていた中沢先生も、びっくり仰天という顔で身を乗
り出した。

「そ、それで……凌げるんですか?」

「だーかーらー、あなたはヘタレだって言ったの!」

「う……」

「校長が何を言おうが、業務命令で紙にして寄越さない限り
何の拘束力もないの。紙にしなければならないことは本当の
重大事で、絶対に隠せない」

「なるほど……」

安楽校長が前に僕に言ったのと同じ、だ。
そっか……。

「沢渡さんが裏で何をこそこそ言っても、そんなの街宣車の
雑音と同じよ。あなたは校長の権力を過大評価し過ぎ」

「……」

「安楽さんが化け物だって言われるのは、そういう裏工作抜
きで生徒さんや私たちをきちんとコントロール出来るってと
こね。あれは……凡人には真似出来ないわ」

「はい」

「その安楽さんですら、沢渡さんがぶん投げたものを後始末
するには紙にしないと出来ないと考えてる。正念場よ。こん
な顧問がどうたらなんて、どうでもいいこと」

ぐえー……。

「ってことでいい? もし中沢さんが降りるならわたしがや
るし、続投ならそれでも構わない。あとで、結論だけ教えて」

「あ、はい」

「それじゃ、失礼しますね」

僕らにひょいと頭を下げた早稲田先生が、すたすたと教室を
出て行った。

……鼻歌を歌いながら。

 



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三年生編 第14話(6) [小説]

放課後。
教室に残っている生徒がいなくなるのを見計らって、関係者
が顔を揃えた。

旧執行部が僕、しゃら、しのやん。
新執行部の三人。
そして、中沢先生。
スペシャルゲストに早稲田先生。

中沢先生の顔色は、青を通り越して白くなっていた。

「まず」

僕が話の口火を切る。

「こうなった経緯について、僕から説明をしておきます」

「ご存知の通り、沢渡校長の暴挙で潰される寸前だったプロ
ジェクトの立て直しをするのに、この十日間ずーっと走り回っ
てきました。僕だけじゃなくて、新旧の役員含め全部員がで
す」

「当然顧問の中沢先生もその経緯をよく知る立場にあり、僕
らは顧問として然るべき助言なり、忠告をしてくれるんだろ
うと思っていました」

「それが、ネガティブな形であってもポジティブな形であっ
ても、です」

「でも、先生が顧問としての責務を最後に果たしたのは、先
輩たちのフェアウエルパーティーの時が最後。それ以降は、
先生から僕らへの働きかけは今に至るまで一切ありませんで
した。騒動の最中も、その後もね」

「その時点で、パーティーの時に先生自らが宣言したことを
すでに踏みにじってますよね?」

「ねえ、工藤くん。中沢さんは、なんて言ったの?」

早稲田先生に確かめられる。

「先生は、学校側の人間としてプロジェクトを制御する。暴
走したり、そこで潰れる子が出ないように指導する。そう言っ
たんです」

「うーそーつーきー」

「荻尾先生のことなんか言えません。中沢先生も逃げたんで
すよ。僕が沢渡校長と衝突した時の、あまりのインパクトの
強さに腰が引けた。少し冷めてから口を出そうと思って、僕
らと距離を置いた」

「違いますか?」

僕は、中沢先生の口から反論なり弁解なりが出るのをじっと
待った。
でも……先生は何も言わなかった。

両手を膝のところで固く握り締め、口を真一文字に結んで顔
を伏せ、じっと黙っていた。

「続けます」

「プロジェクトは、これから苦難の道を歩かないとならない。
ボランティア時代と部にしてからの一年、その時に培った経
験がそのまま使えないんです。それは……痛い。本当に痛い
です」

「学校との関係が変化して、それがどういう方向に向くのか、
僕らにはまだ全然予測が付きません。それを素早く汲み上げ
ながら、新しい活動のやり方を模索しないとならない。冗談
抜きに、学校側の指導者、監督者として顧問の先生は重要な
んです」

「中沢先生は先輩のフェアウエルパーティーの時、これから
は責任を持ってプロジェクトを制御すると言った。それなの
にその責務を放棄しましたねっ!?」

顔を真っ赤にして力いっぱい怒鳴った僕の剣幕を見て、全員
が顔を伏せた。
僕がそこまで腹を立てていたなんて、誰も思ってなかったん
だろう。

「先生が最初言ったみたいに、私はお飾りだから何も期待し
ないでっていうのを最後まで通してくれれば、それで良かっ
たんですよ。まあ、そんなもんだよね、で済んだ」

「名前だけの顧問の先生はいっぱいいるし、それなら僕らが
備えればいいだけ」

「でも、先生は僕らの前で大風呂敷を広げましたよね? 今
後は顧問としてきっちりやるって」

「……」

「それなのに、騒動の最中何もしなかった! ずっと知らん
ふりしてた! そんな無責任な顧問は要りません!!」

校長室でも言ったけど、今度は先生の面前でダイレクトに言
い渡した。

「早稲田先生に来ていただいたのは、顧問を交代してもらう
のを了承していただくためです」

「プロジェクトは、一度解散しました。これから新しい受け
皿で体勢を立て直して、活動を再開しないとならない。顧問
の先生にも、きちんとご指導いただこうと思ってます」

「早稲田先生は茶華道部の顧問もされてますから、兼任とい
うことで大変ご迷惑をおかけしますが、ぜひご了承いただけ
ればと思います」

「中沢先生。よろしいですね?」

「よろしいですねっ!?」

僕は、先生のイエスかノーかのはっきりした意思表示が欲し
かった。そのどっちでも構わないけど、なぜそういう判断を
したのかっていうわけを聞きたかったんだ。
それが合理的であっても、そうでなくても構わない。
はっきりした理由が聞きたかった。

そこをきちんとけりつけておかないと、僕らも先生もダメー
ジを受けたまま、遺恨だけ残すことになるから。

 


三年生編 第14話(5) [小説]

昼休み。

ものっそぶすくれてる僕をこわごわ見ていたしゃらが、こそっ
と様子をうかがいに出た。

「いっき……二時間目のリーダーでいなかったのは?」

「校長直々の呼び出し。沢渡校長の時のヘマをまた繰り返す
のかっていうお小言だったから、それは違うよって言って来
ただけ」

「えー!? また先生に噛み付いたの?」

「誰でもよかったんだけどね。昨日、おぎちゃんどやしに行っ
た時、ちょうど中沢先生が寄って来たから代わりに血祭りに
上げさせてもらった。おぎちゃん潰れてたし」

「ぐえ……」

「先生たち。全員おぽんち能天気。論外!」

「どして?」

「沢渡校長が退場しただけで、あとは何も片付いてないよ。
ぐちゃぐちゃ。そこで右往左往してる僕らの交通整理をする
のが先生の仕事でしょ?」

「うん」

「でも、なーんもしてないじゃん」

「……」

「動いてるのは安楽校長だけ。担任の先生の口から、今どう
なっているのか何の説明もない。相変わらず様子見。立水が
いらいらするのは当然さ」

「おぎちゃんは、反省を口にしてながら、先生として生徒を
仕切る義務を放棄した上に立水怖さで逃げた。ゴールデンウ
イークの講習の正式アナウンス。昨日説明がなかったのはう
ちだけだぜ?」

「あーっ!!」

しゃらが頭を抱えた。

「論外だよ。でも、それで職員室に逃げ込んだおぎちゃんを
誰も気遣っていない。何があったんだ? 同期の中沢先生す
ら、それだもん。人ごと。先生たち、ばらっばら」

「あほか!」

「……」

しゃらには、昨日と今日何があったのか、だいたい見えたん
だろう。

「それで中沢先生が荒れてたのかー」

「かんちゃんから夜電話が来たよ。何があったんだって」

「うん。かんちゃんの手に負えなかったみたいで、わたしが
呼び出されたのー」

「付き合わされた?」

「うん」

「それで寝過ごしたのか」

「いつもは遅くても十一時には寝てるから。二時過ぎまでは
しんどい……」

やれやれ……。

「いっきはおとがめなし?」

「僕のことなんかどうでもいいよ。それよか、不満のはけ口
がない生徒が暴走する方がずっと怖い」

「あ、それを言ってきたんだ」

「そう。もうちょっと生徒の動向に気を配ってくれ。先生の
センサーの感度を上げてくれ。そういうお願いさ」

「うん、それはわたしもそう思うよ。今の状態は……怖いよ
ね」

「校則が厳しくなってるから、下手するとはめ外しが命取り
になるんだ。少なくとも、そういう注意喚起はして欲しいし、
現状についてのアナウンスも流して欲しい。放置は勘弁して、
だよ」

「あのー……工藤先輩」

戸口のところで、鈴ちゃんがこそっと顔を出した。

「お? どした? 鈴ちゃん」

急いで廊下に出る。
鈴ちゃんの顔色が冴えない。

「年間の活動計画案を中沢先生に見てもらおうと思ったんで
すけど、今日は調子悪いから後にしてって言われて……」

「……」

もうスケジューリングに時間の余裕がないってことは、先生
にはよく分かっているはずだ。
来週の部長会にはかなりきっちりした年間計画案を出さない
と、部費の要求がしんどくなる。
鈴ちゃんは、すっごい焦ってるんだろう。

中沢先生がすねてるのか、怒ってるのか、落ち込んでいるの
か、それは知らない。
でも、役立たずを顧問に置く意味はない。
それは、さっき校長室で言った通りだ。

「ええとね」

「はい」

「とりま、放課後まで待って。急いで段取り付ける。今日中
に終わらそう。放課後、ここに来て」

「え? 生物実習室じゃなくて、ですか?」

「そう。四方くん、菅生くんも連れて来て」

「分かりました!」

さっと。
鈴ちゃんが姿を消した。

じゃあ、僕も動こう。

「ちょっと、いっき。どうすんの?」

「ああ、保険をかけてくる。それが保険で済んでくれればい
いけどね」

「ほけんー!?」

説明してる時間が惜しい。
唖然としてるしゃらを残して、僕はばたばたと職員室に走っ
た。

 



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三年生編 第14話(4) [小説]

校長は、くるっと先生たちの方を向いた。

「君らはプロの教師であり、プロである以上、私が余計な口
を出すことは出来ない」

「……」

「……はい」

むすっとしてる中沢先生。
おぎちゃんは小声で返事をした。

「だが、それは君らの成績だけが評価されるということを意
味する」

「う……」

むすっとしていた中沢先生の表情が一変した。

「私は余計な口は出さないが、君らの勤務姿勢と成績を査定
し、そのまま評価に繋げる。制度上、君らはそれに文句を言
えん。いいね?」

「は、はい」

「……はい」

校長は、おぎちゃんの方を向いて静かな声で諭した。

「失敗したと思うのはよくあることさ。そして、その失敗の
ほとんどはリカバリー出来る。そうじゃなきゃ、世の中なん
か回らん」

校長に叱られるのかと思っていたおぎちゃんは、それでほっ
としたんだろう。
ぽろぽろと涙を流して俯いた。

「ただし、同じ失敗を愚かしく繰り返すことは許さん!」

ぎん!

校長の強い強い一言。
校長室がその威圧感で満たされた。

「私は工藤くんにも同じことを言った。成功から学べること
は少ない。失敗から学べ、とな」

「そして、工藤くんらは今、上手に私の警告を活かしてる。
記録を残し、みんなで案を出し合い、失敗の再発を防ぐには
どうすればいいかを真剣に考えてる」

「そういう姿勢を……君らはきちんと評価し、自分のものに
するんだな」

わたしは何もへまをしていないのに。
なんでおぎちゃんといっしょくたに怒られないとなんないわ
け?
そういう不満感が最後まで抜けてない中沢先生の表情を見て。

僕は念を押した。

「中沢先生」

「なに?」

「フェアウエルパーティーの時の先生の警告。あれは強烈で
した。僕らはみんな、先生が警告したことの怖さを思い知っ
たんです」

「なれ合い、安易な全体主義、一部メンバーの神格化、逃げ
場としての中庭。どれも恐ろしい病巣で、僕らはまだそれか
ら逃れられていない。先生の指摘はごもっともでした」

「でもね」

ぐいっと指を突きつける。

「それを、今の中沢先生が口に出したら、全部嘘っぱちです
よ?」

「ぐ……」

「自分が実行出来てない人から、そんな偉そうなことを言わ
れたくない。そうじゃないですか!」

「……」

「先生の親身の警告が、くだらない戯れ言になっちゃう。今
先生がその危機の真っただ中にいるってことが、本当に分かっ
てますか!?」

「う……うう」

「いいですか? 先生」

「……」

「僕らは、きちんと学校のルールを守って、その中で最大限
自分たちで出来ることを探って行きます。顧問の先生は、僕
らの厳しい監視者であり、最強のアドバイザー。そう思って
ます」

「それが?」

「僕らは担任は代えられないけど、顧問の先生は代えられる
んですよ」

ざあっ……。
中沢先生の顔から血の気が引いて、真っ青になった。

「僕は、昨日からずーっと中沢先生の態度を見ていました。
先生は、まあだ人ごとだと思ってる。なんでわたしだけがこ
んなことに巻き込まれないとなんないの? あーあ、とんだ
貧乏くじ引いちゃったよ」

「しかも、僕にぼろっくそに言われて頭に来てる。何よ、偉
そうに。あんたなんか、教師のしんどさを何も知らないくせ
に!」

「そう思ってるでしょ?」

「僕らは、そういう視野の狭い先生に顧問をして欲しくない
です。プロジェクトの組み直しに当たっては、それも考慮に
入れますのでご了承ください」

「おい……」

僕のどやしを黙って聞いていた立水が、慌てた。

「工藤、そりゃあ……まずいだろ」

「どこが?」

「……」

「僕らはプロジェクトをゼロから組み直すの。部長会に代表
を出すまでの間に、新入生も含めた全部員の名簿、部の役員、
顧問の先生、部室と部費の要求。それをまとめないとならな
い」

「ああ」

「一度御破算にしたんだから、それをどう組み直すかは僕ら
の勝手さ。違う?」

「……」

「中沢先生は、先輩たちのフェアウエルパーティーの時に、
僕をエサにするえげつないやり方で警告を出した。僕は不愉
快だったけど、それはしょうがないと思った」

「部員全員に危機意識をしっかり植え付けるためには、時に
は劇薬も必要。確かにそうだと思う」

「……」

「でも使った劇薬は、僕らにだけでなく顧問である先生にも
返ってくるんですよ」

「中沢先生」

「自分かわいいも大概にしてくださいね。僕らは、ちゃんと
先生が盛った劇薬を飲みました。その先生が、今目の前にあ
る劇薬を飲まないなら……」

「それはとんでもない裏切りです。僕は絶対に許しません!」

ちょうど二時間目終了のチャイムが鳴った。

「校長、もういいですか?」

「ああ」

「じゃあ、教室に戻ります」

 


三年生編 第14話(3) [小説]

僕は中沢先生に指を突き付けた。

「沢渡校長の理念や基本姿勢が分からない限り、中立という
立場を維持せざるを得ない。中沢先生は、試験制度変更の騒
動の時に、僕にそう言いましたよね?」

「ああ、言った」

「それが、先生の言うセリフですか?」

「……」

「あの時は黙ってましたけど。僕は呆れてたんです」

中沢先生の顔が見る見る紅潮した。
不満なんだろう。

「中沢先生は、沢渡校長の姿勢を問う努力をされました? 
ただ待ってませんでしたか? そして、こう思ってませんで
したか? 説明をしない校長が悪い。わたしに出来ることは
ない」

「そんなの様子見じゃない。逃げです」

中沢先生から反論は出なかった。
じっと……俯いてしまった。

「沢渡校長の暴走のあと、その真意を徹底的に探り出そうと
したのは、先生たちじゃなく、去年生徒会を率いた大村会長
だった。それは……」

「おかしくないですか? ねえ、中沢先生、荻尾先生」

「何の権限もない僕らがそれを必死にやって、先生たちは何
もしないでのほーんと見ている。それって、おかしくないで
すかっ!?」

僕が全力でどやしたことに、二人からの返事はなかった。

「僕はね、沢渡校長が退場しても何も問題が片付いていない
ことを、先生たちにきちんと認識して欲しかった。先生たち
には実害がないんですよ。実害は、全部僕らの上に降ってく
るんです」

「ぐちゃぐちゃになってしまった学内組織。受験生の激しい
動揺。新入生の戸惑い。みんな僕ら生徒にとってのネガティ
ブ要素です」

「そして、安楽校長は校則や許認可を一度白紙にするって言っ
た。その間は僕らは何も出来ない。不満や反発の抜けどころ
がないんです。その鬱憤が、どこでどんな形で吹き出すか分
からない」

「僕は、それを恐れます。誰かが不満を暴発させても、結局
それは我慢出来ないそいつが悪いということになる。さっき
校長が立水をどやしたみたいにね」

「む……」

「そういう危機感や反省が、先生たちの姿勢から何も伝わっ
てこない」

「自主独立という校是だけじゃなく、のんびりのほほんとい
うスクールカラー自体も、もうかけらも残ってないんですよ」

「そのことに生徒が極限まで息苦しさを感じているという現
実を知っていながら、先生たちはまあだ古き良きぽんいちの
イメージにしがみついてる!」

「違いますか?」

し……ん。

「僕はね、学校対生徒なんて、馬鹿げた対立をあおるつもり
も、それに加担するつもりもないです。じんが言ったのと同
じで、三年しかない高校生活なんだから楽しくやりたい」

「でも、ぽんいちの校是もスクールカラーも、もはや存在し
ない。こっぱみじんに壊れてる。そして、壊れてるってこと
を思い知らされてがっかりしてるのは、先生たちじゃない。
僕らなんですよ!」

「沢渡校長はただ壊していっただけじゃない。そこに毒を垂
れ流して行った。そして、僕らには毒を除去する権限はない
んです」

「だからって、がらくたや毒の中で呆然としてるだけじゃま
すます腐る。やる気がなくなる。壊れたんなら、急いで作り
直さないとならない!」

「僕らがプロジェクトを解散させるという荒技に出たのは、
そのためです。まず自分たちから再生しよう。鈴ちゃんも、
そう宣言したはずです」

「それなのに、なんで先生だけがそのまんまなんですか? 
どうして危機意識がそんなに低いんですか?」

ふう……。
がっかりだよ。本当に。

「校長」

「ああ」

「先ほど立水に厳しい警告を出されましたよね?」

「ああ、出した」

「ああいう警告は、別に校長からでなくても先生たちからも
出せる。しゃらと高岡のトラブルがあった時に、手塚先生は
その場できちんと高岡に警告を出しました」

「うむ」

「でも、僕らが先生に警告したり、先生を罰したりする手段
はないんですよ。どんなになんだかなーと思ってもね」

「……」

「それがない以上、出口のない不満感が校外や見えないとこ
ろで爆発しかねない。僕らはその危機のまっただ中にいる。
そういうことを……」

「もっと深刻に考えてください。お願いします」

ふうっと大きな溜息をついた校長が、どさっとソファーに腰
を下ろした。

「なあ、工藤くん」

「はい」

「君の言っていることは、一々正論だ。しかも、それは是非
論じゃない。今そこにある危機、それを直視しろというアド
バイスだな」

「僕はそのつもりです」

「それは真摯に受け止めざるを得ない。まあ、私は沢渡くん
と違ってオープンにやるつもりだ。形だけの意見交換なんざ、
いくらやっても時間の無駄だ。実質協議でぎちぎちやる」

「私の在任中に、そういう素地を作って受け渡す。混乱を引
き継ぐのは愚の骨頂だからな」

「はい!」

 



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三年生編 第14話(2) [小説]

はあ……。

挙手。

「あんだ?」

立水に睨まれる。

「荻尾先生」

「……はい」

「退場」

僕は、教室の扉を指差した。
みんながぎょっとして僕を見る。

「気持ちをきちんと切り替えられるまでは、何も出来ないと
思います。保健室でも職員室でもいいので、気持ちを落ち着
けてきてください」

僕は隣のしゃらにこそっと耳打ちした。
ふっと頷いたしゃらが席を立って、おぎちゃんの側に行き、
そっと背中を押して教室から退出させた。

その背中を見ながら。
僕は思った。

3Eの担任は、下手すると他の先生に代わるかもしれないな
あと。


           −=*=−


一時間目の授業が終わったところで、突然事務のお姉さんを
通じて校長から呼び出しがあった。

なんだろう?

小走りに、校長室に急いだ。

こんこん。

「工藤くんか?」

「はい」

「入りたまえ」

「失礼します」

呼ばれたのは僕だけかと思ったんだけど、校長室は賑やかだっ
た。

仏頂面の立水。しおしおのおぎちゃん。猛烈にぶすくれてる
中沢先生。

なるほどね。
そういうことか。

「短時間で済ませたいが、事が職員に係ることなので、立水
くんと工藤くんには二時間目を欠席してもらう。教科の先生
にはもう連絡してある」

安楽校長が、やれやれという表情で僕らに着席を促した。

「まず。立水くん」

ひょいと立水を指差した安楽校長が、事務的な口調ですぱっ
と警告を出した。

「君は、工藤くんが処分を受けたこと、そしてその理由を全
校集会の時に聞いていたはずだ」

「ああ」

「それを無視したな。イエローを一枚出す」

「……」

「二枚目と同時に、警告なしの処分になる。しっかり反省す
るように」

「納得できねえな!」

「じゃあ、ここの学生を辞めるんだな」

安楽校長の言い渡しには容赦がなかった。

「何度も言うが、世の中はルールの集まりで出来ている。君
に都合のいい部分だけを使えば、そのルール自体が合法であっ
ても、君の姿勢は違法になる」

「最後には、君のせいで、君が正義だと信奉しているルール
自体が違法だとみなされるようになる」

「……」

「君の挑戦的、挑発的な言動や行動は、君の理解者を減らし、
敵対者を増やす。君だけのことで済むのならば私の知ったこ
とじゃないが、それが全体に影響するようなら私の権限で君
を排除せねばならん」

安楽校長が、笑った。

「ふふ。私は沢渡くんと違うと言ったはずだ。私は容赦せん。
絶対にな!」

さすがの立水も黙った。
目標が定まっている立水にとって、ここで徹底的に校長に逆
らうメリットは何もない。
いかに筋論者だと言っても、これ以上の抵抗は無理だ。

立水を力尽くでねじふせた校長は、今度は僕の方を向いた。

「工藤くん」

「はい」

「君のは……グレイだな」

「はは……僕は、荻尾先生にゴールデンウイーク中の講習の
予定を聞きに行っただけですよ」

「それにしては余計なことを口走ってるじゃないか」

「当然です」

「当然?」

「たまたま中沢先生が来たので、中沢先生に噛み付きました
けど、それが斉藤先生でも他の先生でも同じことです。必ず
先生のどなたかに噛み付くつもりでいました」

「……」

「僕は、先生方の態度に頭に来て噛み付いたんじゃない。学
生が暴発する危険があるから、先生たちにはもっと危機感を
持って欲しい。そう伝えたかっただけです。そんなの、たらっ
と言ったって効き目なんかありませんから」

「なるほど……そういうことだったのか」

「本当はね。僕が気付く前に、先生たちに気付いて欲しかっ
たんですよ。沢渡校長がおかしいってね。僕らよりずっと近
いところにいるんですから」

「そうだな」

「沢渡校長が全てを動かせる力を持っていて、それを使うこ
とを知っていながら、先生方は沢渡校長の行動や言動から妙
に遠ざかっていた。あの斉藤先生ですら、です」

「……」

「中途半端だったのは沢渡校長だけじゃない。校長を支える
のか、対立するのか、一向に姿勢が見えない先生たちも思い
切り中途半端だった」

 


三年生編 第14話(1) [小説]

4月24日(金曜日)

「うーぶ……」

雨だ。
久しぶりに、しっかり降ってる。

先週、沢渡校長とのごたごたが勃発して。
今週はその余波をもろに被った。
大きなピークは過ぎたと思うけど、まだ神経がぴんぴんに張
り詰めてる。

それをなだめるにしてはちょっとやり過ぎちゃうかって思う
くらいのざざ降り。

まるで強制冷却するみたいな。

「水入り……かあ」

水入りったって、ケンカする相手の沢渡校長が退場しちゃっ
たから、僕らは溜まった鬱憤の持っていきどころがない。
騒動のタネばっかあちこちに残ってて、うんざりする。

そういう僕らの気分を代弁するみたいな降り方だ。

「さて……と」

制服に着替えてリビングに降りる。

「おはよー、母さん」

「いっちゃん、おはよう。雨降りになっちゃったね」

「お天道様とケンカしたってしょうがないよ」

「まあね」

「母さんは、今日はオフ?」

「そう。庭仕事しようと思ってたのにさ。ついてないわ」

母さんが、雨に濡れた庭を物憂げに見遣った。

「てか、あの根巻きしてある木はなに?」

「ああ。うちの庭には実のなる木ものがなくてさ」

「前にフェイジョアがどうたらって言ってなかった?」

「あれね、品種の違うのを二種類植えないとなんないの」

「ブルーベリーやオリーブと同じかあ……」

「自家受粉する品種もあるみたいだけど、そこそこ大きくな
るみたいだし、断念」

「へー。その苗はその代わり?」

「そう。株立ちになる木だから刈り込みも自由に出来るし、
花も実も楽しめるってさ」

「なんて木?」

「ニワウメ」

「えー? 梅って虫が付きやすいって聞いたけど……」

「ウメって付いてるけど、ウメとはまるっきり違うよ。サク
ランボみたいな赤い丸い実が生るの」

「おいしいの?」

「食べたことない」

これだよ。
まあ、いいけどさ。

ちょうど花が咲いてる。薄紅色の柔らかいイメージの花だ。
寒い時期にぱきっと咲く梅とは、確かにイメージが違う。

ふうん……。

「いっちゃん、のんびりしてていいの?」

「げっ!」

やばやばっ!


           −=*=−


実生は運動部系の部活の朝練を見学に行ったみたいで、さっ
さと先に登校していた。
まあ、高校生にもなって兄妹で連れ立って通学ってのは、な
あんとなくアレかもしれない。

予鈴ぎりぎりで教室に飛び込んで……。

「ふう……ぎりセーフだ」

「おう、いっき」

「あ、ヤス。はよー」

「御園は?」

「あれ? 来てない?」

「まだ来てないぞ」

どだどだどだっ!
派手な足音とともに、しゃらが息せき切って教室に飛び込ん
できた。

「ひぃひぃひぃひぃ……」

「はよー。どした? しゃらにしては珍しいじゃん」

「寝過ごしたー」

「およ?」

でも、それ以上突っ込みを入れてる暇がなかった。

廊下をゆっくり歩いて来るおぎちゃんの姿がちらっと見えて、
慌てて席に戻る。

がらっ。

教室の扉が開いて。
まるで喪服着てるみたいな地味ぃな服装で、おぎちゃんが登
場した。

雰囲気は、食べ残された古漬けって感じ。
目は腫れ上がってぱんぱん。
声はかすれている上に小さくて、何を言ってるのかよく聞こ
えない。

元に……戻っちゃったみたいだなあ。

僕の真後ろからどでかい声がした。

「聞こえねえよっ! はっきりしゃべろやっ!」

うう。
相変わらず直球の突っ込み。

「……はい」

と言ったきり。
おぎちゃんは、うんともすんとも言わず。
その場に立ち尽くしてしまった。

 



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てぃくる 187 きく [てぃくる]



kiku.jpg



『きく』


きく だけでいいの?

だって 話すのは難しいもの

真実を知らなければ 真実は話せない
心が分からなければ 心の中は話せない
楽しかったことは 後では話せない
悲しいことは 今は話したくない

だから黙って きく

音になった 音を
音になれなかった 音を
そして 聞こえてこないわたしの音を

じっと きく








 期限切れの風邪薬とうとう使い切り
  瓶に息吹き白く曇らす











Heard It In A Love Song    by The Marshall Tucker Band

 


三年生編 第13話(6) [小説]

問題集を広げたまま、じっと考え込んでいたら携帯が鳴った。

え?
珍しい。かんちゃんだ。
なんだろ?

「工藤さんですか? ご無沙汰してます。桧口です」

「かんちゃん、おひさですー。どうしたんですか?」

「いえね……」

ふうっと大きく息を吐く音が聞こえて。
それから小声でこそっと。

「なにか……学校であったんですか?」

「へ?」

「いや……みずほが半端なく荒れてるので……」

げー。
かんちゃんに跳ねちゃったのかー。

「まあね。中沢先生にってことじゃなく、ぽんいちの先生全
員に対してぶち切れたんですけど」

「へえー……」

「ぽんいちは、去年校長が代わってから試験制度や校則がめ
ちゃめちゃきつくなってるんです」

「そうなんですか?」

「はい。まあ、それはいいんですけど、今回校長が暴走して
僕とぶつかりまして」

「……。もしかして」

「はい。僕には処分。校長は辞職」

「うわわ」

「僕個人てことより、プロジェクト潰しのアクションだった
ので、絡んだ人が半端なく多かったんです。もちろん、先生
にも関係しました。プロジェクトの顧問ですから」

「ああ、そうでしたね」

「首謀者の校長が辞めたからって、問題はまだ片付いてませ
んよ。ぽんいちは、その反動で今激しく揺れてるんです」

「ええ」

「そういう危機感は、僕ら学生はみんな持ってる。でも、先
生たちが能天気すぎ!」

「あ、それでかあ……」

「校長辞めたし、また前みたいに出来るよねー。そんな甘い
もんじゃないっす! 相変わらず先生同士の連携が出来てな
いし、一人一人の意識も変わってない」

「みずほを、そうやってどやしたんですか?」

「そうです。給料もらってるプロの先生として論外ですよ!」

「……」

「いや、いいんですよ。僕らの個人的な印象のところがよく
なろうが悪くなろうが、先生には特に関係ないから。でもね」

「はい」

「これから、先鋭化したり荒れたりした子が出た時、傷付く
のはその子たちなんですよ。先生たちじゃない!」

「うん」

「中沢先生は、自分がそうされた経験があるのに、今回のト
ラブルを客観視してる。妙に醒めてて、自分とは関係ないと
思ってる。それが……僕には理解出来ませんでした。他人事
じゃないんです!」

「なるほどね」

以前から気になっていたこと。
中沢先生には、実は沢渡校長と共通したところがある。
妙に醒めてるんだ。

熱を感じない。

自分の傷にはものすごく敏感なのに、他人の傷は無神経に踏
ん付けることがある。
しょーこが転校してきた時もそう。
フェアウエルパーティーの時の、僕や酒田先輩に対する警告
の出し方もそう。

きつい言葉、そっけない態度をぶつければ、必ずしもポジティ
ブな結果が得られないことを知ってて、それでもあえてやっ
ちゃう。

それで何かあった時に、先生が責任を取れればいいよ。
でも、取れなかったらどうするの?

僕は、中沢先生の抱えてる過去の傷や背景を知ってる。
中沢先生が僕らにアドバイスすることが、ちゃんと愛情と気
遣いに裏打ちされているってことは分かってる。
だから、先生の口からどんな苦い言葉が出ても、きつい態度
が出ても、それは飲み込める。

でも、それを前提にして何にでも当てはめるのは無理がある。
一人歩きした言葉や態度が誤解や恨みを生んじゃったら、そ
れは取り返しが付かない。

もう少し慎重になって欲しい。
僕らや先生たち、校長の動向に敏感になって欲しい。
特に、今はみんなが疑心暗鬼になってぴりぴりしてるんだか
ら。

「先生は、まだ飲んでるんですか?」

「さっき……潰れました」

「じゃあ、お酒が抜けたら先生に伝言してください」

「なんでしょう?」

「中沢先生には、おぎちゃんに説教する資格はない。これか
らどうしたらいいのかを一緒に話し合って欲しい。それだけ
です」

「分かりました」

かすかな苦笑の音が漏れて。
電話は切れた。

中沢先生の荒れた原因。
それが自己嫌悪だったのか、僕に対する反発だったのか、そ
れは分からない。
でもかんちゃんが僕に電話してきたってことは、荒れてる最
中に僕の名前が出たってこと。きっと後者なんだろう。

あんな言い方ないだろ!
もし、先生がそう憤っていたのなら、そっくりのしを付けて
お返しします。
先生、それはいつもの先生のやり方ですよ……ってね。

そして、今はその姿勢はまずい。
ものすごーくまずいんだってことを、きっちり自覚して欲し
い。

僕は開いてあったノートにシャーペンを叩き付けて、席を立っ
た。

「やめやめ! 今日はやめ! 全然集中出来ん」

ベッドにどすんと体を投げ出して、全身の棘を逆立てる。
いや、違う……な。

僕はとっくに全身の棘を逆立ててる。ずーっと。
沢渡校長との激突がある前から。
そう、去年からずーっとね。

中沢先生。おぎちゃん。瞬ちゃん。ほんとに分かってる?
そうしてるのは、僕だけじゃないんだよ?

僕だけじゃないんだ!

「くそっ!」





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今日の花:アメリカオニアザミCirsium vulgare