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第148話(3) [小説]

ん?

「そういえばリョウさん、長岡さんとはどういうつながりな
んですか?」

「ああ、あいつか」

リョウさんが頭を掻く。がしがし。

「ちょいと街中で派手にやらかしてさ。五条って婦警にとっ
捕まったんだわ」

リョウさんの派手っつーのは、本当に派手そう。

「んで、そんなん元気あるなら、ちょっとその気合い入れて
欲しいヤツがいるって、病院連れてかれたのよ」

「あ、そこに長岡さんが入院してたのか」

「そ。五条さんに話聞いたら、まあちんけなワルだ。ケンカ
もろくたら出来んクセして、小生意気なガキのけっつにくっ
ついて、いっぱしのヤンキー気取り」

「気ぃばっか強くて、それなのにツっ込まれた途端にしおっ
しおのぱあ。まるっきりのガキじゃないか」

「あいつの前でそう言ってみたんだけどさ。あいつは、あた
しを見もせず、一言も口利かなかった。何言っても反応なし
のでくのぼう」

やぱし。

「だから、五条さんに言ってやった。だめだ、コイツ芯から
腐ってる」

うがあ。僕と同じこと言ってるわ。

「これイジるの? 無駄だと思うけどってね」

ぼろっくそ。

「でもいつの間にか退院して、寿庵で楽しそうに働いてたか
らさ。うらやましいなあと思ってね。そいで声掛けたのよ」

「そうだったんだあ」

「まあ、あたしもそうだったけど、道が付きゃあ後は早いね。
そこまでの辛抱だ。つくづくそう思う」

いつの間にかリビングに下りてたあっきーが、リョウさんの
話にじっと耳を傾けてた。

「あれ? そっちは初顔だね。誰?」

「ああ。僕がここに来る前にいた山形の友達で、八内亜希さ
ん。唯一の身内のおじいさんが先週亡くなって、これから会
長のところに住み込みになるの」

あっきーがぺこりと頭を下げた。

「あの、八内亜希です。いっきと同じ高1で、明日ぽんいち
の編入試験を受けに行きます」

リョウさんが笑顔で答える。

「あたしは、高井涼です。ここのすぐ近所でね。今年高校を
卒業で、ホームセンターへの就職が決まってます。ご近所さ
んになるね。よろしく」

リョウさんが阿部さんを促す。

「あ、わたしは阿部明衣です。リョウさんと同じ高校の2年
です。でも、中退して仕事しようと思ってます」

はあっと溜息をついたあっきーが漏らした。

「みんな必死に生きる道を探してるんだね。なんか、自分て
甘々だなあって思っちゃった」

「はっはあ」

リョウさんが笑い飛ばす。

「そういう時が来りゃあ、誰でも必死になるよ。それまでは
のんびりしてりゃいいさ。そんだけのことだ」

リョウさんが、ひょいと手を伸ばしてあっきーに差し出す。

「まあ、がんばってね。大丈夫。乗り切れるよ」

その手を取って、笑顔のあっきーが握り返した。

「ありがとう。がんばります」

手を離したリョウさんが、真顔になって言った。

「あんた、顔に似合わずとんでもないな。なんか武術やって
るだろ?」

「……合気道と空手を」

「やっぱね」

また笑顔に戻ったリョウさん。

「八内さん。あんたごっつい芯があるんだから、きっちり活
かせよ。腐らしちゃもったいないよ」

あっきーが、深々とおじぎをした。

リョウさんたちが帰って、あっきーに聞かれる。

「いっきぃ、あの人も相当な使い手だと思うんだけど」

「ケンカさせたら化け物で、木刀持たせたら超化け物らしい。
でも、一番化け物のところは……」

あっきーがごくりと唾を飲み込む。

「頭脳だよ。すっさまじく頭がいいの。受験したら国公立ど
の大学でも、よりどりみどりでしょ。それを蹴飛ばして就職
するんだから……」

「すごいわ。リョウさん」


           −=*=−


昼ご飯食べて落ち着いたところで、僕とあっきーとで会長の
ところに行く。

二階に全く使われてなかった空き部屋があって、そこがあっ
きーの部屋になるらしい。
もうきれいに掃除されてて、机と椅子、ベッドが据え付けら
れてた。

「こんな素敵な部屋を貸していただいていいんですか?」

「娘にぼろ部屋あてがう親はいないでしょ?」

会長が、くすりと笑う。
あっきーは、すぐに涙目になる。

「ありがとう……ございます」

「そう思えるかどうかは、これから次第よ。わたしのしつけ
は厳しいからね。覚悟して」

「はいっ!」

基本的にはりんのところと同じだ。
買い出しや家事、庭の世話を分担してやる。
ただし、会長はこれからどんどん家事がしんどくなる。
その分、あっきーの負担は増える。

家政婦と同じ。
そう考えてね。
会長はそう言って、微笑んだ。

「会長、あっきーにも携帯を持たせないと。非常時の連絡に
困ります」

「あら。持ってなかったの?」

「おじいちゃんが嫌いだったので……」

「まあ」

小首を傾げた会長がすぐに答えた。

「それはわたしの方で用意しましょう。ただし、通話料は自
己負担ね。いつきくんと同じ方式。お小遣いは、最低限は出
しますけど、できればバイトして」

「もっと社会経験を積まないとだめよ」

うーんと。

「あっきー。早速出来るバイトがあるよ」

「なにっ?!」

「と、その前に。バイトしたことあんの?」

「ない。じいちゃんが許してくれんかった」

会長が頭を抱える。

「本当に、おじいさまが守ってくださってたのね。それだけ
亜希ちゃんが危なっかしかったってことよ。それは今でも変
わってない。芯を……強くしなきゃね。で、いつきくん、バ
イトって?」

「しゃらと実生が、五条さんに合気道習ってたんですよ。で
も五条さんは、怪我から完全に回復するまでしばらくかかる
と思う。そのピンチヒッター」

「なるほど」

「五条さんは、公務員だからって月謝は取らなかったんです。
でも、それはおかしな話だと思う。教わった先生には、ちゃ
んと報酬を払わないとだめでしょう?」

「だから、それを本来のスジに戻したいんです。あっきーが
月謝を取って二人をみる。そうすると、教わる方にも覚悟が
できるから」

「なるほどね。今はどのくらいの頻度なの?」

「週に一回三十分。午後6時から6時半まで。で、僕が実生
の送迎をしてる」

「もしあっきーが先生してくれるなら、時間をもっと早く出
来るでしょ? 5時から5時半とか。実生は家に一度戻らな
くても済むし、僕も送迎しなくていい。稽古終わってから、
スーパーでも商店街でも買い物できるしね」

「あ、そういうメリットもあるのね」

「まあ、あくまでもつなぎです。あっきーが新生活に慣れた
ら、自力でバイト探せるでしょ?」

「うん。がんばる」

「ねえ、いつきくん。五条さんが回復したら、また元の稽古
の形に戻すの?」

「……。僕は……もう戻せないと思います。しゃらと実生に
は今から言っておこうと思ってます。続けるなら、きちんと
道場に通う。でなければ、ここで中止。いつまでも、五条さ
んの厚意に寄りかかっちゃいけないと思う」

「うん。そうね」

会長は、僕の肩にぽんと手を置いて言った。

「御園さんも、実生ちゃんも、もう緊急避難のステージは終
わってる。そろそろ頃合いよね。羽ばたかなきゃ。もうすぐ
春なんだから」

会長が窓に近寄って、下を指差した。僕らが見下ろした一角
に、ピンクや水色、青の花が、地面から吹き出すように咲い
ていた。

「チオノドクサ。雪が溶けるとすぐ咲くユリってことで、ユ
キゲユリって名前も持ってる。きれいでしょ?」

会長は僕らの方を向いて、微笑んだ。

「寒くても、ちょっとがんばって背伸びすると、こんないい
ことがありますよって。そう言ってるみたい」

「がんばりましょうね。亜希ちゃん」



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今日の花:チオノドクサChionodoxa luciliae
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第148話(2) [小説]

家に戻ったら、すぐに僕の携帯が鳴った。

あれ?
リョウさんじゃん。なんだろ?

「はい、工藤ですが」

「ああ、工藤くん。ごめんね、取り込み中」

「構いませんけど。なんですか?」

「ちょい、相談事があるんだわ。そっち行っていいかな」

はえ? リョウさんが相談事?
なんだあ?

「ちょっとばたばたしてますけど、それでも良ければ」

「悪い。阿部連れてくんでよろしく」

げ。

母さんが眉を潜めてる。

「いっちゃん、時と場合を考えなさいよ」

「うん。そうなんだけどさ。リョウさんの口ぶりだと、浮か
れた話じゃなさそうだから」

あっきーと実生が二階に上がってすぐ、リョウさんたちが来た。
阿部さんはすごく恐縮してる。

「済みません、突然ご迷惑をおかけして」

「いえ。どうぞお上がりください」

リョウさんと阿部さんが揃ってソファーに座る。

「で、相談って?」

「阿部が学校止めたいって。どうしたもんかと思ってさ」

「はえ?」

リョウさんが、渋い顔して頭を振る。

「前にあたしが、ちょいと訳ありって話したろ?」

あ、そう言えば。

「そうでしたね」

「ちょっと長くなるけど、その話をしよう」

リョウさんは、ふっと息を吐いた。

「こいつの性格の良さは折り紙付きだ。礼儀正しい、優しい、
心配りができる。あたしとは正反対だ。ただね、それはゴナ
ンではなんの役にも立たない」

阿部さんがうつむく。

「ゴナンで生きるためには、覇気が要る。人には負けない。
押されたら、押し返す。そういう根性。それがないと、ゴナ
ンじゃ保たない」

リョウさんが腕を組む。

「ゴナンには、三年前に特科というクラスが出来た。このク
ラスには音楽、美術の才能を持っている生徒を集めたんだ。
一芸クラスってとこだね。他の科目の成績がどんなに悪くて
も構わない。その一芸のところだけ伸ばす」

「阿部は、その特科クラスの生徒だったんだよ」

わ! なんか雰囲気が違うと思った。

「三年前の特科設立時は、校舎が別だった。カリキュラムも
全く独立してたんだ。一般クラスの生徒と特科クラスの生徒
が接点を持つことはなかった」

「ところが一年経って、急に一部科目の履修場所を本校に移
した。特科の子も一週間のうち、ある曜日だけは本校で授業
を受けるようにした」

「まあ、当然のことが起こるわな」

「一般クラスの連中は、特科の特別扱いは鼻持ちならない。
格好の標的よ。特科の連中は、ぼろぼろになるまでいじめら
れた」

「阿部はね、特科の音楽クラスでフルートを吹いてたんだ」

あっ!

「そう、あたしがあそこで吹いてたのは、阿部のフルートな
んだよ」

そ……っか。

「あの頃、あたしはまだがりがりに尖ってた。誰がどこで何
してようと興味なんかなかったけど、あたしにとって目障り
なヤツは、誰彼構わず捕まえてぶっ飛ばしてた。いらいらし
てたんだよ。四六時中」

ひええっ。

「去年の冬休み明けかね。玄関横で、集団で誰かにヤキ入れ
てる音がしたから、うるせえと思ってしばきに行った。ぼこ
られてたのがこいつさ」

「ひどかったよ。左指が骨が出るまでコンクリで擦り付けら
れてて、左耳から血が出てた」

「あたしは、力のないやつがやられるがままってのは仕方な
いと思う。反撃しなけりゃ生きてけないのがゴナンだからね。
でも、男ばっかで女一人を集団リンチはやり過ぎだ。そいつ
は強い弱いの問題じゃない」

「しかもたかってたのはみんな同じ1年坊だ。てめえのケツ
も拭けねえくせして、ケチな真似しくさって。全員手足へし
折って病院送りにした。そのあと、懲罰房一週間ておまけつ
いたけどな」

ぞわっ。

「そん時に、阿部は左耳の鼓膜を破られて、左手の中指と薬
指の腱を切っちまったんだよ。楽器の演奏ができなくなっち
まったんだ」

……。

「阿部は、退院してから真っ先にあたしんとこに来た。あた
しは阿部を助けるつもりで暴れたわけじゃないから、素っ気
なかったと思う」

「阿部は、あたしにフルートのケースを渡して言った。わた
しはもうフルートが吹けないので、代わりに吹いてください」

「はあ? だよ。なんであたしが、あんたのフルートなんか
吹かないかんの?」

「そしたら阿部が……フルートがかわいそうだからと言った。
自分じゃなくて、フルートが、ね。笑い草だよ」

「ふふふっ」

リョウさんは思い出したように笑った。

「でもね。その時あたしは、ふと思ったんだ。フルートは吹
くやつが変わればまた音を出せる。でも、あたしや阿部はど
うなるんだろう。音の出ないあたしらは、どこにいればいい
んだろうってね」

リョウさんは、阿部さんの顔を見た。

「それから、阿部にフルートの運指を教えてもらった。そし
て一心不乱に練習した。でも、フルートからはフルートの音
しか出ない。あたしの音は出ない。それが……分かっちまった」

「だから3年になってから、自分の居場所を探すことにした
んだよ。もがいて、もがいて、もがき続けて。やっとあたし
は居場所を見つけたんだ」

「トレマにね」

リョウさんは、あっかるい笑顔。

「工藤くんや会長さんには本当に世話になった」

僕らに向かって、ぺこりと頭を下げるリョウさん。

「まあ、あたしはいいさ。問題は阿部だ。特科のカリキュラ
ムこなせなきゃ、一般クラスに移るしかなかった。でも、そ
こは狼の巣だ」

「しかも阿部は高校に入る前から、性格が災いしていじめら
れてる。優しいお人好しは、パシリに使われるからね。そん
なのがストレスになって、記憶障害があんだよ。こいつのは
頭が悪いんじゃなくて、頭の怪我みたいなもんだ。それが高
校になってから、もっとひどくなったらしい」

……。

「酷い目にあう度に、阿部には忘れたいことばかりが増える。
だから、何か覚えようと思っても何も頭に入らない」

「お人好しのパー子ちゃん。それがどう扱われるかは、工藤
くんなら分かるだろ?」

「うん」

「とりあえず、あたしと一緒に動いてる間は被害は少なかっ
た。でも、あたしも卒業だ。残される阿部は、もうその先を
考える気力もない。あたしがいなくなるのを手ぐすね引いて
待ってる連中がいっぱいいるからね」

「でもね。ゴナンとはいえ、せめて高校くらいは出ないと求
人はない。しかもこいつは記憶障害を抱えてる。今は、仕事
を選ぶ選択肢が極端に少ないんだよ。どうしたもんかと思っ
てさ」

そっか。
そういうことだったのか……。

「まあ、寿庵の店員やゆずぽんとこの作業は無難にこなして
る。単純作業や、簡単な算数は問題ないってことだ。でも、
複雑な工程のあるもんは出来ないだろう。記憶力がないから、
運転免許も含めて資格系もだめ」

父さんが助け舟を出す。

「高校は通信制に変えればいい。2年まで出てれば、3年の
分だけそれでこなせるだろ。問題は仕事だなあ……」

うーん。
阿部さんて、どんな仕事も集中して黙々とやる。
山崎さんの雰囲気によく似てるんだよね。

つーことわだ。

「ねえ、阿部さん。今、ゆずぽんとこの作業を手伝ってるで
しょ?」

「はい」

「送迎やってくれてる榎木さんとこも、同じような仕事して
るんです。榎木さんは花農家。住み込みでの仕事を頼んでみ
たらどうでしょう?」

「住み込み……ですか?」

「そう。阿部さんが運転免許取れれば車で通えるけど、そう
でなきゃ住み込むしかないでしょ」

「……」

「榎木さんは、ゆずぽんと違って厳しいと思う。でも、山崎
さんが言ってたみたいに、勝負の相手は自分、だよね。依頼
するの含めて阿部さんが自分で動かないと、榎木さんはうん
と言わないと思うけど。どうですか?」

阿部さんは、山崎さんのとった行動のことを思い出している
んだろう。

しばらくして、こっくりとうなずいた。

「そうですね。わたしに出来ることがあるなら、そこからやっ
てみます。また来週お手伝いがあるので、その時に話してみ
ます」

リョウさんがほっとした顔を見せた。

「これであたしは安心して卒業できるよ。阿部、あんたに足
んないのはガッツだけだ。あとは全部ある。がんばんな」



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第148話(1) [小説]

2月24日(日曜日)

さんざんな一週間だった。

試験に追われて、終わってやれやれと思ったら、五条さんが
刺されて。
何とか一命を取り留めてほっとしたら、今度は師範が亡く
なった。

こんな不幸の詰め合わせは要らない。

師範の告別式から戻った時の、あっきーの家の空虚さはとて
つもなかった。
家のだだっ広さが、寂しさ、悲しさを増幅する。
どんなに寂しさに慣れてるって言っても、あそこで一人で暮
らすのは無理だ。

あっきーがすぐに返事をしなかったのは、得るものと失うも
のを天秤にかけたからだろう。

慣れ親しんだ山形の気候風土。長年付き合いのある友達。
道場の空気や、お弟子さんとのやり取り。
それを失わなければならない。

でも……。
学校や稽古場にいる以外は、ずーっと一人。
一人なんだ。

誰もいない。
食事も一人。
会話する相手もなく。

会長のところに来れば、慣れ親しんだものは失う。
でも僕や実生、しゃら、りん、かっちん、なっつ、てんく。
見知った顔がいっぱいいる。

食事も一人じゃない。会話もできる。
何と言っても、会長が母親代わりを務めてくれる。
今まで、欲しくても欲しくても得られなかった肉親。
その代わりを務めてくれる人が、いつも側にいる。

じっくり熟考して、あっきーはこっちへ来ることを選択した。

高校の友達の多くは、中学時代の同級生じゃなくなってる。
学年の代わり目で、クラスメートはどうせ入れ替わる。
だったら、こっちに来ても同じこと。

付き合いの浅いお弟子さんや、お金のことしか考えない親族
の間で肩身の狭い思いをするくらいなら、自分のことを真剣
に心配してくれる人の中で過ごした方がいい。

そう考えたんじゃないかな。

返事は僕の携帯に来た。
すぐに会長に連絡を回して、安楽先生に手続きのことを聞いた。
小中学ほどじゃないけど、高校でも親の転勤に伴う転校はあ
る。小野寺さんみたいな例もあるし。

転入試験は明日。
期末試験と同じようなものだから、気楽に受けなさい。
安楽先生はそう言った。

あっきーは頭は良かったはずだから、心配ないと思う。

試験の結果はすぐ出るって言った。
明日の試験の後で、合否が決まるだろう。

「お兄ちゃん、亜希お姉ちゃんは何時に着くんだっけ?」

「11時には田貫駅に着くって。父さんが車出すっていうか
ら、一緒に行こう」

「うん」

去年は、ありあまるあっきーのエネルギーに戦々恐々として
たのに。今はみんな、あっきーにどう触るか決めかねてる。

ふう。

父さんの運転する車で駅まで行って、あっきーを探した。

「あ、いっき、出迎えさんくす」

「みんなで来たよー」

「わーい、実生ちゃん、この前はありがとね。嬉しかった
よー」

見かけは元気だ。でも、弾けるような感じじゃない。
空元気。

「おじさん、おばさん、お世話かけます。済みません」

「とりあえず、明日の試験ね。今日はゆっくりして、明日に
備えて」

「はい」

「あ、あっきー。ちょっと寄るところがあるんだ。付き合っ
てもらっていいかな?」

「どこ?」

「五条さんとこ。昨日、集中治療室から一般病棟に移ったん
だ。だいぶ病状が安定したから、面会できるようになったの。
師範のことを……伝えとこう」

「……分かった」

本当は、もう少し後の方がいいんだろう。
でもあまり間を空けると、五条さんがすごく気にすると思う。

父さん、母さんに車で待っててもらって、実生とあっきーと
僕の三人で、病室に向かった。

個室をノックする。

「おう。開いてるぞ。入れー」

タカの声がする。

三人揃って病室に入る。

腕に点滴の管をつけた五条さんが、笑顔でこっちを向いた。
反対側の手は、がっちりタカが握ってた。

「あら、いつきくん、実生ちゃん。え? 亜希ちゃん、わざ
わざ見舞いに来てくれたの?」

びっくりした表情の五条さん。

「五条さん、お久しぶりです。災難でしたね」

「うー、どじったわ。風邪引いてる時に余計なことするもん
じゃないわね」

五条さんの顔が急に曇った。
あっきーの表情の影を読んだんだろう。

「亜希ちゃん、何かあったの?」

「……。五条さんの事件と同じ日に。じいちゃんが亡くなり
ました。心筋梗塞で」

体を固くした五条さんが、顔をしかめる。

「いてててて」

「ちさ、無理すんな」

「ふう……」

五条さんが、悲しそうな顔をする。

「吉田さんに、あまり体調が良くないとはお聞きしてたんだ
けど……。もう一度、稽古をつけてもらいたかったなあ」

そう言って。
すーっと涙を流した。

師範は傷付いた五条さんを立ち直らせるために、厳しく稽古
をつけるだけでなくて、お父さんのような愛情を注いだんだ
ろう。亜希ちゃんと分け隔てなく。

「で。亜希ちゃんはどうするの?」

五条さんは、すぐに意識をそっちに移した。
どこまでも子供のことを心配する、優しい五条さん。

「波斗さんのところに、下宿させてもらうことにしました。
波斗さんは5月に出産で、ご主人はその後、仕事で航海に出
るそうです。わたしの生活費を持つ代わりに、家事、育児を
分担して欲しいって言われました」

五条さんが、ふわっと笑った。

「良かったね。亜希ちゃん」

「はい」

「会長さんはとても厳しくて、でもそれ以上に優しい方。失っ
たものを自力でどう取り戻すか、そのコツを知っておられるの」

「亜希ちゃん」

五条さんは、顔をねじってあっきーの方を向いた。

「幸福はね、取りに行かないとだめよ。黙っててもそれは来
ない。わたしは、いつきくんたちに背中どやしてもらって幸
福を捉まえた」

五条さんが、がっちりタカの手を握ってる。

「さっきね。タカのプロポーズを受けたの。こんなことが二
度三度あったら、気が狂うって言われて。おまえからは絶対
に目を離せないって言われて」

五条さんが、弾けるような笑顔を見せた。

「わたしは。わたしに欠けてたものを全部タカにもらった。
わたしがどうしても欲しかったものを、全部タカにもらった。
だから、わたしの全てはタカのもの」

「好き。大好き。どうしようもなく好き。わたしはそう言っ
た。タカもそう言ってくれた」

「亜希ちゃん。わたしはこれでやっと過去を清算できる。師
範にもらったものを、活かすことができる。そう……師範に
伝えて」

「ちさ。傷に障る。そのくらいにしとけ」

タカがそう言って、五条さんの口を自分の口で塞いだ。

うむぅ。五条さんの手がタカの頭の後ろに回る。

ちょっと。
僕らには刺激強いっす。

赤面してたあっきーが、一言言い残す。

「五条さん、おめでとう。わたしも……探します。背中押し
てくれる人はいるんだから」

さて、邪魔者は消えよう。



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