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三年生編 第65話(3) [小説]

実生に椅子を勧めて、僕はベッドにどすんと腰を下ろした。

「親離れしてないと、最後はこうなっちゃうのかーっていう
のを見ちゃったからさあ」

「え?」

実生がきょとんとした。

「何かあったっけ?」

「しゃらの兄貴さ」

「あっ!」

ばっと立ち上がった実生。椅子が机にぶつかって、がしゃん
とでかい音を立てた。

「ああなっちゃ、おしまいだよ」

「そうなの?」

「自分の実家が崖っぷちにいるのを見て、俺がなんとかする
から任せろって腕まくりするならともかく、頼れないのかっ
てへたってしまうなんてさあ」

「げー。なにそれ」

「それも、年寄りでも病気でもなく、一番元気なはずの二十
代で。そんなの論外だよ」

「うん」

「そのとばっちりがしゃらに全部来ちゃう。自分の、じゃな
くて、家の将来がずしんとしゃらの肩に乗っかっちゃう」

「うう」

「実生なら耐えられる?」

じっと俯いた実生が、ゆっくり首を左右に振った。

「無理」

「まあね。でも、それは今の実生が恵まれてるからだよ」

「うん」

「恵まれてるなら、しっかりそれは味わった方がいいよ。今
幸せでないと、これからの幸せを想像出来ないよ」

「うん。そうだよね」

「そうしたら、もし何かあっても自分は不幸だってへたるん
じゃなくて、何とかしようって思えるじゃん」

「出来るかなー」

「出来るさ」

「そう?」

「ここに来てから、出来たんだから」

実生がぐんと体を起こして嬉しそうに笑った。

「あははははっ! そうだよね!」

「だから」

「うん」

「どう変化するのか一々心配してもしょうがないよ。変化は
黙ってても起こるんだもん。実生がもうJKになったように
ね」

僕は、あの写真を指差す。

「あの写真」

実生も、パネルをじっと見つめる。

「あの時は……幸せだったよ。最高に。高校生として、ね」

「高校生として?」

「そう。でも、僕もしゃらもずっと高校生ではいられない。
高校生としてすっごい幸せだったという思い出は出来ても、
それには頼れない」

「うん」

「それは、僕も実生も同じだってことさ」

ふうううっ。

長い長い溜息をついて。
それでも、実生はゆっくり椅子から降りてぐいっと背伸びを
した。

「そうだね」

「大丈夫だよ。楽しいことを見つけるのは、実生の方がずっ
と上手なんだから」

「ふふふっ」

実生は、少しの間顔を伏せて寂しそうに笑った。

「いっつもそう言ってくれるお兄ちゃんが隣にいなくなるの
は……やっぱ寂しいなあ」

ぱん!

両手で腿を叩いた実生が僕の腕を引っ張った。

「ごめん! 時間ない。お願い!」

「ああ、そうだな」

ばたん!


           −=*=−


「ぐえー、あづいー」

「はんぱね」

実生の部屋で数学教えてる間にどんどん雲が薄くなり、真夏
の太陽が容赦なく部屋の中に飛び込んで来るようになった。
それに比例して、部屋の温度もがんがん上昇。

エアコン付けるにはまだ中途半端な気温だから我慢したけど、
汗びっしょりになっちゃった。

「追試の問題より、教室の温度の方が敵になるかもなあ」

「ううー、そうだよねえ。学校で、エアコン付けてくんない
の?」

「付けないよー。怠け者は思い知れって感じぃ」

「ぶー」

「一年の時の補習なんか、ほとんど我慢大会だったしぃ」

「そっか。お兄ちゃんが一年の時には補習救済だったんだ」

「そ。でも、あれじゃあ頭ン中に何も入らないよ。今の追試
方式の方が理にかなってる」

「だよねー」

「そろそろ昼飯にすべー」

「うん。お腹空いたー」




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