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三年生編 第63話(1) [小説]

7月14日(火曜日)

元原のつきまといのごたごたがあったけど、五条さんの迅速
な対応ですっきりけりが付いた。
もっとも、けりが付いたことに安心出来たのはしゃらや永見
さんだけで、学校側の関係者と警察で対応に当たってくれる
人たちにとっては、これからが本番なんだろう。

五条さんから対応を聞かされてすぐ、しゃらに電話して元原
の件が解決したことを伝えた。
週明け、僕がアパートに迎えに来ることを楽しみにしていた
らしいしゃらは、露骨にがっかり声を出した。
だから、予定通り迎えに行くよって言ったら大喜びしてた。

まあ……数日間ものすごく緊張してたから、少しくらいご褒
美があってもいいでしょ。

そして、昨日はもう一つおめでたいことが。
そう僕との立ち話を終えてしばらくして、五条さんが破水し
たんだって。

げーっ!
ってことは、あの時もう陣痛が来てたんじゃん!
ヤバ、ヤバ、激ヤバ!

でも五条さん、自分の出産のことよりつきまといの件の方が
気になってたんだろなあ。
ほんとに……頭が下がる。

かっちんとこは大騒ぎで、家族総出で産院に移動。
家の中には誰もいない。空っぽ。鍵も閉めてない。店のシャッ
ターも下ろしてない。
なっつがもしやと思って見に行って、呆れてたって。

わはははははっ!
かっちんちらしいよなあ。

五条さんは、産院に行ってから十時間後、日付が変わってし
ばらくして無事に女の子を出産した。
初産にしてはスムーズで、母子ともに健康。

タカとの子供だからさぞかしでかいんだろなあと思ってたけ
ど、ぱんぱんだったお腹の割には普通サイズで、3000グ
ラム弱だって。

これまで男ばっかでむさ苦しいと公言していたかっちんのお
母さんは、初孫が女の子だったことに狂喜乱舞。
タカは、娘を嫁にくれと言ってきた男はぼこぼこに殴り潰す
と、今から宣言してるらしい。
ぎゃはははははっ!

名前はじっくり考えるのかなあと思ったら、タカと五条さん
の間でずっと前からもう決めてあったらしい。
昨日の夜に、五条さんから赤ちゃんの画像付きでメールが飛
んできた。

『命名 中塚千広(ちひろ)』

うん。
どうしてそう付けたのかがすぐ分かる、とってもいい名前だ
と思った。
タカと五条さんの名前から一字ずつ取ったんだ。

ただ合わせたっていうだけじゃない。
千という字の大きさ。広いっていう字の広がり。
未来はどこまでも広がってるよ。そんなイメージ。

おおらかなタカと五条さんらしいなあと思った。

こう、なんていうか、ここんとこずっともやもやしてたのが
全部いっぺんに吹っ飛ぶような明るいニュース!
これから続くベビーラッシュのトップバッターは、いきなり
場外ホームランでスタートだ!

「ねえねえ、次は誰の番だっけ?」

「順調に行ったら光輪さんとこだよな。確か八月だったはず」

「生まれたら見に行かなきゃね」

「んだ」

「その後が会長で」

「そう。九月。あれ? 片桐先輩のお母さんもそのくらい
じゃなかったっけ?」

「あ、それもあったんだー」

「その後が宇戸野さんとこかー」

「予定日が十月末だったよね」

「ほんとにベビーラッシュだよなー」

「でも、いっぱい赤ちゃんの顔見れるって、嬉しいっ!」

「ほこほこするよな」

「お祝い何するか、考えないとね」

「そうだよなあ。まあ、五条さんとこなら、それが何でも気
にしないとは思うけどさ」

「きゃははははっ!」

「食べるものだけは止めよう。瞬殺されちゃう」

ぎゃははははっ!
路上でハイになって騒ぎまくっている僕としゃらを、他の生
徒が気味悪そうに見てる。
でも、それが全然気にならないくらい気分がよかった。

上げ潮が来てる。間違いなく。
それは僕らが作ったものじゃないけど、でもちゃんと利用し
たい。モチベーションをきっちり上げなきゃ!

期末試験が終われば、そこで大きな区切りの時が来る。

プロジェクトの舵取りは、完全に僕らの手から離れる。
今までまだどこかふわふわしていた受験に対する意識も、がっ
ちり固まってくる。
そしてなにより……。

ぽんいちに入ってから、ずーっとしゃらとの二人三脚で過ご
してきた日々が、一人と一人に割れる。

それは僕らが心から望んでいることじゃない。
逆だ。本当は、そんな時間は一分一秒たりとも過ごしたくな
い。

でも、僕らは挑まないとならない。
一人で過ごす時に慣れること。耐えること。そして、克服す
ること。

三年になってから、僕はいろいろな人に挑み、戦ってきた。
沢渡校長、安楽校長、大高先生、おぎちゃん、中沢先生、浅
田っていうおっさん……。

でも、それは僕と僕を取り巻く世界を守るための戦いであっ
て、それで僕が強く、大きくなったわけじゃない。
成長したわけじゃない。今の僕を守り抜いただけなんだ。

そうさ。
一番強大な敵が、まだ目の前に立ち塞がってる。

それは……自分自身だ。

家族や友達、しゃら。
そういう僕を包んで温めてくれる人たちから離れて、僕は本
当に独りでもやっていけるんだろうか?

あっきーじゃないけど、それをもんもんと考えてたって強く
なるわけなんかない。
僕は僕なりのやり方で、心の芯を鍛えないとならない。

決意するなら土俵際に追い込まれてからじゃなく、こうやっ
て前向きになれる時に。

よーしっ!!

「ちょっと、いっき。何いきんでるの?」

「いや、まず期末をぶっ飛ばさないとさ!」

「そだね!」




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