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三年生編 第57話(4) [小説]

「じゃあ、しゃらとちっかで考えたん?」

「うん。りんも、それで行けるんじゃないかなって言ってた
から」

「板野さんに出来る?」

「板野さん、怒らせたら怖いよー?」

「げ。それは知らなかった」

「去年は、オトナーな簑田先輩が全部仕切ってたから目立た
なかったけど、簑田先輩以上に厳しい。がっちがちに筋で行
く人なの」

「うわあ。分かんないもんだなあ……」

「そう。だから、早稲田先生と合わないのよー」

ぐむ。そうかあ。
簑田先輩は、お母さんがお茶の先生だったから早稲田先生の
やる気のないところは自力で補ってたんだろう。
でも、きちんと指導して欲しい板野さんは、ぬらりひょんの
早稲田先生ならいない方がマシって思っちゃうだろなあ。

「今、すっごいいらいらしてるから、そこにのほーんとうち
の新人が行ったら、ほんとにずどーんて雷が落ちる」

「試練だなあ……」

「でも、そういうのもないと、イベントサポートの大変さを
分かってもらえないもん。本番だけ楽しい、楽しいじゃさあ」

ぶつぶつぶつぶつ。
しゃらが、こぼすこぼす。

「それ、三役にちゃんと投げかけといてね」

「あ、そうだね」

「鈴ちゃんと菅生くんは実務、四方くんが企画だったから、
イベント班出身者が三役に入ってないんだ。今の三役にも、
重さがちゃんと理解出来てないかもしれないからね」

「そうだよねー。はあ……」

とかなんとか話をしているうちに、中沢先生の新居に到着し
た。

いや、ほんとに古くて小さな家なんだよね。
ぐだぐだの中沢先生が、そんなもん立ってりゃいいんだって
言って選んだ感じ。

僕らが着いた気配を感じたんだろう。
門灯と玄関の灯りが同時にぱっと点いた。
それから、持ってた荷物だけ置いてきたって感じのスーツ姿
の先生が、玄関の鍵を開けてひょいと顔を出した。

「ああ、済まんね、わざわざ」

「いや、いいんですけど。片付きました?」

「段ボールがやっとなくなったよ。でも、使えない収納スペー
スが多いから、どう納めるか頭が痛い」

物が少ない中沢先生とかんちゃんの荷物すら収めきれないっ
てことは、ほんとに狭いんだろなあ……。

「まあ、入って」

「はい、おじゃましますー」

リビングは六畳くらいのスペースしかなかった。ほんとに狭
いなー。
だけど物を置きたがらない中沢先生らしく、狭い割にはごちゃ
ついた感じがしない。
座卓とラブソファーと小さめの液晶テレビ。インテリアっぽ
いのはそれだけだ。

でも床には暖色系のラグが敷かれていて、以前の中沢先生の
部屋みたいな無機的な感じはしなかった。
ほっとするような生活感がちゃんと漂ってる。

僕らがきょろきょろ部屋の中を見回していた間に、着替えた
先生がかんちゃんを伴って入ってきた。

「すいません。お手数をおかけして」

かんちゃんが、神妙な顔をしている。

「というわけでさ。入籍することにした」

いきなりすか。僕もしゃらも、思わず苦笑い。
こう、なんていうか、もうちょっと盛り上げるとか、感動の
ワンシーンとか、ないわけ?

まあ、中沢先生だからなあ……。

でも入籍の報告だけなら、僕ら『だけ』をわざわざ呼ばない
だろう。

「何か支障があるんですか?」

「支障ってほどのこともないんだけどさー」

先生が、座卓の上に婚姻届の用紙をぽいっと置いた。

うわあ……初めて見るよ。
これが婚姻届、かあ。

しゃらが、身を乗り出して血走った目で食い入るように用紙
を凝視してる。
今僕がボールペンを出したら、その場でサインしそう。
やれやれ。

僕はまだ十八歳になってないから、法律上無理だからなー。
うけけ。

先生は、用紙の氏名欄のところをぽんと指差した。

「ここさ。問題は」

「は? 問題すか?」

「そう」

思わず、しゃらと顔を見合わせちゃった。

「何が問題なんですかー?」

しゃらが、ストレートに聞き返した。

「わたしもかんちゃんも、今の姓は嫌なんだよ」

あっ!!!



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風来鶏

一般庶民が姓を名乗るのは、明治以降ではなかったかと思います(^^;;
それまでは、「上州新田郡三日月村の紋次郎」とか…
レオナルド・ダ・ヴィンチも、直訳すれば、"ヴィンチ村のレオナルド"ですね(^_^)v
by 風来鶏 (2017-06-09 08:32) 

水円 岳

>風来鶏さん

コメントありがとうございます。(^^)

現在でも姓の概念のない民族はかなり多いようです。
なんちゃらさんの息子、娘みたいのとか、ね。
イスラム圏、アイスランドなんかがそうじゃなかった
かな。

明治以降、姓の制定が行われても、一村全員なんちゃ
ら姓ってのは珍しくなかったそうですし。(^^;;

by 水円 岳 (2017-06-11 20:36) 

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