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三年生編 第54話(8) [小説]

話をする前には、この世の終わりが来たような顔だったしゃ
らは、きりっと表情を引き締めて帰っていった。

まだ何も解決していない。
そして、弓削さんの件が他人事ではなくなった。

お兄さんが善意の第三者ではなくなった時点で、僕らもお兄
さん側に付いちゃってるってことを、シビアに考えなければ
ならない。

「腹減ったー……」

しゃらの泣き声が聞こえたところで理性がぷっつんしたから、
腹が減ってたことなんか全然意識の中になかった。
少し落ち着いた途端に、腹がぐぅぐぅ鳴った。

よれよれ、とぼとぼ。
なんとか家までたどり着いて、ドアに倒れ込むようにして玄
関に入った。

「ぐえー……」

「ちょっと、いっちゃん! 何があったの?」

「ううー、説明するから、その前にご飯食べさせてー」

「むー」

先に説明しろよっていう雰囲気があったけど、腹が減っては
戦が出来ぬ。
トースト焼く時間も待てなくて、食パンをそのままがぶがぶ
飲み込むように胃袋に押し込んだ。

「ぷふー」

「落ち着いた?」

「とりま、一服。ふー……」

「で?」

「その前に、伯母さん呼んでいい?」

「ええー? そんな厄介ごとなの?」

「しゃれにならない。今までで一番ヤバいかもしれない」

「……」

母さんの顔色が変わった。

「回避……出来ないの?」

「出来ない。見て見ぬふりをしたら、しゃらを見捨てること
になる」

「……」

俯いた母さんが、ふうっと細い息を吐いた。

「……分かった」

母さんが伯母さんの家に電話して、呼び出してくれた。
フットワークの軽い伯母さんは、二つ返事で来てくれた。
みんなが着席したところで、伯母さんが僕を急かした。

「いつきくん、なに?」

「伯母さんにってことじゃなく、ここにいるみんなの知恵を
貸して欲しいの」

「どういうことだ?」

父さんが首を傾げた。

「この前、弓削さんていう女の子がここに来たでしょ?」

「ああ」

「その時に、しゃらのお兄さんがその子を連れて突然帰って
きたってことは話したよね?」

「うん」

「実は、それにとんでもない裏があったんだ」

「裏?」

「そう。弓削さんの赤ちゃんは、しゃらのお兄さんとの子供
じゃないの」

「はあっ!?」

よくある出来ちゃったの話だと思い込んでいた母さんは、絶
句。
父さんも実生も、なんだそれって顔をしてる。

あの時は、まだ部分情報しかないから伏せてた話。
今度は、森本先生のカウンセリングも含めて情報がずっと増
えてる。それをみんなにきちんと説明しないとならない。

まず、弓削さんのこれまでの履歴を説明する。

母親の過度の束縛と干渉で、まともに学校に通えてない。
年齢は十六歳なのに、学力は小学生低学年レベル。
学力はまだしも、母親の抑圧で自主性を徹底的に削り取られ
て、まるで奴隷みたいな性格になっちゃってる。

その母親が、死ぬ直前に娘の後見を頼んだのが田中耕七郎っ
ていう札付きの男だった。
田中は弓削さんの母親を溺愛してたみたいで、その頼みを聞
き入れた。

だけど、田中は弓削さんの面倒をまともに見なかった。
母親の死後、弓削さんを自分の住んでいたアパートに連れて
行ったけど、何も世話をしないで放置したんだ。
そこを、田中の腕っ節に目を付けていた窃盗グループに狙わ
れた。

田中は一匹狼で、人に指図をされることを極端に嫌った。
その田中に言うことを聞かせ、危ない汚れ仕事を押し付ける
ために、田中が引き取った弓削さんを拉致して人質にした。

娘を返して欲しければ、俺たちの言うことを聞け、と。

どうしても娘を奪還したい田中は、渋々その命令を飲んだ。
犯人グループは、弓削さんが逃げ出さないように代わる代わ
る犯して妊娠させ、赤ちゃんを生ませた。
足かせを……増やしたんだ。

「……」

ここまで説明した時点で、もうみんなの顔色が悪くなってい
た。実生は涙を浮かべて震えてる。
弓削さんがかわいそうだからじゃない。そういう状況を想像
して、本当に怖くなってしまったんだろう。

「でもね、弓削さんの受けた仕打ちがどんなに悲惨でも、そ
れは僕らに何の関係もないよ。どこかよその出来事さ。母さ
んが何度も僕に言ったように、それはうちには関係ない。新
聞の記事読むのと同じ」

伯母さんが、僕に鋭い視線を投げかけた。
そうだろうなあ……。

「それは、僕が冷たいからだって思わないで欲しい。事実を
知ったからって、僕には何も出来ないからだよ。僕は、何の
力も持たないただの高校生なんだからさ」

「ああ、そうだな」

父さんが、肯定してくれた。
ほっとする。

 


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