So-net無料ブログ作成
検索選択

三年生編 第54話(1) [小説]

6月28日(日曜日)

カーテンを引かなかった窓から光が差し込んで、そのまぶし
さで目が覚めた。

「……っふう……」

ゆっくりと上半身を起こす。
肉体的には何も疲れるようなことはしていないのに、体がずっ
しり重い。芯の部分に鉛の塊があるみたいだ。

手をかざして、窓からの光の束に目をやる。

昨日の大雨から一転して、今日は朝からすっきり晴れてる。
まだ夏の到来を予想させるみたいな蒸し暑さはなくて、からっ
とした晴天。

でもすっきりしているのは天気だけで、僕はちっともすっき
りしない。
しゃらもそうなんだろうなあ……。

ベッドから降りて、机の上に目をやった。
携帯は、昨日からずっと黙り込んでる。

グラナーダから帰ったあと、夜にしゃらから何か連絡が来る
かなーと思ったけど、何もなかった。
きっと、思い切り気疲れしたんだろう。
それでなくても、引っ越しやお兄さんの突然の帰還でばたば
た気ぜわしかっただろうから。

窓から会長の庭を見下ろしながら、考え込んだ。

「どうしようか……」

弓削さんの件。
あまりにいっぱい悪条件が重なってる。そして猶予がない。

こういう時、僕はすぐに伯母さんに話を振って来たんだよね。
でも、伯母さんがここに越してきてから、今までいろんなこ
とで迷惑をかけちゃってる。

とっ始めは、りんと里村さんのことだった。
でも、同居者が居れば家事負担が減ることをちゃっかり利用
した伯母さは、面倒事だって思わないでくれたから、僕的に
は気楽だったんだ。

でも、五条さんが刺された事件でマスコミを追い散らしてく
れたり、閉鎖間際だったローダンセ美術館をぽんと買い取っ
てくれたり……。
その辺りから、だんだん伯母さんが強権発動を厭わなくなっ
てる。

それでも、全部が全部僕がお願いしたことじゃない。
僕が伯母さんに、ああしろこうしろって言えるわけないじゃ
んか。
どれも、伯母さん自身が良かれと判断した上での行動なんだ。

穂積さんが逃げ込んだのもそうだし、橘社長や糸井夫婦関係
のごたごたの時もそう。
僕がリードしたわけじゃないから、気分的には楽だった。
でも恩納先輩やばんこの下宿を打診したのは、本当はまずかっ
たんだ。

僕の持ちかけ方は、同居前提だもん。
もし伯母さんがノーって言ったら、先輩やばんこのダメージ
がしゃれにならなかったんだ。
裏返せば、そういうことを承知で僕が伯母さんにプレッシャー
をかけた形になっちゃってる。

それは……まずいなあと。

だから、伯母さんが頼りになることは分かってても、弓削さ
んの件は極力振りたくなかったんだ。

伯母さんが穂積さんの件をうまくさばけてれば、もっと気楽
に持ちかけられたかも知れない。
でも、居場所さえ確保出来れば、あとは自力でばりばり何で
もこなせるりん、ばんこ、先輩と違って、伯母さんはとこと
んへたってしまった穂積さんの扱いに手を焼いた。

伯母さんは、それに懲りたと思う。

幸い、穂積さんを取り巻く環境はいい方向に進んでる。
穂積さんのご両親が本気でケアする準備を進めてるし、穂積
さんも環境が変わって少しずつ落ち着いてくるだろう。
最悪を考えなくても済む状況になってきたから。

でも、だからと言って穂積さんの代わりに弓削さんを押し付
けるわけにはいかないんだ。
僕自身は何も出来ないのに無神経に伯母さんに頼れば、僕の
横柄な態度はあのクソ腹立つおっさんと何も変わらなくなっ
てしまう。

「……」

今までは、何かあっても必ず打開に繋がる鍵が見えてたんだ。
あの悪魔の時ですらね。

でも、今回はその緒(いとぐち)すら見つけられない。
僕に見つけられないってことじゃない。五条さん、長友さん、
森本先生……いろんなケースに対処してきた百戦錬磨の人た
ちですら、揃って白旗を上げそうなんだ。
それくらい条件が悪い。先が見えない。

「ふうううっ……」

それでも。僕は諦めたくない。
どこかに、弓削さんのケアに繋げられるきっかけがあるはず
だし、僕はそれを伯母さん抜きでは考えられない。

まず、どういう手段が残されているのか、伯母さんにアドバ
イスをもらおう。
それなら、伯母さんに直接面倒見てって話じゃなくなる。
伯母さんだけでなく、母さんにも話しておいた方がいいな。
参考意見は多ければ多いほどいい。

無力感と割り切れなさを抱えながら、僕は着替えて部屋を出
ようとした。

その直前に、机の上の携帯が鳴った。

「しゃらかな?」

ディスプレイを確認する。
やっぱりしゃらだ。

「うい。おっはー」

でも、聞こえてきたのはしゃらの泣き声だった。
ざあっと血の気が引いた。

「しゃらっ! どしたっ!?」

「……」

返事が返ってこない。
泣き声しか聞こえない。

「すぐ行くっ!」

朝ご飯なんか食べてる場合じゃない!
携帯を乱暴に畳んで、それをジーンズのポケットにねじ込み、
一段飛ばしで階段を降りた僕は、家族があっけに取られる中、
血相を変えて家を飛び出した。

なにが?
一体なにがあったんだ!?