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三年生編 第53話(19) [小説]

「でしょ? ろくでなしの親の下で、神様みたいな子供が
育ったとしたら、それは奇跡よ。私たちが親子の間に入るの
は、親から子への負の連鎖を断ち切るため。でも私たちに親
子関係を強制的に切り離す権限がない以上、私たちは子供た
ちに透明な視点を植え付けるしかないの」

「透明な視点……ってなんですか?」

しゃらが、首を傾げた。

「さっき文香のことで言ったでしょ? 親子という繋がりを
外して一個の人間として相手を見ること」

「むー……」

「視点に色を付けない。だから、透明な視点」

「なんか……ぴんと」

「来ない?」

「はい」

しゃらには納得行かないんだろう。

「それは、御園さんが親からしっかり愛されているから」

「……」

「親から愛されてるっていう実感がない子は、親に隷属する
か憎むしかなくなるの。そのどっちも悲劇になる」

ぐんと、しゃらが頷いた。
先生の説明の意味が分かったんだろう。

「その親子の間だけで収束するならいいよ。でも、愛されな
かった子は愛情の形が歪みやすい。成人して自分が親になっ
た時にそれが吹き出しやすいの。直撃を食らうのは、生まれ
てきた子。そしたら、不幸の連鎖が続いちゃう」

降りしきる雨を見上げた先生が、小声で呟いた。

「五条はね。本当についてたの。緊急ケアを大野さんが引き
受けてくれて、長友さんが自立支援の引き受け先を身を粉に
して探してくれた。八内さんの指導も五条にはぴったり合っ
ていた」

「そして、自分をすっぽり受け入れ愛してくれる夫と、おお
らかで暖かい家族が出来て。精神的な余裕が生まれた。安定
した。今までの幸不幸の帳尻は、もうすっかり合ってるの。
でもね」

「はい」

「それは必然じゃない。あくまで偶然よ」

ざあっと、血の気が引く。
雨音が急に耳障りに聴こえてきた。

「あいつの溜め込んでいた恨みの感情が、少しでも受けた好
意を上回ってしまったら、あいつは今でも泥沼の中でもがい
ていたはずなの」

「……」

「もしケアが失敗していても、それはサポートが不十分だっ
たからじゃない。最後に乗り越えなければならないのは、自
分自身だからなの」

先生がくるっと振り返ると、ザクロのマークを指差した。

「ザクロはね、神様の果実なんかじゃない。酸っぱいし、種
ばかりで食べにくいし、すごくおいしいとも言えない。吉祥
果と言われていても、何かの特効薬というわけじゃない」

「ザクロは母子の象徴であると同時に、私たちにとって決し
て甘くない現実を戒める象徴でもあるの」

そうか……。

「じゃあ、なんでザクロっていう組織名にしなかったか。工
藤くんが不思議に思ってたのはそのことでしょ?」

「あ、はい」

「この施設で扱う案件には、外国人絡みのものも多いからな
の」

「!!!」

「不法移民や不法滞在者。彼らは日本の行政サービスを受け
られない。そのとばっちりは誰が食う?」

「……子供ですね」

「でしょ? 正規に教育、医療のサポートを受けられず、こ
そこそ逃げ隠れしながら暮らしてたんじゃ、まともな子供に
育つはずがないの」

「外国人には、アルファベットは読めても日本語は分からな
いわ。英名併記だけだと、非英語圏の人には分からない」

「だから、いろんな人にここのイメージを伝えられるよう
にって、あえてスペイン語の機関名にしたの。マークもそう」

「……」

「日本人にはザクロはあまりなじみがないけど、海外ではザ
クロは豊穣、母性の象徴として広く受け入れられている。そ
こから連想しやすいでしょ?」

「すごいなあ……」

「あはは。所長に話を振ったら、一時間でも二時間でも熱心
に話してくれるよ」

丁寧に話をしてくれてた森本先生は、僕らを送り出す直前に
こんなことを言い残した。

「本当はね、さっき工藤くんに話していたような児童福祉の
ことについて、もっと多くの人に知ってもらいたい。私たち
の活動内容も、もっとピーアールしたいの。でもね……」

「はい」

「出来ないのよ。それが」

「えっ!? どうしてですか?」

「人数も予算もぎりぎりでやってるところにSOSが殺到し
たら、さばき切れなくなるから」

「……」

「間違いなくそれが児童福祉の現状だっていうことを……」

先生が、大きな溜息をつきながら雨空を見上げた。

「あなたたち二人だけでも、よく覚えておいてね」

 



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