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三年生編 第53話(17) [小説]

僕らより一足先に、所長さんが車で弓削さんを送って行った。

森本先生と雑談をしていた長友さんが席を立ったので、僕ら
も帰る準備をして建物を出た。

「あ、そうだ。先生」

「なに?」

僕は玄関口の施設のマークを指差した。

「このグラナーダっていう名前は、どんな意味なんですか?」

「ああ、これね」

ひょいとマークを指差した先生は、その輪郭をなぞった。

「グラナーダは、スペイン語でザクロのこと」

「!!」

そっかあ! それでどっかで聞いたことがあるような気がし
たんだ。

「そういや、工藤くんはスペインの血が混じってるんだった
よね?」

「はい。それでなんか懐かしい感じがしたのかあ……」

「お母様は、今でもスペイン語を話されるの?」

「うーん、滅多にないかなあ。スペインの大伯父と電話で喧
嘩する時くらいです」

どてっ。
みんながぶっこけた。

「ちょっと、いっき。お母さんて、向こうの親戚と仲が悪い
の?」

しゃらが突っ込んでくる。

「最悪だよ。二度と口なんか利きたくないってさ。それなの
に、向こうが懲りずにちょっかい出してくるんだよなあ」

「なんで?」

「向こうの後継者候補がみんなぼんぼろりんみたいで、僕を
跡継ぎに狙ってるんだってさ」

「げえええええっ!?」

しゃらがのけぞって驚いた。

「ばかたれ。スペイン語のスの字も分からんのに、跡継ぎも
へったくれもないよ。それに、おばあちゃんの親族には一回
も会ったことないもん」

「ねえ、工藤くん。お母様の家系って、跡継ぎに拘るほどの
名家なの?」

興味津々で森本先生が突っ込んできた。

「いやあ。母に言わせれば、ど貧乏の田舎貴族でろくでもな
い気位以外は何もないそうです」

ずどおおおっ。みんながずっこけた。

「わはは! それじゃ、跡継ぎたいなんて思えないよね」

「いや、もしお金とかお城とかがあっても、僕は絶対にイヤ
です。母や祖母をゴミみたいに扱った人たちなんか、顔も見
たくないっす」

「ああ、そういうことね」

苦笑した森本先生は、僕から視線を外し、マークを指でもう
一度なぞった。

「ザクロはね、東洋でも西洋でも、昔から豊穣、多産の象徴
とされてるの」

「へー。知らなかった」

「どうしてですかー?」

しゃらが先生に聞き返した。

「ザクロは、実の中身のほとんどがタネよ。それを子宝に見
立てたんじゃないかな」

「そっかあ」

「それとね」

「はい」

「自分の子供の飢えを満たすために、他の子供をさらってそ
の肉を食べさせてた鬼子母神っていうのがいて、その蛮行を
止めさせるために、釈尊が代わりに人肉に似たザクロを与え
たっていう俗説があるの」

げ……。ぐ、ぐろい。

「きしもじんていうのは化け物なんですか?」

「いや、れっきとした神様よ。入谷の真源寺が有名ね」

「へー!」

「元々は五百人も子供がいた神様。だから、安産や子宝を祈
願したり、子供の健康、安全を祈る対象になっているの。そ
の鬼子母神が、手にザクロを持ってるの」

「知らなかったー」

「お地蔵さまが子供の守り神だとすれば、鬼子母神は母子の
守り神ね」

なんとなく……見えてきた。

「そうか……」

「なに?」

「いや、なんでザクロなんかなあと思ったんですけど」

「うん」

「子供の保護だけじゃない。親子の関係を取りなすのもここ
の目標に入ってる。だから、ザクロなんじゃないですか?」

「はっはっは! さすがだねえ、工藤くん。その通り!」

先生がばしんと僕の背中を張った。
いてて。

「実の親の代わりは、誰にも出来ないの」

先生が、目を細めて降りしきる雨の向こう側を見つめる。

「五条の親のように、親としての資格がない大人はいっぱい
いるよ。でも、だからと言ってその代わりになれる親はいな
いの。実の母親も父親も、それぞれ一人ずつよ」

「……」

 



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