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三年生編 第52話(8) [小説]

「ええと。弓削さんは、たぶんびっくりされてると思います。
警察官の五条さんはともかく、なんでいきなり知らない僕の
ところに行けって言われたか」

「はい」

弓削さんは、はっきり答えた。
じゃあ、ここでゴングを鳴らそう。

かあん!

「それはね。僕も彼女も、とんでもなく訳ありだからです」

「え?」

僕は、履いていたジャージの裾をまくって膝の手術後を見せ
る。

「これは、僕の中学の時の怪我の跡。怪我の原因はイジメで
す」

「……」

じっと傷を見つめる弓削さん。
僕は裾を元に戻す。

「そして、僕の彼女の御園さんも、中学の時にクラス全員か
ら暴力を含む激しいイジメに遭ってます」

「はい」

「当然ですけど、僕らはなぜそんな目に遭わなければならな
いのか、今でも納得していません」

「……」

弓削さんが、こくっと首を傾げた。なぜ?っていうように。
ああ、やっぱりか。

「これまで大きな挫折を経験したことがない人が弓削さんを
手助けしようとしても、心の中に踏み込めない。ケアが上滑
りする。五条さんは、それをすごく気にしてるんです」

「そうですか」

うーん。リアクションが不思議……いや異様だ。
反発でも、肯定でもない。

ずっと穏やかな表情のままで、嫌悪とか寂しさとか、そうい
うものが一切見えてこない。

問題は、本心を隠しているのか、本当にこの枯れた姿勢が彼
女なのか、だ。
限られた時間と手段では、五条さんにも池端さんにも掴めな
かったんだろう。

でも。
僕には大体見えてきた。
確かに、ものっすごく珍しいケースなんじゃないかと思う。

いじってみるか。

「それでですね」

「はい」

「僕らは、弓削さんの嘘偽りのない本心を聞かせてもらおう
と思って、こういう機会を作りました。それは、僕らや五条
さんのためじゃない。あなたのこれからをみんなでサポート
するためです」

「はい」

「ですから、最初から本心を全部ぶちまけろとは言いません
が、きれいごとなしで、しっかり気持ちを聞かせていただき
たいんです」

「あの……」

僕の言葉を制止して、弓削さんが困惑の表情を浮かべた。

「あたし、ずっとほんとのこと言ってます」

「ほんとって?」

「あたしに何かしてくれるのはうれしいです。だからこれで
いいです」

「赤ちゃんは? みわちゃんのことは?」

「自分で育てます」

「うん。でも、それは無理だよって言われてるんだよね?」

「どうしてですか?」

「仕事、どうするの?」

「……」

反論出来なくて黙ったっていうより、それがどういうことか
分からないっていう反応だ。

ああ。
確かに、こりゃあ無理だ。
五条さんが手を焼いたのが、よーく分かる。

僕がキレて見せて、それで新しい切り口を作ろうとしても無
駄だな。
じゃあ、さっさと次のステップに進もう。

「ええとね。とりあえず、話し合いはこれで終わりにします」

「え!?」

しゃらと池端さんが、大きな声をあげて飛び上がった。

「ちょ、ちょっと、いっき! これでって、まだ何も……」

「いや、これ以上話をしても、弓削さんからは何も出てこな
いよ。だって、弓削さんは何もウソを言ってない。そのまん
ま、思ってるまんまを話してる。そうだよね?」

「はい」

弓削さんは、すっと頷いた。
あたしはずーっとそうしてるよっていう、ちょっと疲れたよ
うな表情で。

うん。分かった。ごめんね。

「池端さん。彼女を送っていってください。僕はすぐに五条
さんと連絡を取ります」

「分かりました」

 


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風来鶏

♪籠の中の鳥は いついつ出やる…
このお嬢さん、五条さんが手を焼くわけですね(^^;;
by 風来鶏 (2017-03-16 00:31) 

水円 岳

>風来鶏さん

コメントありがとうございます。(^^)

やり取りが、どうにもとんちんかん。それが、弓削さんの姿勢
として出るものならブリっ子なんでしょう。でも、とてもそう
には見えないんです。さて……。
by 水円 岳 (2017-03-17 01:10) 

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