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二年生編 第24話(5) [小説]

おっと、話が逸れちゃった。

「で、しのやんはじんが引退したあとの調整を、実質一人で
こつこつこなしてくれる。うちのプロジェクトの要なんです。
そのしのやんが、この前の交流会で……」

「うん?」

「北尾さんにふぉーるいんらぶ」

会長と若槻さんがぶっこけた。

「いたた……」

「か、会長、大丈夫ですか?」

「ああ、びっくりしたあ」

「へえー……」

若槻さんは、フクザツな表情。

「いましのやんにどつぼられると、プロジェクトの活動がこ
けてしまうので、今日の午前中の作業が終わった後で、本人
交えて作戦会議やってたんですよ」

「作戦会議?」

会長が首を傾げる。

「だって、メリアは鉄壁で囲まれてますから。しのやんだけ
でなくて、僕らの誰にも手の出しようがない。どうしたもん
かなーって」

若槻さんが、ちょっと呆れたような顔で聞き返した。

「で、どうすることにしたの?」

「それがですね……。妙な方向に転がったんですよ」

「え?」

「しのやんは、もともと作家志望でミステリーや謎解き系が
大好き。冗談で、僕やばんこ、さとちゃんとミステリー班と
か言って、わいわいやってるんです」

「ふうん」

「でも、彼の勘や読みは侮れない。僕らが見落としてしまう
ところを、彼は嗅ぎ当てる。そして、それをちゃんと足で稼
いで裏付ける。プロジェクトが発足する最大の鍵となった、
ぽんいちの過去の事件を洗い出したのも、彼の力なんです」

「あ、そうなんだ」

会長が、うんうんとうなずいた。

「しのやんは、最初鉄のカーテンの向こうにアクセスできな
いことで、むっちゃしょげてました。だから、アタックする
前に、ちゃんと彼女の実像を見ておくようにとアドバイスし
ました」

若槻さんが微笑む。

「ええ。賢明ね」

「いきなり告ったら、間違いなく玉砕ですよ」

会長が乗ってきた。

「それで。どうしたの?」

「彼は、北尾さんが行ってた中学が家のすぐ側だったよう
で、友達から辿って彼女の中学時代の情報を集めました」

ぎょっとして、若槻さんが僕の方を向いた。

「そこで交流会の時の姿とのあまりのギャップに、絶句した
ようです。彼女、ずっと孤立してたんですね」

「ふう……」

若槻さんが、うつむいて力なく息を吐く。

「あなた方の情報網というのは、凄まじいのね。確かに今は
隠せても、過去は隠せない。友人をたぐられると、オトナは
手を出せない。厄介ね」

「でも……今日集まったのは、ゴシップや浮ついた話じゃな
いんですよ。彼は、そういう精神的に危うい人の気配を、気
持ち悪いほど敏感に察知するんです。彼は……。アブナイ、
と言った。それは恋愛以前の心配だと」

若槻さんの顔色が変わる。

「どういうこと?」

「分かりません。僕たちも、まだ断片的な情報しか持ってい
ませんから。でも、小野寺さんの時も、発煙事件の時も、表
面に見えない病んでる部分を、しのやんだけが真っ先に見抜
いた。僕は彼の直感を信じたいと思います」

会長が慎重に言葉を選ぶ。

「いつきくん。それは……なんらかの緊急の手立てが彼女に
必要だということ?」

「分からないんです。さっきも言ったけど、僕らには手札が
もうない。あるのは、しのやんの直感だけ。りんが……鋭い
ことを言いました。北尾さんの状態は、ドーピングだと」

僕らの時と同じように、会長と若槻さんの顔も強ばる。

「もちろん麻薬とか、そんなヤバい話じゃなくて。自分の元
気を外から与えられて無理にテンションを上げてる。そうい
う状態のこと。でも、それが切れると……反動がでかい」

若槻さんが、さっと立ち上がった。

「工藤さん。偶然だったけど、大事なことを聞かせてもらえ
て本当に良かった。もう決定は取り消せないけど、その方が
良かったかもしれない。しばらくフォローに動きます」

「もし、ぽんいちで受け入れてもらえるようなら、ぜひ助け
てあげて。もう、わたしの立場では切れる札はないの。歯が
ゆいんだけど……」

唇を噛んだ若槻さんが、会長にお礼を言って、足早に帰って
行った。

「すみません、会長。もう出産の日も近いのに、厄介事を持
ち込んじゃって……」

「いえ、いいのよ」

会長が、少しだけ首を傾げて僕を見る。

「いつきくんも、篠崎くんも、とてもいい耳を持っている。
でも、それだけじゃ意味がない。あなた方は、悲鳴を聞きつ
けたらそこへ走る。なんとかしようとする」

「御園さんも、小野寺さんも、久我さんも。みんなそのこと
に驚き、そしてあなたや篠崎さんに出会えた幸運に感謝してる」

会長は、そう言ってしゃらの顔を見た。
しゃらが静かにうなずいた。

「もちろん、わたしもそうよ」

お腹に手を当てた会長が微笑む。

「だから、今度もきっとうまく行くでしょう。わたしはそう
信じてるわ」

会長が庭の一角をゆっくり指差した。
そこに、ちょっと変わった花が咲いているのが見えた。
白っぽい花なんだけど。花芯が黒い。

「あれはね、ヒヨス。去年の秋に蒔いたから、ぼつぼつ花が
咲き出したわ」

会長がゆっくり立ち上がって、僕らをそこに誘った。

うわ……。
美しいとはお世辞にも言えない。
白地にまるで血管のように黒い編み目が走っている。
どっちかと言えば……気持ち悪い花。

しゃらも、あまり近寄って見ようとしない。

「変わった花でしょ? 毒草。悪魔の草とも呼ばれるわ。で
も、それは人間の都合。悪魔と呼びながらも、人間は大事な
薬用の植物として、これを育ててきたの」

「……何に使うんですか?」

しゃらがおっかなびっくり聞いた。

「痛みやけいれんを抑えるのに使われる。それにね」

花を指差した会長が、ゆっくりと笑う。

「この草のエキスはアトロピンという成分を含んでる。それ
には瞳孔を開く作用があるの。目がぱっちり開いて見える」

じっとその花を見ていた会長が、呟くように言う。

「わたしはね、この花を美しいとは思わない。でも、美しさ
が乏しくても……わたしの目をこじ開ける」

「わたしの心の目を」

しばらくそのまま黙って立ち尽くしていた会長が、ゆっくり
席に戻った。
僕らも後に従う。

「わたしは一帆を救えなかった。わたしの目は、耳は。そこ
まで鈍くなっていた。だから、ヒヨスはわたしの戒め。目を
見張りなさい。耳を澄ましなさい。小さな嘆きを、小さな叫
びを、見落とさないように、聞き逃さないように」

心の中の小さな不安がこぼれ出るかのように。
ぽつぽつと、雨が僕らを打ち始めた。




hys.jpg
今日の花:ヒヨスHyoscyamus niger


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コメント 8

ameya

わ、変わった花ですね!!
by ameya (2012-05-22 09:16) 

hajime

見た目はインパクトがありますね。
毒も強いようですし観賞用として育てる人は
あまりいないのかもしれませんね。
by hajime (2012-05-22 20:54) 

そら

すごい花ですね。一瞬は美しいと思いました。
でも見返すと、やっぱり毒っぽい。不思議な魅力ですよね。
by そら (2012-05-22 22:17) 

水丸 岳

>ameyaさん。

コメントありがとうございます。(^^)

インパクトはありますね。鑑賞に耐えると考えるか
どうかには、個人差があると思います。(^^;;

by 水丸 岳 (2012-05-22 23:54) 

水丸 岳

>hajimeさん。

コメントありがとうございます。(^^)

小さいお子さんやペットを飼われてるご家庭には
お勧めしません。(^^;;

種は入手出来ますけど、薬草園みたいなところ以外
では見られないかも。

by 水丸 岳 (2012-05-22 23:56) 

水丸 岳

>そらさん。

コメントありがとうございます。(^^)

黒い脈の部分がちょっと血管ぽく見えてしまうのが、
ちと。(^^;;

ただ、眼科ではお世話になってます。(^^)
検査の時に、瞳孔開きっぱなしにするのに使われる
ので。(^^)

by 水丸 岳 (2012-05-22 23:57) 

yoko-minato

ヒヨス・・・毒草、悪魔花?
でも薬草なんですね。
見た目ですぐにきれいじゃない
そう思うのはいけないと反省でした。
by yoko-minato (2012-05-23 06:08) 

水丸 岳

>yoko-minatoさん

コメントありがとうございます。(^^)

毒と薬は裏表。
猛毒で知られるトリカブトも、実は心臓の薬です。
もちろん、素人に扱えるものではないんですが、
観賞用にも薬用にもなるというところは、よく
似ていますね。(^^)

by 水丸 岳 (2012-05-24 02:09) 

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