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第148話(1) [小説]

2月24日(日曜日)

さんざんな一週間だった。

試験に追われて、終わってやれやれと思ったら、五条さんが
刺されて。
何とか一命を取り留めてほっとしたら、今度は師範が亡く
なった。

こんな不幸の詰め合わせは要らない。

師範の告別式から戻った時の、あっきーの家の空虚さはとて
つもなかった。
家のだだっ広さが、寂しさ、悲しさを増幅する。
どんなに寂しさに慣れてるって言っても、あそこで一人で暮
らすのは無理だ。

あっきーがすぐに返事をしなかったのは、得るものと失うも
のを天秤にかけたからだろう。

慣れ親しんだ山形の気候風土。長年付き合いのある友達。
道場の空気や、お弟子さんとのやり取り。
それを失わなければならない。

でも……。
学校や稽古場にいる以外は、ずーっと一人。
一人なんだ。

誰もいない。
食事も一人。
会話する相手もなく。

会長のところに来れば、慣れ親しんだものは失う。
でも僕や実生、しゃら、りん、かっちん、なっつ、てんく。
見知った顔がいっぱいいる。

食事も一人じゃない。会話もできる。
何と言っても、会長が母親代わりを務めてくれる。
今まで、欲しくても欲しくても得られなかった肉親。
その代わりを務めてくれる人が、いつも側にいる。

じっくり熟考して、あっきーはこっちへ来ることを選択した。

高校の友達の多くは、中学時代の同級生じゃなくなってる。
学年の代わり目で、クラスメートはどうせ入れ替わる。
だったら、こっちに来ても同じこと。

付き合いの浅いお弟子さんや、お金のことしか考えない親族
の間で肩身の狭い思いをするくらいなら、自分のことを真剣
に心配してくれる人の中で過ごした方がいい。

そう考えたんじゃないかな。

返事は僕の携帯に来た。
すぐに会長に連絡を回して、安楽先生に手続きのことを聞いた。
小中学ほどじゃないけど、高校でも親の転勤に伴う転校はあ
る。小野寺さんみたいな例もあるし。

転入試験は明日。
期末試験と同じようなものだから、気楽に受けなさい。
安楽先生はそう言った。

あっきーは頭は良かったはずだから、心配ないと思う。

試験の結果はすぐ出るって言った。
明日の試験の後で、合否が決まるだろう。

「お兄ちゃん、亜希お姉ちゃんは何時に着くんだっけ?」

「11時には田貫駅に着くって。父さんが車出すっていうか
ら、一緒に行こう」

「うん」

去年は、ありあまるあっきーのエネルギーに戦々恐々として
たのに。今はみんな、あっきーにどう触るか決めかねてる。

ふう。

父さんの運転する車で駅まで行って、あっきーを探した。

「あ、いっき、出迎えさんくす」

「みんなで来たよー」

「わーい、実生ちゃん、この前はありがとね。嬉しかった
よー」

見かけは元気だ。でも、弾けるような感じじゃない。
空元気。

「おじさん、おばさん、お世話かけます。済みません」

「とりあえず、明日の試験ね。今日はゆっくりして、明日に
備えて」

「はい」

「あ、あっきー。ちょっと寄るところがあるんだ。付き合っ
てもらっていいかな?」

「どこ?」

「五条さんとこ。昨日、集中治療室から一般病棟に移ったん
だ。だいぶ病状が安定したから、面会できるようになったの。
師範のことを……伝えとこう」

「……分かった」

本当は、もう少し後の方がいいんだろう。
でもあまり間を空けると、五条さんがすごく気にすると思う。

父さん、母さんに車で待っててもらって、実生とあっきーと
僕の三人で、病室に向かった。

個室をノックする。

「おう。開いてるぞ。入れー」

タカの声がする。

三人揃って病室に入る。

腕に点滴の管をつけた五条さんが、笑顔でこっちを向いた。
反対側の手は、がっちりタカが握ってた。

「あら、いつきくん、実生ちゃん。え? 亜希ちゃん、わざ
わざ見舞いに来てくれたの?」

びっくりした表情の五条さん。

「五条さん、お久しぶりです。災難でしたね」

「うー、どじったわ。風邪引いてる時に余計なことするもん
じゃないわね」

五条さんの顔が急に曇った。
あっきーの表情の影を読んだんだろう。

「亜希ちゃん、何かあったの?」

「……。五条さんの事件と同じ日に。じいちゃんが亡くなり
ました。心筋梗塞で」

体を固くした五条さんが、顔をしかめる。

「いてててて」

「ちさ、無理すんな」

「ふう……」

五条さんが、悲しそうな顔をする。

「吉田さんに、あまり体調が良くないとはお聞きしてたんだ
けど……。もう一度、稽古をつけてもらいたかったなあ」

そう言って。
すーっと涙を流した。

師範は傷付いた五条さんを立ち直らせるために、厳しく稽古
をつけるだけでなくて、お父さんのような愛情を注いだんだ
ろう。亜希ちゃんと分け隔てなく。

「で。亜希ちゃんはどうするの?」

五条さんは、すぐに意識をそっちに移した。
どこまでも子供のことを心配する、優しい五条さん。

「波斗さんのところに、下宿させてもらうことにしました。
波斗さんは5月に出産で、ご主人はその後、仕事で航海に出
るそうです。わたしの生活費を持つ代わりに、家事、育児を
分担して欲しいって言われました」

五条さんが、ふわっと笑った。

「良かったね。亜希ちゃん」

「はい」

「会長さんはとても厳しくて、でもそれ以上に優しい方。失っ
たものを自力でどう取り戻すか、そのコツを知っておられるの」

「亜希ちゃん」

五条さんは、顔をねじってあっきーの方を向いた。

「幸福はね、取りに行かないとだめよ。黙っててもそれは来
ない。わたしは、いつきくんたちに背中どやしてもらって幸
福を捉まえた」

五条さんが、がっちりタカの手を握ってる。

「さっきね。タカのプロポーズを受けたの。こんなことが二
度三度あったら、気が狂うって言われて。おまえからは絶対
に目を離せないって言われて」

五条さんが、弾けるような笑顔を見せた。

「わたしは。わたしに欠けてたものを全部タカにもらった。
わたしがどうしても欲しかったものを、全部タカにもらった。
だから、わたしの全てはタカのもの」

「好き。大好き。どうしようもなく好き。わたしはそう言っ
た。タカもそう言ってくれた」

「亜希ちゃん。わたしはこれでやっと過去を清算できる。師
範にもらったものを、活かすことができる。そう……師範に
伝えて」

「ちさ。傷に障る。そのくらいにしとけ」

タカがそう言って、五条さんの口を自分の口で塞いだ。

うむぅ。五条さんの手がタカの頭の後ろに回る。

ちょっと。
僕らには刺激強いっす。

赤面してたあっきーが、一言言い残す。

「五条さん、おめでとう。わたしも……探します。背中押し
てくれる人はいるんだから」

さて、邪魔者は消えよう。



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