「でもね。じいちゃんは誰にも継がせるつもりはなかったみ
たい」
「昼に弁護士さんが来て、じいちゃんの遺言状を公開したん
だけど、誰が道場を継いでも、八内の名前を付けることは許
さないって書いてあった」
「わしは自分で勝手に流派を立てた。ここまで弟子が育って
くれたのは嬉しいが、わしの技の全てを再現出来るやつはい
ない」
「継ぎたいなら、それを自分で埋めて自分の流派を立てろ。
それが優れていれば引き継がれるし、粗悪なら潰れる。それ
だけだ……って」
……。じいちゃんらしい。
「じゃあ、どうするの?」
あっきーが、またうつむく。
「分からない。じいちゃんは、土地屋敷をじいちゃんやわた
しじゃなくて、吉田さんの名義にしてあった。だから、今の
わたしは居候みたいなもの」
ひ、ひどい。
「それって……」
「いや、じいちゃんが心配してくれたんだと思う。わたしの
親戚は、父方も母方もお金に汚い人ばっかりなの。土地屋敷
をわたしが継いだら、必ず相続騒動に巻き込まれる。わたし、
未成年だから。それを心配したんだと思う」
ずっと黙ってた母さんが声を掛ける。
「亜希ちゃん、本当にどうするの? 今のままだとどうにも
ならないでしょ?」
あっきーが、べそをかき出す。
「わ、分かりません。今は何も考えられません」
四人で途方に暮れていたら、吉田さんがまた顔を出した。
「工藤さん、お嬢さんのことで親身になってくださって、あ
りがとうございます。まさか師範が、ああいう遺言を残して
らっしゃるとは思ってもみなかったもので……」
沈痛な面持ち。
そりゃそうだ。
あっきーには、土地屋敷も看板も継がさない。
全部取り上げて、出てけっていう遺言。
じいちゃんは、なんでこんなに厳しいことをあっきーに押し
付けたんだろう?
「あっきー、誰か友達に相談した?」
首を振るあっきー。
僕に取ってのかっちんやなっつのように、本音で重たい話を
出来る友達が作れなかったんだろう。
前に心配してた通りだ。
吉田さんが誰かに呼ばれて席を外した。
そして、ちょっと慌てた様子で戻ってきた。
「お嬢さん、波斗さんと言われる方が見えてます。お嬢さん
にお会いしたいとのことなんですが、こちらにお通しします
か?」
うげーっ!!
会長、そのお腹で大丈夫っすかあ?!
あっきーもびっくりしてる。
「お願いします」
黒いコートを着た会長が、ご主人を伴ってゆっくり歩いてきた。
お腹が少し目立つようになってきたなあ。
「亜希さん、お久しぶり。おじいさまは大変だったわね」
涙目でうなずくあっきー。
吉田さんが気を利かせて、折り畳みの椅子を持ってきた。
会長が、窮屈そうにそれに腰を下ろす。
「ねえ、亜希さん。いつきくんも、御園さんも。いろいろな
ことを乗り越えて、本当にタフになってきたの。去年の5月
にわたしが警告したことを、ちゃんと意識して」
「だから、あなたもそろそろ覚悟なさい。自分に立ち向かう
勇気。それを身に付けないと」
「先ほど吉田さんという方から、おじいさまの遺言のことを
伺いました。おじいさまの言い遺されたことは、とてもシン
プルなの」
「これまではわたしが守って上げられたけど、もうおまえを
守るものはいないんだ。ちゃんと立て。自力で立て。そのた
めに必要なものは、わたしが教えたはずだ」
あっきーがうなずく。
「ただね。あなたにはまだまだ訓練がいる。おじいさまの陰
で守られ過ぎたあなたが今外海に出たら、すぐに溺れてしま
うわ」
「二年。二年間猶予をあげます。その間に自分を鍛えて、道
を探しなさい。そのために必要なものはわたしが提供します」
「生きるってことは、そんなに甘くありませんよ」
笑顔の会長が、どこまでも苦い言葉を吐く。
「あ、あの。どういうことでしょう?」
首を傾げるあっきー。
「亜希さん。わたしのところにおいで。わたしは今年5月に
出産予定なの。主人は、そのあと一か月くらいしか地上勤務
を続けられない。また海に出ないとならないの」
「わたしの育児を手伝ってちょうだい。その代わり亜希さん
の生活費はわたしが見るから。学費はおじいさまが残してく
ださってる」
「どう? わたしのはあくまでも提案。あなたが今すぐ自立
するというのなら、それでも構わない」
とことんびっくりの提案。
でもそれは、会長が思いつきで言ったことじゃないと思う。
いつか来るじいちゃんとあっきーとの別れ。
それをあっきーがすんなり乗り切れないことを、もう最初に
予測してたんだろう。
あっきーは、じっと会長の目を見つめていた。
それから……。
「会長さん、お申し出ありがとうございます。一晩、時間を
もらえますか?」
「一晩と言わずに、ゆっくり考えてくださいね。わたしはこ
れで帰ります。お返事はいつきくんを介して伝えて。もちろ
ん、直接でもいいけど」
会長は携帯の番号を書き残し、さっと姿を消した。
唖然とする。
「ねえ、母さん。なんで会長はわざわざこっちに来たんだろ
う? 提案だけなら電話でもいいと思うんだけど」
「そうねえ……」
母さんはあっきーの方を見て、心配そうに言った。
「会長は、亜希ちゃんの目を見たかったんでしょ。亜希ちゃ
んの言葉が本心からか、強がりか。それは付き合いの浅い会
長には分からない。でも目に力があるかないか、それは見れ
ば分かるから」
ふーっ。母さんが深い溜息をついた。
「わたしが見たって分かるよ。今の亜希ちゃんは、迷える子
羊そのもの。自立なんてとんでもない。すぐにすがるものを
探そうとするでしょ。危なっかしくってしょうがない。会長
が提案しなかったら、わたしが提案してたわ」
どえーっ!
あっきー、しょげしょげ。
そうだよなー。
しゃらのおばあさんの時には、いずれご両親が戻って来るっ
ていうあてがあった。
でも、あっきーの場合は、これ以上は絶対に良くならない。
頼る人がいないという状況は改善しないんだ。
たぶん、会長も母さんも同じことを言うだろう。
自立は、一人で暮らせっていうことじゃないよって。
どうやったら自分を崩さずに生きていけるか。
その方法と、心を分け合える相手を探せってことだと思う。
−=*=−
僕らは、告別式まで出ることにした。
学校が引けてから通夜に駆けつけてくれたクラスメートはた
くさんいたけど、元気出してって声掛けるだけで、みんな
帰ってしまった。
親友も、近しい身内もいないあっきーには、じいちゃんとの
最後の夜を一緒に過ごす相手が、お弟子さん以外いない。
寂しさがしんしんと忍び寄る奥の間に布団を敷いて、僕らは
静かな長い夜を耐えた。
母さんと実生が静かな寝息を立ててる。
僕は眠れなくて、ずっと目を開けてた。
突然あっきーに話し掛けられる。
「ねえ、いっき。しゃらとはうまくやってるの?」
「うん。おかげさまで」
「そっか……」
しばらくして。
「もう。わたしは入れないんだよね」
……。
「うん、ごめんね。僕は選んだんだ」
「そう……」
切ない吐息。
「いっきは、強くなったんだね」
「そうかな」
「そうだよ。はっきり物を言うようになった」
「うん……。いろいろ……あったから」
「そっか……」

今日の花:
スイセン(
Narcissus tazetta var.
chinensis)
こんばんは。
あっきーは、どんな生き方を選択するのでしょうか・・・。
by まる (2012-02-22 00:59)
あまり、悪党なヒトは出てこない代わりに、登場のみなさん、波乱万丈ですね。
あっきー、どうなるのか?
いっきは、どうしてあげるのか?
しゃらは?
これが、小学校ならば、結構立ち入っても構わないだろうけれど、
もう、一人の巣立ちを考えて、甘やかしたり、お世話を焼いたりは、
遠慮する時期のだと思うだけに、強くならなくちゃという登場人物たちの苦境が痛いほどですね。
いろいろ、考えちゃいますね。
by kiyo (2012-02-22 13:07)
あっきーちゃん・・抱き締めてあげたくなりました。
ああ・・あっきーちゃん、すっごく幸せになって欲しいな^^
強くなって、成長して、ほんと幸せになってほしいです!
by yoshinonoko (2012-02-22 20:47)
初夏に咲く大きなスイセンもダイナミックでいいですが
この時期のスイセンは小ぶりでかわいらしいですね。
by hajime (2012-02-22 21:06)
「うん、ごめんね。僕は選んだんだ」
このセリフ、今の私にすごく心に響きました。
優しくて冷たくて強い。
いっき君、すてきです。
by ももんが (2012-02-22 23:04)
>まるさん
コメントありがとうございます。(^^)
次の話から、あっきーの選択に絡んだ展開になります。
さて。(^^)
by 水丸 岳 (2012-02-22 23:49)
>Kiyoさん
コメントありがとうございます。(^^)
まさにおっしゃる通りで、小さいこどもではない、もう
少しで巣立ちを控えたあっきーをどう扱うか。
実は非常に微妙なんですね。
あっきーに両親がいないという期間が短ければ、会長も
手を出さなかったでしょう。
会長がいっきやあっきーに対して示す態度。
実は、これも一筋縄ではないんですが……まだ先の話。(^^)
単純な善悪対比にしないのはわたしの流儀みたいなもの
で、同様の理由でしゃらやいっきのライバルも簡単には
登場させません。
それでも、もめる二人。(^m^)
by 水丸 岳 (2012-02-22 23:55)
>yoshinonokoさん
コメントありがとうございます。(^^)
あっきーは単純で天然ですが、寂しがり。
その寂しがりのところで自分を崩さないようにという配慮
を、会長がします。
それをあっきーがどうこなしていくかですね。(^^)
by 水丸 岳 (2012-02-22 23:59)
>hajimeさん
コメントありがとうございます。(^^)
わたしはどちらかと言えば、こういう小輪のスイセン
の方が清楚な感じで好きです。(^^)
by 水丸 岳 (2012-02-23 00:31)
>ももんがさん
コメントありがとうございます。(^^)
転校がなければ、あっきーとまとまってたかもしれ
ないいっき。
でも、実はあっきーの慕情はちょっといっきには
重かったんです。(^^;;
理由は後で分かります。
by 水丸 岳 (2012-02-23 01:23)
次はどうなるんでしょう?
子どもの友達に「あっきー」君がいるので、
幸せになってほしいです。
また楽しみにまってますね^^
by koume (2012-02-23 18:44)
>koumeさん
コメントありがとうございます。(^^)
安易なはっぴぃえんどにはしませんが、ちゃんと
あっきーにもご褒美は用意してあります。(^^)/
by 水丸 岳 (2012-02-23 22:25)
自立かぁ・・・ある意味・・・
わたし、もしかしたらまだ自立してないんじゃないかな(^^;)
なんて、ふと思ってしまいました。
すいせんの香りがしてきました。。。
by ラブスコール (2012-02-24 09:32)
>ラブスコールさん
コメントありがとうございます。(^^)
自立と孤立は違う。その意味は実はいっきにもよく
分かっていません。
自立とか、オトナになるってことは、そんなに
単純なことじゃないのかなーと。
そう思います。(^^;;
by 水丸 岳 (2012-02-24 20:21)