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第147話(1) [小説]

2月21日(木曜日)

母さん、実生と三人で、新幹線に乗っている。
喪服姿で。

あれほど二度と戻りたくない、見たくないと思っていた山形
に、こんな形で行くことになるなんて思ってもみなかった。

確かに、ずっとおかしいなと思ってた。
爆裂あっきーなのに、ゴールデンウイーク明けたらなしのつ
ぶて。拍子抜けするくらい、何も言ってこなかった。

せっかく関係修復したのに、それをむざむざ無駄にするよう
なあっきーじゃない。

なんで気付かなかったんだろう。

もう、あの後すぐに師範に何かあったんだろう。
そっちが手一杯で、僕のことなんか考える余裕はなかったんだ。

元旦に届いた素っ気ない年賀状は、まさにエスオーエス。
救助信号だったんだ。
幸せボケしてた僕は、うっかりそれを見落とした。

思わず唇を噛む。

鉛色の雲がずっしり空に乗っている。
それに潰されそうになりながら、新幹線が山形に着いた。

駅でタクシーを拾って乗る。
駅からだと三十分くらいのはず。

重く垂れ込めた空からは、べしゃべしゃと濡れた雪が投げつ
けられる。

寒い。

無口な運転手さん。
時折響く業務無線のなまった口調が、わずらわしい。

道場の前でタクシーを降りる。
一年離れている間に、すっかり雪道の歩き方が下手になった。
三人で、まるでアヒルのようによたよたと歩く。

道場の奥に立つ平屋の大きな屋敷。
あっきーは、この家にじいちゃんと二人で住んでいた。
だから、あっきーは本当に寂しかったんだと思う。

じいちゃんのとてつもない生命力と、豪放な気性。
家の隅々までそのエネルギーで埋め尽くされていたからこ
そ、あっきーはここで暮らしてこれた。

そのじいちゃんが、もういない。

受付で記帳し、お香典を渡して奥座敷に入る。

いっぱいの花に囲まれるようにして、じいちゃんが眠るよう
に横たわっていた。

涙が込み上げる。

「じいちゃん、じいちゃん!」

止まらない。
突っ伏して泣く。

どうして。
どうしてだよう。

去年の春に会った時は、あんなに元気だったじゃないか。
僕や、しゃらや、実生を助けてくれたじゃないか。

どうしてだよう。

うえっ。うえーっ。

止まらない。

涙が。
止まらない。

肩にほんのり暖かいものを感じて、顔を上げる。

あっきーだった。

痩せた。
青白い顔をしてる。
疲れてる。

「遠いところ、ありがとう。じいちゃんも喜んでると思う」

「い、いつから悪かったの?」

「去年の6月から。急に胸が痛いって言い出して……」

「最初は寝れば治るって強がってたんだけど、だんだんひど
くなってきたから、吉田さんが病院に引っ張ってったの。そ
したら心筋梗塞だって言われたの」

「年だけど体力あるし、手術を勧められたんだ。でも、じい
ちゃんが頑としてうんと言わなかったの。わしの命なんだか
ら、長さはわしが決めるって言って」

「お医者さんには薬だけ出してもらってたんだけど、次に大
きな発作が来たら覚悟してって言われてたの」

そうか……。
もう、あっきーは覚悟してたんだろう。

「昨日の朝ね、朝稽古に出て来なかったの。起こしに行った
ら、もう死んでた。眠ってるみたいに」

あっきーが顔を歪ませる。
声を殺して、でも涙は止まらない。

「揺すっても、揺すっても、起きな……かった……の」

「いいっ、話さなくていいっ!」

強引に抱きすくめる。

涙が溢れる。
止まらない。

そりゃあ、別れはいつか来る。
来るけど、僕は我慢出来ない。

じいちゃんが何をした?
死ななきゃならないような、何をした?

分かってる。
そんなこと言っても死は平等に来るんだって、分かってる。

分かってるけど悔しい!
じいちゃんを連れて行った、あっきーを独りにしてしまった
死神をぶん殴りたい!

吉田さんていう人が、あっきーの側に来て言った。

「お嬢さん、疲れて倒れたら元も子もありません。離れで少
しお休みになってください。こちらは、わたしが応対します
から」

それから、僕らの方を見て言った。

「申し訳ありません。付き添ってもらえますか?」

僕らにそう言うってことは、あっきーはここでは本当に孤立
してるんだろう。

僕は……しゃらん時のことを考える。
出会ってわずかの間に、僕らは友達として深い絆を作った。
だから、おばあさんの通夜にみんなで付き添った。

誰にも無理強いされてない。
しゃらを支えたい。その想いだけで。
みんな自然にそうした。

でも。
あっきーには、悲しい夜を一緒に過ごしてくれる友達がいる
んだろうか?
自分の寂しさ、悲しさを一緒に背負ってくれる友達が。
……いるんだろうか?

僕らはあっきーと一緒に、離れの和室に行った。
小さな花瓶にスイセンが一輪活けてあって、かすかに香りを
漂わせてる。

少し……落ち着いた。

あっきーに聞かれる。

「ねえ、いっき。五条さんに連絡が取れなかったんだけど、
どこか現場に出てるの?」

言おうかどうしようか、一瞬ちゅうちょした。
でも、事実は早く知らせておいた方がいいだろう。

「昨日ね……」

「?」

「事件に巻き込まれて、五条さん、刺されたの。瀕死の重傷。
まだ集中治療室に入ってる」

あっきーが一気に青ざめる。

「そ、それって」

「僕やしゃらも巻き込まれて、昨日からどたばたしてたんだ」

あっきーは、なんだかんだで五条さんを頼りにしていたんだ
ろう。
急に塞ぎ込んだ。

「ねえ、あっきー。これからどうするの?」

今、聞いてはいけないことかも知れない。
でも、強がって何でも我慢しちゃうあっきーを、放っておく
わけにはいかない。

「この道場、継ぐの?」

あっきーはじっとうつむいたまま、拳を握りしめて黙っていた。

「じいちゃんは……」

小声で。

「おまえにはこの道場は継がさん、て言った」

え? 無敵のあっきーなのに?

僕のびっくりした顔を見たんだろう。
あっきーが小さく笑った。

「ふふっ。前に会長さんに言われた通りだよ。おまえは心が
弱すぎる。自分を力で立てるんじゃなくて、心で立てないと
いかん。おまえは、いつまでたってもそれが出来ん。出来ん
やつに、道場を継がせるわけにはいかん」

「そう、言われた」

じいちゃんも……厳しいなあ。

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