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第146話(1) [小説]

2月20日(水曜日)

ほへえ。

期末試験が終わった。
とりあえず、これで1年のヤマはみんな越えたってことだ。

これから卒業式、終業式って、別れのイベントが続く。
学校ってそういうもんなんだけど、どっか寂しい。

帰り支度していたら、かっちんがのそっと寄ってきた。

「いっきぃ、この後どうすんの?」

「ああ、中庭ちょっと見回って、しゃらと一緒に帰る」

「そか……」

珍しい。かっちんが、なんか元気ない。

「なんかあったん?」

「いや、特別これってこともないんだけどよ……ま、いいわ」

歯切れが悪い。
あとで、電話でもしてみよう。

試験があったから紛れてるけど、バレンタインの余波はまだ
残ってる。
小野寺さんやさとちゃんは元気ないし、男性陣も戦果は乏し
かったようだ。

僕も、教室以外の校内どこでも、須川さんて子の視線を受け
続けてるみたいに感じて気持ち悪い。
勘弁して欲しい。

鳳凰と初代校長からの義理チョコも未解決だし。

あ、しゃらが来た。

「帰ろうー」

「うん、今行く」

二人で中庭に回って、植栽の状況を見回る。

「植えたのはみんな根付いて、大きくなってきたね」

「うん。これからどんどん花数増えるだろうなあ。楽しみ」

「バレンタインポットどうしよう?」

「そのままでいいんちゃうの? またつぼみ上がって来るだ
ろうから、看板だけ外しといて。また卒業式の時にでも使っ
てもらったらいいよ」

「あっ! そだねっ!」

明るく彩られて来た庭を見回して、ほっこりした気持ちで学
校を出た。

「いっきは、今日これからどうすんの?」

「しばらく会長のとこに顔出してないから、行こうと思って
たんだけど。バレンタインに、きれいなカードもらってて、
そのお礼も言ってないし」

「あ、わたしんとこにも来たぁ。すごいよね」

「うん。会長はセンスいいよなあ」

「わたしも行っていい?」

「いいんちゃうの? まだ会長の都合確かめてないから、そ
れからだけど」

「うん、じゃあちょっとつき合って。お魚買ってから帰りたい」

「いいよん」

ちゃりを停めて、しゃらんちの前でしゃらが着替え終わるの
を待つ。

しゃらが買ってきたんかなあ。
鉢植えの真っ赤なアネモネが、ひっそりと戸口に置かれていた。

そう言えば早春の花って、白や黄色系のものが多くて、真っ
赤なものってあんまないよなあ。
きれいな花なんだけど、僕はなんとなくもやもやした不快感
を覚えてた。

「お待たせー」

着替えたしゃらが出て来る。

「行こか」

「うん」

二人して商店街の通りに出たところで、ばったり五条さんに
会った。

「あれえ、五条さん、どしたんすか? こんな真っ昼間に」

「うー、風邪引いて、熱出て、ふらふら。早退してきたー」

慌ててしゃらが額に手を当てる。

「あちちっ! 五条さん、その熱しゃれにならないですよー。
帰ってすぐに寝ないと」

「うー。そうなんだけどさ。冷蔵庫がすっからかんなのよ。
タカのお母さんにおかず頼んであるから、それもらって帰
るー」

なるほど。

「じゃあ、それ受け取ったらわたしもアパートに行きます。
何食分か作って冷凍しとけば、炊事しなくても済むでしょ」

「ありがとー。助かるー」

三人でかっちんの店に行って、しゃらが魚を買って、五条さ
んがタッパを受け取った。

タカもお母さんも心配そうだ。

「ちさちゃん、大丈夫かい? 相当顔色悪いよ」

「俺も一緒にアパート行くから、無理すんなよ」

「うん、ありがと」

五条さんは、かっちんちのこういう家庭的な雰囲気が、本当
に好きで好きでたまらないらしい。

ふと、森本先生の言ったセリフが頭をよぎる。

『親の愛情に飢えた経歴のある人は、無意識に相手にそれを
求めようとする。それは一方的。男女の間の通い合う愛情と
は違う』

五条さんとタカの仲が進展しない理由。
それは、単にタカがおくてだからなのかなあ。
僕は、何となく違うような気がする。

タカは勘が鋭い。
五条さんの自分への気持ちが愛情じゃなくて、親代わりだっ
てことを薄々感じてるのかもしれない。

だから距離を取るんじゃないかなあ。
五条さんの本当の気持ちが分からなくて。

僕はそんなことをぼんやり考えながら、先頭を歩いていた。

「この野郎っ!」

鋭い罵声ではっと我に返る。

目の前に、いきり立って刃物を持った男が立ってた。
目が血走ってる。
ぽんいちの制服を着た1年生だけど、見覚えはない。

混乱する。

「な、なんだあ?!」

男はナイフを身構えながら近付いて来る。

「ぴしこの気持ちを踏みにじりやがって、許せねえっ! ぶっ
殺してやるっ!」

ヤバいっ!

これは、完全にイっちゃってる。
言葉で説得するのは無理そうだ。
この前の市工の連中と違って、今度は殺意剥き出しだ。
ためらいがない。

慌てて後ずさる。

異変に気付いたタカが、僕の前に出て来る。

「どこのバカだ?」

相変わらず、タカには全く慌てる素振りはない。
本当に場数踏んでる感じ。

バカと言われたことに逆上したのか、男がわあわあわめきな
がらナイフを突き出して突進してきた。
ひょいと体をかわしたタカが、腕を掴んでナイフをぽんと取
り上げた。

「ったく。ちったあアタマ冷やせ。バカ」

取り上げたバタフライナイフを畳んで、ゴム前掛けのポケッ
トに放り込むと、ふっと息をついた。

「すぐに刃物振り回すなんざ最低だぜ。この前のガキどもと
いい」

刃物を取り上げられて、路面で四つん這いになってた男が、
もう一度うなるように叫んだ。

「ぶっ殺してやるーっ!」

あっと言う間もなかった。
男の制服のポケットにはもう一つナイフがあったらしい。
それを開いて、タカに突きかかった。

不意を突かれたタカ。
身を逸らしたその間に、五条さんが割って入った。

「ナイフを放しなさいっ!」

きつい一言に男が手を放す。
でも、そのナイフは下には落ちなかった。

「ちさ?」

タカが血相を変える。

「ちさっ! 大丈夫かっ?!」

脇腹を押さえた五条さんが、僕らに指令を出す。

「いつきくん、警察と救急を呼んで。タカ、その子に乱暴し
ないでね。これは事故。分かったっ?!」

凄まじい形相で男を睨んでいたタカが渋々うなずく。

しゃらが震える手で携帯の番号を押してる。

五条さんは、すぐに意識を失った。
脇腹からすごい出血がある。
地面が血で染まる。

怖い。


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