第144話(1) [小説]
2月11日(月曜日)
来週は頭から期末試験だ。
ぼつぼつ追い込みにかからないとならないんだけど、間にバ
レンタインが挟まってる。
僕やしゃらだけでなくて、学校全体が浮かれまくるだろうか
ら、その後試験モードに切り替えるのは大変そう。
僕にとっては、これまでバレンタインは特に意味がない日
だったから、意識したことはなかった。
うちは、母さんのスタイルが純カトリック式だから、バレン
タインはクリスマス同様に想い人にプレゼントを贈る。
でも、家族の分はクリスマスで集約されちゃうから、バレン
タインには特に何もなし。父さん母さんの間では、何か条件
闘争があるらしいけど、僕らには及ばない。
あとは、実生がクラスメートにちょこちょこ義理チョコをば
ら撒くくらい。
でも今年は、しゃらが気合い入れてそうだからなあ……。
僕の心配は片頭痛。
野口先生に言われたみたいに、チョコが引き金にならないか
どうかを確認しないとならない。
憂鬱だ。
さて。
今日は、午前中はゆずぽんのところの積み込みの手伝い。
積み込み自体はあっと言う間に終わるだろうから、温室での
作業を午前中いっぱい手伝おう。
で、昼食べて戻ってきたら、おべんきお、と。
「あら。いっちゃん。もう出るの?」
「午前中で戻ってくるから、早出」
「今日はいっちゃんだけ?」
「うん。基本的に積み出しだけだから。向こうには尾花沢さ
んが来るけどね」
「手伝いで?」
「そう。短時間で終わるから、ついでだって言ってた」
「ふうん。佐々木さんの腰は良くなったの?」
「榎木さんの話だと、前よりましにはなったみたいだけど、
まだ屈む姿勢が辛いって」
「もう少しかかりそうね」
「うん、試験終わったら、また手伝いに行かないとならんかも」
「そうか」
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけてね」
−=*=−
「あ、佐々木さん、おはようございます」
「おはよう工藤さん、済まないね」
「いえ、腰はだいぶよくなってきたんですか?」
「最初よりはね。でも、無理して慢性化させたらかえって迷
惑かけるから、まだ全開ってなわけにはいかない。しんどい
なー」
「作業の方への影響はどうなんですか?」
「うん。正直だいぶ押してきてる。工藤さんたちが春休みに
入ったら、また何日か手伝ってもらうかもしれない」
「いつでも声掛けてください」
「そうだね。申し訳ないけど頼むわ」
ゆずぽんと立ち話しているところに、尾花沢さんのトラック
が着いた。
「おう、工藤さん、おはよう。佐々木さんて言ったっけ?
災難だったな」
「いやあ、ほんとに参りました。体が丈夫なだけが取り柄
だったんですけどねえ」
「ははは。まあ、しゃあねえよ。アクシデントはいつ起こる
か分からねえ。備えが甘けりゃ、直撃だ」
「ぐうう、きっついお言葉」
「いや、あんたんとこだけじゃねえからよ。うちもそうだ。
てんやわんやよ」
「え? どうされたんですか?」
「社の一番の腕こきをぶっこ抜かれちまったんだよ。寿だか
ら、だめだっつーわけにもいかねえし。とんだ災難だわ」
「そう言えば親方、今日は誰と来られたんですか?」
「ああ、山崎だ。あいつは緑ものの生産現場を見たことがね
え。扱うものがちょいと方向違いだが、いい勉強になるからな」
「あ、なるほど」
「おはよーっす」
いつものぼさ頭で山崎さんが登場。
このお兄さんも、なかなかおもしろいキャラだ。
一見、ものすごく醒めてる今時の若者っていう風に見える。
口数は、半田さん以上に少ない。
でも外見と違って、仕事にはとても熱心。
小塚おばあちゃんに捕まっちゃったみたいに、意外にお人好
しで、要領が悪い。
「山崎、おめえ、こういう現場は初めてだよな」
「そうすね。植栽の苗畑見たくらいで……」
「俺たちが、すぱんすぱんちょん切っちまうもんが、どんく
らい真丁寧に育てられてっかをよーく見とけよ」
「うす」
「この農場は、そこのお兄さんが一人でやってんだ。すげえ
努力だよ。俺らも見習わねえとな」
お、近田さんのトラックが着いた。
「あ、おやっさん、佐々木さん、おはようございますっ!」
近田さんが、どっしーんという感じで運転席から飛び降りて
きた。
今日は超ご機嫌の様子。
親方が、食い入るように近田さんを見てる。
「ああ、おはようさん。尾花沢です。近田さんよ、いきなり
で済まねえが、なんでまた俺っちに弟子入りとか考えた?」
あれ?
電話で話したんじゃないの?
「おめえさん、笠木の直系も直系。じいさんが、くたばる寸
前まで手元に置いて育てた御曹司だ。どっちかと言やあ、俺
の方が教えてもらいてえくらいよ。それが、何で干された?
まず、そこが分かんねえと返事しようがねえ」
近田さんは、いきなり肩を落としてしおしおになった。
「おやっさん。俺はじいさんをとことん尊敬してる。一青の
看板は下ろすつもりはないです。でも……亮次(りょうじ)
さんには付いてけねえ」
親方は、その一言で全てを理解したらしい。
「分かった。後は言わんでいい」
そうして近田さんに近付くと、その肩をぱんぱんと叩いた。
「おめえさんも、根っからの職人だなあ。まあ、その腕なま
らしちゃ、一青じいさんにあの世で何言われっか分かんねえ。
弟子とかなんとかケチくせえこと言わんで、一緒にやろうや」
「笠木の小倅に何か言われたところで、俺は痛くもかゆくも
ねえよ。もともとハズれの雲彩じいさんとこの、俺はさらに
ど外道だからよ」
そう、言い捨てると。
高笑いした。
「がーっはっはっはっはあ!」
親方が、山崎さんを近田さんに紹介する。
「うちの若い衆だ。山崎って言う。まあまだまだ見習い未満
だが、熱心で筋がいい。俺は半田に逃げられちまったから、
これからは津久井とこいつを鍛える」
「近田さん。あんたも手伝ってくれ。俺らは技じゃなくて、
心を伝えないかん。あんたなら出来るだろ?」
近田さんは、ぱっと誇らしげな笑顔を浮かべて、大きくうな
ずいた。
「出来損ないの俺を拾ってくれるなんて、感激です」
そっか。
親方が、電話で突っ込んで話をしなかった理由。
それは顔を見るためだ。
言葉ではどんなきれい事を言えても、表情まで隠すことは出
来ない。親方は、近田さんの覚悟や事情を直接本人から聞き
質すことで、本心からかどうかを確かめようとしたんだろう。
「さあ、俺らはこの後現場があるからよ。さっさと積み出し
済ましちまおうぜ」
佐々木さんが慌てて、親方と山崎さんと僕を育成温室に案内
した。
今日の商品は、マッサン、コンシンネ、ユッカの朴ものと、
デコラゴム。
三人いれば、積み出しはあっと言う間だった。
近田さんのトラックに品物が勢揃いした時点で、親方も近田
さんもあっと言う間に消えた。
来週は頭から期末試験だ。
ぼつぼつ追い込みにかからないとならないんだけど、間にバ
レンタインが挟まってる。
僕やしゃらだけでなくて、学校全体が浮かれまくるだろうか
ら、その後試験モードに切り替えるのは大変そう。
僕にとっては、これまでバレンタインは特に意味がない日
だったから、意識したことはなかった。
うちは、母さんのスタイルが純カトリック式だから、バレン
タインはクリスマス同様に想い人にプレゼントを贈る。
でも、家族の分はクリスマスで集約されちゃうから、バレン
タインには特に何もなし。父さん母さんの間では、何か条件
闘争があるらしいけど、僕らには及ばない。
あとは、実生がクラスメートにちょこちょこ義理チョコをば
ら撒くくらい。
でも今年は、しゃらが気合い入れてそうだからなあ……。
僕の心配は片頭痛。
野口先生に言われたみたいに、チョコが引き金にならないか
どうかを確認しないとならない。
憂鬱だ。
さて。
今日は、午前中はゆずぽんのところの積み込みの手伝い。
積み込み自体はあっと言う間に終わるだろうから、温室での
作業を午前中いっぱい手伝おう。
で、昼食べて戻ってきたら、おべんきお、と。
「あら。いっちゃん。もう出るの?」
「午前中で戻ってくるから、早出」
「今日はいっちゃんだけ?」
「うん。基本的に積み出しだけだから。向こうには尾花沢さ
んが来るけどね」
「手伝いで?」
「そう。短時間で終わるから、ついでだって言ってた」
「ふうん。佐々木さんの腰は良くなったの?」
「榎木さんの話だと、前よりましにはなったみたいだけど、
まだ屈む姿勢が辛いって」
「もう少しかかりそうね」
「うん、試験終わったら、また手伝いに行かないとならんかも」
「そうか」
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけてね」
−=*=−
「あ、佐々木さん、おはようございます」
「おはよう工藤さん、済まないね」
「いえ、腰はだいぶよくなってきたんですか?」
「最初よりはね。でも、無理して慢性化させたらかえって迷
惑かけるから、まだ全開ってなわけにはいかない。しんどい
なー」
「作業の方への影響はどうなんですか?」
「うん。正直だいぶ押してきてる。工藤さんたちが春休みに
入ったら、また何日か手伝ってもらうかもしれない」
「いつでも声掛けてください」
「そうだね。申し訳ないけど頼むわ」
ゆずぽんと立ち話しているところに、尾花沢さんのトラック
が着いた。
「おう、工藤さん、おはよう。佐々木さんて言ったっけ?
災難だったな」
「いやあ、ほんとに参りました。体が丈夫なだけが取り柄
だったんですけどねえ」
「ははは。まあ、しゃあねえよ。アクシデントはいつ起こる
か分からねえ。備えが甘けりゃ、直撃だ」
「ぐうう、きっついお言葉」
「いや、あんたんとこだけじゃねえからよ。うちもそうだ。
てんやわんやよ」
「え? どうされたんですか?」
「社の一番の腕こきをぶっこ抜かれちまったんだよ。寿だか
ら、だめだっつーわけにもいかねえし。とんだ災難だわ」
「そう言えば親方、今日は誰と来られたんですか?」
「ああ、山崎だ。あいつは緑ものの生産現場を見たことがね
え。扱うものがちょいと方向違いだが、いい勉強になるからな」
「あ、なるほど」
「おはよーっす」
いつものぼさ頭で山崎さんが登場。
このお兄さんも、なかなかおもしろいキャラだ。
一見、ものすごく醒めてる今時の若者っていう風に見える。
口数は、半田さん以上に少ない。
でも外見と違って、仕事にはとても熱心。
小塚おばあちゃんに捕まっちゃったみたいに、意外にお人好
しで、要領が悪い。
「山崎、おめえ、こういう現場は初めてだよな」
「そうすね。植栽の苗畑見たくらいで……」
「俺たちが、すぱんすぱんちょん切っちまうもんが、どんく
らい真丁寧に育てられてっかをよーく見とけよ」
「うす」
「この農場は、そこのお兄さんが一人でやってんだ。すげえ
努力だよ。俺らも見習わねえとな」
お、近田さんのトラックが着いた。
「あ、おやっさん、佐々木さん、おはようございますっ!」
近田さんが、どっしーんという感じで運転席から飛び降りて
きた。
今日は超ご機嫌の様子。
親方が、食い入るように近田さんを見てる。
「ああ、おはようさん。尾花沢です。近田さんよ、いきなり
で済まねえが、なんでまた俺っちに弟子入りとか考えた?」
あれ?
電話で話したんじゃないの?
「おめえさん、笠木の直系も直系。じいさんが、くたばる寸
前まで手元に置いて育てた御曹司だ。どっちかと言やあ、俺
の方が教えてもらいてえくらいよ。それが、何で干された?
まず、そこが分かんねえと返事しようがねえ」
近田さんは、いきなり肩を落としてしおしおになった。
「おやっさん。俺はじいさんをとことん尊敬してる。一青の
看板は下ろすつもりはないです。でも……亮次(りょうじ)
さんには付いてけねえ」
親方は、その一言で全てを理解したらしい。
「分かった。後は言わんでいい」
そうして近田さんに近付くと、その肩をぱんぱんと叩いた。
「おめえさんも、根っからの職人だなあ。まあ、その腕なま
らしちゃ、一青じいさんにあの世で何言われっか分かんねえ。
弟子とかなんとかケチくせえこと言わんで、一緒にやろうや」
「笠木の小倅に何か言われたところで、俺は痛くもかゆくも
ねえよ。もともとハズれの雲彩じいさんとこの、俺はさらに
ど外道だからよ」
そう、言い捨てると。
高笑いした。
「がーっはっはっはっはあ!」
親方が、山崎さんを近田さんに紹介する。
「うちの若い衆だ。山崎って言う。まあまだまだ見習い未満
だが、熱心で筋がいい。俺は半田に逃げられちまったから、
これからは津久井とこいつを鍛える」
「近田さん。あんたも手伝ってくれ。俺らは技じゃなくて、
心を伝えないかん。あんたなら出来るだろ?」
近田さんは、ぱっと誇らしげな笑顔を浮かべて、大きくうな
ずいた。
「出来損ないの俺を拾ってくれるなんて、感激です」
そっか。
親方が、電話で突っ込んで話をしなかった理由。
それは顔を見るためだ。
言葉ではどんなきれい事を言えても、表情まで隠すことは出
来ない。親方は、近田さんの覚悟や事情を直接本人から聞き
質すことで、本心からかどうかを確かめようとしたんだろう。
「さあ、俺らはこの後現場があるからよ。さっさと積み出し
済ましちまおうぜ」
佐々木さんが慌てて、親方と山崎さんと僕を育成温室に案内
した。
今日の商品は、マッサン、コンシンネ、ユッカの朴ものと、
デコラゴム。
三人いれば、積み出しはあっと言う間だった。
近田さんのトラックに品物が勢揃いした時点で、親方も近田
さんもあっと言う間に消えた。






